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同じ匂い

 一方、朮軍が拠点を置く集落では──


「なんで、あの人は俺を生かしたんだ」


 良姜は不思議がっていた。


「俺はあの人の女を攫ったのに、なんで受け入れたんだ」

「損にならねえからに決まってんだろ、このお莫迦さんが」


 鴉胆は良姜を小突いた。


「第一にお前の情報が、瞬華救出の助けになる。

 第二にお前の情報が、悌さんのこれからに役に立つ。

 第三に、お前が瞬華を連れ去ったことで、悌さんは牽との再戦の好機を得た。

 生かしておく以外の使い道があるのかよ」


 あっけにとられる良姜に、鴉胆はふと笑んだ。


「あの人、本当は凄いんだぜ。何がどう、ってのは、言いづらいんだが」


「力の使い方、ってやつなのかもなあ。さんざ悪やってた俺らもんが、あの人の下でまっとうな兵になっちまったし、瞬華だってだいぶかどがとれたんだぜ。

 前のあいつを知ってるから言えるけど──あ、そっか。お前、瞬華が何したか知らねえのか」


 まるで誇らしいと言わんばかりの顔で、鴉胆が続けた。

 

「この国の軍師を五年のもの間騙くらかし、挙句殺そうとしたんだ。自分の手でな」

「……は? ちょっと待って。それって、何首烏の――」

「そ、かの有名な『何首烏の乱』。その黒幕が、あいつなの」

「――!」


 唖然とする良姜の表情に、鴉胆はしてやったりと微笑んだ。


「信じられねえだろ? 俺も最初はそうだった。噂じゃあ恨みが元だって言うんだが――まあ、聞くな。えげつねえから」

「朮にあれだけ人がいて、本当に誰にも止められなかった? 嘘だろ?」

「あのな。誰にも止められなかったから大事件になったんだよ」


 まったくよお──鴉胆はさも面倒そうに説明を始める。


「どんな訓練受けたんだか知らねぇが、瞬華あいつは少々いかれた奴でさ――接し方間違えるとお前ですら命取られかねねえんだ。

 おめえ不在の間に、露蜂房本拠で罠と気づかずあいつ攫っちまったことがあって、むやみに触ってた奴は後で奇妙な死にざまで見つかってさ。

 囚われたまま殺しのひとつもしてねえとか珍しいんだよ、特にいい女口説くのが得意なおめえがまだ生きてる。だいぶ幸運だと思うぜ」

「……にわかには信じられないんだけど」


「あいつはさ、自ら止まるすべを持ってねえらしいんだ。なんせ権力や富に全く興味がねえからな。

 だから一度『目覚め』ちまうと、憎悪の対象を気の済むまで破壊しつくさないと止まれない。

 今、朮軍に軍師がいないのは、まだ事件の傷が癒えてねえからなんだ」

「でも、俺が温経に行った時、何一つ変わっているようには見えなかったけど」

「そりゃそうさ。軍師を葬る段になって、計画は阻止された──一人の、隻眼せきがんの将によってな」


 わざとらしく不敵な笑顔を浮かべる鴉胆を見ると、良姜は両眼を見張った。


「え……?!」


 良姜の視線の先、椅子に深く腰掛け顎髭に手をやりながら、物憂げに何かを考える悌夏の横顔が見える。


「そ、止めたのはあのお人さ。そのお陰で今日もじゅつという国がある。功労者なんだぜ、あれでもな」

「そんな。どうやって止めたんだよ」


 良姜の問いに、鴉胆はところを得たりとばかりに口を開いた。


「決まってんだろ。愛だよ、愛」


  *


「あの人の凄さは、力とは違う何かを持ってることだ。俺たちも知らずに引っ絡まってた『何か』に気づき、解きほぐして、自然な姿に戻しちまう。

 瞬華はまだ、引っ絡まったものが多過ぎるらしい。だがそれでも悌さんの手でどうにか他人と触れ合えるようにはなってきた。

 もしかしたら良姜の力だって、あの人には使いどころが見えてるんだと思うぜ」

「俺の力? 俺、ただの根無し草だぞ」


 良姜自身に突然話題が振られ、彼はぎくりとするも、鴉胆の語勢はとどまらない。


「この世に不要なものは何一つねえんだってよ? 根無し草が世に要らねえなら、とっくに死に絶えてるんだと。

 おめえは商の者──大陸を股にかけ、国の隅々にまで足を運ぶのが苦にならねえたちだろ。

 商いに行って、帰ってきたら、あの人に話をしてやればいい。それだけで、あの人は座りながらに国の隅々の話を聞ける、おめえも今のまま楽しく暮らせる。一石二鳥じゃねえ?」

「……鴉胆、それって」


 ぞくりと、今度は良姜の背に悪寒が走りはじめていた。


「いや、そう言えって悌さんから頼まれたんだよ。どうよ良姜、俺たちと来ねえか」


 良姜の顔に笑みが貼りつき、代わりにこめかみから一筋の冷や汗が流れた。


「どうしてあの人は、俺を、そこまで……?」

「ああ、別に深い意味はないと思うぜ?

