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女王の巣

 サムルクは握力がなくなるほどに、ナイフの柄を握りしめていた。

 目と鼻の先で、トロールのトントとアヴェスタが、蟹のようなハサミを持つムカデのような体をした怪物と戦っている。

 怪物のくり出すハサミをトントが長斧で受け流し、その隙を突いてアヴェスタが短剣をたくみにあやつり切りかかる。

 二人の見事な連携に、怪物はなすすべもなく体中を切り刻まれて、迷宮の狭い通路の中をのたうち回った。

 しかし、それでも長い体をうねらせながら、執拗にサムルクたちを捕らえようと襲い掛かってくる。

 一瞬の隙をつき、トントが斧で怪物の頭を貫くと、ついに怪物はサムルクたちの目の前で力尽きた。

 サムルクは、ムカデの怪物を難なく倒す二人を羨望の眼差しで見つめながら、何もできない自分を情けなく感じていた。

 けれど、サムルクは剣術を学んだことも、戦いの実践を積んできたわけでもない。

 まるで役に立たなくて当然だろう。

 それをトントやアヴェスタが責めるはずもなかったが、サムルクは、何か自分の出来ることはないものかと、歯がゆい気持ちでいっぱいだった。

 ガオケレナのあった聖地から、ここに来るまでに六度も魔物と出会ったが、その戦いを重ねるにつれ、トントとアヴェスタは息が噛み合っていくようだった。


 戦いを終え一息ついていると、トントはおもむろにその怪物の足をむしり取り、ムシャムシャと食べ始めた。

 それをほかの面々は苦々しい顔をしながら、信じられないというようにトントを見た。

 しかしサムルクは、迷宮のどこにも生き物の死骸が見当たらないのは、こうしてここに住む者たちが、生きるための糧にしているからなんだろうと、妙に納得したりもしていた。

 その怪物から流れ出る体液が、あまりの悪臭を放っていたため、アヴェスタは鼻をつまみながらトントの背中を叩く。

「ほらほら力持ち、いつまでも食事してないで、さっさとアラーニェのところへ行くよ!」

 サムルクは少し疲れを感じていたが、ここまで幾度も魔物たちと戦ってきた二人が根を上げてもいないのに、自分が根を上げる分けにはいかない。

 そう思いながら、黙々とフラワシの後を歩いた。

「ちょっとトント! もうその足捨てなって! 臭いんだから!」

 一番後ろを歩くトントが、さっき仕留めたサソリムカデの足をまだバリバリと食べているのを見て、アヴェスタがたまらずわめいた。

 トントはグフフと笑いながら最後までその足を平らげると、自分の指についたサソリムカデの体液までも綺麗にねぶった。

 あの悪臭からはまったく考えられないが、トロールからすると、よほど美味しいものだったのだろう。

 サムルクの隣りを歩くフラワシが、面白いくらいに渋い顔をしているのを見て、どうやらあの食べ物はフラワシも受け付けないのだとわかった。

 あんまりフラワシの顔が面白くて、サムルクがつい吹き出すと、フラワシはそのままの渋い顔でサムルクを見た。

「あんな物を食べるくらいなら、岩にはりついた苔でも食べた方がまだましだね」

 それを聞いてアヴェスタが、「あたしなら――」と何か言いかけたその時、通路の奥から爆音がこだましてくるのが聞こえて、一同は一斉に静まりかえった。

 サムルクたちは黙って耳をすましていると、なおも通路の先から連続的に爆発するような音が聞こえてくる。

 そしてサムルクたちは、おたがいの顔をうかがうと、誰が言いだしたわけでもなくその音のする方へと走り出した。


                 *


 蜘蛛の糸が張りめぐらされた広場の中央に、黄金色に輝いた金銀財宝がうず高く積まれている。

 その山の頂で、大蜘蛛の大群に囲まれながら、財宝を占拠している者たちの姿が見えた。

 その周りには、体から黒煙を出しながら燃えている大蜘蛛や、すでに焼け焦げて消し炭となった大蜘蛛があおむけになって事切れていた。

 サムルクたちは、何層もの迷宮が崩壊し空洞となった広場の二階で、その広場に張りめぐらされた糸の隙間から辺りの様子をうかがっていた。

「あいつら……!」

 財宝の山を占領していたのは、サムルクも見覚えのある三人の悪党どもだった。

 大蜘蛛の群れを寄せつけないようにしている魔法使いの後ろで、盗賊二人は足元の財宝を必死に搔き集めている。

 と、そこに不用意に近づこうとした一匹の大蜘蛛に、魔法使いが勢いよく火球を放つ。

 爆音とともに一匹の蜘蛛が火だるまになり、激しい痛みにもだえながら地面を転がった。

 それを見て、頭に不釣り合いな王冠をのせたひときわ大きな蜘蛛が、大蜘蛛たちの後ろの方で、ギィギィと不快な鳴き声を発しながら怒り狂っていた。

 その怒り狂う蜘蛛を指を差して、「あれがアラーニェおばさんだ」とフラワシが言った。

 サムルクはアラーニェおばさんに目をやると、その首にぶら下がっていた鍵をめざとく見つけた。

 どうやって首に掛けたのか、アラーニェの首元には鍵が垂れ下がっている。あれが"太陽の門の鍵"で間違いなさそうだ。

「こんな調子じゃあ、あのアラーニェおばさんから鍵を取り返すなんて、とてもじゃないが無理な話だね。それにしたってよくもまあ、あいつらあんな恐ろしいところへ突っ込んで行ったもんだよ」

 アヴェスタが、なかば呆れたように言った。

「きっと僕から盗んだ退魔のお守りがあったから……」

 サムルクはあらためて、あのお守りの力を思い知った。

 そしてそんな大切なお守りを、どうにかシルプヘップ婆さんに返すことが出来ないものかと考えた。

 ――それにしても、一体あの盗賊たちは何を探しているんだろう?

 サムルクは、魔法使いの後ろでせっせと財宝を搔き集めている盗賊たちが、何かを必死で探しているように見えた。


「なあアーリマンよ! もうあきらめようぜ! さすがにこんな宝の山から小さい"腕輪"を見つけるなんて、どう考えても無茶な話だぞ!」

「黙って探せ、見つかるまでは帰さんぞ」

「チッ!」

 ダハーカとアジーは、しぶしぶ宝をかきわけながら、アーリマンのお目当ての"腕輪"を探していた。

 二人の盗賊は、すでに一生遊んで暮らせるほどの金銀財宝を鞄に詰め込んでいた。

 アーリマンが盗賊たちに探させている「赤い蛇がうねる黄金の腕輪」に、一体どんな力が隠されているのか知らないが、盗賊たちは命のあるうちに一刻も早くここから逃げたいと考えていた。

