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第7話

彼の青く澄んだ瞳が私を見つめる。私は戸惑い、彼から目を背ける。何を話せばいいのだろうか。何から……さっき考えていたことを思い出す。彼の婚約者だったら───きっと素直に、私のことだけを愛してほしい。なんて、言えたのだろうか。


私はまた泣きそうになる。あぁ、そうか、私が泣いた理由は、悲しかった理由は、今私を見つめてくる彼の愛が私に向けられなくなるのが嫌だったからなのか。私が口を開き、声を震わしながら言う。


「……私は、あなたにずっと愛してもらいたい」


そう言うと、彼は驚いた様に目を見開く。


「僕が君に愛想を尽かすとでも思っているの?」


私が彼の瞳を見つめると、彼も私の瞳を見つめ返す。私の瞳が潤み、涙を零す。


「……今までは、みんなそうだったから」


いや、彼らはそもそも、私のことを愛したことすらなかったのかもしれないが。ルーカス様に愛されて、素直になっていいと言われ、私はもっともっとと望んでしまう。自分が欲張りな性格だったことを知る。


「僕は違う。君に愛想を尽かすなんてことない。だって、今までもずっと……」


彼はそう言うと、はっとし、私から目を背ける。


「……今まで?」


そういえば、ミアも昨日よくルーカス様から私の話を聞いていると言っていた。彼は私とどこかで、会っているのだろうか。それとも、彼は私を知っていたのだろうか。


「……ごめん。何でもない」


沈黙が流れる。他の客の話し声や店内の音楽、椅子を引く音、カップやお皿が擦れる音。色んな音が聞こえてくる。ただ、彼の落ち着く声はいつまでたっても聞こえない。……彼は、私に何か隠しているのだろうか。彼が言いたくないのなら、詮索するつもりはないけれど。


私も彼に隠していることはある。公爵家で誰からも愛されなかったこと。まぁ、公爵家に帰りたくないと言っている時点で気づかれているかもしれないが。……思い返せば、一週間ほど、お祖母様の家に預けられた時があった。それ以前は父も母も兄も私を可愛がってくれた。もう、はっきりと思い出せないくらい小さいときの記憶で、今となっては現実か夢かわからないけれど。


ルーカス様は何かを真剣に考えている。あれこれ頭の中で思考を巡らせているのがわかる。


……何を考えているのでしょう


そう思い、はっとする。彼もこんな気持ちだったのか。彼は人一倍優しくて、気遣いもできる。きっと、こんな思いをたくさんしたのだろう。私は自分のことばかり考えて、彼といるときもよく、思考を巡らせていた。それがたまにではなく、結構な頻度で。ミアのように何を考えているか、表に表れるのならまだいい。しかし、表情に出ない私は、相手に何を考えているのか伝わるわけもなく、彼を不安にさせたに違いない。私は口を開く。


「……私はペットです」


「え?」


「……私はルーカス様のペットだから、今はこうして隣にいられるけれど、これから、あなたが他の女性とこうやって街に来るとき、ペットの私は同行できるのか、考えていました。あと、ルーカス様が王都に帰られるとき、私はここに残るのか、それとも、ルーカス様と一緒に王都に行くことになるのか気になってました。あと……」


「ちょっとストップ」


私がさっき考えていたことを包み隠さず彼に伝えていると、彼は立ち上がり、向かいに座っている私の唇を人差し指で押さえる。唇に皮の硬い彼の指が重なり、少し頬が火照る。彼が混乱している。私がいきなり喋りだして驚いたのかもしれない。今から話します。と前置きがあったほうが良かったのだろうか。


「レティ、君が考えていることはよくわかった。そして、僕と君はお互いの関係を大きく違えていることがわかったよ」


私が首を傾げる。ルーカス様は席に座り直し掌を組み、テーブルの上にのせる。


「レティ、君はペットじゃない。僕は君のことをちゃんと一人の女性だと思っている。他の女性とこうやって街に来ることはない。それと、僕が王都に戻るときは、レティも連れて行くつもりだよ。その辺もちゃんと言っておけばよかったね。僕のせいで、誤解させちゃってごめんね」


ペットじゃない? 私の頭の中は疑問でいっぱいになる。それなら、何故彼は私にこんな扱いをするのだろうか。それに、他の女性と街に来ることはないって……婚約者の女性とは街に来ないのだろうか。私はわからなくなってしまう。頭を抱え、壁に頭を打ち付けたくなる。そんなことすればルーカス様に引かれ、店の営業妨害になるからやらないが。


「……あの、わかりません。私は……ルーカス様が何を考えているのか。私は……わからないんです」


私は俯く。彼は落ち着いた声でレティ。と言う。私は声のする方を見つめる。


「……僕は君を愛している。それだけは伝えておくね。それ以外は、まだ言うときじゃない」


彼が人差し指をたて、彼の唇に寄せ、目を細める。……ずるい。彼が、そんなことを言えば誰もそれ以上聞くことはできない。私は理由も知らないまま彼からの愛を受け、何もわからないまま彼の側にいなければならない。私は不貞腐れたように頬を膨らます。そんな私をみて、彼は目を瞑る。


「……レティ、それ可愛いからやめて」


「……知りません。ルーカス様のバカ」


何か、吹っ切れた私はお店のメニューを見る。そして、目についた可愛いいちごパフェに目を輝かせる。しかし、他のメニューよりも値段が結構する。ルーカス様の負担にならないものに……いや、いい。これを頼む。


