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第12話

「あぁ、レティが隣に……」


「いますよ」


彼はちらちらとこちらを見ては安心した様子をみせる。昨日、私たちが思いを伝え合ってから、彼はずっとこんな感じで、私が隣にいることを十秒に一回くらいのペースで確認している。そして、ときどき彼は声を漏らす。その感嘆に近い声に、私は突っ込むように声をかける。これが当たり前のようになってきている。彼も私も満足気に目を合わせ、目を細める。───幸せ。今なら、死んでも、お祖母様に顔向けできる。そんな気がする。とはいえ、私が死んだら彼も死んでしまうのだし、私も今は死にたくない。


私たちは今、御者の家に向かっている。御者は亡くなったお祖母様の弟なので、私の遠い親戚でもある。それは昨日知ったのだが。彼は私を幼い頃から気にかけてくれていた。それは、ただ私が可哀想という理由だけじゃなかったのかもしれない。彼のおかげで今、ルーカス様の隣にいられる。まぁ、ルーカス様のおかげで御者の家に行くことができ、ルーカス様が私を別荘に連れ去ろうとしていたことは御者も知らなかったようだけれど。


彼には、私がルーカス様と共に生きていきたいということを自分の口から言いたい。きっと、包丁を持ち出したことには気づいているだろうから、彼は私が死んでしまったと思っているかもしれない。彼は私が幸せにしている姿を見たら、喜んでくれる気がする。


「……レティ?」


ルーカス様が、不安そうな顔でこっちを見る。少し目を合わせなかっただけなのに、捨てられた子犬のように見つめるのはずるい。私は思わず口元が緩んでしまう。本当に、ルーカス様はかっこよくて、美しい。そのうえ可愛さまで習得して、どうしたいのだろう。


「……どこまで、私を惚れさせるつもりですか」


「ふふっ、レティの全てを僕に捧げてくれるまでかな」


彼が耳元でそう囁くと、私の顔が一気に赤くなる。ルーカス様の囁きほど、心臓に悪いものはない。彼はそれをわかったうえで私に囁いているのだろうか。そういえば、明日王都に戻るのだが、私は色々あって王都に戻ったらどうするのか聞いていなかった。


「……ル、ルーカス様、あの、私は王都に行ったら何をすればいいのでしょうか?」


「僕のそばにいて?」


「……ずっとそばにいます……って、そういうことじゃなくて! ……私はお金もないですし、ルーカス様の……こ、恋人……ではあるかもしれませんが……それだけではルーカス様のそばにずっといることはできません。……だから、何か仕事をいただけると嬉しいのですが」


「レティは何も心配しなくて大丈夫だよ。ふふっ恋人か……レティにそう言ってもらえると、すごく嬉しいな」


彼はほんのり頬を染め、口を隠す。そんな彼を見て、私も赤くなり俯く。お互いの思いを伝え合い、気持ちが通じたものの、私たちは些細なことで赤くなってしまうこと以外は、いつもと変わらなかった。だから、恋人なのか……正直わからなかったが、彼が否定せず、喜んでくれたので安心する。


普通、はよくわからないが、私たちは、出会ってからすでに距離が近かったのだと思う。だから、恋人になったからといって何か変わるわけでもない。考えてみれば、恋人でもないのに、上半身裸の彼に抱かれたり、彼の別荘に泊まらせてもらったり、お互い寝室を行き来したり、抱きしめられたまま眠ったり……破廉恥だな、と思い、また頬が熱くなってしまう。こんなことが母や父に知られたら……私は震える。婚約者のレオン王子ですら、一ミリ私に触れることさえ、彼らはを許さなかったのだから。


レアナには、触れていたなぁ。


レオン王子はあの日、レアナを抱きしめていた。本当に好きだと、触れてしまうらしい。私とルーカス様もそうだ。私はふふっと笑う。きっと今なら、彼らに心から『お幸せに』と言える。


「レティ」


彼が私の名前を呼ぶ。私は愛おしいものを見る目で彼を見つめる。彼が、私の頬に手をあてると、私はペットのように、頬を擦り寄せる。これをやるのは、何日ぶりだろう。私が彼を見つめると、彼の青い瞳が揺れる。私は彼から目が離せなくなる。彼が私にゆっくりと顔を近づける。私はゆっくり目を瞑った───


ガタンと馬車がゆれ、私ははっとし、目をあける。彼も、やってしまった。という顔をし、私の頬から手を離し、頭を抱える。耳が赤くなっている。……多分、キス……しようとしていたんだと思う。私も顔を熱くする。


