呪いについての疑問
「身分というのはいつになっても煩わしい」
ローと呼ばれるようになった男は呟く。かつてはローディンと名乗り王の血族と言われたこともあったが、それも昔のこと。
いいように使われて、最後は生き埋めにされた。
やりすぎだと嗤うあの男を許せるわけもない。
無念は凝り固まった怨霊となり、この地に留まった。その血縁も出来るだけひどい目にあえばいいと余計な助言をすることはあった。
目先のことに捕らわれて大義を失い、毒殺される。知り合いから裏切られる。そんな場面を見て小さく嗤っていた。
しかし、国が倒れることはなかった。
それはローには面白くない。あの男の血が残っていることは、やはり許せそうになかった。
そうして過ごしていた彼の前に現れたのがウィンディだった。王家の誰にも似ていないが、その血の匂いは隠し切れなかった。
彼女は王家の娘ではなく、ただの貴族の娘だという。自らが隠し子であるとは未だ知らぬまま。
それがどう堕ちていくのか見物しようと思ったのが、ローにとっては発端ではあった。
年齢で言えば、王の隠し子であろうウィンディは悪い子ではなかった。世を忍ぶ仮の姿である猫でいても、彼女は気まぐれに相手をし撫でまわした。
一緒に住もうかとまで言われた。
しかし、ウィンディは猫に言ったのであってローに言ったわけではない。
「……面白くない」
求婚を断られたこともだが、ローが生前の姿でいるときはウィンディはとてもそっけない。
仮の姿の時のほうが遊んでくれたし、抱っこもナデナデもしてくれたのだ。
ローはあの魔性の手から繰り出されるなでなでにうっかり昇天しそうになったことがあるくらいだ。
あれはまずい。聖別された武器より怖い。
それでも、ローはあの手が好きだ。きれいな手ではないとウィンディは言うが、そんなことはないと思う。
まあ確かにかさついているから貴族の令嬢の手ではないが、ローにとっては最高の手なので誇ればよいとさえ思っている。
ウィンディが頑張った証なのだから。
「……あった」
ローは隠し財産があった。ある意味これのために嵌められたのかもしれない。
年老いた魔物から譲り受けた財産。ここより許可なく取り出せば呪いが発動する。世に出回る呪いのアイテムはそんな出自のものが多い。
主に返せとモノが訴えるのだ。
もちろん、財産の持ち主がきちんとした手順で手放せば呪いはない。
古いがまだ古い家に残っていそうな道具などを取り出す。金貨や宝石もあるが、どれも古すぎて目立ちすぎる。特に大ぶりの宝石は魔法の媒体としてよく使われたため、素の宝石であるものは少ない。
小ぶりのものでも何かしらの魔法的要素が含まれている。今、それを流出させるわけにはいかないだろう。
ローは使うことはできるが、それの由来をうまい感じに作ることはできなかった。由来を説明できないというのは相当怪しくみられる。こういったものは先祖伝来であったりして、伝承くらいあるものだ。それもないなら盗品であるかもしれないと疑われても仕方がない。
そして、こういったものを手放すというのはそれなりの事情がいる。さらに他にも同じものがないかと探られることもあるのだ。
何にも考えず、遊ぶ金欲しさに手放した時に実感したのだ。商人は疑い深い。そして欲深い。
売るものはそれなりに考えねばならない。
ローは選んだものをどこに売ろうかと迷う。たぶん、大店がいいだろうと王都で一番大きな店を尋ねた。
そこにいたのは、研究所でよく見かけた娘だった。そして、先日、ウィンディに難癖をつけていた。
確かに大店の娘だったなとローは思い出した。
「ひぃっ」
ローは目があった瞬間に悲鳴をあげられるほどに怖い人相はしていないと自認している。
幸いというべきか他に客がいなかった。何事だと注目するのは店員たちばかりである。商人ならば余計ことを言ったりはしないだろう。
「あ、あの、何か御用ですか」
おどおどと彼女はローに近寄ってきた。
完全におびえているが、引きつったような微笑みはある。
「……家の蔵から古いものが出てきた。売りたい」
「買い取り、ですか。
うちは古いものしか扱いませんが……。一つ二つ見せてもらってもいいでしょうか」
彼女はそういっているうちに怯えが抜けていった。
ローを店の奥の衝立の奥へ案内する。声をかけてきた店員に飲み物の用意と父を呼んでくれと頼んでいた。
「私はレナ、この店の跡取りです。
どのような商品のお買取りでしょう?」
「これだが」
「…………」
ローが出したものを見た瞬間、レナは絶句した。そして、微笑みを浮かべたまま、衝立の向こう側に一度去る。
「お父様、大至急! あと鑑定士! それから、金庫番に小切手用意するように言って!」
抑えた声ではあるがそういっているのがローにも聞こえた。