「……ルーカス様、私、これが食べたいです」


「もちろんいいよ。他には何か食べたいものはある?」


「……じゃあ、これとこれも」


「ふふっ、レティが僕に何かをねだるなんて、嬉しい」


私は彼を困らせようと思ったのに、逆に彼は喜んでしまい、調子が狂う。でも、まだ私は怒っている。私は全部思っていることを勇気を出して言ったのに……いや、全部、ではないかもしれない。───嫉妬。これは彼には言えない彼と私の関係が飼い主とペットではなかったのだから尚更だ。


「……私は、どこまであなたのことを独占していいんでしょうか?」


「レティなら、どこまででもいいよ」


彼は伏し目がちに、そう言う。長いまつ毛が青い瞳に影を落とす。綺麗なその様子に、私は思わず見惚れてしまう。彼が、そのまま、視線をずらし私の瞳を見つめる。


「……僕は? 僕は、どこまでレティのことを独占していい?」


「ふふっ、ルーカス様ならどこまででも」


私は彼と同じようにそう言う。きっと彼に独占されるなら、それほど安心できることはないだろう。


「……簡単にそう言うこと言っちゃだめだよ。本気にするから」


彼が、ボソッと呟く。本気にしていいのに、と思う。彼の陰った瞳は、いつもより暗鬱な表情に見える。


「……注文しよっか」


彼が、いつもの明るい雰囲気に戻る。ただ、無理して笑っているような感じがするのは気のせいなのだろうか。それとも───


「……はい」


私には、わからないことだらけだ。




***




「ご来店ありがとうございました」


私たちは、お腹いっぱいになるまでカフェで昼食をとった。いちごパフェは思っていた以上の美味しさだった。甘いクリームと酸味の強いいちごの組み合わせほど、美味しいものはない。ふわふわのスポンジに、いちごのムース。思い出すだけでほっぺたが落ちそうになる。


ほっぺた……私はルーカス様をちらっと見る。さっき私のほっぺたにクリームをついていることに気づいたルーカス様が、指でクリームをとり、そのまま舐めたのだ。彼は何事もなかったかのように、美味しいね。なんて言ったが反対に私はいちごよりも真っ赤になってしまった。


さらっとそういうことするから、モテるのよ。


私は心の中で嫌味を言うように言ったが、全く嫌味になってない。彼が誰かを好きになったら、落ちない女性なんていないだろうな。なんて彼の横顔を見ながらぼーっと思う。私は見たことないが、剣技や、勉強をしている姿もきっとかっこいいんだろうな。


「……レティ、そんなに見つめられると、照れるんだけど」


彼がこっちを見ているのに気づかなかった。クリームを舐めたときは照れないのに、私に見つめられると照れるなんて。変わってるなと思う。彼ほどの容姿なら見られるのに慣れていてもおかしくないのに。


「レティ、ここに入ろうか」


「……はい」


と返事をしたはいいものの、ここがなんの店かはわからない。扉を開けて中に入る。店内には美しいドレスが並んでいる。どのドレス一つとっても芸術的で、きらきらと輝いている。ルーカス様が店員に何か話すと、店員は奥へ行く。さきほどの店員が戻ってくると、もう一人一緒に出てきた。どうやら奥にいた女性を呼んできていたようだ。奥から来た女性は見るからにベテランで、服装も他の店員とは違う。彼女はこの店の店長らしい。


「いらっしゃいませ。まぁ、あなたが、殿下の」


この女性はルーカス様のことを王子だと知っているみたいだ。


「では、お嬢様はこちらへどうぞ。殿下はしばらくお待ちください。よければ、ドレスに合わせる靴やアクセサリーが隣の店にありますので、そちらを見てきてはどうですか?」


「ぜひそうします。レティ、いい子にしてるんだよ」


彼が私の頬に手を当てる。私はこくりと頷く。殿下が店を出るのを見届けると、私は奥の試着室に連れて行かれる。


「お嬢様は本当に殿下に愛されているのですね。殿下のあんな表情初めて見ましたわ」


愛されているとは思う。さっきも愛していると言ってくれたから。あんな表情───彼はあの表情を結構すると思う。外ではあまりしないのだろうか。


女性は私の採寸をする。事細かく。だいたいいつもは採寸をし終わり、第一声は背が高いのですね。とか、胴まわりが細いですね。とかだ。しかし、彼女は、


「まぁ、ピッタリですわ」


と言った。ピッタリ? なんのことだろう。私は不思議に思う。


「……今日着てこられたドレスピッタリだったでしょう?」


「……はい」


今日のだけじゃない。恐らく、あのクローゼットの中のものは全部。……もしかして、彼の婚約者もここでドレスを仕立てたのかもしれない。でも、彼はさっき、『他の女性とこうやって街に来ることはない』と言っていたはずだが……話が食い違っている。


……わからない。


そう思ったとき、私は新しい仮説を思いつく。もしかしたら、彼女と喧嘩し、関係が修復できないところまできてしまったのではないか。あるいは、彼女はもうこの世にいない。他にも、身分が違いで結ばれないのかもしれないとも考える。……そして、彼は彼女に似ている私を拾ってきた。これらが理由なら全部の辻褄が合う。彼女に会えないのなら、他の女性と街に来ることはない。彼は私に似た彼女を『今までもずっと』愛していた。彼が私に言いにくいこともわかる。似ているだけで愛を受けるなんてずるい気もするが、彼がそれでいいなら私もそれでいい。


彼が愛してくれるならそれで───

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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