第8話
「この形も似合いそうね。こっちはどうかしら?」
「……あまりレティに近づかないでください」
私は店長に顔を近づけられ、困っていると、ルーカス様が彼女にはっきりとそう言う。彼女は私と彼をちらちら見て、本当に仲がいいのねぇ。と言う。彼女には恋人のように見えているのだろうか。
私は、今まで服装については母や妹に任せっきりで、ドレスの選び方や、最近の流行など全くわからなかった。なので、ルーカス様が彼女と話を進めてくれている。女性として、恥ずかしい。
……もっと、勉強しとくべきだったわ。
今まではレオン王子の恥にならないように。それしか頭になかったので、どのドレスや髪型が自分に似合うとか、考えたこともなかった。家に帰ったらミアと相談しようと思う。
「それにしても、まさか、この店のドレスを、レティシア・マーティン様が着てくださるなんて、もう、嬉しくて嬉しくてたまらないわ。レティシア様のこの美しいボディと言ったら……採寸しているときも、手が震えてしまったわ。殿下、どんな手を使って彼女をこの国に連れてきたの?」
「内緒です。それより、彼女の腰から手を離してください」
彼女は私を過剰に褒めたたえながら、私の腰に手を添えてきた。女性であっても、腰に手を添えられることなど人生でなかったので少し震えると、ルーカス様が彼女を私から離す。
「あぁ、腕がなりますわ。久しぶりに創作意欲がわきました。普段使いのドレスはすぐに作りますが、舞踏会用のドレスはまだ時間がかかると思いますわ。来月までには仕上げるので、楽しみにしておいて下さいね」
舞踏会。この国の舞踏会なのだろうか。私は他国の舞踏会やサロンには参加したことがない。自国でさえ、殿下のパートナーとしてか、親戚が開くものにしか参加しなかった。ダンスや社交の場でのマナーは習ったが、披露する機会が少なく、あまり慣れていない。それに、この国の貴族のことは全然知らない。ルーカス様の顔さえ見たことなかったのだ。舞踏会に出席するということは、ある程度の国の知識は頭に入れておいた方がいい。……これも後でミアに相談しよう。
「正装の殿下と、レティシア様が並ばれたら、それはもう芸術的でしょうね。ローブを纏う今でさえ、輝いているのに」
それはルーカス様一人でもそうだ。私が隣に立ってようが立ってなかろうが、彼の美しさは人知を超えている。
店長はそれはそれは私達を褒めたたえ、ときどき私に手を伸ばしては、ルーカス様に止められた。今までこんなに褒められたことがなかったので、お世辞とわかっていても少し嬉しかった。
「……ありがとうございます」
私がそう言うと、女性は驚く。私が、採寸中やそれが終わってから、ほとんど口を開いていなかったからだと思う。彼女はゆっくり私に手を伸ばしたかと思ったら、勢いよく抱きついてきた。
「まぁ、声も可愛らしいのねぇ! 小鳥が鳴いているようじゃない」
「それ以上レティにくっつくようでしたら舞踏会のドレスは他の店に頼みますよ」
ルーカス様が私を女性から離しながらそう言うと、女性はそれだけはやめて。と彼にすがる。私は思わず、口元が緩む。そんな私をみて、彼が微笑む。
「とりあえず、今日は帰ります。レティに似合うものを作ってくださいね」
「えぇ、もちろんですわ。ふふっ、レティシア様、今日はありがとうございました。今後とも、よろしくお願いしますね」
私はこくりと頷く。私と彼は店を後にする。採寸中に彼は隣の店で私の身に着ける、アクセサリーや靴を選んでいてくれたようで、一応確認のために、隣の店へ行く。彼が選んでくれたものは、どれも上品で、美しいものばかりだった。繊細な作りのアクセサリーは作った人の技量が高いことが見るからにわかる。靴は、ヒールがそれなりにあるのにもかかわらず歩きやすい。彼が目が肥えていることとと、センスが良いことを知る。神様は美しい容姿にくわえ、彼にいくつもの才も与えているようだ。
彼の選んでくれた物を注文すると、その店も後にする。その後は、本屋や文具屋、お菓子屋などに立ち寄った。必需品から、使用人へのお土産、個人的に買いたい物を買った。どの店もたくさんの商品があり、どこを見れば良いのか迷ったが、彼がどこに何があるのかを教えてくれ、買いたいものが手にはいった。
