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皇帝陛下の健康診断?



 ここは数ある市場に並ぶフィオナの治癒院。貴族を含めたいわゆる富裕層を対象にした治癒院は、ちゃんと王都にある。領地を持つ貴族は多くいるが、王城での出仕や社交のため王都に別邸を持つのが普通だからだ。



 対して、フィオナの治癒院はちゃんと市場に並んでいる。誰が見ても平民向けと分かるように。それはフィオナなりの自衛でもある。平民にとってなんの得にもならない矜持を持ってしての貴族の言動は意味が分からないし、意味の分からない相手の対応なんて、どこで角が立つか分からない。知らぬうちに不敬を働いたと処罰されたらたまったもんじゃない。



 だからこそ、貴族が絶対に来ないような市場に治癒院を開設したのだ。



 そう。なるべくなら貴族に関わりたくないから。




「フィオナ。君のおかげでもうすっかり元気になったよ」

「……そうですか……」




 治癒院のカウンターを挟んで向かい側には金髪金眼の美青年が、にっこりと社交的な笑みを浮かべている。




「……それはよかったです」



 目から上だけをカウンターから出して、なんとか答えた。フィオナは背の低さを利用して、カウンターから顔半分しかでないふりをしたのだった。金髪金眼の主―――ガブリエル公爵とまともに関わってはいけないと、フィオナの本能が警鐘を鳴らしていた。




「そんなはずないよね……?」

「……そんなはずないとは……?」

「ははは。自分の店のカウンターが自分の背丈に合ってないはずないじゃないか」




 にっこりと人好きのする笑顔のままガブリエルは言った。フィオナの目からはこめかみに怒りマークが見えたが。



(意外と沸点が低いのかな? 見た目は優しそうなだけに怖っ)



「お言葉ですが、この治癒院は以前ここを使っていた人からそのまま譲り受けたので、私の背丈には少し合わないのです。何かご用がおありなんですよね? 伺います」



 まともに話を聞きたくないフィオナは顔半分だけカウンターから出してガブリエルの相手をすることにした。どういう抵抗かはフィオナ自身にも分からなかったが、お前とは関わりたくないという意思を見せたかった。




 なんでも手に入るのが当たり前の貴族に、簡単に利用されるわけにはいかない。フィオナの目的は、多くの人を救うこと、そして、運命の人探しなのだから。



 多くの人の中に貴族が入っていないわけではない。むしろ、王族に近い貴族ほどフィオナの派遣目的としては声が届きやすくて良いのかもしれない。しかし、力を持ちすぎている人は独占しようとすることがままある。そうなっては多くの人を救うどころか、人を救うことの足かせになってしまう。



 できれば、平和的に帝国の機器の取引をしたい。ガブリエルはフィオナにとっていい仕事をしてくれる相手になるかもしれないが、それを判断できるほどの決め手がフィオナにはなかった。まだ様子見の状態だ。



 フィオナが伯爵家の治癒師に試薬のレシピをあっさりと教えたのも、公爵邸でなんのためらいもなく循環器を出したのもそういった理由からだ。アバに求められて断ったのは、その場で言ったとおり、一つずつしか持ち合わせていないから提供できなかったにすぎない。




「……このとおり君のおかげで元気になって、王城に出仕したら、陛下がそれは驚かれてね」

「はい……」

「…………なにせ、陛下が派遣してくれた治癒師にも治せなかっただろう?」

「……」

「それで……、……ちょっとジャンプしてみてくれないか?」

「……なぜですか?」

「目しか見えないのは話しにくい」



 目だけで凝視され続けたガブリエルはその居心地の悪さに、話す気概を奪われた。予定通りだったフィオナだが、「じゃあ、それ以上話さずに帰ればいいのでは?」とは言えない。




 何に必要かは分からないが公爵の言うとおり、その場でそっとジャンプをすると、さっと脇の下に手が挟まれて、ふわっと体が浮いた。気がつけば、ガブリエルの手によってカウンターの上に座らせられていた。



「陛下が君との謁見……コホン。いや、君に健康診断をしてほしいそうなんだ」



 カウンターに座らせられたフィオナと視線を合わせてご機嫌なガブリエルは、不審な言葉を吐いて、またにっこりと、少し威圧的な笑みを浮かべた。



「……陛下の健康診断ですか? そのような恐れ多いこと一介の平民の薬師には荷が重すぎます」

「おや? 君は治癒師ではなかったか?」



 片眉を上げて怪訝な表情でガブリエルはフィオナの顔をのぞき込む。フィオナは治癒師である自分に誇りを持っている。だからこそ見た目で軽視されることも、薬師に間違われることにも憤りを感じる。しかし。今日ばかりは別だ。



 治癒師は診察と診断、それに応じた処方が仕事だ。薬師は治癒師から処方依頼を受けて調剤することが仕事だ。フィオナは母が治癒師、父が薬師であったため、どちらもたたきこまれているため、双方とも一人で成してしまうが、実際そんな治癒師も薬師もいない。自分が異端であることをフィオナ自身が一番よく分かっている。母は診察をしても調剤はしなかったし、父もまた然りだったからだ。



