8.ロドルフ この会議はおかしい
「それではこれから次のモンスター討伐の作戦会議を行います。ジョハンナさんも戦列に加わってもらうかもしれませんし、同席してもらえますか」
「は、はいっ。わかりました」
唐突に何が始まったのかと思われたのではないだろうか。
領地内に出没するモンスターを討伐するために定期的にロドルフ様達が遠征している。今日は参加メンバーを中心にその打合せが行われるということだった。
ロドルフ様に誘われて、私も作戦会議とやらに参加することになってしまった。こんなのって初めてだ。でも、偉い人がたくさん参加するのだろうし、顔を覚えるいい機会になるよね。
でも、作戦会議ってどんなことを話すのだろう。専門用語とかこのあたりの地名とかもあるだろうし、先に前回の記録とか読んでおいた方がいいのかな。
ロドルフ様は自分が先ほどまで作っていたと思しき紙束を、机でトントンとしてそろえている。モンスターの生息地や作戦内容などが書かれているのだろうか。
「あの、ロドルフ様」
「はい、なんですか」
「前回の会議の議事録などはございますか? 先に目を通しておいた方が、今回の会議の内容も理解しやすくなるかと思いまして」
「議事録……議事録というのはよくわかりませんが、みんな前の会議のことは覚えていると思います」
そう言ってロドルフ様はスタスタと会議室へ歩いて行ってしまう。
うーん、私の質問というか要望の回答に何一つなっていないではないか。私の言い方がわかりにくかったかな? しかし郷に入っては郷に従えとも言うし、ここはロドルフ様に任せておけばいいのかな。
会議室には長方形の大きなテーブルがあり、すでに出席者であろう5人が椅子に座ってロドルフ様を待っていた。
彼らの年齢は私の父上と同じぐらいか、それより若そうな男性が多いように思えた。この場の女性は私だけみたい。
「ジョハンナさんは初めてなので、雰囲気を掴んでみてくださいね。緊張しなくていいですよ」
そう言ってペトロッシさんが近くに座ってくれたので心強い。気配りが嬉しかった。
ロドルフ様が座るであろう上座の席の後ろには黒板がある。ここに絵図を描いたりするのだろう。
実際にロドルフ様が上座の方へ行き、私は入口付近の空いている椅子に腰掛ける。私はあまり目立たないように……
「えー、では、第4回モンスター討伐会議を始めます」
ロドルフ様が口火を切って会議が始まる。
「えーと、まず私が考えてきたのは、倒したモンスターの死体をどうするかということについてです」
……えぇ? そういう議題になるの?
討伐の話よりもその後の方が大事なのかしら。
「モンスターの死体もそのまま置いておいたら腐ってしまいます。だから、捨てる場所を考えたので、皆でそこへ移動させるようにしようと思います」
そのままロドルフ様の話が続いている。持ってきた紙の資料は配ったりしないのかな?
でも私が知らないだけで、これがこの世界の会議の流儀ってやつなのかも。そう思って他の出席者を見ると、完全に無表情の人が2人と、きょとんとかポカーンとしている人が2人、そしてなぜか頷いている人が1人だ。
ああ、これはやっぱり作戦会議としてはおかしい展開なのだろうか。大半の人には話が通じてないっていう状況なのでは?
「えー、討伐の前と討伐の後でモンスターがどれだけ減ったかを数えて、それを成果にしたいと思います。だから、討伐する前にモンスターの数を数えたいと思います」
思います思いますって、なんか小学生ぐらいの発表を聞いてるみたいな気分になってきた。
「ロドルフ様、口を挟んでもよろしいですかな」
ベテラン戦士然とした男性が手を上げる。顎から口元に髭を蓄えているダンディな人だ。ちなみに先ほど頷いていたのがこの人だ。
「はい、ゴールディさん」
「あの、討伐のための作戦を先に話し合った方がよいのでは」
私が思うに、こちらのゴールディさんは真っ当な指摘をしてきた。その通りだと思う。代わりに言ってくれてよかった。
それを聞いたロドルフ様は眉をひそめる。これは、気分を害してしまったのかな。
「でも、先に決めておかないと、後からモンスターの死体が残ったら困りますし……」
気分は害していないようだったが、今度は困り始めてしまった。ぐずっているとも言う。
ロドルフ様は自分なりに会議の段取りとか問題提起を考えてきたのだと思うが、誰もその話題に乗ってこないので彼にとっては想定外の展開になっている。
停滞を防ぐために差し出がましいとは思うが、ここで私が発言することにした。前世では会議におけるファシリテートの大切さを説いた本を読んだことがあるのだ。
「ロドルフ様、まずはモンスター討伐を成功させなければなりませんし、そちらの方針が決まってからモンスターの死体処理について話し合う、というのではどうでしょう」
「はい、わかりました」
あら、ロドルフ様は予想外の反応。ゴールディさんをはじめとした元々の参加者からの私への視線が痛いわ。しかし彼らは特に何か反発するでもなく、小娘が何を言い出すやらという呆れたような顔をしているわね。
「えー、モンスターは倒しておかないと、近くに住んでいる人たちを襲うようになります。ですから、危険な存在と言えます。なるべく早く倒さなければならないというのが方針です」
うーん、頭痛がしてきた。それは方針というか、単なる前提の話をしているだけでは?もうちょっと具体的な討伐隊の陣形とか装備とか、『癒し手』である私の出番とか、そういう話が聞けるかと思ったのに。
「あの、ロドルフ様。私が聞きたいのは」
「しーっ」
言いかけて立ち上がろうとした私の手を誰かが掴んで制した。見ると執事のペトロッシさんが自分の口のところに指を立てて、喋るなのジェスチャーをしている。
ここはいうことを聞いた方がよさそうだと、直感的に思った。
「い、いえ、失礼いたしましたわ。どうぞお続けになってください」
「はい。モンスターは放っておくと人々がいるところに向かってきます。もちろん襲われた人たちも応戦するのですが、やはり戦闘に慣れた人でないと戦えません。ですから我々がモンスターを倒しに……」
ロドルフ様の相当にどうでもいい話はまだまだ続きそうだった。
しかしなぜペトロッシさんは、私が軌道修正しようとするのを止めたのかしら? あとで本人に聞いてみることにした。