ガオケレナ
秘密の階段を下りきったサムルクとアヴェスタの目の前には、まるで夢のような風景が広がっていた。
その場所は、迷宮にいることを忘れるほどに明るく、そして、見渡す限り緑に覆われた草原だった。
何よりも二人の目を引いたのは、目の前にそびえ立つ、途方もなく巨大な樹の存在だった。
二人は感極まって言葉を失い、そのあまりにも雄大な姿に圧倒されて、ただ目の前の巨木を呆然と見つめた。
その時、サムルクは自分が手に入れたガオケレナの枝は、まだ若木のものだったのかと理解した。
伝説のガオケレナは、やはり思いも寄らぬほどに巨大な樹であったのだ。
サムルクはそれと同時に、伝説のガオケレナの樹が一本だけではなかったことに驚いていた。
アヴェスタは、サムルクの肩に腕を回し、興奮してブンブンと揺すりながら言った。
「サムルク、あれがきっとあんたが探してたガオケレナだよ! 本当に存在してるだなんて……!」
サムルクもその通りに、あの巨木がガオケレナであることには何の疑いもなかった。
しかしアヴェスタに、「ガオケレナを見つけられなかった」と嘘をついてしまっていたサムルクは、素直に喜ぶことができないでいた。
サムルクは隣りで喜ぶアヴェスタを見ながら、こんなことなら最初から全部本当のことを話しておけばよかったと後悔した。
自分はすでにガオケレナの枝を手に入れていると、アヴェスタに伝えるべきだろうか?
サムルクは、アヴェスタにそのことを話すタイミングを見失ったような気がした。
それから二人は、ガオケレナの樹をもっとそばで見てみようと、近くまで行ってみることにした。
だが、二人の出てきた秘密の出口は、ガオケレナを囲む内壁のかなり高い位置にあり、ガオケレナの生える地面まで降りるには、ロープをたらすか石垣をつたい降りるくらいしか方法がなかった。
二人はロープなど持ってはいなかったし、壁をつたって降りるほど切羽詰まっているわけでもない。
それに、いつの間にか姿が見えなくなったフラワシも気にかかる。
二人は、いなくなったフラワシを探しながら、下へ降りる道も探してみようと、壁沿いにつづく道を歩きはじめた。
二人が歩く壁につけられた道は、ガオケレナを囲む内壁をぐるりと一周しているようだった。
高台の道を歩く二人の頬を、どこからか流れてきた心地よい風がなでていく。
ガオケレナの巨木はサワサワと音を立て、風に枝を揺らしていた。
気が付けば、時折何かの鳥の声まで聞こえてくる。
二人は、迷宮の地下底に作られた草原を眺めながら、地上に戻ってきたような錯覚を覚えていた。
サムルクは、穏やかな気持ちでガオケレナの樹を眺めていると、その巨大な樹のすそに、不格好な家のようなものが点々と建っていることに気がついた。
建物の周囲には、自然に生えたにしては規則正しく生えそろった葉っぱが植わっている。
どうやら畑のようだ。
そこに、見たこともない人間のような生き物たちが、これまた見たこともない牛のような家畜を連れて、畑の近くで働いている姿も見えた。
その人間のような生き物たちは、例えるならば子供が粘土細工で作ったような不格好な姿をしていた。
サムルクがそんな人間もどきを観察していると、アヴェスタが突然サムルクの頭を押さえつけ、身をかがませながら言った。
「トロールだ! ここはトロールの住処じゃないか!」
慌てふためくアヴェスタをよそに、サムルクはしゃがんだまま高台から身を乗り出して、あれがおとぎ話に出てくるトロールなのかと、じっくり観察した。
畑仕事に精を出しているトロールや、寝転んでうたた寝をしているトロールを見ていると、そこにいるのが人間じゃないということ以外は、いつもの見慣れた景色のように見える。
のんきなトロールたちを見ていると、地上で暮らす人間たちより、むしろここに暮らすトロールたちのほうがずっとのんびりしていて幸せそうに感じた。
