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7.ブラン さりげなく店員にぼったくられかける

 今日はブラン君と共にお買い物に行く日だ。外はいい天気で、街へ繰り出すにはよさそうなコンディション。

 しかし買うものが『ホムンクルス』の材料だというのが気になるわね。


「いつもは執事のペトロッシさんが一緒に行ってくれたり、代わりに頼んだものを買ってきてくれたりするんだよ」


 ブラン君が言うように、執事のペトロッシさんが買い物にも同行することが多いのだが、せっかく知り合えたのだしもっとブラン君のことを知っておく必要がある。そう考えた私はロドルフ様にお願いして、ブラン君の買い物に同行させてもらうことになったのだった。


 いくら頭がいいとはいえ15歳。年長者としては彼が危ない目に遭わないかをしっかり見ておかないとね。年長者といっても私も19歳だけど……


 ブラン君と共に屋敷を出て、歩いて街へ向かう。


「ところで今日は何を買うつもりなのかしら?」

「もちろん、ホムンクルスの材料だよ」


 答えになったような、なっていないような回答が返ってきた。


「ホムンクルスの材料というのは、何なのでしょう。そこいらの街に普通に売ってたりするの?」


 あら、私ったら令嬢なのに『そこいら』とか言ってしまったわ。たまに昔の口調が出るのよね。でもブラン君は意味をくみ取ってくれたみたい。


「いろいろ文献を読んできて、どうもホムンクルスの材料というのは決まり切っているわけではなさそうだとわかったんだ。それに作り方も諸説あるので、時間がある限りはいくつもの方法を試してみるつもりだよ」

「なるほど。承知しましたわ」

「それで、今回買うのは香油でしょ、錆びた釘でしょ、あとバブルポーションが10本かな」


 ブラン君が指折り数えながら私に教えてくれる。

 バブルポーションが……10本?

 500mlのペットボトルとかじゃないわよね? それでも重いだろうけどやっぱり瓶だと思うし、ブラン君が持つのか、それとも雇われの私が持つのか。台車でも持ってこればよかった。


 少し暗い気分になってきたけど、いざとなれば箱に入れて2人で持てばいいわけだし、なんとかなるか。


 あと香油はアロマオイル専門店とかにあるのかしら? でも異世界にそんな店があるとも思えないし……そもそもアロマオイルがいつ頃から生活に根付いたのかもわからず。

 私だけいろいろと悩みながら2人で歩いていたが、ブラン君がいきなり入ったお店が異国の品を扱う雑貨屋で、そこで無事に見つかった。


「香油はこれでバッチリだよ。僕って買い物上手だと思わない?」

「ま、まあ最初に入ったお店で見つけられたから、そういう嗅覚は備わっているのかもしれませんわね」


 なんか微妙な褒め方になってしまった。


「次は錆びた釘だけど、錆びた釘ってどんなお店に売ってるんだろう。ジョハンナはわかる?」

「うーん、錆びた釘ってそもそも売っていないように思うわ。家の解体工事の現場とか、廃材置き場に行ってもらってきた方が早そうに思うのだけれど。それこそペトロッシさんにお願いして準備するべきかしらね」

「そうかあ、今日だけで全部そろえるのは難しいかな」


 ブラン君はちょっと残念そうな顔をする。


「じゃあ最後にバブルポーションを買いに行きたいな」

「ポーションだったら魔道具専門店によく売ってますから、そこに行ってみましょうか」

「うん、行こう」


 しばらく歩いた先にあった魔道具屋に入る。


「いらっしゃい」


 小太りの店員が声をかけてくる。


 店の中は杖や草の束、水晶に小袋など、何かしら魔法に関係していそうなものが並んでいる。私も癒し手としては、こうした道具を購入して自分の魔力向上に努めるべきなのかしら。

 しかし今日はブラン君との買い物なので、目的であるバブルポーションを探すことにした。確か15本だったっけ。えーと、ポーションはどのあたりだろう。


「あのー、バブルポーションがほしいんですが」


 ブラン君の声がしたのでそちらを見ると、立っていた小太りの店員に直接声をかけて尋ねている。


 店員がブラン君の体を上から下までさっと見たように思えた。そして彼は私の方も見て目が合い、すぐにそらされる。少しの沈黙の後で返事があった。


「はいはい、バブルポーションね。こちらにありますよ」


 店員がカウンターの後ろを見やる。ポーションが入っているらしき瓶が沢山並んでいる。どうも店内で客が手に取れるところには陳列されておらず、店員に直接尋ねて購入する方式だったようだ。


