第2話
「……様……お嬢様!」
目を覚ますと、私はベットの上に寝ていた。体を起こそうとするが、体が重い。剣技の後くたくたになった時でもなんとか体を起こせたのに、今は比にならないくらいの倦怠感が体を纏っている。
心持ちの問題だと言うのは自分でもわかっている。しかし、何もしたくない。何もできない。早く消えたい。そんなふうに思っているのだから、起き上がれるはずもない。御者には迷惑をかけてしまうのはわかっている、でも、どうしても……このままでいたい。
「疲れているのですね。ゆっくり休んでください」
御者はそう言い、部屋の外に出ていく。
あたりを見渡すと、私は懐かしい場所にいた。私の唯一の居場所。
お祖母様のお家だわ。
お祖母様が亡くなってから一度も訪れていなかった森の中の湖の辺りにある小さな家。お祖母様はお祖父様がいなくなってからずっとここに一人で住んでいた。穏やかなお祖母様はきらびやかな公爵邸よりも、自然豊かなここのほうが居心地がいいと言っていた。私もそう思う。御者が家に私を連れて行っていたら、私は───
想像しただけで、死んでしまいそう。
私は、身震いをし、軽く腕をさする。すると、嫌でも純白なウエディングドレスが目に入る。私は着替えずにこのまま寝ていたようだ。ヴェールは御者が取ってくれたみたいだ。早くこのドレスから着替えたい。このドレスを見ているだけで……結婚式のことを思い出す。このドレスに罪はないのに……私が、身につけてしまったために、無駄になってしまった。
あぁ、このドレスも可哀想ね。
そう思うと少し親近感が湧いてくる。このドレスも誰にも愛されなかったのだから。ウェディングドレスを見ながらぼーっと考える。このドレスのまま、自分の胸を突けば、真っ白なドレスが真っ赤に染まり綺麗だろうなぁと。我ながら、発想が怖いなぁと自嘲するもののその光景を見たい思ってしまった。
だめよ。
そう思い、違うことをかんがえるため、起き上がらせた体を再び寝かし、ドレスが目に入らないようにする。しかし、他のことを考えようとするたび、さっきほど考えたことが頭にチラつく。それほど自分は追い詰められているのだ。別に、家族から愛されていないことは前から知っていた。殿下からも愛されていないことは知っていた。今までと何も変わらない……はずなのに、どうしてこんなに辛いのだろう。
きっと、結婚すれば幸せになれると思ってしまったからだわ。
そうに違いない。私は幸せになれないんだ。そういう運命なのだ。……そう決まっている。それならば、やっぱり死んだほうが───
「お嬢様、食事をお持ちしました。召し上がれるでしょうか?」
御者が温かいスープとパン、二切れのハムにくし形切りにされたりんごを盆にのせて持ってきてくれた。今は何も食べたくないと、断ろうとしたとき、ギュルルルルとお腹がなってしまった。食べたくなくても、お腹は空いているらしい。
「さぁ、どうぞ」
御者が手渡すので、しぶしぶ受け取る。温かいご飯はお腹と心に染み渡り、今までのどんな料理よりも美味しいかった。私は御者が用意してくれた料理を一瞬で平らげてしまった。家族が見ていたらはしたない。と叱られていただろうが、御者は微笑んでこちらをみていた。
「ありがとう……ございます」
私が礼を言うと、御者は粗末なものしかなくてすみませんと謝った。その粗末なものが私の今までの人生の中で、一番美味しい食事だったなど御者は思ってもいないだろう。彼は本当に優しい。天使や神の生まれ変わりなんじゃないかと思う。よく見れば、御者はお祖母様に似ている気がする。きっと今の御者の年齢がお祖母様の亡くなったときくらいだからだろうが。
「お嬢様、急に私の家に連れて来てしまい、申し訳ございません。お嬢様が公爵家には帰りたくないのではと思いまして、勝手にさせてもらいました。……しかしながら、ずっとお嬢様がこちらにいることはできません。残念ですが、落ち着かれましたら、公爵邸にまたお送りすることになります。力になれず……すみません」
御者は苦しげな表情をし、私に言った。御者は十分良くしてくれた。お父様やお母様に言わずに私をここに連れてきたこと自体、いけないことであり御者は減給だけでは済まされないだろう。私のせいで、職を失うかもしれない。こんなに優しい御者に迷惑をかけてしまい、罪悪感が募る。下を向くと、また、純白のドレスが目に入る。
料理を出してくれたということは、包丁があるのよね。
また、怖い発想が浮かぶ。御者はここに住んでいると言っていたため、ここで死ぬことはできない。……お祖母様との大切な思い出がある家でもあるから。窓の外をみる。美しい湖に太陽の光が反射し、キラキラと光る。
自分を刺し、湖に身を投げ出せば、確実に死ねるし死体も沈むわ。
そしたら、御者が自分をここに連れてきたということも、誰にも知られることはない。結婚できなく恥ずかしく思ったレティシアは一人何処かへいなくなってしまった。それでお終い。どうせ私のことを心配する人もいない。それでいい。それがいい。私は決意し、御者が家を離れる時を待つことにした。やっと自由になれるのだと思うとふっと心が軽くなる。お祖母様に会ったら何を話そうかと考え始めた。
「レティが幸せになって、笑顔で終わりを迎えたら、私と会いましょうね」
この約束は果たせそうにない。お祖母様は私に甘かったから、きっと、許してくれるだろう。ごめんなさい。お祖母様。
***
「お嬢様、買い出しに行ってきますね」
御者が私に告げると、私は小さく頷く。昨日は結局、まだ落ち着かないからもう一日泊めてほしいと懇願し、お世話になった。でも、迷惑をかけるのもこれで終わり。もう、誰にも迷惑はかけない。御者が家を出るのを確認し、私は立ち上がり部屋を出る。一日中ベットの上にいたため、少しふらつきながらも台所へ向かう。家の間取りはお祖母様が住んでいた時のままだ。それどころか、家具やカーテン、テーブルクロスなども変わっていない。ふと、テーブルの上を見ると、写真が立てて置かれていた。その写真を見て、驚く。
……私?