アヴェスタは、トロールたちをものめずらしそうに眺めているサムルクの襟を引っぱると、遠くのトロールたちに届くはずもないのに、小さな声で言った。
「あいつらに見つからないうちに行くよ!」
そうして二人はコソコソとその場を離れ、再び壁沿いの道を歩き始めた。
それから少し歩くと、道の向こうにトロールの家に似た奇妙な形をした小さな家が、内壁に張り付いて建っているのが見えた。
その家を見つけた二人は、一瞬、トロールが住んでいるのではないかと緊張したが、そこにフラワシと老人らしい人物が話しているのを見つけ、ほっと胸をなでおろした。
二人は、きっとあのお爺さんがフラワシの言っていた「フーム様」に違いないと思い、急ぎ足でフラワシの元へ向かった。
奇妙な形をした家に近づくと、何やら騒ぎ立てているフラワシの声が聞こえてくる。
それを聞いたアヴェスタは、サムルクに、「こりゃあ、あのへんてこりん、当てが外れたみたいだね」と言った。
アヴェスタの言葉を聞いて、サムルクはなんだか落ち着かない気持ちになった。
それでもフーム様にきちんと事情を説明して、どうしても力を借してもらわなければ。
サムルクは緊張した面持ちでフラワシの元へと急いだ。
奇妙な形をした家の前でフラワシと話していた老人は、二人が訪れると、思いがけず手を振って出迎えてくれた。
「おお、こんなところまで、よう来なさったなァ。まあ少しばかり休んでいきなさい」
そう言って、老人は二人を奇妙な形の家へと招き入れてくれた。
近くで見た老人は、フラワシのように小柄で浅黒い肌をしていた。
まるで古木から白髪が生えたようなお爺さんだったが、これといって何の変哲もない、普通の優しそうな老人に見える。
老人は玄関を入ると、すぐそこに置かれていた丸テーブルに二人を座らせ、「ちょっと待ってなさい。話をするには茶菓子がいるじゃろう? フラワシよ、お茶の準備を手伝うてくれるか」とお爺さんの横で、なぜかふてくされているフラワシを連れて、そそくさと台所に消えていった。
サムルクとアヴェスタは、お爺さんがお茶の用意をするのを待ちながら、こっそりと言葉を交わした。
「何だろうね? フーム様は全然意地が悪そうには見えないし、頼めば何でも協力してくれそうだけど……?」
「うーん……なんだってフラワシはあんなに怒ってるんだろう? もしかしてフーム様が"太陽の門"の開け方を忘れちゃったとか?」
「ははは、確かにあんなしわくちゃ爺さんなら、物忘れの一つや二つはありそうだ。もしも本当にそうなら、なんとか思い出してもらわないとね」
二人がそんな勝手な妄想をとりとめなく話していると、奥の台所からフラワシが、お菓子を山盛りにつんだお皿を持って戻って来た。
それを見たアヴェスタは、すぐにフラワシに質問をした。
「おい、へんてこりん。なんでそんなに怒ってんのさ?」
フラワシは持ってきた山盛りのお菓子をテーブルに置くと、一瞬何かを吐き出そうとして止めた。
「あとでフーム様が全部教えてくれるだろうさ」
そうフラワシはぶっきらぼうに言い残して、また台所へと引っ込んでいった。
「なんだよ、もったいぶっちゃって……」
アヴェスタは納得がいかない様子で、フラワシが運んできたお菓子を一つ摘まんで口に放り込んだ。
「ムグっ! なにこれ美味しっ!」
そう言ってから、一つまた一つと、気づけば次々とお菓子を頬張り始めている。
それを見たサムルクは、そんなに美味しいお菓子なら自分も食べたいと思いながらも、お茶の準備も整わないうちに、お菓子を食べ始めているアヴェスタをたしなめた。
「ちょ、ちょっとアヴェスタ! 行儀が悪いよ!」
「へへへ、あファフィはあんファほロフォラちハ良くないもんへね、貰えるもんは貰えるフォフィに貰っとくのファ!」
(へへへ、あたしはあんたほど育ちが良くないもんでね、貰えるもんは貰えるときに貰っとくのさ!)
