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盗賊と魔法使い

 ガオケレナの枝を手に入れたサムルクは、不思議な内庭で出会ったフラワシに連れられ、再びジメジメとした迷宮の中を歩いていた。

 内庭で、フラワシが妖精仲間のパックルたちに、迷宮内を照らすよう頼んでくれたおかげで、サムルクはこれまで歩いてきた迷宮とはまったく異なる景色を見ていた。

 パックルたちの放つ光りは通路の隅々まで照らし、壁に残った傷や汚れ、床を這う小さな虫までもがはっきりと見える。

 パックルたちは、サムルクの手のひらほどの小妖精で、背中には四枚の透明な羽が生えており、おのおの体を発光させながら、サムルクの周りをブンブンと飛び回っていた。


 そのはじめ、サムルクはこの妖精たちの姿がまったく見えてはいなかった。

 フラワシが内庭の草原で摘んだ、四葉のクローバーをサムルクの髪に挿したことで、はじめてパックルたちが飛び交う姿が見えるようになったのだった。

 サムルクは驚いて、パックルたちが飛び交う姿を眺めていたが、なるほど内庭が明るいのは、この妖精たちがここにいるからなんだと妙に納得したようでもあった。

 それから、フラワシはサムルクに上着を裏返しに着るように促した。

 サムルクは、次は一体どんなことが起こるのかと、期待しながらフラワシに従って上着を裏返しに着た。

 しかし、何かが起こる気配はなく、代わりにフラワシが、「上着を裏返しに着るのはパックルたちと仲良くなるための習わしだ」と教えてくれた。

 フラワシは、辺りを飛び回る、活きのよさそうなパックルを何羽か呼び止めて、サムルクには分からない言語で彼らと交渉をはじめた。

 その後、サムルクの持っていた干し肉やクッキーを、わずかながら(おそらく彼らにとっては充分な量なんだろう)差し出して、迷宮の暗闇を照らしてもらうこととなった。

 フラワシは交渉のさなか、「まったく人間てやつは、夜目も利かないなんて本当に厄介な話だな」などとブツブツぼやいていたので、きっとフラワシは暗闇でも目が利くのだろう。

 確かに考えてもみれば、ここに住む生き物たちは、この真っ暗な迷宮を住処としているのだから、暗闇でも目が利くのは当然なのかもしれない。

 サムルクはそう思うと同時に、迷宮をさ迷っていた自分を、あの暗闇の中からじっと見つめていた獣がいたかも知れないと想像して、少し身震いした。 


 パックルたちの照らす迷宮を歩きながら、迷宮に入るまでに起こったこと、そして迷宮に入ってからの出来事を、サムルクはすっかり全部フラワシに話した。

 サムルクは、自分のこれまでの冒険が、あまりにも悲惨で本当は話したくなかったが、フラワシがどうしても聞かせて欲しいと懇願(こんがん)するので、仕方なく、これまでの面白味のない出来事をしぶしぶ話して聞かせた。

 それでも、途中で心が折れて引き返そうとしたことや、パニックになって叫びそうになったことは黙っておいた。

 フラワシは、サムルクが全てを話し終えるまで、何も言わずにじっと聞き入り、それどころか、いつからか羨望の眼差しでサムルクを見つめているようだった。

「大丈夫! サムルクならきっとおっかさんを助けてやれるさ! なんてったっておいらがついてんだから間違いないぜ!」

 話を聞き終えたフラワシは、サムルクの手を握り、その手をブンブン振りながら言った。

 予想外の反応をみせるフラワシのおかげで、サムルクはなんだか自分が凄いことを成し遂げた気になって、少し恥ずかしかった。

 しかしそれ以上に、サムルクはこんな迷宮の奥底で、こんなにいいやつと出会えたことを嬉しく思った。

 それまでたった一人で、不安を抱えながら無計画に行動していたサムルクにとって、これほど力強い味方はいない。そう感じていた。

 ただサムルクは、少し前から気になっていることがあった。

「なあ……フラワシ、なんだかずっと迷宮の奥へ下っている気がするけど、本当にこの道で合ってるのか?」

 それを聞いたフラワシは、「デーンカルドの端から端まで知ってらァ! おいらにまかせとけって兄弟!」と調子よく返してくるだけだった。

 サムルクは、悪気なく人をだましたり、人間の子供を盗む妖精の話をよく知っていた。

「妖精について行ってはいけない」「妖精にだまされないように気をつけなさい」サムルクの幼い頃には、大人たちからそんな言葉でよく脅されていたものだ。

 フラワシが、話に聞いたような悪い妖精だなどとは思わなかったが、それでも、サムルクはフラワシのことをまるで信じているというわけではなかった。

 けれども、サムルクのまわりを飛び交うパックルたちの、意味はよくわからないが陽気な会話や笑い声を聞きながら、煌々と照らされた迷宮を歩いていると、フラワシの不安な道案内など些細な取り越し苦労のように思えた。

