序章 昔の日記なんて黒歴史に決まってるやろがい
野外調査を生業にする人々──「理系蛮族」のタマゴ達は、日々あらゆるものと戦っている。
電波の届かない地域における様々なトラブル。調査を続けるための旅費不足。食糧計画をミスった末の断食、気象災害による冷水シャワー、同衾相手がネズミの布団。データ(研究対象)の逃走。追いかけてくる締め切り。進捗どう? と襲来する教授。突然真っ黒になるパソコン画面。
──ああ、いま思い出すだけでも阿鼻叫喚、常在戦争。
しかし、野生の動植物を間近に観察し、その生き様の探求に費やす日々は、全てが輝くほど新鮮で目まぐるしく……そのくせ、移動時間については超が付くほど暇であった。
週一回、調査地にたどり着くまでに浪費する時間は片道四時間。一日八時間もあれば音楽や読書だけでは飽きも来て(というか、本を背負って山に行くのが面倒で)、それなら自分で書くか、という思考に至るのも、理系蛮族的には自然な成り行きだったわけである。
最初はなんとはなしに。反響を受けてからは少々気合を入れて。
紡がれた理系蛮族日誌は、アマチュア向けコンテストの特別賞を受賞できる位には皆様に愛していただいていたと思う。
だが、まあ、しかし、だ。
あなたは、己の若き頃の日記を読み返せるだろうか。それも、業界に対してまだまだ無知、若いねえとニコニコされてしまうような年頃の記録をだ。
筆者には無理だった。具体的には、読んだ直後に奇声を挙げて壁に頭突きし、精神安定のためにメダカ水槽の掃除を始めてしまうくらいには動揺した。
その内容はあまりに愚直、そして純粋。未知を目にした直後、疲れと山ハイで興奮したままに綴った憧れや喜びが、そのまま情景として刻まれた記録の数々。それは、目を逸らせても消してはしまえない。そんな代物でありました。
ああ、今の自分にこれは書けない。あっぱれだ、未熟な私。そんな感心を抱きながら全章を読破し、得た結論がこの本だ。
──認めるとこは認めるけど、ごめん恥ずかしいとこは削ってから本にするわ。
大人な私の決断に、幼い私がむきーと腕を振り回している光景が脳内に浮かぶが、さもありなん。大人は汚いのである。表紙だって社会人の財力で外注してやったのである。
とまあ、冗談はさておき。
愛していただいた作品を、埋めておくのも口惜しい。製本という技術と楽しみを得たのだから、一冊の本として完成させてやりたいと考えたのが再録に至った動機だ。
しかし、個人の思想が強く表れている表現は残しておくべきではないと判断し削除。削った分は当時記さなかったエピソードや、大人な筆者の筆力でサポートする形で加筆を加えている。
さあ、前置きはこのくらいで。つたない記録ではあるが、輝く好奇心と共に野を駆け抜けた若者たちの生き様に、ご笑覧いただければ幸いである。
第一話は、研究室の床に段ボールを敷き、寝袋で雑魚寝する理系蛮族どもの記録である。