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第11話

レアナ視点です

「あぁ、レティ……どこにいるんだ」

「……あの子に何かあったらどうしましょう」

「僕、もう一度、レティを探しに行ってきます」


姉様が帰ってこない。結婚式から、十日がたった。……しかし、彼女はどこを探してもいない。彼女を見たという情報も全くない。お金も持たず、ウエディングドレスのまま消えた彼女がこんなにも見つからないのは明らかにおかしい。彼女の美しい容姿なら……誰かに連れ去られているかもしれない。でも、とても強い彼女を連れ去ることが出来る人間など、この国にはいないだろう。他国の者だろうか……いや、誰も結婚破棄を予想していなかったはずだ。他国の強者がたまたま彼女を連れ去ったというのはおかしい。やはり、彼女はもう───それは考えたくない。兄と父は仕事を放り出し、姉様を探し続けている。母は毎日泣いて、食事が喉を通らない。


こんなに姉様のことを愛していたなら、なぜ───


私は、スープを一口だけ口に含み、夕食を終える。そして、姉様の部屋に行く。静まり返った彼女の部屋は、簡素で物が少ない。彼女は物欲もなかった。部屋にあるのは誰かから与えられたものだけ。私は彼女の部屋の窓を開ける。……彼女は毎日こんな寂しい夜を一人で過ごしていたのだろうか。


「……姉様」


月をぼーっと眺める。雲が薄くかかり、今にも暗闇に消えてしまいそうなほんのり光を放つ月。私の心は暗くなる。どうせなら、綺麗な満月を見たかった。そしたら、少しは心も晴れたかもしれないのに。


あの日から、私の心は壊れつつある、なんとか保っているが……いつ壊れてもおかしくない。彼はすぐに壊れてしまった。いや、きっともともと、壊れかけていたんだろう。あんな提案をするくらいだ。あの日、姉様が結婚しようがしまいが彼は壊れていた。


「……姉様は、幸せになってはいけなかったのかしら」


私は、姉様が幸せになれるなら、それでよかった。それなのに───


「……ごめんなさい、姉様」





***





姉様の結婚式前日のことだった。レオン王子に私は呼び出された。彼とはそこそこ仲が良かった。なぜなら───彼も私も姉様のことが大好きだったから。




マーティン家では暗黙のルールがある。それは、姉様を決して褒めてはいけないということ。私はそれが何故かわからなかった。私が小さい頃からそうだった。父も母も兄も私も彼女がいないところでは、彼女を褒めまくる。


「レティは本当に可愛いな」

「また一番だって、レティは天才だな」

「あの美しい所作、レティは本当に綺麗なのよ」

「レティは本当に優しい子だ、怪我した小鳥を助けたんだぞ」

「剣技で騎士に勝ったんだ! 見せてやりたかったよ、あの動き、天使が舞っているかと思った」

「レティのダンスを見た? 王子相手にしか踊らせてあげられないのが本当に可哀想だわ」


どうして直接言わないのだろう。私は姉様の人形のように美しく……無表情な顔を思い出す。姉様が笑ったり、怒ったりする顔を私は見たことがない。彼女は表情はいつも変わらない。……私達家族がそうさせているから。威圧的な態度で、どんなに彼女が偉業を成しても、彼女の前では絶対に褒めたり喜んだりしない。


小さいとき、私は姉様に直接可愛いと言ったり、自慢の姉だと喜んだりしていた。でも、家族がそれを見つけると、あとから叱られる。何故だめなのかと聞いても、彼らは口を閉ざし、けっして理由を言わない。


人形のような姉様が一度だけ───泣いている姿を見たことがある。彼女の部屋のドアがたまたま開いていた。こっそり覗くと月明かりに照らされた彼女の顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。声を抑え、苦しそうに泣く彼女をみて私も泣いてしまった。しかし、私は慰めてあげることなどできない。だって、私達が彼女を苦しめているのだから。 





「……頼みたいことがあるんだ」


レオン王子の真剣な目を見て、私は姉様に関係することだと理解する。彼は姉様の許婚で、幼い頃から彼女を愛している。しかし、彼も彼女を過剰に褒めることは出来ない。彼の両親に強くそう言われているそうだ。そして、彼もその理由は教えてもらえなかった。彼は褒めることはできないものの、姉様に優しく接することができる唯一の相手だった。


「明日、レティが僕を愛しているのか確かめたいんだ」


「どういうことですか?」


「……レティは、感情を表に出さない。だから、わからないんだ。彼女が僕を愛しているのか。彼女は今日まで何も言わなかった。嫌だとも、嫌じゃないとも。そして僕も、彼女に愛していると言えなかった。明日結婚したら、僕達は初夜を迎えることになる。彼女のことだ、きっと僕を愛していなくても僕を受け入れてくれるだろう。……でも、僕は、レティと結婚したら、きっと抑えられなくなる。彼女が僕を愛していないのなら、僕は……彼女を苦しめることしかできなくなる。幸せにしてあげられない。それが、怖いんだ」