「ご、ごめん。許可も得ず。……しようと思って、レティの頬に手を当てたわけじゃなかったんだけど……その、レティが可愛くて」


私は何も言えない。言えるわけがない。私も、期待してしまったのだから。


「……許可なんて、取らなくていいです。私は、身も心も、ルーカス様のものですから」


「……レティ、煽らないで」


ガチャという突然の音に、私たちは、ビクッとする。馬車がさっき揺れたのは目的地に着いたからだった。馬車が止まったことにすら私達は気づいていなかった。


……キスしてたら、危なかった。


ルーカス様の御者に見られていたかもしれない。ルーカス様をちらっと見ると、彼もどこか安心しているような気がする。


「着いたみたいだね。行こうか」


「……はい」


私たちは、馬車を降り、手を繋いで森の中を歩く。陽の光が木々の間からさす。小鳥が鳴く声と、木の葉の掠れる音が耳に留まる。冷たい風が頬を撫でる。この間ここに来たときは、こんなことを考えられるくらいの余裕がなかった。息をするので精一杯だった。こんなにも心地の良い場所だったのか。



ルーカス様が私の歩幅に会わせてゆっくり歩いてくれる。こういう些細なところからも、彼の優しさが伝わってくる。十五分位歩くと、青く光る湖が見えてきた。彼はこの間、そこそこ長い道のりを、水に濡れ重くなった私を抱えて歩いたのだと思うと、すごいと思う。


「……私、重かったですよね」


「ふふっ、レティを連れて去るためならなんだって出来るよ」


わたしはじっと彼を見る。今となっては、悪びれる様子はさらさらないようだ。


「……ちょうどこの位置だった。僕が見つけたのは」


この位置? 私が、首を傾げる。


「天使がいたんだ。白いドレスを身にまとい、光に照らされた、美しい女性がしゃがみ込み、水をすくっていた」


私はあのときの事だと理解する。そうか、彼は私が水の温度を確かめているときから見ていたのか。私があのときいた位置からちょうど真横より少し後ろの辺りだった。


「彼女は立ち上がったあと、結婚式のヴェールには相応しくない……鋭利な刃物をその中から出し始めた。そして、細い腕を震わせながら、それを持つ手をまっすぐ伸ばしていく。僕はその美しい所作と君自身に見惚れ、なかなか動けなかった。しかし、いきなり胸に刃物を突き刺そうとする君を見て、僕は急いでその手を振り払った」


彼だったのか……彼のおかげで私のウエディングドレスは真っ白のままだった。彼が私の手を振り払ったなんて、全く想定外だった。


「そのまま、君は湖に落ちてしまう。君の白い髪とウエディングドレスが、澄んだ青い水の中を揺れ惑うさまは、この世のものとは到底思えなかった。白や深い青の中に、君の赤い瞳が輝いているのが見える。しかし、その赤い瞳も目を閉じられ直に見えなくなってしまう。僕ははっとし、急いで湖に飛び込み君を湖から連れ出した。ふふっそして、君の第一声は……」


「死神さん?」

「死神さん?」


私たちの声が重なり、笑い合う。今考えれば可笑しいが、あのときは本気でそう思った。


「……だって、あなたが美しすぎて、この世のものとは思えなかったんです」


「ふふっ、天使と死神がこんなに仲良くしているなんて……不思議だね」


「……はい」


私たちは笑いながらそう言う。


「僕は、今まで君の声や表情を見たことがなかったから、あのあと、君がたくさん喋ってくれて、怒りを僕にぶつけてくれて、嬉しかったんだよ」


「……私は、あのとき、ルーカス様がそばにいてくれたから……僕のために生きてって言ってくれたから……今こうして生きています。本当にありがとうございます」


「感謝をするのは、僕の方だから。君もよくわかってるでしょ? 僕が君を手に入れたかったんだから」


そういえば、彼はいつから私のことを……手に入れたいと……思っていたのだろうか。結婚式に来たときだろうか。それとも、もっと前から?


「……ルーカス様は、いつから、私のことを?」


私が、彼を見つめると、ルーカス様は気まずそうに目をそらす。


「……いつか、話すよ」


「……今じゃだめなんですか?」


「本当のこと言ったら、レティに絶対引かれる」


「……連れ去ろうとした時点で十分引きました」


「……そうか」


彼は頭を抱える。私は彼を見て笑う。その時、


「……お嬢様?」

「姉様!?」

「……レティ」


後ろから一気に声をかけられ驚く。後ろを振り向くと、御者と……レアナとレオン王子がいる。御者は信じられないとでも言いたげな顔をする。私も同じような顔をしているだろう。なぜなら、レアナとレオン王子がここにいるだなんて、思いもしなかったからだ。


「……レティ、なんで君が笑ってるの」


レオン王子が私に近づく。彼の顔をみると、隈がすごく、少し痩せたようにも感じる。レアナもそうだ。遠目からでもわかる。いつものはつらつとした笑顔を向ける彼女とは到底思えない。