そうしているうちに随分と時間がたった。私が少し疲れてきたのを彼が察してくれて、私達は噴水の前にあるベンチに座った。ぼーっと空を見上げると、空の青は色が濃くなり、雲は橙色に染まっていた。綺麗な夕暮れ時の空。外でこうして空を見上げたのはいつぶりだろう。いつも、下を向いていた気がする。ゆっくり息を吸うと、澄んだ冷たい空気が肺をみたす。あの時を思い出す。湖に身を投げたときのこと。一昨日の出来事がひどく昔に感じられる。
「……生きてて、よかった」
ぽつりと呟く。
「……君を助けられてよかった」
彼も呟く。私が彼を見ると、すでに彼は私の方を向いていて、私の頭を撫でる。彼と私の顔が赤く染まっているのはきっと、夕日のせいだろう。彼と出会えたことは奇跡だと思う。本当に、彼に拾われてよかった。彼じゃなきゃ、だめだった。助けてくれたのが、彼じゃなかったら───私はまだ、死にたいと思っていたはずだから。
私達の座っているベンチのすぐそばに、お婆さんがブレスレットを売っている。そこに男女の、恋人と思われる客がきた。彼らはお揃いの黄色のブレスレットを買いそれをつけると、手を繋ぎ歩いていった。私はルーカス様と手を繋ぐと、立ち上がり、その店へ向かう。彼は私が、いきなりの立ち上がり彼を引いていくので驚いていた。しかし、彼もさっきの恋人の様子を見ていたのか、店にくると、お揃いのブレスレット探し始めた。
「……これがいい」
私が手に取ったのは白のブレスレットに、青が入ったもの。私は彼の顔色を伺う。彼はにこりと頷き、それを二つ買う。彼はブレスレットを私の左手首に付けたあと、彼の右手首につける。
「……ルーカス様、ありがとう」
私はこのとき、何も意識せず、笑うことができた。彼は私を見て目を細める。そして、私の左手と彼の右手が重なり合い、夕日の方へ歩いていく。
……ずっとこんな日々が続いてくれたらいいのに。
二人でずっと一緒に。彼の横顔を見ながらそう思う。彼も今、そう思ってくれていたらいいな。私だけじゃなくて、彼も。
「レティ、ずっと一緒にいようね」
まるで、私の心の中を読んだかのように、彼がそう言う。
「ふふっ、もちろんです」
そう言うと、彼は満ち足りたように笑い、私の手を強く握った。
***
「……すみませんでした」
馬車に揺られている間に、私はルーカス様に寄りかかり眠ってしまっていた。疲れているのもあるが、彼が頭を撫でていたから、気持ちよくなってしまった。
「レティの寝顔が見たかったから、いいんだよ」
彼がそう言うと、私は顔が熱くなる。寝顔を見られていたなんて……思い返せば、ルーカス様の前で、寝たのはこれで三回目だ。馬車で二回、寝室で一回。自分がどんな顔で寝ているかなんて気にしたことがなかったが、今になってひどい顔をしていたのではないかと心配になる。
「……レティの寝顔、可愛かったよ」
またもや、私の心を読んだかのようにルーカス様がタイミングよく口を開く。私は驚く。ルーカス様は私の頭の中が読めるらしい。
「ふふっ、レティ、だいぶ顔に表れるようになったね」
私は顔を手でおさえる。そうなのだろうか。自覚はなかった。でも、それが本当なら嬉しい。始めはペットだからと思って表情豊かにならなければと思っていたが、ペットじゃなかったとしても、表情は豊かなほうがいいに決まっている。その方がルーカス様を不安にさせることも少ないだろう。
そういえば、私は彼の前でたくさん寝ているが、私は彼が寝ている姿を見たことがない。彼は寝ている姿もきっと美しんだろうな。そう思う。私もこんなふうに彼の頭を撫でたら、彼は安心して寝てくれるだろうか。
「……レ、レティ?」
私ははっとする。私はルーカス様のさらさらの黒髪に手を伸ばし、頭を撫でていた。ルーカス様が少し照れたように顔を背ける。ここに来てから、口から思っていることが思わず出てしまったり、今のように、頭で考えたことをそのまま行動してしまったりすることが増えた。悪い癖だな、と思う。