 一人きりで暗闇の中をさ迷うことを考えれば、妖精たちにだまされていた方がまだましだとさえ思った。

 サムルクは、とにかく今はフラワシを信じてついて行こうと決め、どうせならこの機会にサムルクの知らない妖精たちのことや、不思議な世界のあれこれを質問してみようかと、フラワシに話しかけようとした。

 その時――

 突如として、パックルたちの光が届かない暗闇から、ガシャガシャという音が物凄い速さで近づいてきた。

 その音を聞いたパックルたちは、即座に飛び去り、辺りは一瞬にして真っ暗になってしまった。

 暗闇の中、突然の出来事に恐怖で固まってしまったサムルクは、次の瞬間、頭に強烈な一撃を食らい、訳の分からないまま意識が遠のいていくのを感じた……。


                 *


 気がつくと、少し前から何度も頬を叩かれていたのだろう。サムルクは頬に衝撃を感じながら目を開けた。

「おう、やっと目が覚めたかよ」

 そう言いながら、サムルクの頬を平手打ちしていた男は、にやけ顔で倒れていたサムルクを壁に押しつけ座らせた。

 サムルクはズキズキと痛む頭に手をやろうとしたが、両手両足がしっかり縄で縛られていることに気が付いて、それを断念した。

 頭が酷く痛み、頬もジンジンと痛い。サムルクは今の自分のありさまに、恐ろしいというよりもムカムカと激しい怒りが込み上げた。

 そしてサムルクはそれをそのまま顔に出し、目の前の男を憎々しげに睨みつけた。

「悪い悪い、そう怒るなよ。そんなに思いっきりぶん殴るつもりはなかったけどよぉ、なにせこんなデーンカルドの地下底で、あんなに真っ赤な明かりを灯して歩いてるもんだから、ついつい人間だとは思えなくてな」

 そう釈明する男の後ろで、さらに二人の男が焚き火台を囲んで座っていた。そのうちの一人はランタンで照らしながらサムルクの荷物をあさっている。

 もう一人の男は、まるで骸骨のように痩せていて、フード付きの外套(がいとう)を羽織っている。

 そのいかにも魔法使いらしい風貌の男の手には、サムルクがシルプヘップ婆さんから預かった大鷲のお守りが握られていた。 

 そして奥にもう一人、無造作に肩まで伸びた栗色の髪の毛と、その輪郭からして女であろうか。

 壁にもたれて立っているのが見える。

 サムルクは、まだめまいのする頭で辺りをうかがっていると、大鷲のお守りを持った骸骨男が唐突に話しかけてきた。

「お前、この首飾りをどうして手に入れた?」

 サムルクは、この盗賊どもに何一つ教えてやるものかと、だんまりを決め込んだ。

 骸骨男は、ぎょろりと飛び出た目玉をさらにぎょろつかせながら、押し黙ったままのサムルクを凝視した。

「どうもわからん……。こいつからにじみ出ている"神秘の源"は微々たるものなのに、どういう理屈でフェアリーたちをしたがえていたのか? なぜこれほど貴重な"退魔の守り"など持っているのだ?」

 サムルクの荷物をあさりながらそれを聞いていた男が、骸骨男に言った。

「まあ細かいことはいいじゃねえかアーリマン。とにかく()()()がありゃあ、このさき化け物どもには出くわさずに済むって話だろう? まったくありがてえもんを頂いちまったぜ」

 それを聞いて、サムルクは今までの自分に起こっていた"奇跡の正体"を見つけた思いだった。

 ――あの鞄の奥に仕舞い込んでいた首飾りが、魔物を寄せつけずにいてくれたのか……!

 シルプヘップ婆さんは、いつも首から下げていたあの大鷲のお守りが、そんなに貴重な魔法の道具(アイテム)だと知っていたのだろうか?