……なぜ? 私がいなくなって、幸せになったはずなのに。


レオン王子がルーカス様と手を繋いでいない、右腕の方をぎゅっと掴む。力が強く、彼の指が食い込む。痛い。……レアナは、なぜ止めないのだろう。彼女をみると、うっとりとした表情を浮かべ、虚ろな桃色の瞳はレオン王子ではなく……私の方を見ているようにみえる。


「レティに触るな」


ルーカス様がレオン王子の腕を振り払う。そして、私を庇うように抱きしめる。


「……なぜお前がレティと呼んでいる? レティは、僕のものなのに、なぜ触れている? 今まで僕は触れることも許されなかったのに……なぜお前は」


「……私が、愛しているからです、彼のことを」


普段温厚なレオン王子が、今まで見せたことのないような様子を見せる。姿はレオン王子だが、私の知っている彼とは性格や目つき顔つきがまるで違う。そんな彼に私はそう告げる。


「……レアナとレオン殿下もそうでしょ? あなた達が愛し合っているから、あのとき───」


「違うのです姉様、」


「何も聞きたくないわ。いいの。私、怒ってないの。今は本当に……心から、お幸せにって思ってる」


私はレアナとレオン王子を見て、笑顔でそう言う。二人は驚いた様子を見せる。そして、固まる。言い訳はしてほしくない。たしかに、結婚式であんなことを言われたのには腹が立った。もっと前に言ってくれればよかったのに。でも、あれがなかったら、ルーカス様と出会うことは出来なかった。私が、ルーカス様を見る。少し寂しいそうに彼は私を見ていたが、にこりとし、頷く。


「……実は、御者にこれを渡したくて来たんだ。本当はゆっくりあなたとは話をしたかったんだが……レアナ嬢と、レオン王子がいるのなら、別だ。手紙だけ渡して、帰ることにします」


ルーカス様が御者に手紙を渡す。ルーカス様が私から離れたとき、レオン王子が口を開く。


「……レティ、早く帰るぞ」


「……え?」


私はわからない。レオン王子が私の腕を強く引っ張り、マーティン家の馬車の方へ連れて行こうとする。私は抵抗するものの、彼の腕を掴む強さが強くなる一方だ。そこを、レアナがとめる。先程とは違い、透き通った瞳には、涙を浮かべている。


「姉様、早く逃げて。この人、おかしいんです。お願い。姉様! 私までおかしくなってしまう前に……」


「……おい、レアナ。お前も見たいだろ? レティを閉じ込めておきたいだろ? なのになぜ止めるんだ」


私は二人が何を言っているのかわからない。閉じ込める? 私は正気ではない、レオン王子の様子をみて、怖くなる。レオン王子はどんどん進んで行く。馬車は近くに止めてあり、彼はドアに手をかける。


……この中に入ったら、終わりだ。


私は掴まれている腕を捻るようにし、彼の腕から逃れる。勢いよく、後ろに倒れる私を、追ってきたルーカス様が支える。


「……レティに何をしてるんだ。一国の王子とはいえ、やっていいことと悪いことがあるだろ。無理やり連れ去ろうとするなんて」


「……レティは僕のものだ。お前には渡さない」


「……私は、レオン殿下のものではありません。ルーカス様のものです」


私ははっきりとそう言う。レオン王子の瞳が更に翳る。今にも人を殺してしまいそうなほど、その目には怒りが宿っている。


……どうして? レオン王子はレアナのことを愛しているのに


「レティ、帰ろう」


「……はい」


そう言うと、ルーカス様が私を抱き抱える。そして、そのままレオン王子達を背に走りだす。私の身は怖さで震えていたが、ルーカス様に抱かれ、少し落ちつく。


「待てぇ!」

「殿下、落ち着いてください」

「殿下!」


後ろを振り向くと、暴れ回るレオン王子をレアナと御者が必死に止めている。


……大丈夫かしら……私は、何も悪くないのよね


「レティは何も悪くないよ」


私の顔を見て、彼はそういう。わからない。なぜこうなったのか。レオン王子とレアナは幸せになった……わけではなかったようだ。それに、レオン王子のあんな姿は今まで見たことがなかった。私が彼を知らなかっただけなのだろうか。レアナのあの翳った瞳や、ぼーっとした様子も。


「……僕も、レティがいなかったら……彼らのようになっていたのかな」


ルーカス様がそう呟いたあと、私の額にキスをする。私は初めてそんなことされ、考えていたことが吹き飛んでしまった。そして頬が照る。今は彼の腕の中にいることだけでいい。それ以外は、考えなくていい。私は彼に身を任せ、馬車に向かった。

最後まで読んでくださりありがとうございます(*´꒳`*)

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