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第19話

夕食が終わり、ルーカス様と二人で歩く。夕食中は、ひたすら褒められた。褒められ慣れていないので、どうしていいかわからず、挙動不審になってしまった。ありがとうございます。とは言うものの、どこまでがお世辞でどこからが本気なのかわからないため、笑顔もぎこちなくなってしまった。


婚約者になった私達の部屋は、王城でも隣で部屋を行き来できるようになっている。私の部屋にある、ドレスはもちろん身につけるものだけでなく、小物、インテリアはどうやら彼と義理母さまが私をイメージして揃えてくれたそうだ。使用人や商人も積極的に協力してくれたのだと、ミアから聞いた。


「レティ、今日は疲れたよね。ゆっくりさせてあげられなくてごめん。もしきつかったら言ってね? ……僕の手伝いは……レティが、きついなら……大丈夫だから」


優しくそう言うものの彼の顔が「レティと離れたくない」と物語っている。


「……私は、大丈夫です」


「それなら良かった! 明日も来てくれるってことだよね? ありがとう!」


彼がぱっと明るい顔に変わると、私は柔らかい表情になり、頭を縦に振る。


「じゃあ、おやすみ。ゆっくり休んでね」


彼がドアに手をかける。


「……あ、まって」


彼の裾を引く。後でルーカス様と話をしたいとまだ言っていなかった。しかし、引いてから気付く。彼は執務で疲れているかもしれない。彼は私を気遣ってくれていたが、私はあまり疲れていない。普段はもっとハードな一日だったから。精神的にも肉体的にも。でも、ここは居心地がいいし、みんなが私を気遣ってくれる。


彼は自分の気持ちをあまり口に出さない気がする。表情に微かに現れる程度。じっと見ていないとわからない。今は……疲れているようには見えないが……そう見えるように振る舞っているだけかもしれない。私の我儘で彼に迷惑をかけるのではないかと不安になる。


「積極的に行かないと。お互いの気持ちが伝わらないときがあるのよ」


義理母さまの言葉を思い出す。私はもっと、彼と二人で話す時間がほしい。───彼は、どうなのだろう。


「レティ? どうした?」


「……あの、ルーカス様は、疲れていないですか?」


「僕? 僕は全然疲れていないよ。レティが手伝ってくれて、結構早く終わったんだ。ありがとう」


「……そうなんですね。……あの、後で、お部屋に伺ってもいいですか?」


「……っ、いいけど、それって……」


「あ、ありがとうございます!」


私は恥ずかしくなってしまい、彼の裾を離すとすぐに自分の部屋に入ってしまった。中に入ると、ミアが口を手で押さえ、目を見開いている。私が首を傾げると、


「ふふっ、お嬢様、積極的なんですね♡」


「……うん、積極的にいこうと思って」


「よぉし! 気合入れて準備しますよ! ちょっと待っててくださいね! レーニーさん(ルーカス様の執事)と相談してきます!」


そう言うと、ミアは部屋から飛び出て行った。そして、何やら廊下で叫んでいる。いつかのルーカス様の執事のように。


ミアがいないと部屋が静かだ。時計針の音が鳴り響く。目を瞑ると、公爵家にいた頃と同じ感じがする。しかし、目を開けばきらびやかな部屋が広がっていて、無機質なあの部屋とは大違いで……夢じゃないということを実感する。


……幸せすぎて、怖い。


どうして、ルーカス様は私なのだろう。あんなに完璧で、あんなに優しくて……あんなにかっこいい人なのに。神様がいるのなら、感謝したい。こればかりは、私が頑張って得られることではないから。


「……きっと、神様が見ていてくれたのよね」


神様ではなく、ルーカス様が私を見ているときの方が多かったかもしれないが。なんとなく、私はテラスに出てみた。ここのテラスは格子が付けられていないので、普通に出られる。少し冷たくなった空気が肌に触れる。綺麗な満月だ。静かな月明かりと冷たい風が私を冷静にしてくれる。ここ最近、浮足立って地に足がついていないような感じが続いていた。本当に天国なんじゃないのか。私はあの日、湖で死んで、天国に来てルーカス様と幸せに暮らしているのかもしれない。そんなふうに思う。


「ふふっ、現実なのに」


右手を触るとズキッと痛む。レオン王子に掴まれた場所。……向こうの国は地獄だった。私に優しくしてるれる人など一人もいなかった。父も母も兄も妹も……彼らのことは嫌いだ。でも……嫌いなはずなのに、忘れることはできない。楽しさだけを噛み締めていればいいのに。ふとした瞬間に、辛かったことや自分の家族とルーカス様の家族を比べてしまう。そんなことをしても何ともならないのに。


