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絶対無敵の聖女はラーメン屋

作者: Mr.ゴエモン

前の短編から、かなり間が空いてしまいました…

自身の筆の遅さを再認識しました…

それはともかく、短編第二弾お楽しみください!


 「卒業生代表、ラン・フォン・パシュフィックさん!」

 「ハイ!」


 透き通ったような美声が講堂に木霊した。たった一言でありながら、その声には上品さが感じられた。そんな美声に似合った美女が、壇上に上がった。腰の近くまで伸びたサラサラの金髪を揺らしながら歩くその姿は、とても気品に溢れていた。

 ここはとある王国にある、国立の学園。男女共学。この学校では、文字通り様々な事を幅広く学べる。

 一般教養を皮切りに、剣術・槍術(そうじゅつ)・弓術・斧術等といったありとあすらゆる戦闘術に、薬学・生物学・植物学・医学、そして魔法の才能があれば魔法を、更には華道・茶道のような習い事に至るまで、本当に様々な事を学べるのだ。生徒は希望する科目を自分で選び、卒業まで自由に学ぶことが出来る。大学の講義に近い。

 卒業まで特定の科目だけに集中して研鑽(けんさん)するもよし、満足いくまで学んだら、他の科目に移るよし。


 そして今日は、その学園の卒業式の日。学園を出ると、生徒達はそれぞれ進路を選ぶ。学園で学んだことを元に、それぞれに似合った仕事に付く。戦闘術を学んだら冒険者や騎士団員に、薬学や医学を学んだら医療関係に、魔法を学べば得意魔法を活かせる仕事につくのが定番なっている。

 そんな学園の卒業式で、卒業生代表の挨拶をする1人の女生徒。彼女のことを知らないものはこの学園には、いや、この国にはいないと言っても過言ではない。知らなければ、モグリや世間知らずと言われる。そのくらい彼女は、国中で有名なのだ。


 「やっぱり、卒業生代表はラン先輩ね!」

 「ラン先輩なら当然よ!」

 「今日も美しいな…サラサラのロングヘヤー…」

 「オイ、ヨダレ垂れてるぞ…」

 「ところでランさん、卒業後は何になられるのかしら?…」

 「騎士団に入られるんじゃないの!?ランさんなら史上最年少での団長も夢じゃないわ!」

 「いいえ、ラン様は魔法の才能も抜群なのですから、魔道士がふさわしいですわ!」

 「いや賢者かもな⁉」

 「あるいは冒険者⁉」

 「まぁランさんなら、何にでもなれるでしょう。」

 「それはそうですわ!」


 等と、参列している生徒達は彼女の進路の事で噂は持ちきりだった。同じく、講堂内の父兄・関係者席も似たような感じだ。そのくらい、彼女は将来を期待視されているのだ。


 ラン・フォン・パシュフィック。

 この国の3大貴族に数えられるパシュフィック公爵家の長女であり、今年の卒業生代表の生徒である。

 彼女がこれほどまでに有名なのは、3大貴族の生まれで、美しい容姿と誰にでも優しいその性格もさるものながら、特出すべきは学業の優秀さである。お世辞などではなく、本当に彼女は成績優秀であった。

 一般教養は全科目学年トップ。それだけでも立派だが、彼女は戦闘術も優れており、剣術・槍術・弓術等も全て成績トップで、在学中に講師を務めた、その道の達人達をも軽く超えてしまったのだ。達人の中には、それがきっかけで引退したり、一から出直すと武者修行に出たものもいる。


 学外でも、剣術大会に出れば無傷で優勝。国内でも名高い剣士達は彼女に一太刀も入れられず、試合場に沈んでいった。他の大会でも危なげなく勝利を重ね、優勝を総なめしていた。


 薬学や魔法も同様。今までにない新薬の開発に成功し、流行り病を根絶させたり、真新しい魔導式を生み出すなんてこともあった。

 学園の講師達にも、


 「もう彼女に教えられることはない」

 「私達の方が勉強になる」

 「自分達の理解を超えている」


 と、評されることも何回かあった。

 最早、成績一覧表に彼女の名前が、在学中、トップに無い科目は無いと言っていい位だった。

 

 彼女の逸話の中でも、特に世間の注目を浴びたのが、数年前の魔物のスタンピード事件だ。監視所から、魔物の群れがこの国に向かって来ていると、報告が上がった。

 魔法の存在するこの世界では、同時に魔物と呼ばれる生物も存在する。基本的に魔物は、人間に対して無条件で敵意を持ち、襲い掛かってくる有害で危険な存在だ。

 その魔物が群れで国に迫ってきている。魔物もそれぞれ強さはマチマチだが、今、国に迫ってきている魔物は、危険度の高い個体が大半を締めていた。危険度の高い魔物は、一匹でも国に入れば甚大な被害が出る。群れとなれば国の存亡にかかわる。国王は群れを迎え撃つ準備と、国民の避難の指示を出した。

 しかし、群れの迫ってくるスピードは早く、どちらも間に合いそうになかった。そもそも、報告が上がったのも、群れと国との間の距離が数kmの時だった。隠蔽系の魔法を使える魔物が群れにいたのが原因であった。

 国中がパニックになり、誰もが国の滅亡を覚悟した。

 しかし、結局魔物の群れは、ただの一匹たりとも、この国に入ることはなかった。

 魔物の群れは、国の100m程手前で半壊した。

 そうさせたのが他でもない、ランだった。

 偶然、国と群れの間の森にて鍛錬をしていたのだ。群れに気付いたランは、単身で魔物の群れに立ちはだかった。そして…


 それは、あっという間の光景だった。1人の人間の少女が、魔物の群れ相手に無双したのだ。魔法と体術を駆使し、群れのリーダー格の上位の魔物達を瞬く間に倒したのだ。リーダー格の魔物を失った群れは、戦意を喪失し血相変えて逃げ帰った。

