えるふびん萌え in のみの市
クウァラド城壁都市のスラム近くで開かれるのみの市と言えば、他国にもその名がとどろくほどの有名なものだ。
食べかけのドライフルーツなど、ともすればゴミと見紛うものが売られている一方で白金貨を積み上げても手に入らないはずの魔導書が見つかることもある。近くにダンジョンがあることも一因ではあるが、スラムの住人には窃盗をする者もいるし、物の価値を知らない者も多いためにでたらめな値付けがされているのが原因だった。
そんな混沌としたのみの市に、くたびれた茣蓙を敷いて適当なものを売りに出す男がいた。
「……ふぅ~……」
質の悪い葉巻をふかしながらぼんやりと人通りを眺める男は、いかにもやる気がなかった。
男は、野山で拾ったものを適当に持ってきただけであり、銅貨の数枚でも稼げれば充分という心持ちで出店していた。
適当にまとめられた薪の束や漬物の重石に丁度良さそうな石。
どこから拾ってきたのか、短剣用の鞘のみが置かれていたり、ひびの入った鍋蓋が置かれていたりもする。
さらにその横には青いままで萎び始めたりんごも置かれており、本当に適当なものを集めてきただけなのが窺えた。
「おい……!」
そんな男をねめつける者がいた。
茣蓙の上に座らされて鎖付の首輪を嵌められているのは、スラムの者ですら顔を顰めるようなぼろ布で身を包んだ幼女だ。薄く緑がかった金髪はぼろ布には似つかわしくない程に輝いており、ぴょこんと尖った耳が覗いていた。
長命種にして希少種、森の民だ。
過去には人の十倍と言われる寿命と目が眩むほどの美貌を理由に奴隷として連れ去られたこともあり人間との関係は悪い。今では伝説の中にのみ名を残す種族だった。実際には森の中で小さな部族を作って暮らしているのだが、人間にとってはもはやおとぎ話の住人であった。
子供らしさがありながらも美しさを感じさせるエルフの幼女だが、その顔は憎々し気にゆがめられている。
「……ぷふぅ~……」
「聞いているのか! おいっ! 煙でわっかつくるのやめろ!」
「はぁ……聞いてるよ。何だ」
「こんな、こんな屈辱初めてだ! 絶対に許さんからな!」
「くつじょく……? 難しいことば使うなよ」
じゃらりと鎖を揺らしながらエルフ幼女は、自らの横に置かれた値札を指さした。
「何で私が! 長命種たるこの私が! 漬物石以下の値段なのだ!?」
「めとせ……? だから難しいことば使うなよぉ」
「な・ん・で! この石より! 私の方が安いんだ!」
幼女が指さす漬物石を見た男は、葉巻の灰をととん、と落として紫煙を吐いた。
「お前さんより、そっちのが運ぶの大変だったからな……重かったし」
「くぁああ!? まさかの重量準拠!? だったら貴様の中ではミスリルインゴットも安いのか!?」
ミスリルは硬く、魔法伝導が高いのに軽いことで有名な金属だ。貴族などがレイピアを作るために集められたりする他、上位冒険者が自らの武具に混ぜたりするのにも重宝されていた。
とはいえ、そんな希少金属とこの男に縁があるわけもない。
「みすりーいんご……? よく分かんねぇけど、お前さんはツノ兎用の罠に掛かってただけだし」
「うぐっ!? あ、あれは不覚だったのだ……七日も森を彷徨ってたんだぞ!? 注意力が落ちても仕方ないだろう!」
エルフ幼女は白磁のような頬を羞恥に染めるが、気を取り直すように頭を振った。
「ふん。浅学な貴様にも分かるように言ってやろう。私は森の民なのだ。七代ほど前、この国の王が私財の全てを投げ打ってまで求めた傾国の美姫と同じ、あのエルフなのだぞ!」
「……?」
「首をかしげるなぁっ! 私はエルフだ! すごくきれいになるんだぞ!?」
「……エルフって、おとぎ話に出てくる長生きなあのエルフかぁ?」
「そう言っているだろう!?」
「俺にゃ、ただのちんちくりんにしか見えねぇけどな」