 おそらく先祖代々、あのお守りを受け継ぐうちにその効果などは忘れられて、知らず知らずのうちにお婆さんの血族を守ってきたのではないだろうか。

 そうでなければ、シルプヘップ婆さんは首飾りを預ける前に、ちゃんとサムルクにその効果を教えてくれていたはずだ。

 いずれにせよ、サムルクはお婆さんが先祖代々受け継いできた大切なお守りを、こんな奴らに奪われてたまるものかと思った。

 しかし、今のままではどうすることも叶わない。

 それどころか、ここでこのまま自分の命さえも奪われてしまいかねなかった。

 サムルクは、ズキズキと痛む頭で注意深く周囲を見回し、この状況から抜け出す手がかりを探した。


 サムルクの捕らえられているその場所は、ちょっとした小部屋のような造りになっていた。

 床に置かれたランタンが四つと、サムルクから見て左手に備え付けられている、荷物棚の上にもランタンが焚かれている。

 床に置かれたランタンの一つはサムルクの物だ。

 荷物棚に目をやると、薪や燭台、余ったレンガなどが無造作に置かれていた。

 左右の壁には木製の扉が取り付けられ、部屋の中央には簡易的な焚き火台まで据え置かれていた。

 ここは、これまで多くの冒険者が利用したであろう、迷宮の休憩所のような場所らしかった。

 サムルクは、捕らえられている小部屋を見渡しながら、なぜ自分はこんな場所を見つけられなかったのかと悔やんでいた。

 そしてそれと同じくらい、迷宮の底にこんな場所を作り出した人がいることに、サムルクは素直に驚いていた。

 サムルクは、感心しながら休憩所を見渡していると、奥の壁にもたれかかる女が、暗がりからじっと自分を見ていることに気がついて、サムルクはその視線にも気づいているぞといわんばかりに、その女盗賊を睨み返した。

「ジャヒーとドゥルジがおっ死んじまう前に、そいつを手に入れてりゃあなァ……」

 サムルクの目の前にいた男が、後ろの三人へ向かって言った。

「いまさらの話はやめなアジー。あいつらだってそれなりの覚悟でこのデーンカルドに潜ったんだ。どこで死のうが覚悟のうえさ」

 サムルクの荷物をあさる男は苦々しげに言った。

 ――目の前にいる男は『アジー』で、その後ろにいる二人のうちの一人は、魔法使いらしい『アーリマン』か……。それと僕の荷物をあさっている男と、奥の壁に寄りかかっている女。僕を襲ったのはこの四人だけだろうか……。

 サムルクは盗賊たちの会話を耳で拾いながら、目をウロウロさせてこの状況を打開するための糸口を探した。

「ちぇっ! こんな下層を一人でうろついてたクセに、値打ちもんは"退魔の守り"だけかよ!」

 サムルクの荷物を隅々まで調べていた男が、鞄を投げ捨て、悪態をつきはじめたのを見て、サムルクは盗賊たちがガオケレナの存在に気付いていないことに安堵した。

「だから私が言っただろう、まったく時間の無駄だ……」

 骸骨男のアーリマンは、その唯一の戦利品である大鷲のお守りを、あらゆる角度から観察しながらブツブツと独り言をつぶやいている。

 サムルクの目の前にいた、アジーと呼ばれた男は、部屋の中央の焚き火台に移動して、そこに腰を下ろし自分のナイフを熱心に研いでいた。

 ――もしかしたらあのナイフで……。

 サムルクが最悪なことを考えて緊張していると、荷物をあさっていた男がサムルクに近づいてきて、凄みを利かせながら話しかけてきた。

「よう、おめえさん。本当のところ、なんだってこんなデーンカルドの迷宮を一人きりで歩きまわっていたんだい?」

 この悪党は、サムルクの荷物から何も奪う物がないと知り、ついにサムルク自身に興味を持ち始めたに違いない。

 サムルクは勇敢に振る舞う気でいたが、内心恐怖で震えあがっていた。

 しかしサムルクは、この盗賊の質問に、この状況から抜け出すための糸口を見つけたようでもあった。

 ――そうだ、ここで何かしら上手い作り話でもすれば、もしかしたらこいつらから逃げだすことが出来るかもしれない。

 とはいえ、一体どんな話をしたものか。下手な作り話ではすぐにバレてしまうだろう。

 サムルクは、目の前の()()()()男を睨み返しながら思考を巡らせた。

 すると、その時サムルクの視界の端に、思いも寄らないものが飛び込んできて、驚いたサムルクは思わず"それ"を直視した。

 サムルクの視線に気付いた男も、何事かと慌てて後ろを振り向いた。

 そこには、盗賊たちに襲われて辺りが真っ暗になったとき、パックルたちと一緒になって逃げたのだろうと思っていたフラワシが、サムルクに向かって両手を振りながら立っていた。