 跡には、上位の魔物の亡骸と、血は愚か、泥汚れの1つすらも付いていない、1人の少女が立っていたという。装備も、片手に訓練用の木剣が1本のみだったいう。

 国は滅亡の危機を救った少女を大いに称えた。英雄だの聖女だのと、口々に呼んだ。

 王自らの手で勲章を授与が行われた。

 彼女、ランは国の誇りとまで呼ばれる存在となった。


 そんな彼女の武勇伝は、在学中だけでも数え切れない程生み出された。

 なので、彼女を引き抜き(スカウト)しようと、各機関から勧誘の話は引っ切り無しに来ている。冒険者組合(ギルド)・騎士団・医療院・魔法師団等、数多ある。が、彼女はそれら全て


 「卒業後にやりたいことは決まっていますので…」


 と言って全て断っている。


 そんな彼女の卒業後、どのような進路に進むのか学園中が、いや国中が注目し、多くの人が各自で予想をしているのだ。そして、この卒業式で彼女の口から発表されるのを、皆が皆、固唾を呑んで見守っている。

 何時から始まったのかは定かではないが、卒業式で卒業生代表の生徒は、代表としてのスピーチを読み上げた後、最後に自身の卒業後の進路を発表するのが、この学園の伝統的な習わしとなっている。


 そして、その時は訪れた。

 彼女のスピーチが一通り終わり、いよいよ彼女の口から卒業後の進路が明かされる。

 

 「それでは、私の卒業後のことですが…」


 軽くその場がざわついた。いよいよ、彼女か何になるのかわかるのだ。皆が皆、まるで自分の事であるかのようにドキドキしていた。


 「在学中から様々なところよりオファーを頂いておりましたが、私の進む道は元より1つです。私は…」


 皆が息を呑んだ。

 少し貯めてからその答えは、明かされた。


 「私は…」








 「ラーメン屋になります‼」


 と、高らかに宣言した。

 

 「………」

 「へっ…」


 全く予想外の内容に、その場が凍り付いた。

 全員が全員、フリーズしたように膠着したが、少ししてようやく思考が追い付いた。そして、


 「工エエェェ(´д`)ェェエエ工」

 「はぁぁぁぁ‼」

 「なっ‼」

 「えっえっえっえっ!」


 と、アチコチから声にならない声が木霊した。


 「ラッ、ラーメン屋⁉」

 「ラーメンってあのラーメンか⁉」

 「庶民が食べるあのラーメンのことか!?」


 ザワつく講堂内。


 ラーメン。

 それは、麺とスープを主とし、チャーシュー・メンマ・玉子・ナルトにネギといった様々な具の入った麺料理。

 スープ1つとっても、醤油・味噌・塩・豚骨とあり、個人個人で好みが分かれるが、広く知れ渡った国民食である。

 ラーメン屋は文字通り、それをメインに提供する飲食店の事である。

 そう、 ラン・フォン・パシュフィックの進路もとい、夢はそのラーメン屋になることであった。


 この世界にもラーメンはある。が、基本的に身分の低い一般庶民が食べる物というイメージが強い。身分の高い貴族は愚か、王族は殆ど口にすることはないのが普通だった。

 そのラーメン屋に、この国の3大貴族の令嬢がなるなどと言い出したのだから、その場のほぼ全員が軽くパニック状態だ。


 「ラーメン屋になるのが、私のかねてからの夢でした。ですので、本日、この学園を卒業し、開店に向け動き始めます!」


 当の本人は、そんな事などお構いなしとばかりに、淡々とスピーチを続けた。

 そんなスピーチに割って入るものが現れた。


 「待てラン!」

 「お父様!」


 ランの父、パシュフィック公爵である。

 公爵らしく、高そうな服に身を包んだ公爵は、鼻息を荒くしていた。


 「パシュフィック家のため、学業に専念しているのだとばかり思って、ここ数年特に口出しはしてなかったが、それがラーメン屋になるだとー!そんなもの、ワシは認めんぞ!」


 と、興奮しながら叫んだ。

 多くの人がそれはそうだと思った。


 「いいえ、私はなります!止めないで下さい、お父様!」

 「バカモノが!名誉あるパシュフィック家の者がラーメン屋など以ての外だ!現当主であり、父親のワシがダメだと言ったらダメだ!」


 更に公爵は、


 「そもそも、我がパシュフィック家にはな、当主の決定は絶対であるという家訓があるのだ!そのワシが認めない以上、ダメなものはダメなのだ!どうだ、分かったかラン!」


 と、公爵は勝ち誇ったかのようにキッパリ言った。

 が、当のランは顔色1つ変えず、


 「ふぅ…お父様、コレのことをお忘れでは?」


 と、 1枚の紙を取り出し、公爵に見せた。


 「あん!何だその紙キレは…」


 それを見た途端、逆に公爵が顔色を変え、


 「あっ、あァァァァァァー‼」


 と、大声を上げて絶叫した。漫画だったら、目玉が飛び出して描かれていたであろう。


 「なっ、何だ?」

 「あの紙が何だと言うのだ?」


 と、再びザワつく講堂内。

 するとランは、指を軽く降る。するとランの姿はパッと消え、次の瞬間、来賓席の隣の教員席にいた、当学園の学園長の目の前に瞬間移動した。

 転移魔法である。本来賢者クラスの者が何年も修行を積まないと会得できない上級魔法だが、ランは朝飯前のように行える。


 「学園長先生、これをご覧下さい!」

 「‼こっ、これは、約束状!」


 約束状。それはこの国の裁判所が発行する一種の念書・契約書である。ほんの些細なことから重要な事まで、内容は問わず、片方がもう片方に守ってもらいたい約束事を文面にして、もう片方がその内容に納得したらサインをする。