写真に写っていたのは白髪の女性だった。見た目は私に似ているものの、明らかに私ではない。なぜなら、彼女は笑っているからだ。このくらいの年になってからというもの、私が笑った回数は指折りで数えられるくらい少ない。一昨日の結婚式でレアナと殿下に見せた笑顔は何ヶ月ぶりの笑顔だろうか。
二人は、どうしているかしら? ……私のことなんて、頭の片隅にもないのでしょうね。
きっと私がいなくなって、喜んでいるに違いない。堂々と愛し合えるようになったのだから。溜息をつく。そして、台所へ行き、例のものを探す。案外すぐ見つかった。御者が心配しないように、置き手紙を書こうと思い、ペンと紙を見つけ、感謝の気持ちを綴る。目立つところに───さっき見た写真の横に置いておく。
ありがとうございます。さようなら。
部屋においてあったヴェールで包丁を包む。家の扉を開け、振り返らず、湖の縁を歩いていく。昔はよくここで走り回っていたなぁ、と懐かしい思い出を振り返る。最期にここで辛いことを忘れ、幸せな思い出だけを思い浮かべることができるのを嬉しく思う。ちょうど家から真反対の位置まで歩いて、立ち止まる。その場にしゃがみ込み、澄んだ水を手ですくう。少し肌寒い季節なだけあって、湖の水は冷たい。これなら、誰かが湖に入ることもないはずだ。
よかった。
私は覚悟を決め、ヴェールの中のものを取り出す。普段使っていた剣よりは、切れ味が悪そうだ。もともと、小さな野菜や肉片を切るものであり、生き物を殺すための道具じゃないのだから当たり前だが。これで切ったら痛いだろうな。でも……最期の我慢だ。これが終われば───
そう思い、私は立ち上がり両手で柄の部分を力強くにぎり、刃先を自分に向け震える手を伸ばす。目を瞑り、お祖母様の顔を思い浮かべる。そして、自ら胸をめがけ、刃物を突き刺すと共に、湖に身を投げだした。
あぁ、やっと自由になれる。
そう思う私の頭の中は明瞭で、全く痛みを感じない。胸を見ると、純白のドレスは赤く染まっておらず、真っ白のままだ。私は驚き、混乱するが、湖の底に沈んでゆく。息が苦しくなり、思い浮かべた最期とは少し違うものになってしまったが、仕方がない。私はもがくことはせず、ゆっくりと沈んでゆく。だんだん視界が朦朧としてゆく。自分の白髪やウエディングドレスがゆらゆらと揺れる。
さようなら。
私はゆっくりと目を閉じた。
その時、突然私の身が引き寄せられる。私は予想外のことに一瞬頭が真っ白になった。引き寄せられた私の身は湖の水面へと運ばれる。抵抗しようにも、酸素が足りず思うように体を動かすことができない。そのまま水面へ顔を出し、肺いっぱいに空気を吸ってしまった。勢いよく吸ったため、水も少し吸ってしまい、ごほごほと咳をする。
「大丈夫ですか? レティシア嬢」
……レティシア嬢? 私のことを知っているの?
私は声が聞こえた方を見ると、そこには、水に濡れた黒髪に、青い瞳をもつ男性がいた。同じ人間とは思えないほどの美しい容姿。あぁ、そうか。
「……死神さん?」
「残念ながら、死神ではないよ。君はまだ死んではいけないからね」
私は彼によって、地上へと運ばれる。うっすらとしていた感覚がより濃く、明確になってゆく。困惑する私だが、ひとつだけわかる。私は、死ねなかった。───もう一度、と思うが、包丁は湖の中に落ちてしまった。その上、再び湖に身を投げ出したくても、男が私を抱きかかえているため、不可能だ。
なんで……やり場のない怒りがふつふつと自分の中から湧き出てくる。その矛先は私を運ぶ美しい男に向かう。
「……っどうして、死なせてくれないの!? 私は、もう……消えてしまいたいのに。これから待っているのは辛いことばかりなのに。どうして……ねぇ、私はどうすればよかったの? どうすれば……幸せになれるの? ねぇ、あなたが教えてよ。私をこの世に生かしたんだから。私が生きる意味を……」
感情をこんなに露わにしたことが今まであっただろうか。自分でも驚いてしまう。お祖母様にだって、こんな見苦しいところ見せたことがない。それを、初対面の男性に……早く逃げ出したい。頭は比較的冷静なのだが、涙は止まらないし、腕は男の袖を握りしめている。理性と感情と行動それぞれが噛み合わず、どうしていいかわからない。そんな私を男は微笑みながら、暖かく抱きしめ、大丈夫、大丈夫、と子供をあやすように声をかける。私が少し落ち着くと、男は私を腕からおろす。
「ねぇ、そんなに死にたいなら、僕のものになってよ。君が死んだら僕も死ぬから、僕のために生きて」
そう言い放った彼は酷く優しげな笑みを浮かべた。
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