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第17話

朝食後、そのまま彼とともに執務室に向かった。並んで歩いている間、彼から仕事について軽い説明を受ける。主に私がやるのは、資料や書類の仕分け。ざっと目を通して分けるだけの簡単な仕事だ。初日だからか負担が少なくてありがたい。向こうではそれなりに重要な案件の手伝いや、会議で補佐をやったり、国王様に意見を述べなければならなかったりすることもあった。


ルーカス様の手伝いと聞いて少し身構えていたが、安心する。仕分けする人など正直いてもいなくても変わらないはず。多分、私の一番の仕事は彼のそばにいることだろう。彼の嬉しそうな横顔が私の目に入る。私も顔が緩んでしまう。私ははっとし、両手で頬を軽く叩く。


……私は初めての仕事なんだから、簡単な仕事でも手を抜いたらだめだわ。


そんな私を見て、彼も頬を叩く。


「レティにかっこいい姿見せないと、最近情けない姿ばかり見せてるから……レティ、しっかり僕のこと見ててね!」 


「……はい」


「じゃあ、入ろっか。他の人もいるけど、空気だと思ってくれればいいから。レティは僕のことだけしか見ちゃだめだよ?」


「……え?」


ルーカス様が執務室のドアを開けると、すでに五人の男性が机に向かって一生懸命仕事をしている。


「……国王様、おはようございます。この案なんですけど……」


一人が紙にペンを走らせながら、口を開く。


「父さんは、別件が入っているから遅れてくるそうだよ」


その声に、男性方がペンを持つ手を止め、顔をあげる。


「……殿下! やっとお戻りに!」

「隣の女性は、まさか噂のレティシア様か!?」

「美しいな……」

「けっ、こっちは忙しすぎて出会いの一つもないのに」

「天使だ……レティシア様がいたら、きっと残業もなくなるぞ」


口々に言葉を漏らす。私は彼らに挨拶をしようと、


「……あの、レティシア・マっ」


名前を言おうとすると、彼が私の口を塞ぐ。彼の大きな手が私の唇や鼻に触れ、驚く。


「……こちらは、レティシア・マーティン嬢だ。僕の未来のお嫁さんだから、丁重に扱ってね。……いや、やっぱだめだ。君たちは話しかけるのは禁止だ。彼女の視界にも入らないでくれ。レティ、彼らの邪魔しちゃだめだから、話しかけたり、見つめたりしちゃだめだよ? わかった?」


私は頷く。


「……あの、視界に入らないと言うのは無理だと思います」

「重い男は嫌われますよ?」

「ただでさえレティシア様のストーカーみたいなのに」


「おい、今レティの名前を呼んだだろ!?」


「……流石に名前も呼ぶなはきついです同じ職場にいるんですから」

「共に仕事するんですから、最低限は許してください」

「……僕らは美しい女性を見ることすら叶わないのか?」

「……お前は黙っとけ」


「……あの、普通に接してくれて構いません。……ルーカス様が言ったことは気にしないでください」


「レティ!? 僕よりその男達の方がいいの!?」


「……私の瞳にはルーカス様しか映っていませんよ? ……それよりルーカス様、かっこいい姿を見せてくれるんですよね?」


「もちろんだよ! さっ、仕事仕事、レティは僕の隣の席に座って!」


「……はい」


彼が私の肩をよせ、右側の机に足を運ぶ。


「……え、あれ、殿下だよな?」

「あぁ、見た目は殿下だ」

「あんなにちょろいのが殿下?」

「……女性に冷たくて氷の君とか呼ばれてた、あの殿下?」

「冷ややかな瞳に見つめられたいって言う国中の女性が泣くな」


彼らが話している声が聞こえる。以前の彼の様子を実際に見たことがない私は、冷たくあしらう彼を想像できないが、普段の彼を見ている人からすれば、こっちのプライベートの姿の方が想像できないのかもしれない。