 アーリマンから、小間使いのように使われることが我慢ならなくなっていたダハーカは、腕輪を探すフリをしながら、アジーと密かに相談をはじめた。

「おいアジー……、もうここいらで、あの魔術師先生とは縁切りさせてもらおうや」

「……で、どういう作戦だい?」

「へっ、作戦もなにも、あの先生は蜘蛛のおもりにつきっ切りでいなさるんだ。こっそり後ろから近づいて、ほれ、あのお守りを握りしめてる左手ごと切り飛ばしちまえばいい」

「そりゃあいいぜ、そんであのお守りを手に入れて、とっととデーンカルドからおさらばするってワケだ」

 話がまとまった盗賊たちは、腕輪を探すフリをしながらジリジリと、アーリマンの背後へ近づいていった。

 退魔のお守りの力で動きが鈍った大蜘蛛に向けて、アーリマンは勝ち誇ったように炎の塊を飛ばしている。

「アボルファイ!」

 アーリマンの杖で火球がうねり、大蜘蛛めがけて飛び出した。その時――

「今だ!」

 二人の盗賊は、後ろからアーリマンに飛びかかった。

 アジーがアーリマンの左腕をとらえ、その拍子に倒れ込んだアーリマンの左手首に、ダハーカが素早く引き抜いた短剣を力の限り振り下ろす。

「ぎぃあああァ……!!!」

 断末魔のような叫び声が広場中に響き渡った。

 ダハーカはおかまいなしに、切り落としたアーリマンの左手を拾うと、笑いながら勝ち誇ったように言った。

「すまんねぇ魔術師先生、俺たちゃお先に抜けさせてもらうぜ。あんたは好きなだけ腕輪でも何でも探してくれたらいいさ」

 盗賊たちが財宝の山を下りはじめると、大蜘蛛たちは通り道を作るように二人の盗賊から離れ、財宝の山でうずくまる魔法使いへと徐々に群がっていく。

 その様子を広場の二階から見ていたサムルクは、いくら憎い相手といえど、これから大蜘蛛たちに八つ裂きにされるであろう、魔法使いを直視することができずに目をそらした。


 アーリマンは激しい痛みに襲われながら、その場にうずくまることしかできずにいた。

 突然の裏切りと酷い痛みで、体が熱くなり全身から脂汗が吹き出してくる。

 このままでは、様子をうかがいながら近づいてくる大蜘蛛たちに、呆気なく殺されてしまうことだろう。

 アーリマンは、再び杖をつかんで炎の魔法をぶつけてやろうと試みたが、思うように力が入らず、とても魔法を使える状態ではなかった。

「殺してやる……! 殺してやる……!!」

 そう呪いの言葉を吐きながら、薄れる意識を怒りで繋ぎとめるのが精一杯だった。

 アーリマンの左手首からは、その骨と皮だけの体の一体どこに流れていたものか、大量の血が流れ出している。

 アーリマンの血は足元の金貨を濡らし、その隙間を縫って財宝の中へと流れ込んでいった。

 まるでその血は、赤い蛇のように財宝の奥へと流れていく。

 なんという悪運の強さであろう。

 アーリマンの血は、まるで導かれるようにして、財宝の奥深くに眠っていた魔法の腕輪を見つけだした。

 そして、血が腕輪に触れた瞬間、アーリマンの全身に凄まじい魔力が流れ込んだ。

 何が起こったのか、アーリマンは左手首を見て驚いた。

 あれほど探し求めていた「赤い蛇がうねる黄金の腕輪」が、すでに手首にはめ込まれている。

 それどころか、さっきまでの痛みも嘘のように消え、その上、手首からはアーリマンの流した血を集めて作ったような、真っ赤な手が生えていた。