 ということで、健康診断たる治癒師の領域の業務を任じられれば、陛下などというこの国で一番偉い御仁と接点を持つことを避けたいフィオナは、薬師として反応したのだ。




「君は治癒師だろう?」

「いえ、薬師です」

「君が私の治療を担ったではないか」

「……気のせいです。公爵閣下はあのとき意識が混濁しておりましたので幻でも見たのでしょう」

「いや、うちの侍医がそう言っていた」

「……公爵閣下の症状はたまたま、私の経験したことのある症状であったため対応できたにすぎません。陛下の健康診断など身に余ります。どうかご容赦ください」



 しらを切るにも限界を感じたフィオナは諦めて、ガブリエルの良心に賭けてみた。本当は風魔法でばびゅんと逃げたいところだが、魔法を使えることまでバレてしまえば、本格的に囲われそうな気がする。




「認めたな……」



 ご容赦を、と深々と頭を下げたフィオナの頭上に悪人のような悪巧みをしたような声が振ってきた。



 恐る恐る顔を上げれば、ガブリエルはふっと唇を歪め悪そうな顔で笑っていた。



「……」

「……」



 しばし二人は見つめ合い、沈黙の時間が流れた。



 先に行動したのはフィオナだった。バッとガブリエルに背中を向けてカウンターの内側に姿を消そうとする……が、呆気なくガブリエルに捕まり、俵のように肩に担がれて連行されてしまった。



(タリーのばかぁー) 




 ちくしょう、タリーさえいればなんとかなったかもしれないのに。いないから。だからこんな目にあっているのだと、フィオナは心の中で叫んだ。何も悪くはないタリーに精一杯の悪意を向けて。





***




 俵担ぎされたフィオナはボスンとなんだか立派な馬車に押し込められた。サッと起き上がって逃げようとするが、すぐ後に乗車したガブリエルの笑顔に、苦笑を返すしかできない。




「……私、平民です。この国の人間でもありませんし、このような何の準備もなく、この国一番のお偉い方と相見えるなど……なにか、失礼があってはいけませんし」

「大丈夫だ。問題ない。陛下は新しいもの好きであられるし、ちょっとした不敬にいちいち眉をつり上げるような狭量なお方でもない」

「……このような平服でお会いするなど……。王城に上がれるような服装でもございませんし」



 チラリとガブリエルはフィオナの服装をチェックした。フィオナの服装は動き安さを重視している。上衣は白のブラウスで、下衣は茶色のスカートに見せかけたキュロットだ。この国の人々は農民も商人も裾の広がったスカートを好んで着るが、フィオナの出身の帝国は効率主義のため女性でも動きやすい服が求められた。昔はキュロットかズボンにしか見えない下衣だったが、見た目も美しい物をと、キュロットでありながら、裾が広がり、一見スカートにしか見えない下衣が主流となった。



 いずれにしても、平民の出で立ちであり、皇帝陛下の前にでてよい服装ではない。



「……陛下は気にしないだろうが……。周りの者は気にするかもしれないな」



 ガブリエルは何かぶつぶつ独りごち、ふっと顔をあげたかと思えば御者側の窓をノックした。御者が窓を開ける。



「我が屋敷に寄ってくれ」

「承知しました」




 フィオナはどんぶらこっこと、意に反し、公爵邸経由で王城に行くこととなった。



***



「妹の幼い頃の服があったはずだ。君に会う服を用意する」



 もう、何を言っても王城に連行のち陛下の検診は決定事項なのだろうと諦めたフィオナはされるがままだ。



 侍女と思われる女性が二人、代わる代わるフィオナにドレスをあてては、ガブリエルの判断を仰いだ。



 ガブリエルが選んだドレスは白のドレスに朱色のビスチェを重ねたものだ。ウエストから下はふんわりとしてお尻はポンと突き出している。



「あの、このような格好では床に膝をついて検査をすることも叶いません。検診するには、このおしりのデザインは不適切です」

「ふむ」




 一度頷いたガブリエルは、侍女に目配せすると、侍女は裁縫セットを手にあっという間におしりの膨らみ部分を縮小縫製し、バッスルを装着しない状態で着ても違和感のないドレスに仕立てた。スカートはストンとした印象になり、おそらくこの国の貴族には受けないだろうが、ドレスのせいで検診が滞れば、それこそフィオナは窮地に立たされる。