「レティ、ここにある書類を頼んでいいかな? さっき言った流れでやってほしい」


「……はい! わかりました」


「……レティも仕事を始めるのにいつまで無駄話してるつもりだ?」


「はいはい、やりますよ」

「……僕達は早朝出勤ですけどね」

「すでに二時間前から仕事してるのに」

「……まあ、可愛いレティシア様が来てくれてテンション上がるけどな!」

「おい、お前は……それ以上言うと、殿下に首飛ばされるぞ」


なんて言いながらそれぞれ席に戻ると、何事もなかったかのようにまた集中し、ペンをひたすら走らせ始めた。オンとオフの差がすごい。ルーカス様も真剣に取り組み、執務室はペンを書く音と紙をめくる音のみになる。私も手際よく仕分けをする。


ざっと目を通しながら、別荘にいる間学んだ地理の勉強や、貴族の名前を結びつける。この季節のため、冬に向けての内容が多い。この国の北部は多くの雪が積もるため、下準備を念入りにしなければならない。しかし、さすがは大国の貴族。画期的な案や効率の良い分担が事細かく記されている。とても勉強になる。


……あれ? これは、こっちの方がいいのではないかしら?


私は目に付いた書類を読み込む。比較的小さな領地を治める貴族の案だ。言葉の選び方や字の丁寧さから優しい領主であることが伺える。内容も領民を思いやった政策を提案しているが、これだと見積もりが甘い。費用が予想以上にかかってしまうはずだ。場合によっては来年分にまで手を付けてしまうことになりかねない。私はペンをとり、赤のインクをつけ、案を軽く書き足す。ルーカス様から、何かあれば赤のインクで書き記して欲しいとさっき言われたのだ。


……あっ、この書類はここがおかしいわ。


私は目が慣れてくると次々と間違いや、より良い代替案があればそれを小さくまとめる。採用されるかは別だが。だんだん楽しくなってきて、ペースも早まる。レオン王子の手伝いをしているときは、楽しい……なんて一ミリも感じなかった。しかし、今はこの国に興味を持っていて、もっと知りたい。もっと良くしたい。そんな思いがあるため、手伝い一つとってもわくわくした気持ちで取り組めている。


……彼のおかげだわ。


彼の仕事を邪魔しないように、横目でちらっと彼を見る。すっとした鼻筋に、端正な唇。青い薄目に長いまつげ。耳にかけていた黒髪がひと束落ちる。美しいその造形に思わず引き込まれてしまう。すると、彼は目を大きく見開き、丸い宝石のような瞳を露わにすると少し驚いた様子で書類に目を通す。よほど驚く案があったのだろうか。私も集中しなければ。そう思い、私は再び仕事に戻ろうとすると、


「これ!? レティシア様の案ですか!?」


一人の補佐の男性が急に立ち上がる。その手に持っている紙には赤のインクがびっしり書いている。さきほど、私が仕分けしたものの一つだった。


「……これ、すごいですよ。彼も優秀な領主ですけど、レティシア様の案はそれを上回っています。……これは、驚きました」


……褒められたのだろうか? あの書類には書き入れし過ぎたと思ったのだが、許容範囲だったようだ。ダメ出しをされなくてよかった。


「……ありがとうございます」


「まってくれ、もしかして、これもレティが?」


ルーカス様が先程見ていた紙を私に見せると、その紙にも赤のインクが記されている。


「……はい、そうです」


「……レティすごいよ、僕もこの考えには驚いた」


「……もしかして、これもですか?」

「僕のこれも?」

「あ、さっき見たあれはレティシア様のか!? 殿下が赤を使うなんて珍しいと思ったら」

「これも見てください! すごいんですよ」

「……そういえば、計算機なしでこの予算を計算したのか?」

「綺麗な字だし、文もまとまってて読みやすい」


静まり返っていた彼らが急に喋り出す。私は褒められて少し嬉しくなってしまう。レオン王子や父にはこんなに褒められたことはなかった。レオン王子は目を丸くすることもあったが、それだけ。父に至っては、良くて『悪くはない』と言われるだけだった。どんなに努力しても私の案はそれ程度で頑張っても頑張っても報われないものなのか。そう思っていたが、こちらの国に来てやっと才能が開花したのかもしれない。とりあえず、足手まといにならなくてよかった。