「これが……、夢にまで見た"ディーヴの腕輪"……!」

 鮮明になったアーリマンの目に、自分の"古い手"を持ち去ろうとしている二人の盗賊の姿が映る。

「よくもこの私を裏切ったな、目にものを見せてやろう……!」

 魔法の腕輪もアーリマンも、その瞬間を待ち焦がれていたかのように、体内にあふれ出る魔力を一気に解き放った。


 突然、雷のような轟音が立て続けに鳴りはじめ、サムルクは驚いてすぐさま広場に視線を戻した。

 見ると、真っ黒な稲妻のようなものが魔法使いの周りを駆けめぐり、蜘蛛たちは次々と、その黒い稲妻に討たれて動かなくなっていた。

 哀れなアジーが、蜘蛛たちと同じように黒焦げになって地面に横たわっているのが見える。

 それからダハーカを見つけると、サムルクは思わず声を上げそうになった。

 雷の駆けめぐる広場の真ん中で、ダハーカは空中に浮かんでいた。

 浮いているというよりも、宙吊りにされていると言ったほうが正しいかもしれない。

 ダハーカはうまく身動きが取れないでいるのか、あるいは目に見えない何かに縛られているかのように、空中でもがいていた。

 そのダハーカが、ゆっくりと引っぱられるように移動するのを見て、サムルクはまたも息を呑んだ。

 ダハーカが進むその先で、左手首を切断されてうずくまっていたアーリマンが、あろうことか切断されたはずの左手を突き出している。

 その手首からは、まるで悪魔がアーリマンに与えたかのような、恐ろしく赤い手が生えていた。

 サムルクは、自分が目をそらしたあの一瞬のうちに、一体何が起こったのかと混乱した。

 蜘蛛たちはまさしく"蜘蛛の子を散らす"ように、その広間からあっという間に姿を消した。

 大蜘蛛の女王アラーニェも、さすがに覚醒を果たした魔法使いには敵わないと悟ると、その身を物陰に隠した。

 アラーニェの巣であった広間には、焼け焦げた大蜘蛛の死骸と、哀れな盗賊だけが残された。


 アーリマンに宙吊りのまま引き寄せられたダハーカは、アーリマンの左手首から新たに生えた恐ろしく禍々しい左手と、その腕にはめられた腕輪を見つけて狼狽した。

「ち、違う、違うんだよ先生……! あ、アジーの奴が俺をそそのかしやがるもんだから、仕方がなかったんだ……! 俺は、せ、先生がそんなに凄い宝を探しているだなんて、思ってもみなかったんだよ……!」

 そうダハーカは息も絶え絶えに弁解しながらも、アーリマンが不気味な悪魔のように見えていた。

 アーリマンの目からは光が消えて、骸骨のような顔は、さらにその色味までもが死人のように青黒くなっていた。

 もはやそこに立つのが人間だとは思えない。

 アーリマンは、ダハーカの言葉を聞いているのかいないのか、ただ口元をゆがませて声もなく笑っているようだった。

 それからアーリマンは、宙に浮いたままのダハーカに右手を上げると、その指を軽く弾いた。

 その途端、宙吊りのダハーカの左手首が弾け飛んだ。

「がああぁァ……ッ!!!」

 ダハーカはその衝撃で、弾き飛ばされなかった方の手に持っていた、アーリマンの"古い左手"を手放した。

 アーリマンの"古い左手"が地面に落ちたその時、その手に握られていた退魔の首飾りも"古い左手"から逃れて転がり落ちた。

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