 するとサインをした者は、その文面の約束事を必ず守らないとならないのだ。

 例えば、親子が「テストで百点を取ったらオモチャを買ってもらえる」等といった約束をしたら、絶対にオモチャを買わねばならないのだ。

 この約束状の効力は、この国では絶対である。

 約束を破れば、例え王様であっても投獄される。それ程の効力を持っているのだ。

 因みにこれは、この国ができて間もない頃、当時の初代王様が他国の王とある約束をしたが、一方的に破棄され、大損したことがあるらしく、その悔しさから、約束状とその効力の法が作られてのだった。


 そして、今ランが学園長に見せた約束状には、ランの綴った文面とサインに、父親の公爵のサインがなされている。

 内容は簡単に言うと、


 「ラン・フォン・パシュフィックが王立学園で以下の全科目で主席の成績を収めた場合、卒業後の進路は本人の自由とし、それに一切の口出しも邪魔もしないと約束する。」


 といったものだった。

 以下の全科目の成績とは、一般教養全科目を始め、戦闘術・魔法・薬学等、ランが主席の成績を納めている数々の科目名が並んでいた。


 「学園長先生、この約束状の条件を私は、クリアしていますでしょうか?」

 「…ふむふむ…」


 学園長は条件の項目に目を走らせ、確認した。


 「条件は…全て完璧にクリアしていますな…」

 「ありがとうございます!」


 学園長に礼を言うと、ランは笑顔で再び転移魔法を使い、父の元に戻った。


 「と、言うわけですお父様!この約束状の通り、今後一切、私にお構いなくお願いします!」

 「……」


 ニコリと笑みを浮かべるランと、顎外れそうなくらいの大口を開けて絶句した公爵。


 そう、公爵は完全に忘れていた。ランがまだ幼い頃、ある日突然、将来家を出て自分のやりたい事をしたいと言い出した。それに対し公爵は、


 「将来はワシが決めた相手と結婚し、パシュフィック家の繁栄に努めろ!」


 と、猛反対した。

 現代的に見ると、時代錯誤な気もするが、この世界の貴族・王族間では、さほど珍しいことではないのだ。

 が、ランは食い下がり、猛反発し、最終的にランが、


 「何か条件を申してください。それをクリアしたら、自由に生きることを許してください!」


 と、言い出した。

 それを聞き公爵はニヤリと笑い、


 「そうだな、それならば…」


 と、条件を出した。そう、それが約束状に書いてある条件だった。公爵は無理難題を出した。そして、約束状にもサインした。どうせ出切っこないと、高をくくって安易あんいにサインをしてしまったのだった。

 しかしランは、その恐ろしく、かつ難易度の高い無理難題を、全てクリアしてしまった。

 誰にでも得意不得意はあると言うが、彼女はそれを否定するかのように…


 そして今、

 ランは壇上に戻り、


 「同じ卒業生の全員の新たなる門出に幸ある事を祈ります!以上、卒業生代表ラン・フォン・パシュフィックでした!」


 挨拶の続きを手短に済ませ、壇上から降りると、


 「ちょっと待ったー!」

 「おっ、お待ちを!」


 彼女に声をかける男女複数名。

 

 「⁉皆様は確か…」

 「冒険者 組合ギルドのギルドマスターだ!」

 「治療院の院長です!」

 「王国騎士団団長だよ!」


 各自が身分を説明する。


 「あぁ…」


 王国でもそれぞれが、社会的地位の高い面々だった。

 が、ランは殆ど関心が無いように対応した。


 「ラン君!今のスピーチは冗談だろう⁉」

 「そうですよね⁉あなたほどの方がラーメン屋になるなんて…」

 「いいえ、本気です!私はラーメン屋を開きます!」


 悲痛な訴えをキッパリと否定するラン。


 「考え直したまえ!君ほどの才女がラーメン屋になるなんて!その溢れんばかりの才能を無駄に、いや、ドブに捨てるに均しい!」

 「そうだと、冒険者になれば世界でも数名しかいないSランクに名を残す冒険者になれるぞ!何ならBいやAランクからスタートしても構わない!君の実力は立証済みだ!」

 「いえ新薬を作り、流行り病を根絶させたあなたの才能は、治療院でこそ…あなた専用の研究室を用意してます!」

 「いーや、騎士団だ!我らが騎士団に!私の権限で小隊長の地位ポストを用意してある!」


 普通の人なら喜んで食らいつきそうな好条件を突きつける面々。在学中からランに目をつけ、スカウトするも断られ続けた。今日の卒業式をラストチャンスとばかりに、最後の猛アタックを仕掛ける。が、


 「結構です!そんな事に人生を費やす気はありませんので!そんなことしてる暇があったら、具のネギでも切ってる方がまだ有意義ですので!」


 と、断固拒否するランだった。


 「ネ、ネギ…」


 あろうことか、自分等が提示した条件をネギ以下かの用に言われ、ショックで固まる面々。


 「(少し言い過ぎましたでしょうか…流石にネギとは…)」


 口が過ぎたと少し反省するラン。

 しかし、それでも彼女のラーメンに対する思いは、揺るがなかった。


 「それは兎も角、私の決意は変わりませんので!」


 ランは身体を式の進行をしている職員の方を向いて尋ねた。


 「卒業式はもう終わりでしたね?」

 「えっ、あっはい、一応全プログラムは消化しました…」

 「ありがとうございます!では…」


 ランはその場で着ていたホコリ1つない、長い間着ていたとは思えないほどキレイな状態の制服の左肩の辺りを握り、勢いよく脱ぎ払った。

 しかし、ランは裸になったわけではない。それは推理漫画で変装の達人が、変装を脱ぎ捨て正体を明かす時の如く、何処に着ていたのか、別の服を着ていた。そしてその服装は、


 「ようやく、堅苦しい制服を脱げました!」


 上下黒のシャツとズボン姿だ。

 更に何も無い空間に黒い穴が現れた。空間収納魔法である。空間に物をほぼ無制限に入れておける。しかも、時間は停止し、生物なまものでも腐らずに保存可能。これもまた、そう易易と取得は出来ない高難易度の魔法である。

