第5話
窓からさす日の光で目覚める。昨日、星を見た後、カーテンを閉め忘れていた。まだ侍女がくる気配はないので、自分で身仕度を始める。ふと、ルーカス様の部屋と繋がるドアの方を見る。ドアはきちんと閉められていた。彼は私が寝たあとすぐ帰ったようだ。
彼がまだ寝ているかもしれないため、なるべく音を立てないように静かに仕度をする。この部屋には時計がなく、今何時かわからない。日の上り具合をみると、六時くらいだと思う。質の良いベッドで寝たためか、すっきり起きることができた。
クローゼットを開くと、数着のドレスが入っている。色は黒や青を貴重としたものばかり。そういえば、隣国では、男性は婚約者の女性に自分の髪色や瞳の色のドレスを送る習慣があると以前聞いたことがある。他の男性が近づかないように、牽制の意味があるのだとか。彼は黒髪に青い瞳を持つ。つまり───
このドレスはルーカス様の婚約者の物なのね。
昨日のドレスも青を基調としていた。彼や彼の婚約者に罪悪感を抱く。それに、彼の寝室に繋がるこの部屋は、きっと彼女の部屋なのだろう。私は会ったことのない彼女に申し訳なく思う。それに───私は昨日の夜のことを思い出す。あれは、婚約者のいる彼は非常に困っただろう。私は反省する。隣国の貴族については把握していないため、誰なのかはわからないが、もし今度会ったら婚約者の女性に謝らなければならない。
クローゼットの中に一着だけ、赤と白を基調としたドレスがあった。私はそれを手に取る。
このドレスなら罪悪感が少ないわ。
そう思い、私は着替える。着替えながら、今日何をしようか考える。結局、ルーカス様は私に、何かしてほしいと望むものはなかった。それならば自分で何か見つけるしかない。意気揚々としている私が鏡に映る。
これは、何かしら?
私の右の首もとがほんのり赤くなっている。虫にでも刺されたのだろうか。お祖母様の家は森の中だから、家の中に虫が出ることもしょっちゅうあった。あとで、塗り薬をもらおう。幸い、このドレスは首もとが隠れる形になっているので、特に気にする必要はなかった。
ドアがノックされる。返事をすると、侍女から食事の用意ができているから早めに居間に来てほしいと言われ、すぐに仕度の続きをする。髪はまだ結っていなかったが、それほど酷くははなかったので、おろしたまま行くことにした。
居間に着くと、既にルーカス様が昨日と同じ席に座っていて、テーブルの上には食事が置かれていた。しかし、彼は食事に手はつけておらず、私を待っていたようだ。
「……おはようございます。……遅くなってすみません」
「おはようレティ。遅くなんてないよ。昨日はよく眠れたみたいだね。顔色がいい」
「……ルーカス様のおかげです」
私も、昨日と同じ席に座る。そして、彼は私の姿をじっと見ると、少し寂しそうな表情をする。どうしたのかと私は首を傾げると、彼は何もなかったかのように笑顔を向ける。粗相を冒してしまったのだろうか。私が聞こうか迷っていると、
「さぁ、レティ、冷めないうちに食べよう」
と彼が言ったので、私は頷き、彼と食事を始める。彼のものになった私は、言わば雇い主と傭い人の関係であるのに、彼と同じ食事をしていいのだろうかと思うが、昨日の彼の言葉を思い出す。『君は公爵家のご令嬢だ』ルーカス様からすると、私は曲がりにも他国のご令嬢なのだ。だから、このようなもてなしを受けているのかもしれない。
でも、私は公爵家に戻る意思はない。それを私はまだ彼に伝えていなかった。もし、彼に公爵家には帰りたくないと伝えたら、ルーカス様は困るだろうか。既に、たくさん困らせている。意思を言うだけならいいだろうと思い、口を開く。
「……ルーカス様、私は、公爵家には帰りたくないんです」