最近のものと選んだつもりでもかなり古かったようだ。ローはやっぱり金貨を潰して金としてもってきたほうが良かったかと後悔する。
しかし、金はそれなりに流通が限られるし、金貨は金だけではできていない。
「失礼いたしました。
珍しいものですので、驚いてしまって。
よろしければ、どのくらいで売りたいかお聞きしても?」
「妻にしたい女性がいて、その女性は貴族だから平民の妻にはなれんと言われた。
だから、貴族の位が買えるほどに売れればいい」
「…………。
まじかー」
ぼそっと呟いた声は小さかったが、ローは耳が良かった。
「何度も中座して申し訳ございません」
そういいながら、レナはまた衝立の向こう側に声をかけた。
「貴族の借金リストも追加で!」
戻ってきたレナは両手にカップを持っていた。
「お菓子は召し上がります? うちの料理人自慢のものがありまして、そのうちに届きます。それまで、私と雑談いたしませんか?」
「それは構わないが、結局、買ってくれるのか?」
「買いますが、お金ではなく、爵位でお支払いします。
爵位だけでは貴族と言えません。その身の回りをするものの雇用や住まい、着る服や立ち振る舞い、不文律など色々必要となります」
「そういうものか」
「ええ、お客様の立ち振る舞いは美しいですが、少々古めかしい。
そういった情報も最新のものを揃えさせていただきます。
ですから、他のものも私どもに提供いただきたい。出来れば、長い付き合いを」
微笑むレナは怯えた娘ではなかった。研究所で婚約者に構ってほしがる娘でもない。
一人前の商人として、ローと交渉している。
「今後の対応次第だ」
「では、心してご用意いたしましょう。
お客様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ローだ。今後の手配は全て君に頼もう」
「そ、それはどういう?」
「専属だ」
「お、お父様が、適任かと」
「他の誰かなら他の店に持っていく」
「……うそぉ」
レナの先ほどまでの凛とした表情が崩れ、眉が下がる。
「いつ頃までできる?」
「最短三日ほどですが、王家への挨拶もいりますので一週間ほどは見てもらう必要があります」
「思ったより早いな」
「最近、買ったばかりの男爵位がありました。
いい感じの田舎なので、避暑地にでもしようと思っていたんです。ナリス男爵領は、川魚もいて遊ぶのもちょうどいい湖があって……。
ほかの地にしましょうか」
「そこがいい」
レナは言いだしてから惜しいなと思っていたのが丸わかりだった。
商人が売りたくないというほどの土地ならローも欲しい。そう思わせる芝居かもしれないが、今のレナはそういうことはしないだろう。
「……焦土にしないでくださいね。なんでも願いが叶う幻の魚がいるそうですから。見に行くまでは、干上がらせないでください」
「俺をなんだと思ってるんだい?」
「え、素人が領地運営したら、土地がひどい目にあうというあるあるです」
「統治をわかっている補佐官も頼む」
「畏まりました。
他の持ってきたものも拝見いたします」
ローが持ってきたものを見てレナはため息をついた。
「ざっと150年ほど前のものなんてどこに残ってたんですか。しかも起動する」
「そんな古かったか。蔵が古いからもっとあるかもしれない」
「お金が入用でしたら、ご相談ください。
他のところに持っていたら大騒ぎですよ」
「君は驚いてない」
「え、ま、まあ、研究所に出入りしてますし、こういうモノには慣れてます」
ローはしどろもどろになったレナをじっと見た。冷や汗のようなものが流れ落ちるのを見てから彼は小さく笑う。
「そういうことにしておこう」
「そういうことも何もありません」
そういい張るのはローには面白かった。
「では、今後の手続きについてお話しますね」
そこから先の説明は長かった。爵位の売買についての法ややり方、禁止事項など多岐にわたる話をレナは覚えているようだった。
妙に記憶が良くなってというが、ローには年若い娘の知識量ではないように思えた。
「……そういえば、記憶ってどこにあるんでしょうかね?」
「藪から棒になんだ」
「それは魂か、肉体か、みたいなこと考えたりしません?」
「しないが……」
確かにローの体は既にない。思念だけを固めたものが今なのならば、記憶は魂に宿ると言えるだろう。
「しいて言えば魂か」
「……参考にします」
「なんの参考だ?」
「うちの婚約者、記憶の存在について興味があるらしいんですよ。他の人の考えはどうなのかなと思って」
レナはさらっと流したが、ローには違和感があった。しかし、その違和感の正体を知ることはなかった。
そんな会話をしたことすら忘れるほどに怒涛の一週間を過ごすことになり、その後に予定外の事態により簒奪を企てることになったのだから。