諫言
「悌夏。息災であったか」
親愛な顔で近づいてくる朮の首魁──この一連の事件の元凶──を、悌夏は辟易とした表情で出迎えていた。
「この忙しい時に何だ。用が無ければ帰るぞ」
「随分と顔つきが変わったな。男子三日会わざれば刮目せよ――まさに体現しておる」
その言葉に、弾かれたように蒼弦を見たものの、褒めてほしくなどない、と言わんばかりに悌夏は視線を反らした。
「世辞はいい。本題を頼む」
「此度の戦、大将を務めてもらいたい」
悌夏は再び蒼弦を見た。
その隻眼は見開かれていた。
しかしその表情は、ようやく出された出撃の命を、今や遅しと待ち焦がれていたようにも見えた。
*
「望江南に送った内通者が姿を消した。
瞬華と接触し、内通の誘いを仕掛けて以降繋ぎが取れておらぬ。
瞬華が裏切ったとする見方が強くなっておる」
「その話は初耳だ」
蒼弦の手の内で所在なく弄ばれる金札の割り符に冷たい目線を送りつつ、悌夏は口を開いた。
「あの砦をよく見ろ。既に瞬華の主導で補強が終わってしまった。俺の頭越しに金札を出したことで防衛の士気が上がり、こちらの焦りも見せたも同じことになった」
「やはり、完全に裏切った後か」
「早まるな。仮にあいつが裏切ったなら、内通者の首を送り返すくらいはする。
おおかた内通者は誘いを蹴られて、懲罰逃れに息を潜めているのだろう、まだその報は届いていない」
「では、おぬしはこの状況を堂々放っておくつもりだと?」
蒼弦が訝しげに鼻白んだ。
「今は軍師不在――さらに瞬華が相手では、万事において早急に手を打たねばならん。
瞬華を御するには、主であるお前を大将に据えるのが最上。お前の名を聞き、牽より寝返ればそれで良し。もし裏切らなくとも――お前であれば、瞬華は止まろう」
「御する……だ?」
「そうだ。悌夏、お前の力で――」
「虫の良い話だ」
悌夏が静かに駁した。
「あいつは何者にも靡かんぞ。富や名誉はおろか、俺にさえもだ。だからあのような化け物じみた籠城をしている。
あいつが引き出したいのは俺の出方だ。だが俺そのものが取引の材料と気づけば、あいつはまた臍を曲げるぞ。
悪いがその令を容れることはできん。この戦で、無駄な屍を積むことは許されんのだ」
「悌夏……」
情けない声だった。
頼む、この通りだ――頭を下げようとしたとき、悌夏は手で蒼弦の動きを制止した。
「解った、引き受けよう。ただし条件がひとつ」
「なんだ」
「もうあいつを後宮に繋ごうと思うな」
蒼弦の唇が、あ、と開きかけた。
「それは――」
「蒼弦。この俺がわざわざこの言葉を伝える意味を汲んでくれ。俺は旧き牡丹の子として、お前を止める義務がある」
意外にも、それは諫言だった。
「もし本人が承諾したら――」
「させたら、の聞き違いか?」
釘を刺す――否、杭を打ち込むかのような強さで悌夏は迫った。
「忘れたか、欲に踊った何首烏がどうなったかを。お前がそれを望むなら――俺に止める術はないのだぞ」
だが蒼弦はそれきり、返答することはなかった。