ルーカス様が食事を止める。そして、微笑む。
「僕も、レティを公爵家に帰すつもりはないよ」
私が驚いた表情をすると、彼は私の頬に手を伸ばす。
「レティは僕のものだもん。ずっと僕の側にいて?」
彼はうっとりするような表情を浮かべ私の頬を撫でる。私は猫のようにその手に頬をすり寄せ、ハッとする。彼の側にいれるのは私にとっては都合がいいが、彼には婚約者がいる。それに、公爵家に帰すつもりがないのに、公爵家の令嬢としてレティを扱うのはなぜだろう。
「レティ、元気そうだから、食事が終わったら少し外に散歩に行こう?」
「はい」
私が言う。ルーカス様と並んで歩くのは楽しそうだ。……散歩。その言葉で私は理解する。私は彼に、公爵家の令嬢として扱われているのではない。
……私は、ペットなんだ。
それなら納得だ。婚約者がいても、別に犬や猫を飼っていてもおかしくない。ペットを可愛いがるのは普通のことだし、ずっと側に置きたいと思う気持ちもわかる。もとより、人形のような私だ。人間として扱われる訳がない。ペットなら、動物として扱われるから、以前よりましだ。しかし、問題がある。
私、感情表現が苦手なのよね。
そう、犬や猫は愛らしい見た目に、感情が行動に表れるから可愛いのだ。あとで、侍女に聞いてみよう。彼女ははきはきした物言いで自己表現が得意そうだから。私はやっと自分のできることを見つけ、心が軽くなった。
***
「……あの、」
「まぁ、どうしました? お嬢様」
そういえば、私は彼女の名前を知らない。そして、彼女も私の名前を知らない。
「……名前を、教えてもらってもいいですか?」
侍女は目を丸くする。そして、まだ言ってなかったと考えている。彼女は本当に表情豊かで、何を考えているかわかりやすい。彼女なら、きっと上手に感情を表す方法を教えてくれるはずだ。
「ミアと申します。ミアと呼んで下されば大丈夫です」
「……私は、レティシアです」
「お嬢様の話は殿下からよく聞いておりますので、知っていますよ」
「……よく?」
「あ、いえ、なんでも」
彼女は明らかにまずい、という表情をした。彼女がまずいと思うのなら変に聞かないほうがいいだろう。私は、気まずそうな表情を浮かべた彼女に全く違う話題を投げかける。
「……私は、どうしたら、ミア……のように、感情が豊かになれるのでしょうか」
ミアは驚く。そして、少し憐れむような顔をする。私は首を傾げる。どうしてそんな顔をするのだろうか。彼女はそんな私を抱きしめ、口を開く。
「今まで、辛い思いをしてきたんですね。きっと、お嬢様は我慢してきたんだと思います。感情を抑えてきたのでしょう。ここでは、素直になられるといいと思います。殿下も私も、ここにいる人はみんなお嬢様のことが大好きですから」
大好き───そんな言葉をかけられたのは初めてで心がきゅっとする。嬉しい。自分が我慢してきたという自覚はある。本当はもっと、我儘を言いたかった。嫌なことは嫌だ。辛いことは辛いと言いたかった。他にも、やりたかったことはたくさんある。趣味に没頭したり、気の合う友達と遊んだり、街にいったり……思い返せば、私にはなんの思い出もない。お祖母様との思い出以外は、それ以外は……全て強制されたものであり、毎日が同じようで、とても退屈なものだった。そんな私が人形のようにならないはずがない。
……私が悪かったわけじゃなかった。
「……ミア、ありがとう」
私はこのとき、何年かぶりに、笑顔。と呼べるほどの満面の笑みを顔に浮かべた。
「……っお嬢様! 今の表情、ルーカス様にもみせてあげたかった」
「しっかり見ていましたよ」
私とミアがドアの方をみると、ルーカス様がこちらを見ている。ルーカス様が私に近づき、さっきのように頬に手を当てると、私はさっきのように頬をすり寄せる。ただ、さっきと違うのは自分の口角が少し上がっていること。