彼は苦しそうにそう言う。姉様は、きっと殿下のことが好きだ。他の人と話すときよりも、殿下と話すときは微かに顔つきが柔らかくなる。殿下からの手紙が届くと、口角がすこし上がる。……それに、彼女は気づいていないのだろうが、殿下を見つけると目で追っているときがある。私は、姉様と殿下が両思いであることを知っていた。


だから、彼の話に乗った。まず、殿下が姉様と結婚する気がないといい、私のことを愛していると嘘をつく。そして、殿下が私と結婚したいと言う。そこまですれば、彼女は何かしら、表情を変えるだろうと思った。愛しているとまでは言わなくても、怒ったり、泣いて殿下と結婚したいと縋ったりするだろう。そう思っていたのだ。彼女が何かしらの反応を見せたら、私たちは彼女のもとへ行って、ネタばらしをする。そして、殿下がちゃんと彼女に思いを伝える。


そのはずだった───


結婚式当日。私達が実行は移す。


……お願い。お願いだから、姉様、素直になって


そんな思いでいっぱいだった。彼女が彼を愛していることはわかっていたから。


「……異論はあるか? レティシア」


彼の声が響く。異論を言って。お願いだから。姉様は肩が震えている。怒っているのだろうか。泣いているのだろうか。沈黙が続き、彼女は何も言わない。彼と目を合わせる。作戦は失敗だ。彼も私も見ているのが辛くなって、これ以上我慢はできなかった。私があとで二人の仲介をして、思いを伝え合えばいい。───ごめんなさい、姉様嘘よ。そう言おうとしたとき、


「どうぞ……お幸せに」


そう言い顔を上げる姉様の赤い瞳は涙で潤むものの、目を細め、切なく笑っていた。唇は微かに震えていて、頬はほんのり赤くなっている。ヴェールで透けたものだったが、とても美しかった。彼女のそんな表情を今まで見たことない私達は、彼女の姿に心を奪われる。


……綺麗。


そして、姉様は私達に背を向け、走り去っていく。私達が我にかえり、はっとしたとき、彼女はすでにドアに手をかけ、扉を開いた。私と殿下が彼女を追いかけようとしたとき、父と兄が私たちに剣を向ける。今まで見たことないくらい、冷たく蔑むような目でこちらを見る彼らは怒りで我を失いかけている。


「……どういうことだ」

「……お前がレティを」


兄は私に、父は殿下に剣を向ける。異様な雰囲気が教会の中を漂う。少しでも動けば首が切れそうだったが、私は怖いとは思わなかった。そんなことよりも、誤解を解くほうがずっと大事だった。私がそのまま姉様を追うため進もうとすると、兄は剣をおろし、すばやく私の腕を後ろに回し動けないようにする。そして、床に押さえつける。父は殿下を斬ろうとしたが、母がそれを止め、殿下も床に押さえつけられた。


私は、姉様のことを何もわかっていなかった。姉様は、私たちが愛し合っていると言ったら、たとえ、殿下のことが好きだとしても『お幸せに』と言えるくらい優しい人だったのだ。私は後悔でいっぱいになる。今すぐに姉様を追いかけなければ。そう思うものの、兄の力が強くて逃れることができない。


自分で結婚式をぶち壊したのはわかっているが、父も兄も、私たちのことなど放っておいて、姉様のところへ行くべきではないのか。そんなふうに思う。そんな中、私の目に入ったのは、黒いローブを着た男が姉様が出ていったドアから飛び出して行く姿だった。


……彼が、一番姉様にふさわしいのかもしれないわね。


この場の誰よりも姉様のことを思っているのだろう。姉様の友人だろうか。お願いだから、彼女を助けて。ここにいるマーティン家の人間も、殿下も、きっと彼女を幸せにはできない。……たとえ、どれだけ愛していても。




***




「……ねぇ、姉様、今あなたはどうしているの?」


あの日からあの笑顔が忘れられない。あの、切なく笑う顔が脳裏をちらつく。彼もそう。あの笑顔に魅入られてしまった。結婚式が終わり、私たちは酷く怒られた。……でも、もう一度やり直せるとしても、きっと私たちは同じ選択をする。だって、あの悲しそうな笑顔は、彼女が私達に向けた……唯一の表情だから。彼は彼女の幸せを願っていた。しかし、今は彼女が自分を愛していなくても、何とかして手に入れるとまで、言い出している。


