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Ep. 1/6 理系蛮族・出撃

エピソード6話分を、明日から1話ずつ18時に投稿します。

 

 ──夕刻。

 研究室に集いし理系蛮族の学徒(タマゴ)達は、各々の好きなように過ごしている。

 ある者はPCで課題をやり。ある者は謎の染みでいっぱいの不衛生なソファで寝転がって本を読み。またある者は、大鍋でゆでた特大パスタと、その辺のヨモギ入り団子を求め茶碗片手に争奪戦を行う。

 そんな和やかな光景が繰り広げられる中、ふい先輩がスマホ片手に立ち上がり、そして告げるのだ。


「待機組、出動するよ」


 ……理系蛮族の『ドキドキ☆研究室お泊まり会』が決定する瞬間である。

 理系蛮族の朝は早い。具体的には、朝三時から五時の間。その時間帯に出なければ、調査に間に合わないのである。家から悠長に出かける暇がないので、研究室にダンボールを敷いて終夜する。自然と朝型になってくるので、夜には猛烈に弱くなる。そんな生活リズムだ。


 不揃いな椅子の上に装備を乗せ、コーヒーの香りを嗅ぎながら寝ぼけ眼で顔を洗う。

 『カフェインの摂りすぎは、己を機動性の高いゾンビに変貌させるだけ』という自覚はある。しかし今は、そのゾンビですらも必要な時期なのだ。自分に言い聞かせ、適度に冷めたカフェインを摂取。


 少し目が冴えてきたならば、装備の準備だ。

ダニに食われないよう、ピッタリとした素材のレギンス。靴擦れに強い高性能山用靴下。速乾性シャツに手ぬぐい、手袋。長袖には『野外救急資格者』のワッペンを縫い付けてはいるが、その技術を使わない方が好ましい。

 カバンの中には応急処置用の包帯やポピドンヨードなど一式、野帳、調査道具、それからラムネにクマ撃退スプレー。ラムネは通常の砂糖より吸収が早く、シャリバテやとっさの意識レベル低下にも効果的である。ラムネ万歳。ラムネ最高。


 さて、装備の準備が整ったならばいざ出動。

調査対象は人によって異なるが、一日に二つ三つの峰を超えながら、調査する必要がある。

 調査地までの移動時間は、酷いと片道五時間である。これがなかなかに体力を削る。山を登る前から体力を浪費する。体力と金銭の問題は、何よりの死活問題だ。

 同年代がリア充全開で遊んでいる所を、筋肉と移動費に気を遣う毎日。

年頃として思う所はあったが、着飾ったところで誰が見てくれるというのであろう?


……クマか、尾根でピーピーと苦情の如く鳴いてくるシカ程度のものである。

では優先順位が低い。まずは体力を付けるのが先決なのである。


 さて、調査の事を話すと必ず「クマとかイノシシに襲われないの? 」と聞かれることになるのだが、筆者は理系蛮族時代にけものによる危険に遭った事は殆どない。遠距離で何度も遭遇していたのでお互いの存在に慣れており、かつ自分から近付くという前提で備えていた事が大きかったと思う。


 むしろ、大半の動物はこちらの気配を察して即座に逃走してしまうので、うっかり調査対象にしようものなら、追いかけるのがわりと手間である。

 追いかけっこは砂浜で恋人と行うものであって、落石だらけの斜面でけものと行うものでは無いんじゃないだろうかと常々思う次第である。


 しかし、けものが日常で臆病だからと言って油断する事はできない。

 筆者とけものの遭遇の事故が事故に発展しなかったのは、けものに必要以上に接近しないよう工夫して立ち回っていた為であり、判断を誤り近距離で遭遇していたのなら、事故の可能性は当然あったと考えている。


 もちろん、近距離遭遇の対応策として、大型獣専用の撃退スプレーは常に所持しているし、それすら使えなかった時は『致命傷を避ける』行動に移ることを先達たちから教わった上で、けものたちに近付いている。

 それだけ気を付けても事故は起こるのだから、人とけものの距離感というのはつくづく難しいと思う次第だ。


 ちなみに。当時クマやイノシシとの遭遇で事故になったことはなかったが、崖上のサルに落石を蹴落とされて命の危険を感じたことはある。よってサルはわりと苦手である。


 山での事故は、けものとの遭遇以外にも起こり得る。その代表が滑落だ。

 山ではツーマンセルが基本なので、一人がけものに襲われても片方が対応すれば大事故は避けられる可能性が高い。

 しかし滑落はどうだ。そもそもが留まるには危険な環境な上、打ち所が悪ければ脊椎損傷の可能性もある。


 大型獣撃退スプレーはすぐ手に取れる位置に装備しているものの、いま目の前にいない大型獣よりは、これから降りる眼下の崖で発生する事故の方が、発生確率は高いのである。

 さて、己の計画性の無さから事故三秒前を潜り抜け、反省しつつ帰宅すれば、次の日は一限から講義である。泥やらけものの排泄物で汚れた身体を洗い、寝落ちそして爆睡。


 そんな毎日を送るのが、理系蛮族なのである。


 

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