「可愛い」
ルーカス様が呟く。ミアもうんうんと頭を上下にふる。今まで私を縛っていた重い鎖が取れたような感じがした。私は、本当にこの人たちに感謝しなければならない。彼らのおかげで、自分がいい方向へ変わってゆく。彼が私をペットにしたのは、私を変えようと考えたからかもしれない。私が彼を見つめると、ルーカス様は目を細める。私もそれを真似するように目を細めるが、彼の美しさは誰にも真似出来ない。
「……レティ、それは反則」
彼が、顔を赤らめる。私はなんのことかわからず、ミアを見ると、ミアはふふっと笑った。
「レティ、行こうか」
ルーカス様が手を差し伸べると、私はその手をとる。男性の手に触れるのは、ダンスのときくらいで、私は手を繋いで歩くのが初めてで緊張する。私が握手するような形で彼の手を握ると、彼は一度手を離し、私の指と彼の指を絡めるようにして繋ぎなおす。さっきよりも密着しているように感じ、私は頬が熱くなる。
ペットなんだから、これくらい、早く慣れないと……
彼と隣り合って歩く姿は周りからみたら恋人のように見るのだろうか。そんなふうに考えたが、別荘の敷地内にいる使用人は彼と私の関係を知っているだろうからそれはない。
きっと、彼と彼の婚約者が並ぶ姿は綺麗なんだろうなぁ。
青や黒のドレスを来て、彼と笑い合うのだろう。私はその様子を想像していると、胸がチクっとした。
「レティ?」
私は胸が痛むとともに、ルーカス様と繋いだ手をきゅっと握ってしまっていた。
「……すみません」
「謝らないで、僕はレティされることなら、何でも嬉しいから」
……そんなふうに言わないでほしい。ペットとして言われているのはわかっているのだけれど、胸がざわつく。私はこれ以上彼を見つめていると自分ではよくわからない感情が溢れてきそうで怖くなり、目を背ける。
どうしたんだろう……私。
ルーカス様と出会ってから、嬉しいことばかりで……不安になる。ミアは、『ここでは、素直になられるといいと思いますよ』と言ってくれたが、私はルーカス様のペットで、それ以上でも、それ以下でもない。ペットである私は───
「……私は、どこまで素直になっていいのでしょうか」
私は俯きながら、考えていると、ポロッと口から溢れてしまった。私が、あっ。と顔をあげると、驚く彼と目が合う。
「僕になら、どこまででも素直になっていいよ。僕になら、ね」
彼はそういうと、私の手を強くにぎる。
「……ルーカス様になら? ミアは?」
私は何も考えず、思ったまま彼に聞いていた。そして、殿下であり、私の主人であるルーカス様にため口で話してしまったことに気づく。しかし、彼はそれは気に留めていなかったようだ。
「……ミアにも、素直になっていいよ。でも、僕よりもミアを頼りすぎるようだったら……少し、考えないといけないね」
私は首を傾げる。ルーカス様はときどき、不思議な雰囲気を醸し出す。寂しいような、悲しいような、孤独かのような……そして、そのときの彼はどこか傷ついた表情を浮かべる。
……私のせいなのでしょうか。
「ごめん、何でもないよ。さぁ、行こう。向こうに綺麗な花畑があるんだ。レティに見せたい」
彼は何事もなかったかのように、明るい笑顔をみせる。私も何事もなかったかのように振る舞った。
その後、色とりどりの花が咲き誇る花畑に雲一つない晴天。とても美しい光景をルーカス様にみせてもらった。花をつんだり、彼に花冠の作り方を教えてもらったり。とても楽しい散歩だった。楽しかった。……けれど、どうしても彼の傷つくような表情が頭から離れなかった。
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