父と兄は『あいつにレティを渡すくらいなら、この国を捨て、どこか遠い国の平民になってみんなで暮らそう』そう言っている。しかし、母は『……彼は、国外追放になったのよ。他の国は危険だわ。レティのためを思うのなら……あの男と結婚させるのが一番なのよ……』俯きそう言う。私は、どうして母がこんなことを言うのかよくわからない。彼らはときどき、こんなふうに私がわからない話をする。しかし、何度詳しく聞こうとしても、彼らは話してくれなかった。


国王様や、王妃様は姉様のことを酷く気に入っている。殿下と私がしたことは彼らも怒ったが、姉様とレオン王子を結婚させるという意志は固まっているようだ。彼は……壊れてしまったのに。彼らは彼女を何とか見つけるため、騎士を動かし、探し回っているそうだ。見つかったら、姉様はきっと王城から出られなくなる。


「……姉様、逃げて」


公爵家からも、殿下からも、ここにいたら、あなたは幸せになれないから。


私はふと、彼女の机に置いてあった写真が目にはいる。そこには、お祖母様と姉様が映っている写真が飾られていた。お祖母様も白髪に赤い瞳。笑顔で笑っている二人はとても幸せそうだ。私はそんなにお祖母様と会ったことはないが、優しい人だった。五十代でも、しわ一つない白い肌に、凛とした姿。とても美しかった。お祖母様がなくなる前、姉様は頻繁にお祖母様の家へ遊びに行っていた。あの家に向かうときだけは、姉様が楽しそうだったのを思い出す。


もしかして……お祖母様の家にいるのでは?


私はそう思った。理由がはっきりとあるわけではないのだが、不思議とそう感じた。私は、明日御者に頼んで連れて行ってもらおうと思い、姉様の部屋から出ようと窓を閉めたとき、


「……レティがどこにいるかわかった?」


聞き覚えのある声が聞こえる。病んで、姉様のことしか考えられなくなってしまった、彼の声だ。


「……わかりません」


「本当に? 今、少し声が震えたよね。……ねぇ、君も僕と同じだよね? 君だけだよ……僕の気持ちがわかるのは。あの日、僕たちだけが、あの……美しいレティを見ることを許された」


ゆっくりと左の口角を不気味に上げた殿下が姉様の部屋に入ってくる。そして、私がさっきまで見ていた写真を手に取る。


「……なんだ、この写真。なんでレティが笑ってるの? 僕の前では、あの悲しそうな笑みしか浮かべたことがないのに」


冷たい声色で、そう言うと、彼は手に持っていた写真を思いっきり床に投げつける。ガシャンという音がして、写真立てのガラスが割れ、周囲に飛び散る。


「……君も、レティのあの表情をまた見たいよね? 僕は、レティを取り戻したら、僕の近くに閉じ込めて置きたいな。誰にも会わせないで、僕だけのものにするんだ。……でも、レアナ、君には時々会わせてあげるよ。君も、あの時の彼女をもう一度見たいだろ?」


……見たい。


でも、あの表情をみるには、姉様を傷つけなければならない。自分の身勝手で彼女を傷つけることは……もう、したくない。姉様には、幸せになってほしい。そう思うのに……ふとした瞬間、彼女のあの表情をどうしても見たい衝動に駆られる。


あぁ、私も、おかしくなってきているのね。


私は殿下のようにならないため、必死に理性を保ち続けていたけれど……もし、彼女に会ったら、私はちゃんと謝れるだろうか。真実を言えるだろうか。……酷い言葉を浴びせ、また、傷つけたいなんて、思わないでいられるだろうか。家族なのに、大切な姉様なのに。私は歪な想いを抱き、苦しくなる。


「ねぇ、一緒にレティを迎えに行こう。そして、僕達のものにしようよ」


彼は私の耳元で、悪魔のように囁く。


「えぇ」


私は知らぬ間にそう言っていた。殿下は目を細め、口角をあげる。……私たちはもう、彼女を苦しめた共犯者なのだ。そしてあの日、彼女に魅惑されてしまった。忘れられない。


───もう一度


「……明日、朝またここに来る。朝一で行こう。彼女のもとへ」


確証はなかったが、なぜか、彼女と会える気がする。そして、心が踊る。早く姉様に会いたい。早く───あの表情を。私はゆっくりと口角を上げる。そんな私をみて、彼が笑い、部屋から出ていく。そのとき、私は割れたガラスと写真が目に入り、はっとする。我にかえり、どくどくと脈が早くなる。


「……私は、何てことを考えていたの」


怖い。殿下といると、自分の黒い心が溢れ出てしまう。私は写真を拾い上げ、そっとポケットにしまう。この写真があれば、姉様を傷つけたくない。幸せにしてあげたい。という思いを忘れずにいられる気がした。


「……姉様。どうか、無事でいてください」


そして、明日彼女と会えませんように

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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