「……私は、ルーカス様に撫でられると……安心して眠くなってしまうんです。……だから、ルーカス様を撫でたら……ルーカス様の寝顔を見られるかなって」
彼がふふっと笑ったあと、瞳に陰を宿す。
「……僕は、君が僕のそばにいることを確認しないと眠れないんだ。……僕が先に寝てしまったら……レティは僕が眠っている間にどこかへ行ってしまうかもしれない」
「……私はどこにも行きませんよ?」
「……今は、そうかもね」
ずっと側にいます。そう言おうと思ったのに……彼は私に背を向けて歩いていってしまう。私は左手首に右手を添えると、ブレスレットがあることで少し安心する。
『レティ、ずっと一緒にいようね』
さっきそう言ってくれたのに……。私はもやもやした気持ちを抱えたまま自室に戻る。夕食の時間、私達は顔を合わせるものの、あまり言葉を交わさなかった。
その日の夜、電気を消し、布団にはいるものの、目が冴えてどうにも眠れない。ずっと彼の顔が頭の中をぐるぐるし、離れてくれない。頑張って寝ようと思い目を瞑る。すると、ギギィとドアの開く音が聞こえた。足音がベッドに近づく。目を閉じている私は誰が近づいているのかわからず、心臓がバクバクする。
「……レティ」
その声を聞き、安心する。ルーカス様が入ってきたようだ。私は目を開けようか迷ったが、今開けたら彼は驚いてしまうだろうと思い、寝たふりをする。
「……ねぇ、レティ。僕はなんて卑怯なんだろうね。僕のものになって……だなんて、レティは僕のことなんて好きじゃないのに」
彼はそう言い自嘲する。私は、ルーカス様のことが好きです。と言いたかったが、寝たふりをしているので、言えない。彼は続ける。
「傷ついたレティを助けて、僕のものにさせて……傷心時の君に優しくして……好きだと錯覚させている。……悪いってわかってる。でも、君を手に入れるためには、それしか方法がないんだ」
彼は声を微かに震わせながらそう言う。私はそれが苦しくてたまらなかった。彼のものになりたいといったのは自分だし、好きになったのも自分の意志だ。彼が傷つくことはないのに。彼は私の首にかかっていた白い髪を首から下ろすと、私の首を撫でる。そういえば、虫に刺されていたあたりだ。昨日あった、ほんのり赤みを帯びていた虫さされは今日には消えていた。
「あぁ、やっぱり消えちゃったか。君を起こすといけないと思って、優しくつけたからね。……お揃いのブレスレットは買ったけど、ブレスレットは外してしまえばそれまでだから。……ねぇレティ。僕は、君自身に、僕のものだって証を、刻みたいんだ。……レティ、ごめんね、ちょっと痛いかもしれないけど、起きないでね」
彼がそう言うと、私の首に何かが当たる。生温かく、柔らかいものだ。私は心臓が早くなり、ドキドキする。彼が近づき、私が起きていることに気づいてしまうのではないかと心配になる。
……いたっ
私は反応しないようにするので精一杯だった。首に痛みが走る。私の感覚はその場所に集中する。歯や舌が首に接するのを感じ、私の首元に触れているのが彼の唇であることを知る。彼は執拗に私に痛みを与え、私は、泣きそうになるのと、声を抑えるので必死になる。必死に我慢し続けたものの、
「ん」
声が漏れてしまう。私を痛めつける動作が止まる。私は起きていることがバレたかと思い、冷や汗が出てくる。ドクドク脈打つ音が鳴り止まない。彼が今どうしているのかわからない。沈黙が流れる。……すると、私の頭に彼の手がのせられる。いつもの感覚。彼は私の頭を撫で始めた。私が起きていることには気づいていないようだ。
「……これ以上やったら、起きてしまうよね。ごめんねレティ。ごめん」
そう言い、私の頭を撫で続ける。首の痛みは残っているが、頭を撫でられ、私は落ち着き、次第に眠くなってくる。温かくなり、考えないといけないことがあるはずなのに頭が回らない。気持ちよさに抗えず、私は意識を手放した。
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