「……一体、どうして」


「……レティシア様?」


後ろを振り向くと、ミアと侍女数人が立っていた。私がテラスに出ていることに驚いたのか、みな固まっている。


「……少し、風に当たっていただけよ」


私が部屋に戻り、窓を閉める。


「……月明かりに照らされて、とても綺麗でした。天使がいるのかと勘違いしてしまいました」


ミアがそう言うと、侍女たちも頭を縦に振る。「思わず見惚れてしまいました」「お嬢様をお世話できるなんて幸せです」「今日は頑張りますね!」と笑顔になってくれて安心する。やっぱり、優しい人ばかりだ。……それにしても、今日はどうしてこんなに人が集まっているのだろう。今から大掃除でもするのだろうか。


「では、お嬢様、仕度を始めましょうか!」


「……仕度?」


「えぇ、そうです♡」


よくわからないが、ミアを筆頭にやる気に満ち溢れている侍女をみて、流れに身を任せた。




***




「……こ、こんな格好でルーカス様に会いに言って大丈夫かしら?」


「はい! もちろんです!」


五人がかりで身体を丁寧に洗われ、いつもと違い、マッサージをされたり、香油をつけられたり……お風呂だけでも一時間はかかった。その後、ミアが選んできたネグリジェがいつものものより露出が多くて戸惑う。袖は長いが腕が見えるくらい透けている。襟ぐりはV字状になっており、胸を強調するようで、はしたなくないだろうかと心配になる。丈は一応膝まであるのだが、ほぼほぼ透けていてレースだけのため、実際は腿くらいの丈と言っても過言ではない。……これは、義理母さまが選んだのだろうか。……それとも、ルーカス様が? 私はほんのり顔が熱くなる。実際に着てみると恥ずかしいが……選んでくれた人がいるのなら着たほうがいいのかもしれない。


「……そ、そうかな。……じゃあ、行ってきます」


「お嬢様! 頑張って下さいね♡」


何を頑張るのだろう。ルーカス様と話すのはとても楽しい。頑張る要素はないと思うのだけれど。私は、ドアに手をかける。すると、彼の部屋は薄暗くなっている。ベットの両サイドのテーブルライトだけがほんのり暖かく光っている。ルーカス様はいつもこんなふうに寝ているのだろうか。彼の姿が見当たらない。……寝てしまったのだろうか。


「……ルーカス……様?」


「レ、レ、レ、レティ? ……本当に来たんだね」


「……はい」


彼はドアのすぐ近くに立っていた。私が来るのを待っていたようだけれど、どうして暗くしているのだろう。


「……あの、どうして電気を消しているんですか?」


「……えっと、ロマンチックな雰囲気を出すため……とか、レーニーは言ってたけど」


婚約者同士だから気を使ってくれたのだろうか。しかし、自分もこんな格好だし、ベットの上で隣り合って話すのは……良くないのではないかと思う。とはいえ、一度、ルーカス様とは一緒に寝たことがあるのだが。


「……レティ、行こうか」


彼が私の手を握るが、いつもと違い、どこかぎこちない感じがする。私は不思議に思いつつ、彼について行く。彼がベットに座ると、私も隣に座る。


「……その、可愛いね、」


彼は私の服を見て、顔を赤くする。ルーカス様はこういう服が好みなのだろうか。


「……それに、何か、良い香りがする」


彼が急に私の首筋に顔を寄せてきたので、驚いてしまう。さっきミアがつけてくれた香油だろうか? ミアになんの香りか聞いたら「秘密です♡」と返されたが、彼はこの香りが好きなようだ。彼がなかなか首筋から離れない。私はどうしたのかと思う。


「……ルーカスさっ」


私が彼を呼ぼうとすると、急に、彼が首を優しく噛んできた。私は、以前彼に跡をつけられたのを思い出し、そのまま彼に身を任せる。……彼なりの……愛情表現だと知っているから。しかし、彼はこの間のように痛くするわけではなく、ただただ優しく噛んだり、舐めたりする。少しくすぐったい。執拗に彼がそれを続けるので……だんだんよくわからない、変な気持ちになってくる。しばらくすると、気が済んだのか、彼の顔が首から離れた……と思ったら、急に、肩を掴まれ、いつかの時のようにベットに押し倒される。薄く照らされた彼の顔が見える。彼の顔は紅く熱っている。すこし、息を荒くし苦しそうに目を細める。いつもと違う……妖艶な雰囲気な彼に私はどきどきしてしまう。


