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記憶の保存域についての疑問


「疑問があるのだが」


「にゃ、なななんですかっ!」


「世の論文では、記憶というものは肉体の脳というところに記録されているということになっている。

 しかし、前世を覚えているということは、それはどこに記録されているのか? それとも妄想なのだろうか? 魂に刻まれるということは未だ魂の捕獲調査が倫理的に認められないので、解明されていないが、死んだら確保して解剖していいだろうか」


 一息で、言われました。

 瞳孔開いている青い目に鳥肌が止まりません。予想と想定を超えた展開に震えがっ!


 きゅうと可愛い声(当社比)をあげて卒倒できた私、偉いと褒めてもいいですよっ!



 ……初めまして、異世界に転生しちゃった昔会社員、今はご令嬢のレナです。前世も今世も同じ名前で出ています。

 我が家は行商人からの立身出世で男爵位を買い求め、領地とお城を持つ成り上がりです。それなりに名家の種馬、失礼、三男以降の素敵な男性を求めていました。

 そこで名乗りを上げたのが、本の虫と言われていたヴィジリオ様でした。武門で有名なフレーニ家のご長男。本人は武門の恥と言われるくらいに運動が出来ないと言っていましたけど、一般的男性と比べれば遜色ないくらいでした。

 その程度では、家門は継げぬと宣言されており、婿入り先を探していまして。しかも自力で。僕は用無しだから仕方ないよね。と肩をすくめていたので、なんだか同情して婚約したんです。それが、5年前。

 私が12歳、彼が20歳のときのことでした。両親は心配という顔でしたけど、事業に役立つ知識と技量を持っていると知るや否や即歓迎体制に整えました。手のひらクルーがすごいな我が親ながら……と思いましたね。


 それはさておき、この年齢差に当時、幼女趣味などと不名誉な噂が立ったようです。そして、幼女に手を出すわけではないのに幼女趣味というのは間違っていると言いだしたらしいですよ。きちんと育ってからしか触れるつもりもないし、それまでは妹のようなものだろうとか。妹というのは兄に対して理不尽でも許されると信じている生き物だとか……。

 それを聞いたのは三年くらい前のこと。


 頭痛いというより頭痛が痛いとか痛いを重複して表現したくなりましたね……。虐げてないですよ。わがまま言ってませんよっ! むしろ言われたほうですっ!


 ……。

 こほん。


 この世界、洋風の街並みに現代日本の便利さをくっつけたような仕様でした。ビルはないけど、自動運転の魔法馬車はある。通信も発達し、電話のようなものもそれなりに普及し、裕福な家にはあるものとなっています。さらに医学分野はかなりの発展を遂げており、ちゃんと麻酔してくれる歯科があります。手術については、今のところ倫理と宗教と医学が喧嘩しており公式には認められていません。


 我が婚約者様のお仕事はと言えば、過去の魔法技術を現代の技術に落とし込むこと。あるいは、新しい技術の開発と専門職です。国が主体となって運営されている通称研究所は多岐にわたるものを扱っています。

 ただ、まだ現代日本ほどの発達はなく、発想がないと頭を抱えていた時にちょちょいと入れ知恵をしたこともあります。


 子供っぽく、あれー、これってこうすればいいんじゃないの? とあざとく上目遣いで。研究員の皆様にはご好評の可愛い妹スマイルでお願いすることもありました。

 なお、ヴィリジオ様はツンドラのように冷たい目線で見てくるので本人にはやりません。冷静冷酷にこうするといいですよと言うだけです。


 貴方たち婚約者っぽくないわねと母に評されるように、淡々としたお付き合いでしたね。


 そんな我が婚約者様ですが、ななんと! 某乙女ゲームの攻略対象じゃないですかっ! しかもバットエンド死ぬ係みたいな!

 小さいころから前世がと思っていましたが、その件を思い出したのは17歳の春。つまりは二か月前です。

 年号を確認すれば、ゲーム開始のタイミングでしたね。


 それとなくヒロインの動向を聞いてみたりしたのですが、興味ないの一点張り。事実、職場と家とご近所の食堂を周遊する生活をしていました。あの、時々、うちにもご機嫌うかがいにきてもいいのよ? と言えば首を傾げられました。

 どうも私がよく家に遊びに行ったり、職場に突撃したりしていたのでその必要を感じなかったようです。

 貴方が、全くこれっぽっちも婚約者の責務を果たさないから、私が会いに行ってるんですけどぉ? といってようやくぽんと手を叩いていましたね。

 この研究バカがと思います。本気で、過労で死にます。しかも本人、特に感慨もなく、未練もなくお亡くなりになりそうです。

 嫁ぐ前に未亡人フラグとかやめてほしいですね……。


 それはともかく、ヒロインの存在は確認しました。普通に、研究員をしています。ヴィリジオ様とは先輩後輩の仲、のはずなんです。ところがですね、あまり認識してないっぽいです。美人で有能であるということで名前くらいは聞いたことがある程度。


