3.レジス 悪役令嬢と会って風のように去る
領主であるロドルフ様に召し抱えられて、ストルト家のお屋敷で最初の一夜を明かした私。
朝食は屋敷の他の使用人たちとともに食べてもよいことになっており、彼らとともに食堂で採らせてもらった。
そしてその後は仕事内容の打ち合わせをするため、私はロドルフ様の部屋を再び訪れていた。
「おはようございます、ロドルフ様」
「おはようございます」
昨日お会いした後も、お仕事があると言って机の上の書類の山と格闘されていたと思しきロドルフ様。若干お疲れの様子で心配。髪の毛はさすがにお付きの方にセットされたのか、昨日と同じようにサラッとしているけれど。
それにしてもロドルフ様って、召し抱えられている側である私に対しても敬語なのね。私が入ったばかりだからなのかしら?
「では、ジョハンナさんのお仕事について打ち合わせさせてください」
「はい、お願いいたします。まず私の癒しの力ですが……」
打ち合わせが始まるが、すぐに乱入者があって中断された。
「おーっす、ロドルフ。相変わらず要点をまとめられない資料を作ってんのか」
そう言って私とロドルフ様がいる部屋に入ってきたのは、ワイルドタッチな男性だ。短髪に日焼けした肌でアウトドア派なのだろうか。
ノックなしに入ってくるこの遠慮のなさは、ロドルフ様とは反対の気質に思えた。
「レジスですか……今はジョハンナさんとお仕事の話をしていて」
「おお、この人がお前のとこで新しく雇ったっていう『癒し手』の姉ちゃんか。なんかキツそうな顔してるけど、癒やしてくれるんかねえ」
初対面でこの歯に衣着せぬ物言いで面食らったが、ロドルフ様によるとこの方がレジスということなのだろう。
レジス・ノルドリング。乙女ゲーム「グレイスフル・ランデブー」における攻略対象の1人だ。私の記憶が蘇ってくる。
ロドルフの親友ポジションで彼と同い年だが、ロドルフと異なり貴族というわけではなく、商人の息子。
父親は造船業を始めて一代で財を成した実業家だ。レジスは父親の後を継ぐはずと周囲に目されていたのだが、突然自分でも仕事を始めたいと言って18歳で家を出る。
ゲームの設定でレジスは家を出た直後は違法賭博を開いたり、そこでのカモの情報を売る名簿屋的な悪徳商法に手を出しており、それである程度の儲けを得ていた。
中世が舞台のファンタジーなゲームで、現代に起きたような悪徳商法問題をやるものかと思わされたものだった。製作側にこうした商法に引っかかった人でもいたのかしら。
ともかくレジスは仕事の関係で裏社会とつながりを持ってしまって、のちにまっとうな仕事に鞍替えしても因縁を断ち切れずにアウトローな世界からの誘惑がある。それらとの縁切りに向けての闘いも、ゲーム上でサブイベントになっていた。
今はロドルフ様もレジスも22歳のはずなので、レジスは独立してからある程度経っていることになるから、商売をすでに始めていると考えられた。
「レジス、今日は何の用ですか」
「いや、取込み中なら今日はやめとく」
そういってレジスはロドルフ様の部屋を出て行ってしまう。
私、まともにレジスに挨拶もしていないのだけれど……まずかったかしら。
でも向こうが値踏みするようなことを言ってさっさと自分から出て行ってしまったのよね。彼の方は性格なのか、それとも社会人経験の少なさが露呈しているのか。私は前世では10年ほどのOL経験があるけれど、あまり目立って何かやるってタイプじゃなかったんで、あまり心理が理解できない。
「では、打ち合わせの続きをしましょうか」
「あ、はい」
そう言って話を再開するロドルフ様。よく考えたらロドルフ様もレジスに私を紹介してくれるわけでもなかったのよね。
うーん、なんかもやもやとする。私が自分から、レジスに自己紹介などをするべきだったってことなのだろうか。しかし私が私がといって前に出すぎる真似をするのもはばかられるし。まあ済んだことは仕方がない。
「えー、基本的にはジョハンナさんは私たちがモンスター討伐に行くときに同行してください。そして怪我をした者を治療するのがよいと思います」
「はい、承知しておりますわ」
これは『癒し手』の使命であるとも私は考えていたのでもちろん異論はない。
「以上です」
「えっ」
仕事内容が1つしかないので驚いてしまった。
「あのー、モンスター討伐がない日は私は何をいたしましょうか」
「うーん、お好きなように過ごしていただければいいと思いますよ」
「お屋敷に住まわせていただいているのに、それではあまりに恩知らずに思われます」
毎日モンスター討伐に行くわけではないだろうし、むしろ行かない日の方が多いだろう。
「……」
ロドルフ様が固まってしまっている。私の質問はそんなに想定外だったのだろうか。もしかして予定していた以外の行動が来るとフリーズするタイプなのか。
「あの、ロドルフ様。私の方でも何かできることはないか考えてみますので」
「そうですか。お願いします」
完全にボールがこちらに来た格好だ。これはもう、ロドルフ様は考えてはくれないな。
◇ ◇ ◇
結局こんな感じで中身の乏しい打合せが済んでからは、ロドルフ様がまた仕事があるということなので執事のペトロッシさんに、お屋敷内やその周辺の、昨日回れなかった場所を案内してもらった。
屋敷には執事の他に侍女、料理人、庭師などが住み込みで生活している。朝食時に挨拶した顔もあった。あっゲームで見た顔だ、などとは口に出さない。
レジスはそのまま帰ったのか、この日は屋敷内で顔を合わせることはなかった。
確かロドルフ様の弟も屋敷内で生活しているはずだけれど……? 案内されなかった。おいおい紹介していただけるのだろうか。
部屋に戻り、ベッドに腰掛けて一息つく。
ふー。
『癒し手』としての仕事があるのはよかったが、討伐がない日は毎日何をして過ごせばいいのだろうか。
ゲーム「グレイスフル・ランデブー」は乙女ゲーではあるけれどもRPG要素もあった。『癒し手』はいわゆる回復術士扱いで、攻略対象の男性たちとパーティーを組んでモンスターを倒したりダンジョンへ潜ったりできたのだ。
とはいえ毎日毎日闘いに明け暮れていたわけでもない。街へ買い物しにいったり、男性と一緒に過ごしたり(いわゆるデートだ)、人々の頼み事を聞いて報酬をもらったり。そういった日々の行動の合間に攻略対象の好感度を上げ下げするようなイベントが挿入される。
一応、毎月のお給料はいただけることになっている代わりに、闘いの際には回復役として従軍しなければならない。逆に闘いがないときは自由なわけなのだが、さすがにただ飯ぐらいの日々を送るのも気が引ける。
前世では事務方の仕事をしていたので、ここでも何かできそうな書類仕事とかないかしら。
明日はモンスター討伐がないのでいきなり暇になりそう。ロドルフ様かペトロッシさんに聞いてみようかな。
そんなことを考えながら、この日の夜は更けていった。