「……ルーカス……様?」


「……ねぇ、レティ、キスしてもいい?」


彼がそう聞くと、私は顔を赤くし小さく頷く。彼の顔がゆっくりと近づく。私が目を閉じると、温かく、柔らかい彼の唇が私に触れる。ゆっくりと何度も何度も触れる。そのうち少し角度を変えたり、啄むように口付けたり……私を求めるようなキスに変わる。私はどうしたらいいのかわからなくて固まってしまう。あとどれくらい続けるのだろう。いつ目を開けていいのだろう。彼はどんな顔をしているのだろう。……わたしは息ができなくてだんだん苦しくなってくる。我慢できなくなって口を開けて息を吸うと、間髪入れず、彼の舌が口内に入ってくる。彼が私の中を弄る。私は舌を引っ込めるが、彼の舌が私に触れ、絡めてくる。私は沸騰しそうなほど熱くなり、頭がくらくらしてくる。嫌ではない……むしろ、嬉しいはずなのに、何故か泣きそうになる。私の力が抜けると、彼がはっとし、止まる。


「……ごめん、激しくしすぎたよね」


私は必死に頷く。やっと目を開けると、熱くなったルーカス様の青い瞳と私の赤い瞳が交わる。


「……えっと、私、慣れてなくて」


「……僕もだよ、レティが初めて」


彼が私を抱きしめる。いつもより体温が高い。


「……レティ、我慢できなくなりそう」


……我慢できなくなってなってもいいですよ? といつもなら言うところだけれど、今回ばかりは私も困ってしまう。


「……ねぇ……レティ、やばい。……なんか、すごく熱いんだ」


彼は汗をかきはじめ、苦しそうにしている。どうしたのだろう。熱かと思い、額に触れる。彼はうっとりしてこちらをみる。私は胸がきゅとし、熱くなる。


……なんだろう。いつもと違う。


話したいことがあってここに来たはずなのに、こんな彼を見ると、変な気を起こしてしまいそうになる。冷静になろうと、彼から顔を背けると、彼が私の顔を彼の顔に向けさせる。


「……レティ、こっちを見て」


「……えっと、あの」


彼の青い瞳が潤む。その余裕のない表情に戸惑ってしまう。私の視線が泳いでいると、彼が私の肩に顔を寄せる。


「……ごめん。……余裕がないんだ。ずっと好きだったから……本当にレティの全部が大好きなんだよ」


「あの……どうして、私なんですか?」


私がそう言うと、彼は少し目を見開く。


「そっか、言ってなかったもんね……気になるよね。ちゃんと話さないうちに、こんなことするのはだめだね。……ごめん。ちょっと、熱を冷ましたい。……レティ、テラスに行こうか」


彼がベットから立ち上がり、窓の方へ向かっていく。いつもなら、私の手をとって歩幅を合わせてくれる。相当余裕がないようだ。私も、余裕なんてないのだけれど。


外に出ると思いの外寒い。今日はいつもより薄着だからだろう。そう思っていると、後ろから彼が私を包むようにして抱きしめる。彼の温もりが直に伝わる。私が彼の顔を覗くと、


「……ごめんね。寒かったよね。僕はまだ熱いから、暖かいんじゃないかなって思って」


「……ありがとう……ございます」


「……レティ、そろそろ敬語も外してくれていいんだよ? あと、ルーカス様じゃなくて、ルーカスでいい」


「……え?」


「……だめかな?」


だめなわけじゃない。でも、すごく緊張する。彼は大好きな人であると共に、尊敬する人でもあるから。


「……ル、ルーカス」


「……レティ!」


「……様」


「ふふっ、様はいらないって」


彼が緩やかに笑う。私も頬が緩む。二人で月を眺める。彼とこんなに綺麗な月を見られるなんて、本当に……幸せだ。


「……レティ」


彼が私をきゅっと抱きしめる力を強め、肩のあたりに顔を寄せる。私は彼に身を任せる。彼になら、身も、心も……命さえも、安心して預けられる。


彼は満足したのか、顔を上げると、真っ直ぐにどこかを見つめている。そんな、月明かりに照らされた彼の美しい顔をただただ見つめる。静かな宵に彼の温かい声が放たれる。


「……僕が五歳くらいの時だったかな。君を初めて見たのは。レオン王子の誕生日会に出席したときのことだった。レティはご両親とあの会に訪れていた。……きっと、一目惚れだったんだと思う。君は本当に美しかったから」


誕生日会───私が初めて公の場に連れて行ってもらったときのことだと思う。私は小さい頃の思い出があまりない。……思い出せないのだ。お祖母様との思い出以外は。


「でも、そのときは単に美しい……そう思うだけだった。少ししか見えなかったから。……まだ、僕のものにしたいとか、結婚したいとかは流石に思っていなかったんだよ」


彼が前を向き、愛おしい思い出を振り返るかのように話す。私はそんな彼の顔を下から見上げる。


「僕はね、よくあの別荘に遊びに行っていたんだ。……と言うのも、君のお祖母様と仲が良かったから、彼女を訪ねるためだったんだけどね。父さんと母さんもそれを知っていた。ある日、いつものように、君のお祖母様……エーテルのところへ行く途中、あの湖の横を君が走っていた。笑顔で走り回る君の姿をみて、より一層心を奪われた。その時初めて、君に声をかけたんだ……」


