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第20話

まだ、昨日のことを思い出すと頬が紅くなってしまう。……ルーカス……とキスをした。それも、二回。あれを二回と数えていいものなのだろうか。時間も長かったし、ただ唇を合わせるだけではなかった。それに、彼の妖艶な様子を思い出すと……私は顔を手で覆う。私は変態なのだろうか。……彼のことをそんなふうに見てしまうなんて。いや、でも、私達は婚約者だ。いずれは……


「……だめ!」


私は両手で頬を叩く。とりあえず、結婚するまでは、あくまでそういう行いはしないつもりだ。そうでなければ、彼のご両親に合わせる顔がない。……キスをしてしまった時点で、すでに彼らの大事な息子を……合わせる顔がない。


私は、ミアに用意してもらったドレスではなく、剣技のときに使う用のシャツとズボンに着替える。練習に使う木剣は練習場に置いてあるらしい。まだ朝の五時。流石に見知らぬ私が騎士の練習を邪魔するわけにはいかない。騎士の練習開始時間は十時なので、今なら誰もいないはずだと思い、この時間に練習することに決めた。剣技をしていれば、煩悩を排除できるような気がする。




***




まだ、あたりは暗い。空は半分以上が藍色に染まっている。日入りの方向だけ白く光り、だんだんと色が変わっていくさまがなんとも綺麗だ。ミアが少し温かい生地の服を用意してくれて助かった。思ったよりも、肌寒い。冷たい風がゆるやかに吹いている。これから運動すれば、暖かくなりちょうどいいかもしれない。


流石、大国の騎士が練習で使う剣。木剣にもかかわらず、思い切り当たったら怪我をしそうなくらい頑丈だ。早く動かせば、かすり傷くらいはつくだろう。私が以前使っていたものは比較的軽いものだった。ここに、扱いやすい剣があるのか不安に思っていたが、これだけ多く用意されていれば何本か合う物がありそうだ。


……ここらへんのがいいかしら。


私は一本手にとり、ふってみると、よく馴染む。今日はこれを使おう。そう思ったときだった。───ふと背後から視線を感じる。剣を持つまで気が付かなかったが、集中すると、はっきりと見られている感覚がわかる。ルーカスやミア、義理母さまとも義理父さまとも違う。感情のない冷たい視線。


……近づいてきてる?


耳を澄ますと、音を立てないようにしているようだが、地面と靴の擦れる音が微かに聞こえる。明らかに、普通の人、ではなさそうだ。私は、その人のいる方向を定め、体で隠しバレないように剣を構える。そして、勢い良く振り返り、彼の喉元に剣を突きつけた。すると、彼は地面に座り込み、両手を上げる。


「……あなたは、何者?」


「あはは、強いですね。お嬢さん、流石です。いやぁ、俺がこんなにあっさりやられるとは」


緊迫している私とは裏腹に、彼はへらへらと顔をゆるめ、まるで緊張感が感じられない。彼を見ると腰に剣を携えているものの、手には武器を持っていなかった。服装は地味で、暗殺者に……見えなくもないが、顔を隠してはいない。優しそうな顔立ちに、明るい茶髪。とても、人を殺したり、襲ったりするようには見えないが……念の為、首元に突きつけた剣はそのままにする。そして、もう一度聞く。


「……何者?」


「……お嬢さんの、護衛……ですよ」


……私の護衛? 確かに、私の部屋の周りや、私が移動するときに、騎士が一定の距離を保ち待機していたのことを知っている。多分ルーカス様の指示だと思う。でも、彼らは私にバレないようにちらちらと監視していたので気にはならなかった。しかし、この男のさっきの冷たい視線は他の護衛とは明らかに違った。


「……お嬢さんが、こんな朝早くに練習場に来るなんて、驚きましたよ。それに、この剣さばき! 並の騎士じゃ勝てませんね」


彼はそう言いながら、首元の剣を退かし、立ち上がる。そして、スボンに付いた土ぼこりをはらう。身のこなしが軽い。やはり、普通の騎士ではないと感じる。


「……騎士なの?」


「……騎士ではありませんね。まぁ、そのへんはいいじゃないですか。ね? へへっ」


今まで会ったことのない、適当でおちゃらけた感じの彼にどう接していいのかわからない。軽そうに見えるが、口は硬い。表情もへらへらと笑顔を浮かべるばかりで、何を考えているのかわからない。……普段は密偵や諜報員として仕事をしているのだろうか。年は自分と同じくらいだが、こんなにも読めない人は初めてだ。私がじっと見ていると、


「やだ、お嬢さん、熱っぽい視線送ってきて! (あるじ)に怒られちゃいますって」


そう言う。主……とはルーカスのことだろうか。私がじっと見ていて怒るのはルーカスくらいしかいない。でも、彼がこんなに若い男を私の護衛につけるだろうか。周りにいた騎士でさえ、女性や既婚者だと思われるそれなりに歳を重ねている人しかいなかったのに。私は不審に思う。


