Ep. 5/6 いわゆるジビエ肉の話・獣肉編
ジビエ肉。というと特別感があるが、要は家畜ではない獣の肉である。
理系蛮族をやっていれば口にする機会があるものなので、今回はそれらの食レポを獣肉編、鳥肉編の二部構成で紹介していきたいと思う。
ジビエ肉の味は食肉用の処理にかなり依存するが、理系蛮族が食した肉の中には食肉用ではないもの──研究目的で持ち込まれた『検体』をつまみ食いした体験も含まれている。まぁその辺りは許容して欲しい。所詮は雑草で食い繋いでた筆者である。
また、理系蛮族にもさまざまな専門分野の人間がいるが、たとえ狩猟を行う者であっても、面白半分で捕殺の話を振られると不快に感じる者が多い。
捕殺の話と食肉の話、この両者は切り離したものとして記載させていただくので、ご了承願いたい。
では、さっそく話に移りたいと思う。市販ではない肉を食べる時には、下処理が必要だ。
基本中の基本となるのが「衛生的な解体」と「血抜き」作業、この有無は調理の上でも非常に重要である。
衛生的な解体、というと抽象的だが、要は肉を毛や消化物に触れさせずに解体する作業の事である。鳥であれば先に羽根をむしる事ができるが、皮膚を残したまま獣の毛を落とすには、一定の解体設備を必要とする。
というわけで、解体時にうっかり毛と肉を触れさせない、内臓を破って肉に触れさせない、などが衛生的な管理の条件として必要になるのである。
ちなみに銃弾を胴に撃ち込むと内臓を破き、消化物が肉に触れてしまう事がある。
よって商品レベルで出回るジビエ肉については、頭を撃っているものや、ナイフによる止め刺しを行った個体の肉が多いと思われる。
次に血抜きだが、これは肉の味を落とさない為に最も重要な作業であり、猟師の技量差が最も出る部分だと言われている。血抜きは生きている状態で行うか、直後に処理を行う部分のため、解体肉の状態で手元に来た場合にやれる事は多くない。
だが、血を多く含んだ肉は臭いが強いので、酒を混ぜた水に肉を浸したり、紅茶やしょうがで煮こぼす等の処置で、ある程度の血はごまかす事が可能だ。あとマキ○マム。マ○シマムを振っておけば、獣肉の臭みをある程度ごまかす事が可能である。取り敢えず塩のノリで振っておくと良いだろう。使えば、西洋の人々が香辛料に執着していた気持ちが理解できるかもしれない。
さて、前置きはこのくらいにして、最初の獣肉の紹介に入ろう。
まずはクマの肉だが、筆者は検体をつまみ食いした体験と、適切な処理を施した食肉の両方を食べた体験がある。
結論から言えば、食肉処理をしていないクマ肉のかたまりを素人が調理すると、どれだけ手を加えてもとんでもなく固く、食べにくいゴムのような物体が爆誕する。
味的にはまぁ食えんこともないのだが、顎の筋肉がすり減るのが先か、飲み込める状態まで肉がほぐれるのが先かの勝負になってしまう。どうすんだこれ感がやばいのである。
筆者はそのとき血抜きに二日かけ、数時間煮込んでからクマ汁にするという気合いの入れ方で挑んだのだが、なお足りなかった様だ。筆者は圧力鍋を用意すべきであった
。
対する食肉用のクマ肉だが、筆者はクマ汁(味噌味)と燻製肉の二種類をいただいた事がある。どちらも硬さはそこまで感じない状態ではあったが、クマ汁の方が抵抗なく食べられる味わいをしていた。
クマというのは非常に脂が豊富な肉質をしているので、脂部分が多い燻製肉をそのまま食べるのは筆者的にはキツかったのだ。これはどの獣肉を食べる時にも抱く感情なので、個人的な好みも影響されている部分であろう。脂身は高級というが、筆者は牛タン食べ放題で必ず腹を下すほど、脂に虚弱な体質なのだ。というわけで普通にキツイ。
クマの脂身のみを活用するなら、スクランブルエッグ等が良いのかもしれない。筆者の所属していた研究室では、火傷用なのか食用なのかよく分からないクマ脂が冷蔵庫に入っている事があったのだが、それを用いたスクランブルエッグの味が妙に良かったなぁ……と、筆者の思い出にぼんやりと刻まれているのだ。当時は常に空腹だったため、思い出補正の可能性も無きにしも非ず。