アヴェスタは、口いっぱいにお菓子を詰め込みながら、さらにもう一つお菓子を摘まもうとしている。
このままではお皿の中が空っぽになってしまう。
そんな不安に駆られたサムルクは、とうとう大声を上げた。
「もう! 僕にも残しておいてよね!?」
「ほっほっほ、心配せんでもいくらでもあるからゆっくりお食べ」
その時、ちょうど台所から戻ってきたフーム様が、サムルクたちに声をかけてくれたのを聞いて、サムルクは我に返った。
自分の意地汚い言葉をばっちり聞かれてしまった……。
サムルクは恥ずかしくなり、 顔が燃えるように熱くなるのを感じた。
「遠慮せずにお食べ」
顔を赤く染めて恥じ入るサムルクの前に、フーム様は手に持っていた取り皿を置くと言った。
それから、フーム様は頬いっぱいにお菓子をむさぼり食べているアヴェスタと、控えめに美味しそうに食べ始めたサムルクを見て、ニコニコと嬉しそうにお茶を注いでくれた。
二人が今までに嗅いだことがないような、甘くて不思議な香りをさせるそのお茶も、また抜群に美味しかった。
フーム様の後ろから、フラワシが追加のお菓子をテーブルに運びながら、自分が焼いたわけでもないのに、「どうだ旨いだろ!」と自慢げに言った。
フーム様は、どうやら二人がお腹を空かせていると分かると、ウキウキしながら見たこともない料理を次々と運んで来てくれた。
サムルクとアヴェスタは、話すことも忘れて、しばらくの間フーム様の特製料理でお腹を満たした。
考えてもみれば、サムルクはこの迷宮に入ってから、一度も食事をとっていなかった。
そんなことをいまさらながらに思い出していた。
二人はお腹いっぱいご馳走になり、サムルクが「ごちそうさまでした」と言う頃には、アヴェスタはすっかり落ち着いて、今度はひどい眠気に襲われているようだった。
サムルクも、満腹になってまったりとしていたが、お茶をひと飲みして気を取り直すと、テーブルの正面に座って笑顔で見ているフーム様に話しかけた。
「あの、フーム様、こんなにご馳走して頂いて本当にありがとうございます。どの料理も本当に美味しかったです」
サムルクはそう感謝を述べると、あらたまって言葉を続けた。
「それで、厚かましい話なのですが……、実は、フーム様にお願いがあって、フラワシにここまで案内してもらったんです」
サムルクの言葉を聞いたフーム様は、すぐに困ったような顔をして言った。
「フーム……、そのことはフラワシから聞いておるよ。ワシも折角こんなところまで訪ねて来てくれた、お前さんたちの力になってやれれば良かったんじゃが……、その"太陽の門"を開く『鍵』がのう……」
そこまで言って、フーム様は言い淀んだ。
「どこかに無くしてしまったんですか?」
「フーム……、いや、鍵の場所は分かっておるんじゃが、どうしたものか……」
どういう事情があるのか分からないが、そう簡単には地上に戻れそうにないらしかった。
サムルクは少し考えてから、フーム様に尋ねた。
「あの……、その"太陽の門の鍵"を取ってきたら、僕たちを地上に戻してもらえませんか?」
サムルクの言葉を聞いて、フーム様はまたも歯切れ悪く言葉を濁す。
「フーム……。ワシが門の鍵を持ってさえおれば、いつでもお前たちを帰してやったんじゃが……フーム……」
サムルクは、それがどんなところにあって、どんな危険があるかも分からないうちにフーム様に言った。
「その鍵の場所を教えてください! 僕がきっと取ってきます!」
鍵がどんな危険なところにあったとしても、こんな迷宮の底まで降りてきたからには、そう簡単に諦めることなどできるはずがない。
もしも"太陽の門"を使って地上に戻れなければ、地上に戻るのに一体どれだけの時間を費やすことになるだろう。