「まぁまぁ、そんな警戒しないでよ、可愛い顔がだいなしでしょ? 俺はただお嬢さんを陰ながら見てるだけでいいからさ〜」


私の警戒を解くためか、目を細め、緩やかな口調にしているが、それが返って警戒する元になっている。しかし、敵意はなさそうなので、私は彼に向けていた剣をゆっくりと下ろす。……彼が敵意を向けたら、そのとき切ればいい。


「……んーと、ごめんね、練習の邪魔しちゃって。俺はベンチに座って見てるから、普通に練習していーよ。じゃっ」


彼はベンチに腰を下ろし、鼻歌を歌いながら微笑んでいる。私は彼がいるのが少し気になるものの、時間が限られているため、練習を始める。


普段は父や兄、騎士が相手をしてくれて、ほとんど応用をやっていた。しかし、今は練習相手もいないし、腕がなまってしまっているので基礎的な素振りや、的あてを中心に練習をする。体力はかなり落ちていて、少し剣を振るだけで、息が上がってきてしまう。今までは父と兄と手合わせするとき以外は息が上がるなんてことはなかったのに。


的に向かって、何度も何度も剣を当てていると、腕が思ったよりも重くなっているのを感じる。今まで使っていた剣ではないせいもあるかもしれないが、少し握力が弱くなっている感じもする。……鍛えよう。そう思っていた時だった。


「あっ」


私の掌から剣がするっと抜け、勢い良く中を舞う。高く上がった剣は物凄い速さで下降する。


「うわぁ!」


そして、男の真横に刺る。あと数センチずれていたら頭を貫いていたかもしれない。彼は目を見開くとともに、口をパクパクとしている。予想外のことに驚いたのだろう。私も驚いたのだが、彼の表情に思わず笑ってしまう。


「ふふっ」


「……もしかして、わざと? え、わざとなんです? 怖いんだけど。こんな攻撃の仕方初めてみたよ。……せめて、正面からきて、お願いだから」


「……すみません、わざとじゃないです。……怪我はないですか?」


「……怪我はないけど……普通ここで笑う?」


「……あなたの顔が面白くて」


「……顔? いやぁ、これでも女性からは結構モテるんだよ? それを……面白いって、初めて言われたよ。調子狂うなぁ」


彼が頭をかきながらそう言う。顔が面白い……は流石に失礼だっただろうか。彼が言うように、彼はルーカスとはまた違うタイプの美しい顔立ちをしている。ウェーブのかかった茶髪はセンター分けにされ、目にかかっている。髪の間から除く狐目には緑色の瞳が輝いている。チャラそうな物言いや、胡散臭い笑顔。私は苦手だが、一般の女性はこういう不思議なタイプの男性を好むのかもしれない。


……私は、ルーカス、が一番だけれど


「……今、王子と比べました? あれと比べないでくださいよ。困るなぁ。あの人くらいの容姿なら、俺でも夜を共にできちゃうなぁ」


「……やめてください」


「冗談だからね? 俺は男性には一応興味ないし、お嬢さんみたいな可愛い人の方がいいな」


甘くそう言い、彼が私の髪を耳にかける。ルーカスにされたのだったら、ときめいていただろうが、彼だと何も感じない。私は真顔で見つめ続ける。


「……ん、お固いなぁ。まだ若いんだし、少しくらいはめ外しても良くない?」


彼がそういうが、私はスルーし、剣を手に取る。


「……なかなか、口を開いてくれないなぁ。もっと可愛い声聞きたいんだけどなぁ? ねぇ、疲れたでしょ? ちょっと休まない?」


彼がそう言い、私の手をつかむ。私は彼を睨むと、怖い怖いと眉を下げるが、手を離す気はないようだ。


「……離してくれませんか?」


「あ、やっと口開いてくれたぁ。でも、離さない。君が僕の隣に座ってくれたら離そうかな」


「……嫌です」


「でも、その手じゃあんまり無理しないほうがいいと思うよ。久しぶりなんでしょ? 剣握るの。ほら、ちょっと持つ手がふるえてる。剣も君に合ってないしね。王子様に頼んで君用のを用意してもらったら?」


妙にしつこくて、少し不快に思っていたが、私を休ませようとして彼が手を離さなかったことに気付く。あざになっている腕が少し痛んできている。それ以外にも腕全体の筋肉が悲鳴を上げているのはわかっていたが、負荷を掛ければ早くもとの強さに戻れるだろうと思ったのだが……。


私は剣技は習っていたものの、正しい練習方法や自分に合う剣はよくわからない。いつも、ただ、やれと言われたことをやっていた。剣は与えられたものを使った。単に重さや長さが似ているだけではだめなのかもしれない。


「君が怪我したら……いけないからね……。下手したら、腕を使えなくなってしまうかもしれないし」


彼が包帯の上から私の腕を擦る。自分はそこまで痛くはないのだが、傍から見れば、痛そうに見えるのかもしれない。彼は私の腕を離すと、俯く。彼の顔が髪の毛で陰る。私は少し心配になり、彼の隣に腰を下ろす。