 自分とはあまり関係のない、私ともかかわりもない人をなぜ気に掛けるかという疑問には、婚約者らしく可愛い嫉妬と言っておきました。

 よくわからないようなへぇ、という返事に少し寒気がしたのはなぜでしょうかね……。

 仕事の同僚さんたちによると妙に機嫌がよくて不気味だったという証言がありました。焼きもち焼かれて嬉しかったのでしょうか。


 ヒロインは現在研究というか仕事に邁進してまして、乙女ゲームやってくれません。

 ほっとくとノーマル職業エンドを迎えそうなヒロインです。すでに起こっているはずのことが全く全然起こってません。

 攻略対象と全員会ってないとおかしいんですけど、研究所に視察に来た第二王子、その側近、それからヴィリジオ様しか会ってないようなんです。

 そのうえ、特にイベント発生せず。


 デートよりもイベントよりも仕事がしたいみたいな。どこの誰かに似てますね。気が合うんじゃないでしょうか。

 私はデートくらいはしたいです。

 季節のお祭りイベントくらいは網羅してスチルを集めたい。今までの思い出もよいですが、増量したい。

 迷惑そうな顔されてますけど、連れ歩きますよ。人間体力が資本です、歩きなさいと。嫌々でも帰りはしないのだから、マシなのでしょうね。


 そんな日々はいつまでも続きません。

 この乙女ゲーム。現代っぽいのになぜかラスボスは古代の魔物です。しかも怨霊系です。王家に怨念ありまくりで、話し合いなんてできそうにありません。二周目には隠しキャラでいるらしいんですけど、現実には二周目、ないですからね。

 ヒロインが特定の異性と仲良くするとこのラスボスが現れるルートへの道が開かれます。

 ラスボスを撃退、あるいは、退治するとノーマルかハッピーエンドになるんです。負けるとですね強制バッドエンド。その時に、ヒロインが逃げる時間を稼いで死んじゃうのがヴィリジオ様。好感度に関わらず、そうなります。


 らしいっちゃらしいんですけど、死なれても困ります。回避するにはラスボス退治するくらいしかありません。だってヒロインはいつ恋愛始めるかわからないんですよ。想定ゲーム期間を過ぎてもいつ現れるかわからないやつを放置しては安心できません。


 残念ながら、ただのご令嬢の私、ヒロインのような能力を持っていません。

 情報を集めたり、対策を考えるまではいいんですがそれから先の実行力がありません。ぐるぐるに悩んで、いっそと思ってヴィリジオ様に実は前世がと話したら冒頭の感じです。


 え、そこ!? というやつですね……。いや、うん。そうだねと思うような反応ではありました。


「目が覚めたか」


「覚めたくありませんでした。あなたは私より年上なのに私より長生きするつもりなんですか?」


「くたばれじじいと言われるくらいには長生きするつもりだ」


 乙女の寝室に入り込んで人のベッドの上に腰かけて、なんてことを得意げに言うんでしょうね?

 12歳じゃあもうないんですけど。


「……はぁ。命の危機についてはどうお考えですか?」


「別に。領地に引っ込めばいいだろう」


「さくっと皆を見捨てましたよっ」


「個人で対応するのは現実的じゃない。数人で処理するからそうなる。

 妄想か未来覗かはわからないが、その人物には心当たりがある。墓を暴かれたくらいで暴れ出すこともなさそうだから、別の原因と理由があるかもしれない。

 それを調べて宥める方法を考えればいいんじゃないのか?」


「それにしたって限界が」


「ひらめきの女神のお告げなら、人海戦術も可能だ」


「は?」


「我が研究所の女神と崇められている。僕はやめてほしいと言っているが、祭壇まで作られそうな勢いで」


「はあ!?」


「行き詰って解雇待ったなし、予算切られる寸前というものが軌道に乗った。

 実現可能ではないと打ち捨てられたものが、見どころがあると再びみられるようになった。

 その他、色々あって女神だと誰かが言いだした」


「……知らなかったんですけど」


「本人に言えば絶対来なくなると言ったら緘口令が敷かれた。あれは見事だった」


 うんうんと一人頷いてますがっ!


「ということで、権力はないが、お願いはとても有効だ。例のあれをすれば相手は頷く。あれは魔法なのか?」


「ちがいますよ。あれはあざといっていうんです。

 ヴィリジオ様には全く効きませんでしたけどね」


「……そうだったな。うん、可愛いが限界を超えているとか考えてなかったぞ」


 ……駄々洩れたそれなんですか。真っ赤になって、顔を背けるとかなんですかっ! も、もしや、効果絶大だった!?