そんなにのんびり地上へ戻っていては、母を救うことなどできはしない。
ガオケレナの力があれば、死者を蘇らせることもできるのだが、サムルクはその力を死んでしまった母親に使おうなどとは考えもしなかった。
なぜなら、サムルクの中で「死」とは「終わり」を意味していたからだ。
その場に流れたわずかな静寂を破り、フラワシがまた怒りだしながら言った。
「フーム様はよりにもよって、"アラーニェおばさん"に鍵をやっちまったんだ!」
「アラーニェおばさん……?」
たしか、フラワシと出会ったときに内庭で聞いた名前だ。
サムルクはあの内庭で聞いた大蜘蛛の化け物のことを思い出した。
「じ、じゃあ、今その鍵はアラーニェおばさんが持っているんですか?」
サムルクはその名前を聞いて、少し怯んだ。
「フーム……、いつだったか、アラーニェのやつが食べるのに困って、トロールの童を捕まえにこの園まで降りて来たことがあってのう。その時どうにか童を取り戻すのに、門の鍵とトロールの童を交換してしまったんじゃ……」
サムルクが取ってくると息巻いた鍵が、まさか自分が餌食になっていたかも知れない大蜘蛛の元にあろうとは、思いも寄らなかった。
それでもサムルクの覚悟は変わらなかった。
「フーム様、アラーニェおばさんの居場所を教えてください。必ず僕が鍵を取ってきます」
サムルクの揺るぎない決意を感じたフーム様とフラワシは、あの怪物の恐ろしさを知るばかりに、アラーニェの居場所を教えることを余計に躊躇した。
「で? アラーニェおばさんって誰なのさ?」
さっきまで居眠りしながら会話を聞いていたアヴェスタが、飄々と話に割り込んできた。
フラワシが、その質問には答え慣れているというように、「この迷宮の主の大蜘蛛おばさんさ」と言った。
アヴェスタはフラワシの言葉を聞いて、一気に目が覚めたように言った。
「なんてこった! そいつなら知ってるよ! サムルクを捕まえたあのロクデナシどもの仲間も、そいつに殺られちまったんだ! デーンカルドの主だったとはねぇ、道理であんなに宝物を貯め込んでたわけだ!」
それからアヴェスタは、それぞれが神妙な面持ちでテーブルに座っているのを見ると、誰に話すでもなく目の前のテーブルを見つめながら言った。
「あの化け物だって、寝るときくらいあるんだろ?」
そう言ってから、思い出したかのようにフーム様に質問をした。
「フーム様、あたしらがその鍵を取ってきたら、外に生えてるガオケレナをちょっとだけもらっていってもいいかい?」
サムルクは、その言葉に驚いてアヴェスタを見ると、「そりゃあ、あたしも一緒に行くに決まってるだろ?」と言った。
そんなアヴェスタを目の当たりにしたフラワシは、半分やけっぱちになったように、「お、おいらだって、ついて行くぞ!」と大声を上げた。
フーム様はそんな三人の意志を見届けると、もはや引き留めることを諦めて、静かに語りはじめた。
「ガオケレナなど、いくらでも持ち帰ればよい。じゃが、少しだけ話をさせてもらえんか……」
フーム様は、サムルクをまじまじと見つめると尋ねた。
「サムルクや、お前さんは母親の病気を治したいようじゃが、不老不死にしたいのかい?」
サムルクはフーム様の唐突な質問に驚きながらも、「いえ、そんなんじゃなくて、僕はただ母さんの病気を治したいだけです」と当然のように答えた。
「もちろん治るじゃろう。しかしそれ以上にお前の母は"神の一部"となり、それから永遠の時を生きることになるじゃろう。お前さんは、自分の母がそれを望んでいると思うかい?」
優しく語りかけながらも、重大な選択を迫っているようなフーム様の言葉を聞いて、サムルクは混乱してしまった。
――ガオケレナはあらゆる病気や怪我を治すだけではないのか? 使えば必ず不老不死になってしまうのか?