 悌さん、どうしても商人の知り合いが欲しかったんだと。で、お前が商売に詳しいと聞いて、是非声をかけてみてくれ、とね」


 良姜の首筋を、冷たい汗の玉が幾筋も駆け抜ける。


「……俺、に?」

「ああ。この件が起きる前な、瞬華のところに飾り櫛が大量に集まったことがあってさ」


 飾り櫛――その言葉を聞いた刹那、良姜の喉がひりつき、思わず唾を呑み込む。


「さっき言ったが、瞬華は富に興味がねえんだよ。悌さんは瞬華の好みはよく知ってるから、唯一、鬼神みたいな顔して『焚き付けた奴は誰だ、見つけ次第、くびり殺す』って息巻いてたことがあってさ。

 いや、実は本人も献上品の耳飾り贈ろうとしてんのよ? でも瞬華あいつは飾りは嫌いだからとか言って我慢しててさ。

 多分、そこらへんからじゃねえかなあ、商人との伝手つてが欲しくなったのって」

「そ……そう。そうなんだ」


 喉に張り付く声を咳払いで追い出し、良姜はゆっくり、同郷の幼馴染に告げた。


「気持ちはとても嬉しいよ。だけど……しばらく、考えさせてくれない?」


 かりかりに干上がった、震える唇で、良姜はそう言うのが精一杯だった。


「ああ、別に構わねえぜ。悌さんは答えは急がねえって言ってたし」


 根無し草に定住を求めるのは難しいと理解しているのか、鴉胆があっさりと勧誘を引き上げようとしたとき、良姜が突然口を開いた。


「あの……鴉胆。ひとつ、いいかな」


 再度情報を精査する悌夏。

と、一陣の風が吹き込み、竹簡の間に紛れていた紙片をふいと吹き飛ばした。


「っ、と……!」


 思わず席を立ちかけるも、紙片は良姜と鴉胆の目の前にひらりと落ち、話し合っていた露蜂房の二人が興味深げに身をかがめたのがわかった。


「……何だよ、これ」

「ん? どうしたよ」


 手に取ったのは良姜だったのか、その声が心配そうに揺れている。


「どうしたもこうしたも……彼女、病にかかっていたんですか」

「ええ? なんで急に?」

「これ薬です。薬の配合だ」


 紙片に書かれている走り書きには、まるで焦ったような筆跡で、何度も手直しした跡が見て取れる。

 声に気付き、席を立った悌夏が上から覗き込むものの、心当たりもなく、怪訝な顔で顎髭を撫でる。


「聞いたことはないな。あいつは病気なら、まず一言断ってくるようなやつだ。まさか重大な病を隠していたのか」

「この配合、動悸と頻脈を抑える素材ばかりなんです。効きが悪かったのか、何度も作り直した形跡がある。見る限り、結構な量を服用しているはずで……もし持病があったのだとしたら俺、悪い事を……。

 向こうでも同じものを調達できていればいいけど」


 鴉胆の手を経て悌夏に差し戻された紙片を眺めながら、隻眼の将は再度首を傾げる。


「俺に隠す必要があるとは……見当もつかんが」

「違いますよ。そもそも病気じゃないっす、あいつのは」


 鷹揚とした声に悌夏がふと目線を上げた。


「鴉胆、根拠があるんだろうな」

「ありますよ。根拠ったって全っ然、大したことないですけど」

「勿体をつけるな。おおかた別の用途で使っていたと言いたいのだろう」

「お、やっと気づきました? ……あいつも面白い奴ですよ。そういうとこ、悌さんと同じ匂いだ」

「? 同じ、匂い……?」


 話が繋がらんぞ――首を傾げる悌夏に構うことなく、鴉胆は訳知り顔に目線を流した。


「おそらく、その薬は効かなかったんすよ。飲んでも飲んでも症状が出続けたんで、配合や量を変えて闇雲に試しまくってたんでしょう。でも悌さんと離れて以来、一切その──動悸? とやらに効く薬を誰かに頼んでいないなら、原因はなんとなく明らかじゃあありません?」


 少しの沈黙があり、そして次に良姜が反応した。


「あ、そういう使い方?」

「それしかねえだろうが。おめえ、ずいぶん焼き回っちゃったんじゃねえ?」


 二人は顔を揃え、にやにやと悌夏を見た。

 まるで兄弟のように似通った笑顔がふたつ、急に向けられ、悌夏は再び怪訝な表情を浮かべた。


「なんだ、お前ら。二人して」

「ま、こういう人だから相手が務まるんだろうな」

「うん、確かに。俺らじゃ無理かも」

「……」


 なんなんだ――莫迦にされているのか、俺は。

 そう口を開こうとしたとき、扉が打ち鳴らされた。


「悌夏さま! 蒼弦さま、羅布麻さま、錬暁さまがご到着されました」

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