「……大丈夫……ですか?」


「えっ、俺のこと心配してくれるの? そんな人初めてだなぁ。嬉しい。お嬢さんほんとに優しいんだね!」


私が声をかけると、彼はぱっと顔を上げ、何事もなかったかのように笑みを浮かべる。私はそれが不思議で彼をまじまじと見つめる。


「……ちょ、そんな見ないでくださいよ。心見透かされちゃいそうで怖いなぁ」


「……あなたの考えてることは……全くわかりません」


「ふふっ、それならよかったよ。……お嬢さんには秘密にしておきたいから」


彼がそういうと人差し指を唇に当てる。


別に彼に興味がそこまであるわけではないのだが、妙に気になる。というか、不審に感じているだけだ。


「……お嬢さん、次はいつここに来るの?」


「……明日」


「明日!? え、少し休みなよ! 腕治ってからでいいんじゃない!?」


腕が治ってからじゃ遅い。すでに少し体が衰えている。もたもたしてはいられない。いつ身の危険に晒されるかわからない。ここは王城だ。騎士も護衛もいる反面、暗殺者や密偵が潜んでいる可能性もある。ルーカスや義理母さま、義理父さまも守れるくらいにならなければ。


……何かしていないとルーカスのことを考えてしまい、つい気が緩んでしまう。それに……最近の私はあまりにも無力だ。フードの男に出会って、特にそう思った。


「……女の子なんだから、護られてればいいんじゃない?」


彼がそう言うと、私は勢い良く彼の首元に剣を振りかざす。そして、彼に当たる寸前のところで止める。彼が怖がるだろうと思ってやったのだが、彼はぴくりともせず、真剣な表情で私の目を見つめる。


「生憎、これくらいじゃ驚かないように出来てるんだよね。止めてくれるだけお嬢さんは優しいから。……俺に優しくしてくれる人なんて……どこにもいないから」


あまり踏み込まないほうがいい。優しくしてくれる人はいない───少し前の私を見ているようだ。ルーカスと出会う前の。私もあの頃の話を人に話したいとは思わない。自分が惨めになるだけだから。……彼も、私と同じなら。きっとそう思っているはず。


「……そうですか」


「何も聞かないんだね。冷たいなぁ。まぁ、それがお嬢さんなりの優しさなんだろうけど。 ……お嬢さん、放っとくと無理しそうだし、朝練、俺も付き合ってあげる」


「……え」


「え、何? 嫌? 今明らかに嫌そうな顔したよね? 傷つくなぁ」


……一人で落ち着いて練習をしたい。そう思うが、彼のしつこさはルーカス様並だ。どれだけ言っても自分の意志を曲げない人は一定数いるらしい。私は溜息をつく。ルーカス様がしつこくするのは愛情を感じられて嬉しいが、この男のしつこさは鬱陶しい。しかし、少し無理をしてしまいそうなのも事実だ。焦ってルーカス様やご両親に迷惑をかけるわけにはいかない。


「……わかりました」


「やっぱ、だめかぁ……ん? ………わかりました!? てっきり拒否されると思っていたんだけど……お嬢さん、なかなか掴めないなぁ」


私からしたら、この人の方が掴めないのだけれど。そういえば、彼の名前を聞いていなかった。


「……名前」


「あ、俺の名前? ……名前、か。………セオ。セオって呼んで?」


「……セオ」


「……なんだか、嬉しい。誰かに名前を呼んでもらうのは久しぶりだよ。ありがとう」


彼は私に笑顔を見せる。しかし、私がセオの目を見ると、彼は目を逸らす。


「……じゃあ、俺はそろそろ行かないと。お嬢さんも今日はお終いにしたら?」


気づけばもう、空が明るくなっている。そろそろ水浴びをし、身を整えなければならない。彼も次の仕事があるらしい。私は木剣を元あった場所に戻しに行く。挨拶でも交わしてから帰ろうとベンチの方へ振り向くと、セオの姿はなかった。


……不思議な人


「お嬢様!? こんな早くから練習していたんですか?」


ミアが走ってやってくる。


「……おはよう、ミア」


「私も、何か手伝えることがあればと思って一応早起きしたんですが……」


ミアはすみません。と言うが、私が彼女に迷惑をかけたくなくて、あえて早い時間にしたのだ。


「明日もここに来られますか? 何時頃お伺いすればよろしいでしょうか?」


「……大丈夫よ。……セオもいるし」


「……セオ?」


「……えぇ、護衛の」


「あっ、護衛の方ですか! それなら心強いですね! ……実は、私、朝に弱いもので、なかなか布団から出れないんですよね」


彼女が顔を赤らめそう言うと、私はふふっと笑ってしまう。ミアらしい。


「……行きましょうか」


「はい!」


私はもう一度、ちらっとベンチを見て、練習場をあとにした。

最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)

この作品をいいと思った方は、ブックマーク、下の★評価、感想 等いただけると嬉しいです。

作者のモチベーションがあがります!


九月になって、私生活が忙しくなってしまい、小説を書く時間が取れなくなってしまいました( ; ; )急に投稿頻度減ってすみません。

更新登録してくださると最新話出たときわかりやすいかもしれません


急ですが、次回はレアナ視点を一話挟みます!

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