 ランはその穴から2枚の布を取り出し、1枚を頭に巻いた。手ぬぐいだ。もう1枚を腰に巻いた。前掛けだ。


 「よし!」


 そこには先程までの可憐な優踏生の姿は無かった。そこにあるのは、格好だけなら完全にラーメン屋の店員の姿をした、ラン・フォン・パシュフィックである。

 ランは最後に、


 「それでは皆様ごきげんよう!私は夢に向けてやることが沢山ありますので、この辺りで失礼致します!つきましては、開店した暁には、ご贔屓ひいき頂けますよう、よろしくおねがいします!」


 と、言い残し転移魔法で何処かへと去っていった。

 跡には呆然として、固まった大勢の人々が残されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 転移先でランは、学園から遠く離れた地に1人降り立った。


 「やっと肩の荷が降りました。さあ、私の人生はここから始まるのです。夢の世界一のラーメン屋に!」

 

 決意を新たにするラン。

 貴族の家で生まれ育った彼女が何故ここまで、ラーメンにこだわるのか?それは、彼女の幼少期…いや、前世が影響している。


 彼女が幼少の頃、ふとした好奇心から屋敷を抜け出た時の事。王族でも貴族でもない平民が暮らす町に迷い込んだ。所々にゴミが落ちてる様な所だ。そこで、小さなラーメン屋の前を通りがかった。その時、来たことなど1度もないのに、何故か妙な懐かしさを感じた。そして漂うラーメンの匂いを嗅いだ時、脳内にフラッシュバックが起き、前世の記憶が蘇ったのだ。

 

 前世で彼女は、地球の日本という国にいた。そこでも彼女は、日本でも有数の名家の令嬢であった。

 しかし、彼女はそんな自分を幸せだと思ったことはない。

 名家故に、幼い頃から徹底した教育が施された。様々な習い事に彼女の自由時間は潰され、スプーンの使い方1つにしてもアレコレと口やかましく言われる。そんな家と幼少期だった。

 学校や習い事先への送迎の高級車リムジンの中から、買い食いをしている同世代の子供達の姿を見て、幾度となく羨ましさを感じたことか。

 中学に上がり、週に1度、ほんの1時間だけ自由時間が与えられるようになった。しかし、今まで外で遊ぶといった経験のない彼女は、何をすればいいのか分からず、貴重な自由時間を毎日、無駄に消化していった。

 そんなある日、何気なく町を散策していたら、嗅いだことのない匂いに釣られ、生まれて始めて1人で飲食店に入った。それがラーメン屋だった。ラーメンという存在は知ってはいたが、屋敷のシェフのレパートリーにはなく、両親も庶民の食べ物扱いのため、口にしたことはなかった。

 店長オススメの物を注文した。見た目は至ってシンプルな一品(ラーメン)だった。生まれてはじめて使う割り箸を使い、恐る恐る食べてみたところ、またたく間にその味の虜となった。シンプルな見た目に反して、濃厚なスープとそれに絡む麺の織りなすハーモニー。ここには、口うるさいマナー講師もいない。ズルズルと音をたてながら彼女は、スープの1滴まで残さず飲み干した。

 以降、その味が忘れられず、来週また行こうと決めた。1週間が恐ろしく長く感じた。待ちに待った次の自由時間。先週食べた時、食べっぷりを気に入ってくれた店主がくれたライス無料券と財布を手にして、店にルンルン気分で向かう。

 しかし、彼女が2杯目のラーメンを口にする事はなかった。ラーメン屋の近くで彼女は車と接触した。即死だった…


 プルースト効果(匂いがそれに結びつく、記憶や感情を呼び起こす現象)なのだろうか、ラーメンの匂いが、彼女の前世の記憶を輪廻を超えて呼び覚ましたのだ。それだけ彼女にとって、ラーメンは特別なものなのだ。そのまま店内へ。

 こっちの世界で初めてのラーメン。幼い手で麺をすすった。その味は前世で食べた物ととても良く似ていた。よく見れば店主も、あの店の店主と声と姿がよく似ていた。別世界の同一人物というやつなのかもしれない。思わず涙が出た。豚骨系なのに、自身の涙て塩辛かった。


 その後もランは、時折、その店に通った。次第に、店主とも親しくなった。そして店に通いながら店主と話すうちに、


 「食べるだけじゃなくて、自分もラーメンを作ってみたい!」


 と、思うようになった。それも自分で作って自分で食べるような、趣味の範囲内などでなく、多くの人に食べてもらいたいと。

 そして根が単純な彼女は、


 「なら、世界一のラーメン屋になろう!」


 と、思い立ったのだった。それから、行動に移った。

 偏屈な父親と約束状を交わし、その条件を満たすための努力を惜しまなかった。全学科に始まり、ありとあらゆる武術に礼儀作法、全てを自身の夢を叶えるという目的のために直向きに頑張った。頑張りすぎた。  

 その結果が、彼女を、ラン・フォン・パシュフィックを万物の天才にしたのだ。

 そして今、夢への第一歩を踏み出したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんな彼女が最初に来たのが、とある山間の村。中央には立派な大木が生えている。この村は、村全体で農業を行い生計を立てている。

 しかし、肝心の田畑には作物がろくに実っていない。無理もない。川は干上がり、地面は痩せこけているので、雑草すらもまともに生えない。村の中央の大木を始め、村中の木々もよく見れば萎れている。

 そんな状況のため、村人も皆が皆、活気がない。そんな中、なんとも場違いな格好をした、余所者の少女が村の道を歩いているのを、彼らは物珍しそうに眺めている。

 そんな視線を気にもとめず、ランは村長の家を訪ねた。


 「以前手紙を送った者です。この村の外れの畑を購入したいのですが⁉」

 「あぁ、あの土地の…なんとこんな若い娘さんだったとは…」

  