「病気で死んじまうより、よっぽどいいじゃないか」
フーム様の言葉に唖然としていたサムルクの隣で、アヴェスタが呑気に言った。
サムルクは、これまでの生活を振り返り、もし母が……、いや母だけでなく、自分自身も不老不死になったとしたら、一体どんな未来が待っているのだろうかと考えた。
しかし、それはあまりにも突拍子がなく、あまりにも現実ばなれし過ぎていて、サムルクには何も思いつくことができなかった。
――母さんは、不老不死になんてなりたいだろうか……。
それから、フーム様はアヴェスタにも尋ねた。
「お前さんはガオケレナを手に入れてどうするね?」
フーム様に質問されたアヴェスタは、言葉を取り繕うわけでもなく、あけすけに答えた。
「そりゃまあ、ガオケレナなんて持って帰りゃあ、当分遊んで暮らせるぐらいは稼げるだろう? それに本当に不老不死になんてなれるんだったら、あたしだっていつか試してみたいと思うかもね?」
フーム様は二人の話を聞いて、ゆっくりとうなずくと、厳かに語りはじめた。
「お前たちに知っておいて欲しいことがある。このデーンカルドの成り立ち、そして、ガオケレナの真実を……。
その昔、そう遥か昔……。このデーンカルドは、草木も育つ余地のない、砂と岩だらけの不毛な土地であった。
人間は、食べるものもなく、疫病に苦しめられ、生きることに苦しみを覚えながらも、この地でつつましく暮らしておった。
ある時、それを見かねた"愚かなる神ハオマ"が、この地に住まざるをえない人々を哀れみ、皆が病と死を逃れて平穏に暮らせるようにと、神樹ガオケレナを植えた。
それからというもの、人間たちは飢えることも病に怯えることもなくなって、終わりのない命を喜びながら、皆が幸せに暮らしておった……。
しかし、その平和な時も長くは続かず、やがて欲望に駆られた者たちが現れて、ガオケレナの樹を独占し始めたのじゃ。
その者たちは、人々に身分や階級を押し付けて、その上位階級の者だけが、ガオケレナを扱える仕組みを作り上げていった。
人間たちは、永遠のはずの命を自分たちの手で奪い合い、絶えず人間同士で争い始めるようになってしまった。
飢えや病で命を落とすよりも、さらに惨たらしいことが、毎日のように起きたのじゃ……。
そんな人間たちの姿を見て、ハオマは自分が植えたガオケレナの樹が人間には早過ぎたものだと悟った。
そして、ハオマはトロールたちに命じ、ガオケレナを覆う大きな迷路を造らせて、ガオケレナを人々の手から取り上げたのじゃ。
人間たちがおのれの力のみを頼りに、ガオケレナの力を本当に必要とする者だけが手に入れることができるように……」
フーム様が語った伝承は、サムルクの知っている幻想的で心躍る物語とはまるで違う、残酷で生々しい負の歴史だった。
まさかこの迷宮が、あのガオケレナの下で畑を耕していた、トロールたちの手によって作られたものだとは思いもよらなかった。
しかしサムルクはそれ以上に、フーム様が神話ともいえる遥か昔の物語を、まるで見てきたかのように語ることに酷く動揺していた。
アヴェスタも同じことを考えたのに違いない。
その顔をこわばらせながら、フーム様を見つめていた。
そんな二人をよそに、フーム様はなおも話を続けた。
「そして時は流れ、デーンカルドが迷宮となった後、ここに住んでいた不死者たちは地上に移り住むと、『ザラスシュトラ』と呼ばれる都市を築いた。
彼らは不死であるために、限られた命を持つ人々から"神"として崇められ、統治者となってザラスシュトラの都を長きに渡り統治した。
しかし、永遠の命をもつ自分たちを、特別な存在だと驕らぬ方が無理というもの……。