「えーと、たくさんほしいんです。10本以上買えればいいかな」

「10本ですか……」


 店員が少し考えたのちに話し出す。


「それでしたら、ポーションの瓶を1本ずつ持って行くのも大変でしょう。こちらの箱で売ってますから、こちらにしたらどうですか」

「ああ、箱ごと買った方が持ち運びに便利だよね。ジョハンナ、これにしようかな」


 ブラン君がこちらを向いて同意を求めてきた。私はうなずきを返す。


「セットで買うとお得なんですよ。10本だと8,800ゴールド、20本だと17,800ゴールド、30本だと26,800ゴールドです」

「わあ、30本の方がお得なのかな。ねえジョハンナ、30本にしようよ」


 私は、30本も買うのかよという心の声を押し殺しながらも、店員が提示してきた金額に軽い疑問を感じた。頭の中で計算してみる。


「あら? 普通たくさんの量を購入すると割引されて少し安くなったりするものですが、こちらのお店の場合はたくさん買うと高くなるのかしら?」

「えっ、そうなの?」


 ブラン君がその場で計算を始める。


「ほんとだ、10本の金額を3倍しても、30本の金額にならないどころかむしろ高くなってるね」

「そ、それに関してはこちらも仕入れに手間暇がかかっておりますし、なるべく多くのお客様に販売したいという意味も込めてこのお値段にしております」


 店員が弁解する。前世でもたまにこういう謎の値付けがされた飲食店に行ったことを思い出した。思い出したら怒りがこみ上げてくるが。


「まあいいか。じゃあ、10本ずつを3セット買うことにするよ」

「ええ、ブラン君、それでいいと思いますわ……あれ、ちょっと待ってね」


 ブラン君がしっかりと損をしない購入方法を告げたはずだったが、小太りの店員は企みが看破された割にどこか余裕がありそうだ。私はもう1つ、気になることがあったのを思い出した。


「ねえ店員さん、さっきからなぜ壁の前に立っているのですか?」

「えっ? い、いえ、ここが定位置なものですから。いつもここに立っておりますよ」

「でも、椅子はそっちのカウンターの横にあるよ」


 ブラン君がカウンター脇、店員が立っている場所とは反対側にある椅子を指さす。


「店員さん、あなた少しそこから横にずれてくれませんこと?」

「ぐぬ……」


 渋々といった表情で店員が右側にずれる。その後ろには商品の価格を示す貼り紙がしてあった。

『バブルポーション大特価! 1本800ゴールド!』と書いてある。


「あらら? バブルポーションって1本だと800ゴールドで買えるんですのね。それなのに10本セットで8,800ゴールドとは……10本買ったら1本おまけで付いてくるのではなく、1本分追加で請求されているのかしら」


 店員は仏頂面で黙りこくっている。なんでこの小娘が気づくんだとでも言いたげだ。口元が歪んでいる。


「ブラン君、どうしましょう? この際だからここで買わなくてもいいのではないかと思いますが」

「いや、ここで買うよ。でも値段は1本ずつで30本買ったという計算にしてね」

「は、はい、かしこまりました」


 店員はいそいそと会計を始める。


「ところで、なぜ彼から代金をぼったくろうなどと考えたのかしら?」

「い、いえそんな、ぼったくろうなどと人聞きの悪い」


 言わなくてもいいかもしれないが、私だけでなくブラン君も店員になめられたような気がしたため、聞いてしまった。おおかたブラン君の服装が高貴で、目元が髪の毛で伺えなくなっているからおとなしそうに見えて、文句を言われないだろうと思ったとか、そんなところだろう。


「そうよね、まさか領主の弟君を相手に詐欺を働こうなんて、火あぶりにされても文句は言えませんわよね」

「りょ、領主の弟……!? さすればこちらのお方はブラン様で」

「ジョハンナ、それは別に言わなくても」


 ブラン君が焦りの表情を浮かべる。本人的にはお忍びで買い物に来ていたつもりなのだろうか。高貴な身分であるという情報だけを周囲に与えている状況ではあまり成功しているとも言えまい。


「いいえ、実害が出そうになったのですから、釘を刺すことも重要ですわ」


 ブラン君に意見し、私は再び店員の方を向く。


「あなたがそのように初心者をカモにするような商売をするというのなら、私もこの店の評判を拡散せざるを得なくてよ。よくって?」


 あー、なんか令嬢っぽい語尾がすらすら出てくるなと自分で感心する。

 店員は黙って頷くのみだった。


 帰り道。ブラン君は憤慨しながら話す。


「あー、馬鹿にされた気分だよ。あの店だけ税金を5割増しで取ってやりたいよね」

「それはいろんな法律を通さないと無理かと……」

「そうなんだ」


 いささか顔をしかめたブラン君だが、買う予定だったものの大半を今回購入できたので、満足したのか機嫌は悪くなさそうだ。

 なぜなぜと人を問い詰めてくるクセを店員の前でも発揮すればよかったのに。なぜやらない。真面目に考えてくれそうな相手だけにやっているのかしら。


 ところで私が30本もの瓶の入った箱を持っているのはなかなかしんどいものがありますわよ。やはりお屋敷の誰かに付いてきてもらうべきだったと、今更ながらに思った。

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