第14話
「……ここが、王都ですか」
煌びやかな街にはこの間行った街と比べ物にならないくらい人や物がたくさんある。あの街に比べ、華やかなドレスやコートを着ている人が多い。馬車もたくさん走っている反面、衣服がぼろぼろの物乞いをする人もちらほら見える。向こうの国の王都より明らかに規模が大きいため、治めるのが大変なのだろうなと思う。ルーカス様を見ると真剣な表情をし、窓の外を見ている。
「これでも、以前よりはよくなった方なんだけどね。まだ、この国は貧富の差が激しいんだ。……自分が不甲斐ないよ。……でも、レティにはこれもちゃんと知っておいてほしい。……この国の王妃になってもらうつもりだから」
王妃……レオン王子と結婚すれば、王妃になることはわかっていた。そして私にはその道しかなかった。でも、私は王都をこんなにまじまじと見る機会はなかったため、王都がどんな風だったのか、全然わからない。毎日毎日スケジュールがびっしりの私は、視察など、したこともなかった。
知識ばかり豊富にはなったが、あのまま王妃になっていたら、平民のことなんか何も知らず国民を苦しめていたかもしれない。せっかくこの国でルーカス様とともに歩んでいくのなら───私は、ちゃんとこの国の人々と向き合っていきたい。以前の私ならこんなことを考えられなかっただろう。
「……ルーカス様、私がんばります」
私が膝にのせていたこぶしを握り締め、そう言うと、彼は目を細め頷く。
「僕も、レティがいれば頑張れる」
彼がこちらをまっすぐ見る。その顔の面持ちは、王族らしい威厳に満ちていて驚く。切なそうな顔や優しい顔、からかうような顔や、慌てる顔。そんな顔をたくさん見た。親しみ深くて忘れそうになっていたが、彼は次期国王なのだ。私も、王妃になったら、堂々とした姿で彼の隣に立てるだろうか。少し不安になる。でも───彼がいれば
私は彼に向かってほほ笑むと、彼も口元を緩める。すると、馬車が急に止まった。まだ街中で王城からは少し距離があるようだが、どうしたのだろう。
「レティ降りよう。レティと街を歩きたくて、王城の少し前で止めるように言ってあったんだ」
私は彼の手を取り、馬車を降りる。こうして馬車を乗り降りするのは何回目だろう。彼と会ってまだそんなに日が経っていないのに、当たり前……になっていることにほんのり胸が温かくなる。彼は体温が高いのか、いつも手が温かい。一方私は手が冷たい。彼は嫌じゃないだろうか。そんな風に思っている時だった。彼が繋いだ私の手を頬に寄せる。
「レティの手って冷たくて気持ちいいね。君を拾うまで……ずっとわからなかった。……ずっと、レティに触れてみたかった。王都に戻ってきて、僕は日常に戻るはずなのに、レティに触れられる。……まだ、夢なんじゃないかって思うんだよね」
「……夢じゃ……ないですよね?」
私もこうして他国の王都でルーカス様と歩くなんて、少し前だったら想像もしなかっただろう。いまだに、すべてが自分の妄想で、夢の中にいるんじゃないかと思うときもある。でも、こうして彼に触れているという感覚がある。
「ふふっ、レティまで……夢じゃない。僕はここにいる」
彼が私を抱きしめる。私も彼に身を任せていると、
「お、お熱いねえ」
「若いわねぇ。羨ましいわ」
「カップルが抱き合ってるぜ!」
近くにいた、お店の人々や遊びに来ていた子供達に見られていることに気づき恥ずかしくなる。顔を赤くし、彼を自分から離す。ルーカス様は少ししょげた様子をする。彼は周りの目を気にしてはいないようだ。
「あらら、彼氏さん、拒否られちゃったわねぇ」
「そりゃ、街中で抱きしめたらあの清純そうなお嬢さんは恥ずかしがるよ」
「ドンマイ、にいちゃん」
私たちの様子をがっつりと見られ、私はもっと赤くなる。私がうつむくと、
「レティ、そんなに恥ずかしがらないでよ。早く慣れてね」
と耳元で囁く。その様子を見てまた『やるわねぇ』とか『がんばれよ、にいちゃん』とか声をかけられる。彼は『もちろんですよ。溺愛してるんで』などと笑って返す。私が内向的なだけなのか、彼が特別コミュニケーション能力が高いのか……身分や年齢など関係なく軽口を叩き笑いあう姿を見て、すごいと感心する。
街の人々も彼に気安く話しかけている。この国は貴族と平民の距離がとても近いようだ。近いにしても……普通王子にこんなため口で話すのだろうか。彼らはルーカス王子だということに気づいていないのかもしれない。私が不思議に思っていると、
「……にいちゃん、どっかで見たことあるような……あっルーカス殿下に似てないか!?」
「ばかそんなわけないでしょ? 顔は確かに人間離れしてるし、髪色や瞳も……けど! 殿下は女性に冷徹な人だって噂だろ? これのどこが冷徹よ」
そういい、大笑いしている。……冷徹? 彼に一番似合わない言葉だと思う。
「……それは、どんな噂ですか?」
「レ、レティ!」
私は疑問に思い質問してしまったが、ルーカス様が慌てた様子を見せる。もしかして、知られたくないことだったのだろうか。
「お嬢さん、貴族なのに殿下のことを知らないのかい!? 若いお嬢さんはみんな殿下のお嫁さんになるのを夢見てるってのに!……そうだね。殿下はとにかく見た目がいい! 遠目から見たことがあるけど、神々しいったら……言葉にできないほどよ」
はい。それはとてもそう思います。私は頷きながら隣を見る。彼は頬を少し染めている。