 ランの目的は村の外れの畑だ。その畑はかなり広い。が、村からはかなり離れている。尚且つ、元々の持ち主が亡くなり、書類上は村の管理下にあるが、今は完全に放置されている状態だ。


 「あんな畑、手に入れてどうする気ですか?」

 「はい、美味しいラーメンを作る為です!その為、小麦粉からと思いまして!」

 「ラッ、ラーメン⁉…」


 自身の夢を村長に説明するラン。


 「それであの畑を…でも、まだ屋台すらも持ってない状態で、その格好は…」

 「私、形から入るタイプなんです!それに、学校の制服やお嬢様らしい小綺麗な服装よりも、この姿がいいんです!なんと言いましょうか…そう、身が引き締まるんです!!」


 と、キッパリ言うランだった。


 「はぁ~…しかし見ての通りこの村の有様を見たでしょう⁉」


 見てわかる通り、この村はかつて無いほどの危機に見舞われている。

 この村はかつては、農作物が豊作な所であった。しかし、数年前から突然、土地が痩せ細ってしまい、ろくに作物が育たなくなった。更に、追い打ちをかけるように、川の水が干上がってしまった。何方どちらも原因は一切不明だ。

 まともに作物の育てられない土地なので、売っても雀の涙程度の値もつかない。なので、村を捨てて出ていく者も、少なくはなく有様だった。


 「とても小麦を育てるのに適した土地では…別の場所を探したほうが…」


 力なく言う村長。彼自身、この村の未来を諦めているようだった。


 「…(どおりで、安いと思いました…)」


 様々な土地を調べ、広くて安いこの場所を見つけた。格安なので彼女自身も、(いわ)く付きなのではと思ってはいた。

 しかしランは迷うことなく、


 「いえ、構いません、ここに決めました!」

 「えっ‼」


 どうせ諦めるだろうと思っていた村長は、予想外の返事に思わず、口の中の入れ歯が落ちそうなくらい、大口を開けて驚いたのだった。


 「本気かね?」

 「勿論です!」

 

 それから、再三確認した後、村長とランは土地の契約を交わした。

 土地の購入代を支払い、契約を済ますとランは、契約書を空間収納魔法でしまった。


 「ではさっそく…サーチ!」


 ランは片手を伸ばし、掌を前にするとサーチという魔法を使った。

 サーチ。簡単に言えば自分を中心に、一定の範囲内にあるものを把握することができる魔法だ。人や動植物、又は石ころから金品に至るまで、何処に何があるかを瞬時に知ることが可能なのだ。

 因みに、腕のいい魔法使いで半径2~30m(メートル)先位までで、限界でも50m位だが、ランは余裕で1000m先まで把握可能なのだ。更に、範囲を一方向に限定すれば、10km先まででも簡単に届く位だ。


 「…成る程…解りました…」

 「?」


 サーチを終えるとランは村長を連れて、村の中央に向かった。


 「ここですね!」

 「お嬢さんここに何が?…」


 村の中央に生えている萎れかけの大木。

 村長によると、この村が出来る前から生えており、村の御神木も同じ存在だという。


 「どうした村長⁉」

 「あぁ、みんな…」


 2人を見て、辺りの村人が集まってきた。

 村長が理由を話す。


 「えっ、あの畑をこのお嬢さんが⁉」

 「あんな畑を買ってどうすんだよ?」

 「金をドブに捨てるも同じだぞ!」


 と、口々に言う。

 がランはそんな事を一切気にする様子もなく。


 「村長さん…いえ、村の皆様方!単刀直入に言います。この村で作物が育たなくなった原因は、この木です!」


 キッパリと言うラン。

 それに対して村人は


 「この木が原因って藪から棒に…」

 「この木は村の御神木だぞ!」


 と、口から口に抗議の声を上げる。

 対してランは、


 「皆さん、この木は…いいえ、これは単なる大木ではなくなっています。これは魔物と化しています!」

 「ま、魔物だって!」


 突然のカミングアウトに唖然とする村人達。


 「さぁ、正体を現しなさい!」


 と言うやいなや、ランは大木めがけ念力を放った。

 念力を浴びた大木は、それと同時に動き始めた。

 大きな樹洞じゅどうが口のようになり、更にその上に半月型の穴が2つ、左右対称に空いた。

 それは完全な顔となった。


 ギョギョギョー‼


 不気味な声を上げながら大木は、動き出した。


 「ひ~、本当に魔物だったのか⁉」


 彼等の前に現れた魔物、名は人面樹じんめんじゅ。普通の木に擬態し、通りがかった獲物を襲う魔物だ。長い年月を生きた樹木が、何らかの理由で魔物化したものだ。


 「そんな…村の御神木が…ワシが子供の頃からココにあるのに…」

 「人面樹は、長く生きた樹木が人知れず魔物と化し、生まれます。なので、特に不思議なことじゃありません!」


 人面樹を見ながら村人に説明するラン。

 そして、徐ろに人面樹を対して、片手をかざす。


 「固定(ロック)!」


 ギョギョ⁉


 突然身体が動かなくなり、混乱する人面樹。

 ランが放った魔法固定(ロック)は、対象をまるで時間が止まったかの様に、動かなくしてしまう上級魔法である。が、魔力の消耗が激しく、熟練の者でも止めていられるのは精々5秒位が限界と言われる。しかし、ランは軽く5秒どころか5分は軽く止めていられる。

 そして、動かなくなった人面樹に対し、もう片方の手をかさずラン。


 「浄化の光(キュアフラッシュ)!」


 もう片方の手から光が放たれた。その光を浴びた人面樹は、一瞬悶えたが、直ぐに動かなくなった。顔が出来ていた所も元通りに戻り、そこには元の、物言わぬ大木だけが残っていた。

 