男のことばにエルフ幼女は目尻を吊り上げた。
「私はまだ八二歳だ! 人間に換算するとまだ八歳! あと六〇年もすれば女神すら嫉妬するほどの美しさになるぞ!?」
「その前に俺ぁ死んじまうな」
「そんなことは分かっておる! だが、漬物石以下はあんまりだろう!? 将来性はバツグンだぞ!?」
「……孫の代の話されてもなぁ。っていうか八二歳って村の占い婆より年上じゃねぇか」
呆れながら葉巻をふかす男に、エルフ幼女は地団駄を踏んだ。
「私は! まだこどもだ! 青い果実なんだよ!」
「青い果実……青いまま萎びてやがる」
男の視線は茣蓙の上の商品――青いまま萎び始めたりんごへと向けられていた。
当然、男のことばはりんごへと向けたものだが、エルフ幼女を激昂させるには十分なものだ。
「誰が萎びてるだと!? 私はこれからだ! 六〇年後に貴様の墓を掘り起こして土下座させるぞ!?」
「墓荒らしは縛り首だぞ」
「ぐぐっ……!」
言い淀んだエルフ幼女の頭を、男はぐりぐりと撫でた。
「まぁ、これに懲りたら兎罠にいたずらなんてすんじゃねぇぞ」
「い、いたずら?!」
「とーちゃんから罠の印くらい教わってんだろ。悪いことすっと、奴隷にして売られちまうんだかんな」
男は、エルフ幼女を売る気など無かった。
そもそもこの国では二〇〇年ほど前に奴隷制は廃止されている。丁稚奉公に近い準奴隷のような制度は存在するが、生殺与奪すら握られた、真の意味での奴隷は存在しないはずなのだ。
にも拘わらず、なぜエルフ幼女が売りに出されているのかと言えば、言わばお仕置きだった。どこの寒村にもある、『悪い子は奴隷として売られてしまう』というやつだ。
そんなことを知らないエルフ幼女はぶすっとした顔で男を見る。
「ニンゲンがそういう野蛮な種族だと言うのは長老から聞いていたし、もうあきらめた……だ・が・な!」
エルフ幼女はふんすと鼻息を荒くして値札を指さす。
「せめて高額にしろ! 王族か、上級貴族しか手を出せないくらいの値段じゃないと、どこかの変態に買われるかもしれないだろ!?」
周囲の人間も、これが子供向けの罰であることを知っているので買うはずはない。
だが、そんなことを知らないエルフ幼女は種族的なものなのか、傷つけられたプライドを守るために必死の抵抗をしていた。
「……王さまもお貴族さまも変態かも知れないだろ」
「うぐっ!? い、嫌だ……! せめて大切にされてメイドに傅かれながらフルーツを食べたいぞ!」
「お前さん、ずいぶん図太いな……罠にいたずらする悪い子には無理だぁ」
「嫌だぁ……!」
とうとう泣き出してしまったエルフ幼女を見て、男はぼりぼりと頬を掻いた。
それから、エルフ幼女の脇に置かれている値札を手に取り、ゼロを付け足す。
「ほれ、ゼロを五つ足しといた」
「……まだひくい……」
「仕方ねぇな」
さらに五つ書き足してエルフ幼女に見せる。
「これでどうだ……」
「ひくいけど……がまんする……」
「泣き止め。そしたらりんごも食わせてやる」
「あおいし、しなびてる……」
「そりゃ仕方ねぇ」
がしがしと頭を撫でられたエルフ幼女は、鼻をすすりながらりんごを齧った。
酸味ばかり強くてまだ硬い、美味しくないりんごだった。
この後、人間社会に溶け込んだ五〇〇歳越えのエルフに見つけられたものの、異常な値段に救出を諦められそうになるのだが、それは別の話である。
「た、助けろぉ! 仲間だろぉ!?」
「だがな……さすがに銅貨四〇〇億枚は持ち合わせてないんだ。たぶんこの街の銅貨ぜんぶ集めてもそんな枚数ねぇぞ」
「ね、値切れ! おい! なんでこんな滅茶苦茶な値段にしたんだ!?」
「お前さんが頼んだんだろうに……」
「値下げだ! 値下げしろぉぉぉぉ!!!」
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