 ちっ、わかっていればほかの機会に活用したものを……。


「話はそれだけか?」


「え、かなり重要な秘密なんですけど」


「深刻な顔して、大事な話と言われたから、婚約破棄でもされるのかと思った」


「へ?」


「大丈夫。心配事は解決しよう。人手があればなんとかなる。たぶん」


 珍しい物言いをして、頭を撫でられました。

 たぶん、とかいわないんですよね。出来ないことはできないと即断するところが多くてそれはやめなさいと延々と言ってきたのですけど。


「わかりました。

 力業は得意です」


 お金という暴力をだてに振るってきてはいませんよ。成金ですからね。それもとびきりの。

 妙に気が大きくなったのは、婚約者様がいるおかげでしょう。想定した反応では全くありませんでしたが……。


「いちおう、言っておきますけど、解剖はご遠慮ください。

 記憶の所在については私もわかりませんが、脳みそを直に見ても中身は理解できないでしょう?」


「外部出力をさせる方法はないのか?」


「ないですね。魂の所在もよくわかってませんよ」


「ふむ。興味深い。よく教えて欲しい」


 ご機嫌なヴィリジオ様は、ちょっと調子に乗っているような気がします。


「はいはい。そのうちに。それより、見つからないふりをしたドアの外の人たちをどうすればいいと思います?」


 怒りに打ち震える父とか、面白がっている母とか、わぉとわくわくしている従姉とか、そのたメイドや執事もいるんですけど。見えてますよっ! ドアがばったーんと開かないのが不思議なくらい。


「え」


 ヴィリジオ様の背後に扉はございますので、お気づきではなかったようです。ぎぎぎと音がしそうな動きで背後を振り返り、勢いよく私のほうを向きました。


「い、いつからっ」


「マナーとしてドア、完全に閉めないものじゃないですか。最初は気にしてなかったんですけど、途中からこう開いてきて、今は完全に開きました」


 狸のようなといわれる福福としたわが父は、相当お怒りのようですよ。一人娘の寝室に男がと。婚約者でも許さんという態度ですね。場合によって娘に完全に嫌われるあれです。


「なんで、娘の部屋にっ」


「あらあら、野暮ですこと。ヒニア、リカ」


「ここに、奥方様」


「いるよーっ!」


「連れて帰るわよ。末長く、娘をよろしくね。ほほほ」


 ……我が家最強の奥方様たる母が父を侍女たちに連行させて去っていきました。うまくやれよと言いたげにウィンクを飛ばしてくるあたり、海千山千の商人は違います。

 騒がしくも撤退されている間、ヴィリジオ様は頭を抱えていました。耳まで真っ赤です。


「なにを照れているのです?」


「恥ずかしい。帰る。もう、来れない」


「でしたら、そちらにおうちに行きますよ。いつものように」


「……いつものように?」


「ええ。作戦を練らねばなりませんからね。難攻不落のほうが燃えますよねっ」


 あれ? なぜ、今、ため息をつかれたのでしょうね?

 ヴィリジオ様は、僕、いつまで我慢してればいいのとぼやいてますけど何がですか?


 もう帰るという婚約者様に手書きの資料の一部を渡しておきます。思い出す限りの情報を共有したほうがいいと思うので。


 帰り際にいつものように額に落とされるキスは親愛。

 つまりはいつまでたっても、頬にも指先にもましてや唇なんてやってきません。

 寂しいとか、悲しいとか、辛いとか、ありますけどにこりと笑うことにしています。重くない妹分として。

 あるいは、年の離れた友人として。

 少しでも長く置いてもらえるように。


 またねと言ってまた会えるくらいの距離でいられるように。


「明日、迎えに来る」


「もう、来れないって言ってましたけど」


「一人でふらっと出歩くんじゃない。隠れ護衛がいるのは知っているが、それで遅いときもある」


「はぁい」


 なんだか過保護のレベルが上がった気がしますけど。

 ヴィリジオ様は同じことを執事にも告げていたので、私が信用できなかったようです。それほどやらかしてはいないと思うのですけど。

 彼を見送って、背伸びをしました。


 やれるところから、やるだけです。少なくとも悲しいバッドエンドは回避したいのです。目指すはまだ生きていたのかじじい、ですよ。


 この時点では、ラスボスを懐柔し、王家乗っ取り事件を起こす予定はなかったと確実に言えます。実は、王家の血をひくヒロインがラスボスと相思相愛になって、そうだ、王家を乗っ取ろうとかほんと勘弁してください。

 なんですかその裏ルートしりませんよっ!

 しかもしっかり巻き込まれて、大公を押し付けられました。王家の金庫番とは私のことですと言う羽目になるのは少しばかり先の話。

なにかこう、転生したときの前世ってどこに保存されているのかなとそんなことを考えていたらこうなりました。その謎は解明されません。きっと記憶図書館というものがあって、そこからひっぱりだしてるんですよ。たぶん。それだと前世とも言えないきもするのですが……。魂に人生は刻めるのかというところが問題でしょうか。脳は体がなくなったら意味ないですし。前世を忘れるのが普通なら、魂に刻むより肉体限定にしたほうが効率的でしょうか。

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