不死者たちは、おのれの権力をふりかざし、命に限りのある者たちを蔑み、虐げ、自分たちだけが贅沢の限りを尽くす者となった。
そのため最初は"神"として崇められていた彼らは、時を経ていくうちに『悪魔』と呼ばれるようになり、人々から疎まれ、追い立てられるようになっていったのじゃ。
ある者は残忍に殺され、ある者はその身を隠し、そうして不老不死であった者たちは、散り散りに皆どこかへ姿を消してしまった。
本当に、可哀そうなことをしたものじゃ……。
これがデーンカルドの、ガオケレナを手に入れた人間たちの真実の物語……。
ガオケレナを持ち帰るお前さんたちに、どうしても伝えておきたかったことじゃ。」
その話を聞き終えたアヴェスタは、震える声で、自分の確信に近い憶測をフーム様に尋ねた。
「あ、んた……もしかして……その……」
アヴェスタがその先を言いかけて、フーム様は右手を挙げてそれを止めた。
「ワシはガオケレナの守りをしておる、ただのじじいじゃよ」
そう言って話をしめくくった。
そしてフーム様は、二人にご馳走を振る舞っていたときの優しい老人の顔に戻ると、席を立ちながら言った。
「フーム……、ではワシはトロールたちからガオケレナを譲ってもらって来るとしよう。お前さんたちは少しここで休んでおきなさい」
それからフーム様は、二人を二階の寝室へ案内するようフラワシに言ってから、ガオケレナのふもとにあるトロールの村へと出かけていった。
サムルクとアヴェスタは、複雑な胸中でフーム様を見送った後、フラワシに連れられて二階へと向かった。
階段を上る途中に、どうしても我慢ができなくなったアヴェスタが、「なあフラワシ、あのフーム様って……、もしかしてガオケレナを植えたっていう……」と言いかけた時、フラワシが突然、「人間ってやつはおいらたちとは違って、眠らないと元気が出なくなっちゃうんだろ? 今のうちにひと眠りしとくのがいいぜ」とアヴェスタの言葉をさえぎった。
サムルクとアヴェスタは、そんなフラワシを見て驚いたが、きっと触れてほしくなかったのだろう。
真相はわからないが、もしもフーム様がガオケレナを植えた神様だとしたら、ガオケレナを植えたことに負い目を感じているのかもしれない。
永遠の時、負い目を感じながら、この地でガオケレナを見守り続けているのかと思うと、サムルクは何とも言えないやるせない気持ちになった。
サムルクとアヴェスタは、さっきよりもさらに複雑な気持ちになって、それ以上は詮索するのをやめた。
フラワシは二人を寝室に招き入れ、「しっかり体を休めときなよ」と言うと、また一階に下りて行った。
「ありがたいねぇ、迷宮に入ってからロクに寝られちゃいなかったんだ。お言葉に甘えさせてもらうよ!」
そう言って、アヴェスタはさっそく窓際のベッドに飛び込むと、仰向けになって体を伸ばした。
サムルクは気が張り詰めているせいか、まったく眠くはなかったが、フーム様の帰りを待つ間、とにかく体を休めておこうとアヴェスタの隣にあった壁際のベットに横たわった。
――デーンカルドの迷宮へ入ってから一体どれくらいの時間が経ったんだろう……。
太陽の光も見えず、時計も見当たらない迷宮の中では、時間の経過を知るすべがない。
サムルクは、それでもまだ一日そこらしか経っていないはずだと自分に言い聞かせながら、シルプヘップ婆さんに、リヨン、母は一体どうしているだろうと、その身を案じた。
少しの間、サムルクは答えの出ないことを取りとめなく考えていたが、枕や毛布から漂う青草の香りが、サムルクの張りつめた心を徐々に解きほぐしていった。
そしてサムルクはいつの間にか、浅い眠りへといざなわれていた……。