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Ep. 2/6 理系蛮族の食事事情

 

 さて、お次は理系蛮族の食事事情について少し紹介したいと思う。

 理系蛮族にだって当然、純粋無垢な幼子でいられた時代があった。

 よって、かの黄金期に絆を育む事に成功した友人が幾人か存在している。そんな彼らの「お前の食事、クソすぎる」という発言から察するに、我が食生活はどうやら文化人の食事からズレた部分があるらしい。


 念の為言っておくが、理系蛮族全員が日常的に筆者のようなクソ食生活を送っているわけではない。

 筆者の場合は単に他の人々よりかは家が遠く移動費がかさみ、あまり食事に金を使いたくない、極力外で食べ物を買いたくないという意識が人一倍強い方だった、というのは事前にご留意願いたい。


 しかしながら。調査地での食べ物は皆平等である。

 よって、筆者だけがクソ食生活と罵られる事はない。安心である。

 さて、前置きはこの程度にして本題に入るとしよう。


 調査地での食糧調達の基本は、買い溜めである。値段の安い食糧、日持ちする食糧、調理の簡単なシチューやカレールーなどを買い込むわけだが、ここでジレンマがひとつ。

 調査は肉体労働である。平常時以上に体力を消耗するし、あまりに貧相な食事をしていてはシャリバテによって倒れる可能性がある。

 よって手を伸ばし引っ込めを繰り返してしまうのは、タンパク源である。だが、肉や魚は高い。

 移動費や度重なる宿泊でじわじわと減っていく金銭、彼らが支払いのたびに上げる『チャリーン』という泣き声が、皆様には聞こえているだろうか。


 なら節約しろ。そう思われる方もおられるだろう。正論である。

 しかしながら、人間は正論だけで動く生き物ではないということは、繰り返されてきた歴史が証明している。

 肉食べたい。魚食べたい。タンパク質食べたい。野菜だってモリモリ食べたい。お腹すいた。人間は、本能に忠実なのである。特に、食事しか喜びがないような状況ではなおさら。

 お金はない。しかしお肉も魚も食べたい。理系蛮族をじわじわと蝕むこの危機的状況を打破する為に必要なモノが何か、皆様には分かるだろうか?


 そう。それは、狩りなのである。


 ──遥か古の記憶を語ろう。

 受験が終わり、新たな世界に胸を踊らせる純粋無垢な一年生。

 そんな彼らの前にとん、と置かれたゆで麺の上には、見た事のない菜っ葉が乗っていた。

「これ、なんですか 」

 当然、一年生は問うた。その質問に、既に百戦錬磨の先輩様はこう仰られた。


「食べられると評判のその辺の草 」


 なるほど、草でしたか。

 いろいろ突っ込みたいところはあったが、調査後の空腹には敵わない。

 目の前に食べ物がある。ならば食べるしかない。それ以外の選択肢、それ以外の食糧がどこにあるというのだろうか。 調査地の遥か彼方に存在する下界? そんなん辿り着く前に空腹で倒れるわ。


 という事で、パクリ。

 そのひと口から己の食倫理が崩壊したという事を、あの時の純粋無垢な一年生は知らなかった。『超おいしいかどうか』と聞かれるとコメントに詰まるが、何も乗ってない麺よりは遥かにマシな味わいを彩る草。なんかやたらにイイ茹で色をしていた草。


 あの日食った草の名前を、僕たちは未だ知らない。


 その調査地は離島だったので通常以上に食料が高く、全ての入手が困難だった。肉は全て冷凍品、生野菜の入手などは夢のまた夢。生野菜が手に入らないなら野菜に代わるものを手に入れれば良い。美味しく調理できるものならなおさら良い。事前に調べ、知識を得よう。

 我々にナゾノクサを振舞ってくれた先達たちがそのような思考に至るのは、当然の帰結だったのかもしれない。


 幸い筆者も植物の調理法や薬効に関する知識が人よりはある方だったので、その気になれば『食べられると評判の草』をある程度集めることができた。自身もまた、新参者にナゾノクサを振舞う側に変貌していったというわけだ。


 しかし、肉の入手には困難が多い。まず、動物の肉を確保するには狩猟免許が必要で、その上捕獲には事前の狩猟許可が別途必要になる。自身の在住地から遠く離れた調査地で、動物を頻繁に確保するのは至難の業だ。というわけで、肉については別章で語るとする。


 タンパク質足らない問題を最初に解決したのは、同行者の中にいた釣り好き同期であった。

 彼はなんと、自分の調査シフト外には釣りに行き魚を釣り刺身を作り、夜の食事に華を添えてくれたのである。いちおう、運が良ければ試験目的で搬入された獣類から肉が入手できることもあった。


 それらの機会を逃さず貪欲に食料を集め、食らいつき、食事を華やかにする事を覚えながら、成長していった理系蛮族ども。食事に対する観念が反比例的に崩壊していったのは、なんかもう若者の胃袋的には不可抗力だったのかなと。今なら思う次第である。


 この調査には、いろいろと騒動もあった。

 台風だの何だのに翻弄され。食糧調達に行けず。食糧維持のために調査に行かないぶん一日二食に減らして保たせ。

 台風で電気が使えなくなったので水シャワーと予備電源でなんとか沸かしたお湯をかけた麺でやりくりする。


 こう書くと過酷に見えるが、初めての調査としては非常に充実したものだったと思う。そして食事に関する観念も盛大に狂わされたと思う。

 今では食糧計画にそれなりにコストをかけることを覚えているし、当時のような苦境に立つことはなくなった。金銭的な制約も、学生時代ほどではない。

 しかし、ふらっと街に出れば食糧が入手でき、簡単手頃に調理ができる設備も充実している状態に、安堵を覚える日は多い。


 ──目の前の肉に対して『いただきます』と言える日常が、こんなに嬉しいことはない。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] カップ麺なら、熱湯ならぬ水をかけて待つこと20分.. .. あ~ら、不思議! (ナントカ食ベラレソウナ)カップ麺の完出来上がり。 非常時のトリビアとしてご活用ください。
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