「他にも、学園を首席で合格したり、騎士団長と互角に戦ったり、革命的な政策で災害の被害を抑えたり……あげればきりがない。ほんとに完璧な自慢の殿下さ! だから女性からの人気がすごいのよ。隣国の王女やら、男を侍らす公爵令嬢やら……だけどねぇ、どんなに美しい女性が寄ってきても一切なびかない。笑いかけることすらないらしいのよ。それに、女性を振るときは『僕は君に興味がない』ってばっさり。……ここだけの話だけど、そっち系の人なんじゃないかって言われてるのよ」
「……そっち?」
私が首をかしげる。
「レ、レティ! 違うからね!? 別に僕は男が好きなわけじゃないからね!?」
ルーカス様が慌てて小さい声でそういう。そっちとは女性じゃなくて男性を好きになる人を指すらしい。
「だから、お世継ぎが生まれるのか心配なのよ。お嬢ちゃんくらい可愛かったら彼も惚れちゃうかもしれないわねぇ。まあ、この彼氏さんがお嬢ちゃんを放っておかないだろうけどね」
「もちろんです。誰にも渡しません」
ルーカス様が話してくれたおば様にそういう。周りの冷やかす声が聞こえる。それにしても、ルーカス様が女性に笑うことすらないなんて……信じられない。彼はよく笑う。それに、興味がないなんてばっさり切り捨てるなんて……私にも興味がなくなってしまったらそんな風に言われてしまうのだろうか。彼の顔を不安そうに見る。
「僕の頭の中はレティでいっぱいなんだよ。今までも……これからも」
胸が締め付けられる。彼が自分のことだけを見てくれているのだとはっきり言ってくれて安心する。すると、彼がかばんから何か取り出す。取り出したのは真っ白のタオルだった。
「ほら、見て。今日もレティのものを持ってるんだよ。これは、レティが初めて別荘に来た時に使ったタオル。大きいタオルは君の体を拭いたから流石にミアに止められたんだけど……髪を拭いたこっちならぎりぎり許しが出たんだ!」
あったかくなった心が一瞬で冷たく変わる。……なぜ、そのタオルを今取り出す。さっきの発言だけでよかったのに。それ以上は要らなかった。……そして、ミアに感謝する。きっとルーカス様は、私の裸を包んだタオルをほ、欲しがった……のだろう。彼がそのタオルに触れていないことを願う。そういえば、ハンカチは、洗っていなかったと聞いた。私は恐る恐る口を開く……
「……そのタオル一回洗いましたよね?」
「……っ」
彼が言葉を詰まらせる。言葉にしなくても、その反応で分かる。……洗っていないと。私はそのタオルを彼の手からぶんどり半泣き状態で走る。
「……ルーカス様のばか!」
「待って、レティ!」
私が去っていくと、彼も私を追いかける。そんな私たちに『仲良くしろよ~』『また来てね』と街の人が声をかけたあと、時間を置き、彼らは顔を合わせる。
『ルーカス様!?』
しかし、レティとルーカスの耳にはそこ叫び声は届いていない。
私は、手にタオルを握り締め、走る。久しぶりにこんなに全力で走った。街を歩く予定だったからか、今日ミアが用意してくれていた靴はヒールがほぼなく、ドレスも動きやすいものだった。俊敏に人をよけて走っていく。ふと、タオルから香る微かな花の香りが鼻に留まる。それは自分の髪の毛と同じ匂いだった。私は、ため息をつく。その、一瞬下を向いたとき。私の不注意でどんと、人にぶつかってしまった。私はしりもちをつく。
「……す、すみません」
私が見上げると、前には黒のローブを身にまとった男が立っていた。彼はフードを深くかぶっていて顔がよく見えないが、三十代くらいだろうか。
「……ィ……ちゃん」
彼が何かを言ったように感じたが、私は聞こえなかった。彼は、私に手を差し伸べる。私がその手を握る。ごつごつした手のうちに傷がある。私の背になぜか悪寒が走る。そして、直観的に彼から離れなければならないと感じる。分からないが、がたがたと身体が震える。足が動かず立てない。そのうえ、手にうまく力が入らず彼から手を離すことができない。一方、彼は握る力を強める。彼の口元が一瞬見える。その口は不気味な笑みを浮かべる。
「会いに来てくれたんだね」
彼が私の耳の近くに顔を寄せ、そう言う。気持ち悪い。怖い。私は鳥肌が立つ。ルーカス様の安心する声とは違い、耳をふさぎたくなる声。不安と恐怖が押し寄せ、息ができなくなる。おかしい。今までこんなことなかったのに。冷汗がじんわりと額に浮かぶ。いやだ。……誰か……助けて。
「おい、その手を離せ」
ルーカス様がローブの男を睨み、男の手首を掴む。男の手がミシッと音を鳴らす。すると、男は私の手を離し手首をおさえ、ルーカス様を睨んだ。そして、そのまま逃げるように人影に紛れ消えた。
「レティ大丈夫!?」
彼は私の握っていたタオルで汗をぬぐう。彼が来てくれたのに、なかなか震えが収まらない。呼吸も安定しない。まだ、血の気が引いていく感じがする。違和感を覚える。明らかにおかしい。混乱する私を彼が包み込み、背中をさする。
「レティ、ゆっくり息を吐いて……吸って……吐いて、大丈夫。僕がいるから。……離れたりしてごめん。……大丈夫、大丈夫だから」
目をつむり、彼の安心する声だけに集中する。息が整ってくる。身体は少し震えるものの、だいぶ落ち着いた。あの男がまだ近くにいるかもしれない。早く王城に行きたい……安全なところに。
「……ルーカス様、もう大丈夫です」
そういい、立とうとしたとき、視界が真っ暗になる。
「……レティ!?」
そのまま、気を失ってしまった。
最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)
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