 浄化の光(キュアフラッシュ)は、魔物化したものに放つことで、魔物に宿る魔素を浄化し、元に戻す光を放つ魔法だ。コレもまた、上位の魔法だが言わずもがな、ランは当たり前のように使えるのだ。


 「もう大丈夫ですよ、皆さん!人面樹は、元の大木に戻りましたから!」

 「…なんと…」

 「本当にもう大丈夫なんで?…」

 「ええ。それから…」


 ランはそのまま地面に手を軽く当てた。

 そして、


 「万能回復(パーフェクトヒール)!!」


 と言った。万能回復(パーフェクトヒール)。それは、ランのオリジナルの回復魔法である。回復魔法は一般的に、毒用・病気用・ケガ用と、種類に応じてそれに適した回復魔法があり、用途によって使い分ける必要がある。

 が、ランの万能回復(パーフェクトヒール)は、そういった用途を一切問わず、それどころか植物は勿論、人工物の様な生き物以外にも、効果があるのだ。流石に、死んだものを生き返らすのは出来ないが、死んでいなければ、どんな大ゲガでも一瞬で治してしまう破格の性能なのだ。

 そしてそれを、()()()()()()使えば…


 次の瞬間、村人達の目の前で、信じられない事が起こった。


 「ああ、畑が‼」

 「こ、これは!」


 殆ど、まともに作物が育っていなかった村中の畑の作物が、一斉に育ち始めたのだ。萎れていた村の木々も途端に元気になり、雑草もアチコチで生え始めた。


 「これは、夢か幻か…」


 とアチコチで、村人達が自分のほっぺをつねって、夢かどうかを確認している。


 「さて、次は…」


 それから徐ろにランは、山の上方をジーと見て、


 「…アレね!」


 そう言うと右手の指を、銃のようにして構えた。

 そして、


 「(急所(ウイークポイント)撃ち(スナイプ))バキューン!」


 そう言うやいなや、指先から小さな魔力の塊が、目にも止まらぬ速さで山の上方目がけ、飛んでいった。

 

 バーーン!


 飛んでいったと思えば、飛んでいった方から大音が響き渡った。そして、干上がっていた川に水が勢いよく流れて来た。


 「あぁ、か、川の水が…」

 「川まで生き返った…」

 

 歓喜する村人達。


 先程ランが放ったのは、急所(ウイークポイント)撃ち(スナイプ)。小さな魔力の塊、魔力弾を狙った物目がけて放つ。すると、生物・無機物かは問わず、狙った物の1番弱い所、つまり弱点(急所)に自動的に当たる必殺の攻撃魔法である。


 実は村の川が干上がっていたのは、山の上方で起きた土砂崩れにより、大岩が川の河口(かこう)を塞いでしまったからだ。ランはその大岩を、急所(ウイークポイント)撃ち(スナイプ)で破壊したのだ。急所に魔力弾を打ち込まれた大岩は、粉々に粉砕した。


 急所(ウイークポイント)撃ち(スナイプ)もまた、上級魔法であり、ましてや使えたとしても、約30メートル位が限界とされている。が、ランはそれを、遥か彼方の大岩を破壊するのに使用したのだった。

 彼女が目視できれば、どんなに離れていても使用できるが、今回の場合、ランは元々目の良い(両目共2.5)上、それを身体強化魔法で更に視力をアップさせ、望遠鏡の倍率並みの視力にしたものだ。

 

「さぁ、これで水源も元通り。この村はもう大丈夫ですね!」


 自身の目標にまた一歩前進した。

 内心ウキウキしながら村人達を振り返る。すると、眼の前には、

 

 「⁉」


 驚くラン。そこには村人達が、膝を地面につけていた。


 「ありがとうございます!」

 「このまま、廃村になるのも時間の問題と、思っていたのに…これで、村も生き返ります!」

 「全て貴方のおかげです。救世主…いや、まさに貴方は聖女です!」


 と、初め会った時とは、打って変わって目を輝かせていた。


 「(聖女…私がなりたいのは、ラーメン屋なんだけどな…)」


 ランは内心で、そう思っていた。

 他でもない。本当に自身の夢のためにと、したに過ぎないのだが、聖女と崇められてしまった。


 「(まぁ、喜んでくれているのなら、それでいいでしょう!)」


 それからランは、お礼とばかりに、自身が不在の間、買い取った畑の管理をしてくれることを、村人達と約束を取り付けた。


 「お任せあれ!」

 「聖女様の畑には、ネズミ一匹たりとも近づかせません!」

 「我ら、寝ずの番となって、片時も離れたりしません!」


 と張り切る村人達。


 「そこまでしてくださらなくても…」

 

 と、少し困惑したランだった。

 それはそれとして、転移魔法で次の目的地へ飛んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 長くなるので、以降の話はダイジェストで…