「これでどうだ?」

「これなら、機能的で良いと思います」

「では、着替えを」



 「承知しました」と承った侍女たちは、ガブリエルの目の前でフィオナの服を脱がしていこうと……。



「いやいやいや! ちょっと待って? なんでそんな当然のように公爵閣下の前で脱がしていくの?」



 自分を守るように胸の前で手を交差し、侍女から距離を取れば、公爵は呆気にとられたように目を丸くした。



「子供の裸など見たところで……」

「公爵閣下。私をいくつだとお思いで?」

「いや……そりゃ、7歳か8歳か、そのくらいであろう?」

「ち・が・い・ま・す! 私は15歳です!」

「……嘘をつくにしても、その嘘はあまりに大戸ではないか?」

「嘘ではありません! 私の地元ではみな、この国と比べて幼く見えるのです」



 正確には、フィオナの地元の民が皆、幼いわけではなく、フィオナの家系がそうなだけだが、余計なことを言う必要はない。




 真っ赤に顔を染めて涙目で、追い剥ぎから逃れようとするフィオナに、ガブリエルは苦笑しながら部屋をあとにした。




***



 腰まで届く長い黒髪は、丁寧に巻かれ表面は編み込み、全体を耳の横で一つに結ばれる。いつも無造作に真ん中で別れている前髪は斜めに流された。



 髪型を整え、白のシュミーズドレスに朱色のビスチェを着せられたフィオナの不満げな顔といったら、ガブリエルも思わず苦笑するしかない。




「なかなかかわいく仕上がったではないか」

「……おかげさまで」




 不満たっぷりに頬を膨らませたフィオナに「15歳というのは虚言では?」と疑惑を抱いたが、今はそんなことどうでもよい。




「さぁ。陛下がお待ちだ。急ぐぞ」



 無理矢理手を引っ張られるフィオナはもう諦めているため、ガブリエルの歩幅に合わせて足を回転させるだけだ。



 これが相手がタリーであれば、「そんなに急ぐなら」と風魔法でバビュンなのだが。



 馬車に詰め込まれ、ドア側にガブリエルが座ることで退路を断つ。とっくの昔に逃走は諦めたというのにガブリエルに余念はない。



「君の国では我が国と比べて見目が幼いということだが、君の親もそうであったのか?」



 普通に考えれば国民性なのだから当然同じなのだが、嘘はつき続けると辻褄が合わなくなり、嘘を重ね続けなければならない。フィオナは、言い逃げ的に嘘をつくことはできるが、信憑性を保つために嘘をつき続けることは苦手だ。




「……男性は女性ほど若々しくはないので、父は実年齢よりも少し若く見えるくらい。母は私と同じようだったと聞いています」

「聞いているとは? 君は我が国に来るまでは両親と共に過ごしたので在ろう?」

「一定年齢を過ぎると、年相応に成長するそうなのです」



 本来は、一定年齢ではなく、ある事象に付随して年相応の見目に成長するのだが、それはフィオナ家の守秘事項なので黙っておく。



(それに……必ずしも年相応の見目になれるとは限らないしね)



 腕を組んだままフィオナに視線を向けるガブリエルの目は疑問に満ちている。



「一定年齢とは具体的にいくつだ?」

「……さぁ。私の母の場合は16の年だったと。しかしながら、その年齢が標準ではなく、13の者も、15の者も、はたまた20の者もいたと聞いています」


「なるほど。その年にさしかかると、急激に成長するというのか?」

「……いえ。今日明日での成長ではありません。一年くらいかけてです。であっても、この国の人がその成長を見届ければ違和感しかないとは思いますが」



 本当は今日明日のことだと聞いているが、化け物じみているのでごまかしておく。




「話は変わるがあのタリーという男との関係は? 護衛にみえたが……」

「護衛です」




 自分のことも身近な人の情報も貴族に渡したくないフィオナは表面的なことだけ答える。嘘をつくとあとで問題になるかもしれないため、あくまで嘘にならない程度にだ。




「公爵閣下。私からも質問よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「陛下は健康診断をお望みとのこと。何か気になる症状をお抱えなのでしょうか?」




 「これは極秘事項だ」とガブリエルは自身の口元に人差し指をあてた。



「数日前から陛下の体に発疹が見られる。日に日に発疹の範囲は拡大し、今は両腕と胸、腹にまで至っているのだ。侍医たちは、呪いを疑い祈祷師を招いた。陛下に発心が現れて2日、祈祷師による解呪が行われているが一向に回復の兆しが見られない。長年陛下に仕えてきた侍医たちには悪いが、祈祷師による解呪が適切な処置とは思えないのだ」




 難しい顔でそう言葉をつなぐガブリエルにフィオナは自身の背中に冷や汗が伝うのを感じた。



(本気で言ってるの? 解呪? なんの意味が!? 帝国では、どんな病気が流行しようと、話題にもあがらない治療法! いえ、治療ともいえない!)




「……陛下のご容体はいかがですか? 息が辛い、発疹の部位が痒いなどの症状はありませんか?」

「……見当がつくのか? そうだ。発疹の部位のかゆみを訴えているし、昨日より今朝の方が息が辛そうだった」




 フィオナはそこで慌てて、往診セットを確認した。



(健康診断じゃないじゃん!)



 健康診断とは、現時点で不調を感じていない者への隠れた病気を探すためのものだ。何かしらの症状が出ていれば、それは健康診断ではない。診察だ。



 健康診断と聞いていたフィオナがガブリエルに連行されそうになったときに、慌てて手にしたのは健康診断用のマジックバックだった。診断用でも治療用でもない。



「それは治癒院を出る前に言っていただかないと! 今日の私の備えで陛下の処置ができますかどうか!」



「……着いたな」



 運悪く、王城に到着してしまった。そして、王城の門番には治癒師が来ることが伝えられていたのか、すんなりと門の内側に馬車を通された。



(どうしろっていうの!?)




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