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石と誰かの物語

雨の日には詩でも

作者: 河 美子

石と誰かの物語です。

 雨の日は外出が嫌。

 でも、雨が降るのを見るのは好き。

 今日は休みだから一日窓辺に座って雨を楽しむ……はずだった。


 「おにいちゃんが叩いたー」

「うるさいっ! お前が先に俺のドリルをしわくちゃにしたからだろ!」

「違うもん! お兄ちゃんが先に私のプリントをこんなにしたからじゃない!」

「お前が俺のおやつをとったからだろ!」


 あったまにきた!

「いい加減にしなさい!! どうして喧嘩ばかりするの!」

「だって」

「だってじゃない!!! 大樹も桜もやめなさい!」

 ぶすっとふくれている二人。

「大体、宿題は自分の部屋でしなさい」

「部屋は一つだもん。机の仕切りじゃ気が散る」

「ここだともっと気が散るでしょ」

「それでも、ママのそばがいいもん」

 それはちょっと心が痛い。時々こんなセリフを言う桜は女の知恵がもう働くのね。

「そんなことは関係ない。俺はこの椅子が気に入ってるだけ」

「嘘だぁ、お兄ちゃんはいつもママのそばを先に取るもん」

 その言葉に大樹の手が桜の頭を叩く。

「うわーん」

「叩いちゃダメ!」

 そう言いながら私も大樹の手を叩く。

「ママの嘘つき! 叩いちゃいけないんだろ!」

「これは不可抗力よ。暴力を止めるためよ!」

「大人はずるい!」

 涙をためて部屋へ行く大樹。


 そうね。私は大人だけど、子どもの喧嘩を聞いてるうちに小学生になり下がる。子どもの口調はいつもの私。怒った口調も激しい言葉も。私が使ってる。ついに手も出すのも私。顔こそ叩かないけど同じだわ。

 大樹が泣くと桜もすごすごと部屋に行きお兄ちゃんを気遣う。居間に残された私。

 金子みすずの詩を思い出す。



   大漁

 朝焼け 小焼けだ

 大漁だ

 大ばいわしの大漁だ。


 はまは

 祭りのようだけど

 海のなかでは

 何万のいわしのとむらいするだろう。


 金子みすずのような母親には一生なれそうもない。


 この詩集をくれたのは初恋の人だった。

 照れくさそうに渡してくれた詩集。

 サッカーする姿からは詩なんて想像もできなかったが、私が図書室で詩を読んでいたのは知っていたようだ。彼はいつも部活の前に図書室で勉強していた。歳の離れた弟たちがうるさいから勉強できないって。継母が三人の男の子を生んだので弟と十五歳離れた彼は家では子守しかないと言っていた。実の母は彼の生まれた後すぐ家を出たとか。複雑な生い立ちは高校二年生の夏休みに聞いた。

 そんな彼がくれた金子みすずの詩集とペンダント。

 新聞配達のバイトで買ってくれた。

 丸坊主の高校生がどんな顔して買ったのか。

 今思い出しても笑っちゃう。


 最近はつけたこともなかった。

 多分千円ぐらいだろうな。それでも嬉しかった青色のガラスのペンダント。

 あれから二十年。今は夫となった彼がくれたラピスラズリが胸で揺れている。



 「ママ、ここ教えて。お兄ちゃんは無理って」

「そう、見せてごらん」

 桜はいつの間にか私の膝に。

「お兄ちゃんはどうしてる?」

「泣いてたけど今は本読んでる。桜が本読みカードに書いてあげた。お兄ちゃんは私のカードに書いてくれたよ」

 宿題の音読の感想を妹が書いたのか。

 先生は苦笑いするだろうな。

 でも優しい二人に気持ちがなごむ。

「久しぶりにホットケーキ作ろうか」

「うん。大好き。お兄ちゃん呼んでくる」


 ラピスラズリは全体運が上がるらしい。

 そうよ、この子たちと優しいパパ。

 運は上がっていってるわ。


 明日からもっと優しいママになるわ。



 無理、と思うけど。

 



 


 




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