とにかく、クマ肉は筋肉質、溶けやすく風味豊かな脂がうまいが脂単体を食うのは少々クドい。脂が程よく溶け、肉も柔らかくなる根菜入り味噌汁との相性が良い、というのが筆者の個人的な感想だ。他にはワイン煮などを試す人もいるようだが、この辺りは各自で調べていただけると幸いである。
次に紹介するのはシカ肉だ。クマ、シカ、イノシシで最も好みな肉は何かと聞かれたら、迷わずシカだと言い切れるほどクセがなく食べやすい肉質をしている。その味は、赤身の多いウシに近いだろうか。クマと違い狩猟対象の鳥獣のため、肉の入手も比較的簡単な獣種だ。
ただ。しかし、だ。シカというのは体格の割には肉が多くなく、なにより筋が多い。この筋を取り除く作業が地道すぎて、やや調理に困るというのがシカ肉の特徴であろう。
筆者は正直「筋取りがめんどい」という印象が非常に強いのだが、ミンチ用設備があればこの辺りは解決していたのかもしれない。
とにかく、シカ肉はクマ肉以上に幅広い調理が可能だ。筆者はカレー等に用いる事が多かったが、煮ると臭みが増すという意見ゆえか、焼き料理の種類が多い気がしている。市場にもローストやハンバーガー、串焼き等、さまざまな料理として出回っている人気の肉だ。極端な外れがなく、安定した味わいがシカの魅力だが、注意がひとつ。
シカの生肉はE型肝炎等の感染症の温床だ。どの獣でも感染症リスクは内包しているが、シカはクセがない肉ゆえに刺身や中途半端な加熱の料理も出回りやすい。
冷凍で排除できる危険は寄生虫のみ、感染症を免れるには、徹底的な加熱が必要だと心得て口にして頂きたい。個人的には、シカは串焼きがシンプルかつ美味しいと考えている。
筆者が自ら処理するときは、自分の加熱能力を信じていないので煮込む事が多いが、この辺りは調理者の裁量によるだろう。低温加熱の専門機器を導入しているガチ勢も見かける、なかなかに奥が深い獣肉である。
さて、お次は獣肉代表選手権を生き残った最後の獣種、イノシシである。
イノシシは、今回紹介した獣種の中では、最も一頭当たりの肉の取得率が良いのではないだろうか。イノシシは生態学的にはブタと同種のため、ワルイドなブタと思っていただければ問題ないだろう。
イノシシの肉は個体差が激しく、一般的にメスの方が柔らかくて食べやすい肉質をしている。その味は当然ブタに近いが、風味はやはり異なっている。
ただ、ここがイノシシ肉の面白いところで、イノシシ肉を常食していると、ブタ肉のにおいがキツく感じるようになってくるのだ。ただ、もちもちした食感や肉質の安定度は当然ブタ肉の方が優れており、国産肉であればそこまで強いにおいも感じない。安定供給される畜産業界のブタ達が、どれだけ大切に育てられているのかを感じる瞬間である。
さてイノシシ肉の調理だが、これは肉の状態によってかなり変わってくる。まず一番困るのが塊肉をひとりで食す時で、日持ちを優先すると大体は紅茶煮かチャーシューになる。
これらの煮込み料理は安定して食べられるのだが、ここで再び筆者の脂身苦手体質が発動。脂身の多い部位をいただくと、食べ切るのに期間を要する今日この頃である。
食べやすい食べ方といえば、やはりある程度薄切りされた肉だ。ある程度なら自力で薄く切り分けることもできるが、専用のスライサーによって加工されたものならなお食べやすい。あらかじめ丁寧な処理がしてあり、かつ火が通りやすい状態になったイノシシ肉は、ブタ肉と同様の調理が可能だ。
臭いが苦手な方には濃いめの味付けがおすすめだが、最も汎用性が高い肉と言っても過言ではないだろう。良い部位なら焼き肉も美味だが、筆者的には根菜や味噌を合わせるのが好みの調理法である。
さて、今回は大型に分類される三種の肉を紹介したわけだが、野生種の肉である以上、独特のにおいは避けられない。
伝統的な食べ方の多くはにおい問題を解決できる調理法なので、機会があれば試していただければと思う。