 フラワシは、一体どういうつもりで突然そこに現れたのか? もしかしたら、何か不思議な力で助けてくれるのじゃないかと、期待を寄せながらサムルクは黙って成り行きを見守った。

 焚き火台のそばでナイフを研いでいたアジーが、突然何かを見つけたように振り返り、辺りを見回している男の姿に驚いている。

「な、なんだ? ダハーカの旦那、何かあったかい?」

 アーリマンも同様に、「ダハーカ」と呼ばれた男の行動をいぶかしみ、隠すかのように大鷲のお守りを握りしめながら、辺りをうかがっている。

 壁にもたれていた女盗賊も、腕組みをほどいて、すでに壁から離れ、緊張した面持ちで部屋の中を見回していた。

 サムルクは、目の前でうろたえている盗賊たちを見て、こいつらにはフラワシの姿が見えていないのだと気がついた。

 そのフラワシは、誰にも見られていないのにも関わらず、コソコソと忍び足で荷物棚に歩いて行くと、そこに置かれていた燭台をおもむろに取り上げて、それを天井高く放り投げた。

 次の瞬間、ガランガランと派手な音が部屋中に響き渡り、床の上で燭台が踊った。

 そしてそれを皮切りに、荷物棚の上に置かれていた薪だとか、何に使うのか用途のわからない鉄くずや、余り物のレンガなど、あらゆる物が盗賊たちめがけて飛びかかりはじめた。

「あいだッ!」

 それらの一つが、見事にアジーの頭を直撃し、アジーは頭を抱えながら部屋中を逃げ惑う。

 ダハーカと呼ばれた男が、頭を守りながらサムルクに詰め寄ってきて怒鳴った。

「お前がやってるのか!? 今すぐ止めねえとただじゃおかねえぞ!!」

 そう怒鳴り散らすダハーカの背中に、角ばった重たいレンガがぶち当たる。

 ダハーカはうめき声を上げながら、背中を押さえてその場にうずくまった。

「さっさと逃げないと、もっと酷い目に合わせるぞ!」

 今が好機と考えたサムルクは、フラワシの起こしている超常現象を自分が引き起こしたことにして、盗賊たちを追い払おうと試みた。

 そのさなか、アーリマンは魔法を媒介するための杖を持ち出し、モゴモゴと何かの呪文を唱えていた。

 そして次の瞬間、「この部屋で暴れる精霊よ、姿を現せ!『アフィ二エスギフトマ!』」と高らかに叫んだ。

 すると、アーリマンの杖が雷光のようにひらめいて、その光がフラワシの姿を照らし出す。

 しかしそれと同時に、アーリマンはフラワシの投げた薪の一投をもろに顔面に食らい、その場に仰向けのまま倒れた。

 アーリマンの魔法で、もはや姿が丸見えとなったフラワシは、それでも床に散らばるあらゆる物を、夢中になって手当たり次第に投げていた。

 その姿を逃げ惑っていたアジーが見つけ、「て、てめぇの仕業か! よくもやってくれたな!」とフラワシに飛びかかる。

 ところがアジーは、さっき食らった一発よりも何倍も重たい一撃を再び後頭部に受けて、その場に崩れ落ちた。

「おい! へんてこりん! いつまでも暴れていないで逃げるよ!」

 アジーを後ろからぶん殴った女盗賊が、フラワシにそう呼びかける。

 それを聞いたダハーカは、背中をさするのをやめて、腰に下げていた短剣を引き抜いた。

「クソッ! アヴェスタ! この裏切りもんがァ!!」

 しかし、立ち上がろうとするダハーカよりも一足先に、女盗賊のくり出した強烈なキックがダハーカのあごを豪快に蹴り上げた。

 サムルクが何も理解できないうちに、その女盗賊はサムルクの手足に巻きつく縄をナイフで切りほどいた。 

 そして、女盗賊に抱き起こされたサムルクは、「逃げるよ!」という言葉にうながされるまま、急いで床に散乱した荷物を手当たり次第にかき集め、それから慌ててフラワシを引き連れて、その部屋から逃げ出した。

 最後に残った女盗賊のアヴェスタは、自分たちが使うランタンだけを手に取ると、「あたしの報酬はきっちりもらっていくからね! このろくでなしどもが!」と言い捨てて、その部屋から飛び出す前に、残りのランタンを勢いよく蹴飛ばした。

 サムルクはフラワシと手を繋ぎ、何も見えない漆黒の迷宮をフラワシの目だけを頼りに駆け抜けていた。

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