「レティシアがどうしたんだ?」


ドアが開き、義理父さまが入ってくる。


「父さん、これを見てください」


彼が席を立ち上がると、義理父さまの方へ私が目を通した紙を持っていく。未完成な思いつきの案を国王様に見せるなんて失礼だと思い、私はルーカス様を止めようとする。


「……あの、それは、ただの思いつきなので」


「思いつき……か、レティは本当に素晴らしいよ!」


「えぇ、私達が一生考えても出せないような案を思いつきでとは……」

「……レティシア様がこの国に来てくれてよかった」

「殿下に今回ばかりは感謝しないと」


「ルーカスや補佐達がそんなに褒めるとは、気になるな」


そう言い、義理父さまは書類を手に取り、熟読する。私はどきどきしていたが、補佐の方々がこれでもかと言うくらい褒めてくださるので、どうしていいのかわからなくなる。


「……これは」


しばらくすると、国王様が口を開く。私は何を言われるかと、身構える。


「この程度か。まぁ、良い案だが期待してがっかりした」


父にそう言われたことを思い出す。義理父さまがそんなことを言う人だとは思っていないが、それでもやはり、長年の反射的なものはまだ身から離れていないようだ。父が口を開こうとするたび、こうして身構えていた。期待してなんて頼んだことはなかったのに、がっかりされるなんて……。彼から褒められるなど淡い期待は、あの結婚式に近づくにつれ消えていった。でも、がっかりされると正直心に刺さる。特に、義理父さまにはがっかりしてほしくない。


「……素晴らしい案だ、レティ、君が国王になった方がいいかもしれん」


義理父さまが顎に手を当て、真剣にそういうため、私は驚いて何も言えなかった。義理父さまの言葉が耳を通り抜け、一、二秒開けると、はっとし、否定する。


「……そんな、義理父さまのような国王様にはなれませんわ。……私には、人を導く才がありませんから……私は、ルーカス様の隣で……堂々としていられるようになるのが目標なので」


「……失礼ながら、才は溢れていますよ」

「国王様や殿下ほど人を導く才に溢れる人はいないと思っていたけれど、レティシア様も同等レベルですね」

「……いや、ルーカス様を従えるくらいだ、もっと上かもしれない」

「王妃様のように女性を従えることもできるかもしれないな」


「……レティ、僕だけを見てて。僕だけを導いて」


「……じゃあ、ルーカス様が国を治めるようになったら、私がルーカス様を導いて、国を良くしますね」


「うん! それならいいね」


「それって、殿下必要?」

「実質レティシア様が実権握ってるじゃん。それじゃあ今の王妃様と国王様と同じじゃないか」

「……結局、女性は強いな」

「ああ、怒らせちゃいけない」


私が彼らに微笑むと、彼らは目をそらす。


「レティ! 彼らに微笑んだの!? だめ、僕のレティなんだから」


「……わかってますよ。……私はあなたのものですから。……そういえば、私仕事に夢中になってしまって、ルーカス様のこと、あまり見れませんでした。……真剣なルーカス様をみたいです」


「ずっと見つめてていいからね! そのほうがレティがあいつらを見てるんじゃないかって不安になることもないし」


「ふふっそうですか」


「……レティシア、もうルーカスの扱いに馴れているんだね」


「……さぁ、なんのことでしょう」


「ありがとう。本当にレティシアは天使だ」


義理父さまがそう言うと、補佐官達も頭を大きく縦に振る。気づくと仕事を始めてから二時間ほど立っていた。あと一時間。かっこいいルーカス様を眺めつつ、手伝いを頑張ろう。

日をまたいでしまいました……小説書くスピードがかたつむり並に遅すぎて苦労してます( ・ ・̥ )


最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)

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作者のモチベーションがあがります!

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