「……君は天使?」


私ははっとする。口から漏れていた。なんのことなのか全くわからないのに。口が動いた。彼を見ると、彼は驚いた様子を見せる。


「……覚えているの?」


「……すみません。……わかりません。……わからないんですけど、なんでだろう」


私は俯く。彼は少し寂しそうに、いいんだよ。と言う。


「……エーテルに教えて貰って、君の名前を知った。君がエーテルの家に滞在することを聞いて君によく会いに行ったんだよ。……と言っても、別荘に泊まっている間しか会えなかったけど。半年くらいして……君が王都に戻ってしまってから、僕は急にエーテルにもうここには来るなと言われてしまった。理由を聞いても教えてくれなかった。僕はエーテルから一枚だけ写真をもらった。君が映っている写真を。それ以降、エーテルにも会えなくなって、君の視界に僕が入ることもなかった」


私と彼が会っていたなんて……それも、あの場所で。私は思い出そうとするが……覚えていない。小さい頃だったからなのだろうか……私は悲しくなる。


「……君に会いたかった。もう一度。だから、勉強も剣技も何もかも必死になって頑張った。君に見合う男になって、君と一緒に───そう思っていたんだけど、頑張り始めてすぐに、君とレオン王子との婚約が決まったんだ。僕は母さんや父さんに頼み込んだけど……どんなに頼み込んでも……許しは出なかった。それでも、僕は君以外じゃだめだったんだ。……だから、レオン王子にも、誰にも負けないように頑張ると誓った。……君を手に入れるために。……君はこの国の社交会には一切参加しなかったから、僕が向こうの国に行くしかなかった、父さんや母さんが出席するあの国の行事にはすべて出席した。しかし、運良く君が同じ会場にいても、遠目に見ることしかできなかった。隠れて写真に収められれば大きな収穫って感じだったなぁ」


彼がにこにこして話すが、それは、隠し撮りされていたということですか。


「……でも、何より頑張ってよかったのが留学できたこと。君と同じ学園に通えると思うと心が踊った。なんとかして、君と接点を作ろうと思ったんだけど……声をかけることすらできなかった。そのうえ、レオン王子と親しくする姿を見て、悔しかった。レティが少し表情が柔らかくなるのはあいつの前だけだったから。共に喋るのも、君の視線を奪うのも、君の隣にいるのも……あいつだった。……いっそ、君を無理矢理にでも僕のものにしたい……と思ったこともある。流石にそれはまずいから、君が落としたものや置き忘れたものをひろったり、捨てたものを大切に保管したりするくらいで収めていたんだけどね」


それもまずいです。


「……ずっと、レティへの思いは変わらなかった。むしろ関われないぶん、歪んだ愛に変わりそうで怖かった。……いや、きっと普通の人に比べれば、もう十分僕は歪んでしまっているんだけどね。他の女性には微塵も興味がなかったし、君にしか興味がなかった。レティにしか……それなのに……君が結婚することになった。僕は我慢できず、こっそり教会へ出向いた。……諦めるつもりだったんだよ。いくら好きでも、隣国の王妃になる君をどうにかできるわけはないとわかっていたから。……長年の片思いに終止符を打とうと思った。……でもね、君のウェディングドレスの姿をみて、あぁ、やっぱり諦められないやって……レティが悪いんだ、あんな姿見せられたら……諦められるわけがない。そのときだった。あいつが君との結婚を破棄したのは。君は泣いていたし、君にあんなことを言う彼は酷いと思った。……でも、嬉しかった。これで、僕のものにできると思っちゃったんだよね。やっと、やっと………ねぇ、レティ。………僕を嫌いになった?」


彼が少し寂しそうに笑う。きっと彼も、自分が普通、ではないとわかっているのだろう。それでも止められなかった。彼が他の人を好きにならなくて……よかった。そしたら、私は幸せになれなかったから。私は彼の目をまっすぐ見る。


「……嫌いになんてなれません。……大好きです」


この話を聞いて、嬉しいと思ってしまった私も、きっとどこか少しおかしいのだと思う。


見つめ合う二人の顔がゆっくりと近づき、再び唇を合わせる。だんだんと激しいキスに変わっていくと、私達は再び部屋に戻り、窓を閉めた。

最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)

この作品をいいと思った方は、ブックマーク、下の星評価、感想 等いただけると嬉しいです。

作者のモチベーションがあがります!


いちゃいちゃ書けた⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝⋆*


昨日中に書き終われませんでした(>_<。)

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