 とある港町。


 ド~ン‼


 沖合いの方で、大きな音がなり、水柱が出来たと思ったら、そこから1人の少女が、飛んできた。

 少女はまるで、水たまりを乗り越えたかのように、停泊所に着地した。

 騒ぎを聞きつけ集まった漁師等を始めとする、住人達。騒ぎの元となった少女こと、ランは、空間収納魔法を展開すると、そこからえらく巨大なものを出した。

 それは、巨大なタコとイカだった。正確に言うと、タコとイカの魔物だ。

 この港では、半年ほど前から、この巨大なタコとイカの魔物が沖合に住み着いて、近づく漁船を襲ったり、海産物を手当たり次第食べてしまっていた。

 ここは、採れた海産物を各地に卸して生計を立てていた。そのせいでこの港町では、仕事ができず、皆が皆、大弱りしていた。漁師を廃業する者も出始めていた。

 高位の冒険者に討伐を依頼したくとも、場所と魔物の強さから、依頼料もとてつもなく高額で、とてもじゃないが払えなかった。

 皆が諦めかけていたその時、ランがやって来て、皆が止めるのも聞かず、小舟で沖合に行ってしまった。

 それから間もなく、先程の有り様となった。そう、2体の魔物は、ランの手で討伐されたのだ。

 大喜びの人々。しかも、ランは自分で勝手にやった事と、一切の謝礼をも受け取らなかった。

 その代わりに、


 「ここの海で採れる昆布と、ある魚を定期的に卸して下さい!」


 と、要求した。

 ここで言う、ある魚。それは、地球で言うところの鰹にあたる魚だ。つまり、昆布とかつお節。

 そう。ランの目当ては出汁に必要な材料なのだ。

 そんなことで良ければと、快く了承する人々であった。


 所変わり、とある村。


「ありがとうございます聖女様!!」

「聖女ではありません。ラーメン屋志望です…」


この村では、たちの悪い疫病がまん延し、多くの人々を苦しめていた。が、突然やって来たランが、回復魔法で病人全員を一瞬で治してしまったのだ。しかも、同事に疫病自体を根絶させたのだ。

そしてランは、この村の野菜を卸すことを約束付けた。この村に来たのはソレが目的だった。


以降も、行く先々で、問題を容易く解決して回るラン。

そして、


 「よしと!これで、必要な食材の仕入れ先の目処は立ちましたわね!」


 食材を一通り揃えたラン。

 場所は移り、ココはレンタルで借りた、とある場所の調理場。元々住んでいた屋敷にも調理場はあるが、今の彼女はその家を出てしまっているので使えない。

 最も、仮に出てなかったとしても、()の偏屈な父がうるさいので使えなかっただろうが…


 「では!」


 そう言って調理し始めるラン。各地で揃えた最高の食材の数々を手際よく、調理する。そして、みるみるうちに、ラーメンは完成した。


 「出来ました。では、固定(ロック)!」


 魔法でラーメンの時間を停止させるラン。こうすれば、魔法を解くか効果が切れるまでラーメンは、出来立ての状態を維持(キープ)出来る。

 時間を停止さたラーメンを持ちランは、ある場所にワープした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「コレが、ランちゃんの作ったやつか!?」

 「はい大将(師匠)!」

 「よし、そんじゃあ早速…」


 魔法を解除したラーメンをすする男性。

 ランが大将(師匠)と呼ぶ男性。ランが幼い頃から通っているラーメン屋の店主だ。実はランは、時折、学業の合間を縫って、変装して彼の店を手伝っていたのだ。同時にラーメンの作り方等を学ばせてもらっていた。

 ランはラーメン作りなら、彼は自分以上と認識していた。それだけ、彼を慕っているのだ。

 最初は彼の味を引き継ぎたいと思っていたが、


 「人のマネじゃなく、自分で最高の一品(ラーメン)を作れるようになれ!」


 と言われ、それに従い、自分流の一品(ラーメン)を目指した。そして、今、彼に食べてもらっているのが、それだ。

 そうこうしてる内に、試食は終わった。

 顔には出さないが、内心ドキドキしながら批評を待つラン。何気に、今までの人生で一番、緊張していた。


 「どうですか?」

 「…ランちゃん…」

 「!はい!」

 

 徐ろに彼はランの方を向き、右手を伸ばし、


 グッ!


 と、親指を立てた。

 それは、元の世界では「Good」を意味するポーズ(国や地域によっては、悪い事を意味するケースもあるが)。この世界の、この国でもコレは、「Good(同じこと)」を意味するポーズだ。

 満面の笑みを浮かべるラン。


 「本当ですか師匠!?」

 「ああ、スゲー美味いぜ!ただ、このスープなら麺は太麺の方がいいと思うぜ!あと、トッピングも…」

 「成る程、流石です師匠!」


 その後も彼からのアドバイスを受けながら試行錯誤して、ランは自分流のラーメンを完成させたのだった。

 

 そして月日は流れ…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「俺、塩ね!」

 「俺も塩で!」

 「俺は豚骨。あとライスも!」

 「かしこまりました!塩2つ・豚骨あとライスです!」

 「はーい!」


 店員の子供が注文をとり、厨房に伝えた。


 「お待ちどうさま!」


ものの一分足らずで先程の客達が注文した品々が提供された。


「相変わらず早いな…」


ズルズル!〜


「美味い!」

「これまた相変わらず味も絶品だな!」

「ああ、そして何よりも、店主がこれまた美人何だよな!〜」


そう言いながら厨房を覗く客。

すると店主の女性が厨房から顔を見せた。


「もー、褒めてもメニューの品以外出ませんよ!?」


 そう言いながら、頭に手ぬぐいを巻いた女性が微笑んだ。

その直後、新たに客が入って来た。薄汚れた男達だ。彼等は、近くの炭鉱で働く炭鉱夫達だ。


「うっすランちゃん!」

「あっ皆さん、ごきげんよう!席に座られる前に、そちらの魔法陣の方に!」

「ああ、わかってるよ!」


 そう言って、入口の側の床に画かれた魔法陣の上に並んで、一人づつ立つ男達。


パァー!


と光ったと思ったら、男達の身体の汚れは全てなくなり、まるで風呂上がりに洗濯した服を着たかのように綺麗になった。

コレも彼女、ランの仕事だ。上に乗るだけで、自動的に身体中の汚れが消えてなくなる。そういった効果のある魔法陣だ。彼等のように、仕事で身体が汚れる人達でも、入れるようにと配慮したのだ。


小綺麗になった炭鉱夫達は、


「何時もの!」


と言って注文した。彼等はこの店の常連客だ。

間もなく、その何時もの品々が提供された。


「美味い!」

 「最高だな、コレが食いたくて、仕事してると言っても過言じゃないぜ!」


美味そうに麺を啜る炭鉱夫達。


「ふふふ、皆さん本当に、いい食べっぷりですね!見ていて気持ちいいですよ!」


厨房から出て来たランが彼等の側まで来た。


「ああ。仕事はキツイが、ランちゃんのラーメンの為とあればこそ、頑張れんだぜ!」

「そうそう。食うと疲れなんて一気に吹っ飛んじまうぜ!」

「正直言うと、ランちゃんの顔見ただけで、元気になれんだ!」


口々にべた褒めする炭鉱夫達。


「そう言ってもらえると嬉しいです。そうだ、今日は特別に…」


厨房の方に手をかざすラン。そしてササッと手を動かす。すると、


パチャン!


炭鉱夫達の食べてるラーメン鉢の中に、味付け玉子が出現した。厨房の鍋の中の、味付け玉子を魔法で彼等の鉢に転送させたのだ。


「味玉サービスしますね!」

「おおサンキュー!」

「ランちゃんマジ女神だぜ!」


炭鉱夫達と楽しそうにするラン。その光景を見ていた近くのテーブル席のグループ。身なりから冒険者とわかる。


「見たか今の!?」

「うん…」


息を呑むのは魔法使いの若い女性。


「スゴイよ…見えないとこにある物を、別々の場所に転送するなんて、相当な技術よ…」


離れたとこにある物を動かしたり、移動させる魔法。ランはアッサリとやってのけたが、これらも本来は、かなりの技術がいるのだ。


 「しかし、惜しいなぁ…アレだけの才能があるのに、ラーメン屋やってるなんて…」


リーダーの剣士の男性が言う。


そう。学園を卒業して早数年。

ランは夢叶って今は、ラーメン屋を経営している。最初は屋台から始めたが、すぐに評判になり、今ではこうして、店を構えているのだ。


「そうだな。彼女魔法だけでなく、剣や弓といった、あらゆる武器の扱いに長けてて、薬や魔道具なんかも簡単に作れるんだろ?」

「あぁ…なろうと思えば、騎士団長にでもすぐなれる位の実力あるそうだぜ。それなのに、勿体ねーな…」


冒険者のグループが食事しながら話していると、


「全くだ!」

「ウンウン!」


隣のテーブル席の男女3人が話に入って来た。

驚く冒険者達。


「!?あなた達は…」


リーダーが気付いた。彼等は、


・冒険者 組合ギルドギルドマスター

 ・治療院 院長

 ・王国騎士団 団長


といった面々だ。ランが学園に在籍中の時から、スカウトしようとしていた。

卒業式で、こっぴどくふられた後も、度々スカウトに訪れるていた。結果は当然ながら…


しかし、ランがラーメン屋開いてからというものの、ギルドでは冒険者達のクエスト達成率が大幅アップし、国中で病気になる人の数が低下し、治療院の負担も減少し、騎士団も団員達の戦闘力が軒並み上がった。

何を隠そう、ランのラーメンを食べたからだ。ランはラーメンに、回復効果を始め、ステータスアップや状態異常耐性等の効果を付与しているのだ。

なので、結果的に彼等の組織にも大きく貢献しているのだ。


そんな中、おかもちを持った子供の店員が帰ってきた。


「出前行ってきたよー!」

「お鉢下げて来ました!」

「ご苦労さま!」


この子達は、国の外れの地区にいた身寄りのない子供達だ。何かしらの理由で家族を失い、物乞いや盗み、ゴミ漁りをしていたところをランが拾い、面倒を見ているのだ。

ランは店の売り上げ等を使い、孤児院を建て、彼等をそこに住まわせている。

最初こそは警戒していたが、直ぐに心を開いてくれた。そして本人達の希望で、交代交代に店を手伝っているのだ。流石に、1人で店を切り盛りするのは難しいので、大いに助かっている。


そんなこんなでランは、ラーメン屋の店主でありながら、多くの人を助けている。それもあってか、彼女を【聖女】と呼ぶ者が多い。

 が、当の本人は、


「私は単なるラーメン屋の店主です!」


と言っているのだった。


「ねーねー、ランお姉ちゃん!」

「コラ、お店では店長でしょ!?」

「あ、イケねー!」

「呼び方なんて、何でもいいよ…ふふふ!」

「ハハハ!大人気だなランちゃん!」

「このくらいは当然だろ!」


店員の子供達と、常連客達に囲まれ幸せそうなラン。

 それを見てギルドマスター達は、


「…なんだか、楽しそうだなランくん…」

「確かに…武器を振るっている時とかよりも、今の方が何倍もな!」

「ああ、結果こそ出してわいるが、なんと言おうか…心ここにあらずといった感じだったな…」

「下手な仕事よりも、性分に合っているのかもしれませんね…」


と漏らした。

今のランの姿を見ていて、そう感じるようになった。


「スカウトするのは、止めにするか…」

「ですね…」

「しかし、コレからも、定期的に店に通わせてもらうけどな!」

「「当然!」」


彼等もそのまま、店の常連客となった。


因みに、ココだけの話、ランの父であるパシュフィック公爵は今、檻の中だ。

約束状があるとわかっていながらも、ランを何としてでも家に戻そうと、アレコレ裏で動いていたのだが、それがバレて捕まったのだ。


まぁ、それは置いといて…


ガラガラ!


「いらっしゃいませ!」


そしてまた一人、お客が入って来た。

注文を受け、厨房でラーメンを調理するラン。ラーメン1杯だけでも、手を抜くことはなく、心血をそそいで自慢の一品を作り上げるラン。

出来上がったアツアツの1杯のラーメンを、先程の客に提供した。


ラーメン屋の店主でありながら、【聖女】と呼ばれるランこと、ラン・フォン・パシュフィック。

彼女は今日もまた、人々に笑顔と幸せ、そして、ラーメンを届けるのであった。


「ラーメン一丁、お待ちどうさまです!!」


ーー完ーー

完全な思い付きで書いた作品です。

ちまちまと、少しづつ書いてて、完成するのに何と、軽く2年はかかってしまいました…

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