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第10話

会話多めです。

身体が重い。目を覚ますと、私は彼の腕の中にいた。


……っ


言葉にならないほどの美しさ。目の前にルーカス様の寝顔があった。目と鼻の先にある彼の顔に私は頬を赤らめる。陶器のように白い肌に、ふっくらとした唇、長いまつげ、筋の通った鼻にかかっていた黒髪がさらっとおちる。普段はきっちりとした服装だが、ラフな服は首元がかなりゆるく作られていて、少しはだけた彼から色気が漂っている。


「……ん、ん」


彼の唇が動くと、小さく声が漏れる。ゆっくり彼の目が開く。青い瞳が露わになる。そのまま彼は私と目が合う。私が笑顔を見せると、彼も笑顔になる。彼はまだ眠いのか、もう一度目を閉じる。一、二秒すると、


「レティ!?」


と叫び、彼が勢いよく起き上がる。


「……はい」


私は返事をし、ゆっくり起き上がる。彼が驚き、顔を真っ赤にする。彼は昨日寝ぼけていたため、もしかしたら……昨日のことは覚えていないのかもしれない。昨日───私はドアを背に迫られたことや、押し倒されたことを思い出し、顔を真っ赤にする。二人で顔を真っ赤にしたまま、目を合わせることなく、静かにしていると、ルーカス様の部屋のドアが開く。


「おはようございます。殿下……っ」


彼の執事が入ってきた。と思ったら、ドアを閉じる。そして、廊下が騒がしくなる。彼が何やら叫んでいる。「殿下がついにやったぞ!」彼はバタバタと走りながら去っていった。


「あいつ! 絶対誤解してる。……ごめんね、レティ。……本物のレティだよね」


「……はい」


「……えっと、昨日のも、本物のレティなんだよね」


「……はい」


「……その、本当にごめん」


どうやら彼は全部覚えているようだ。さっきよりもさらに、顔を赤くして、今にも沸騰しそうな勢いだ。彼は頭を抱える。また沈黙になる。すると、またドアが開く。今度はかなり勢いよく開いた。


「……殿下ぁ、よくも、お嬢様を」


現れたのはミアだった。彼女は他の侍女二人に止められながらも、部屋に入ってくる。そして、ルーカス様の赤い顔をみて、鬼の形相を浮かべる。今にも殴りかかっていきそうだ。私は急いでルーカス様の前へ行き、両手を広げる。


「……私から、この部屋に来たんです」


「え?」


ミアは止まる。そして、隣の侍女二人は頬に手を当て、きゃっきゃと騒いでいる。


「……同意の上で……と言うことですか?」


「……レティ、まって、ミアは何か誤解して……」


「はい」


ルーカス殿下が何か言おうとしたが、私は答える。私からこの部屋に入ったのだ。彼は何も悪くない。私はよく眠れたし、彼も落ち着いて眠れたようでよかった。


「……っ、そうだったんですね。お嬢様も、殿下のことが……っ殿下、よかったですね」


ミアがそう言うと、目を潤ませる。侍女二人もうんうん、と頭を縦にふる。私は首を傾げる。ルーカス様の寝不足を心配していたのだろうか。使用人に愛されているのだな、と思う。たしかに、彼の目の下の隈は完全に消えている。私はほっとする。


「お嬢様、殿下、お疲れでしょうから、二人でゆっくりしてください。初夜の翌朝に割り込んでしまうなど、本当に申し訳ありません。てっきり拗らせた殿下がお嬢様を無理やり襲ったのかと思いまして……料理人も大変喜んで、朝食を作り直すそうなので、ゆっくり休んでから居間へ来てくださいね。では」


ミアと侍女二人はお辞儀をし、急いで帰っていった。……初夜? 襲った? 私はやっと意味を理解し、顔を赤くする。誤解を解こうにも、ミアはもう行ってしまった。


「……その、僕の記憶が正しければ、一線は超えてないよね?」


私はこくりと頷く。彼は息を吐き、安心するが、また、頭を抱えてる。


「……あぁ、もう、僕は、何てことを……レティに。怖かったよね? その、まさかレティが僕の部屋に入ってくるなんて、思ってもみなくて。あぁ、もう、どうしよう。僕、嫌われたよね」


彼はこの世の終わりかのような表情をし、落ち込む。私は嫌ってなんかいない。むしろ、私が嫌われているのだと思っていた。でも、昨日のおかげでそうではないとわかった。


「……私は、ルーカス様を嫌いになんてなりません」


「でも、僕は君に酷いことをしようとして……レティを泣かせた」


たしかに、あのときは、戸惑って。彼に触られること自体は嫌ではなかった。でも……彼が私のことを恋愛的に好きなわけではないことはわかっているから、嫌だと思ってしまった。


「……いきなり泣いて、すみませんでした。……もとはといえば、私がルーカス様の部屋に入ったのが悪いんです。その……ルーカス様は男性ですし、別荘にきてから……そ、そういう行為もされていないでしょうから ……溜まっていたんですよね。……私こそ、ルーカス様のものなのに、止めてしまうなど、」


「まって、レティ、何か誤解してない? 僕は誰にでもあんなことするわけじゃないし、別に溜まってないからね」


「……え、でも、その、昨日は」


「……その、僕は、レティだから押し倒してしまったわけで、いや、レティだけど、レティじゃないと思ってというか……あんなこと、するつもりはなかったんだ」


「……わかってます。……ルーカス様が私を恋愛的な意味で見ていないことは……だから、私も止めたんです」


「え?」


彼が固まる。私は首を傾げる。何か変なことを言っただろうか。彼は私の両腕を掴む。そして、真剣な表情で私を見る。


「……レティ、レティは昨日、僕のことが嫌だったから止めたんだよね?」


私は首を横に振る。


「……え、じゃあ、なんで……」


「……ルーカス様が、私のことを、恋愛的な意味で好き……だというわけじゃないのに……身体を許すのは、嫌だと……思ってしまっ……たん……です」


私は何故か、胸が苦しくなり、涙が出てきてしまった。きっと、彼は私を面倒くさい人間だと思うだろう。彼のものなのに、彼に恋愛的な意味で好きになってもらいたい。そう思っている私を。私は、敬愛や、親愛という意味で彼のことが好きなのだと思っていた。しかし、いつの間にか、彼のことを男性としても、好きになってしまったようだ。


「……レティ、僕は、君のことを恋愛的な意味で……つまり、女性としてずっと好きだった。愛している。そうじゃなきゃ、あんなことしない。……でも、君は僕のことをそうは思っていないから、僕は……君を傷つけることはしたくなかったんだ」


彼が切ないような、寂しいような表情を浮かべる。私は、彼が自分のことを女性として好きだと、愛していると言われ、驚き涙がとまる。しかし、彼が、私を───そう思ったら、嬉しいのに、また涙が溢れてくる。


「……私も、ルーカス様のことを、男性として好きです。愛しています」


「……レティ、合わせなくていいんだよ。僕がそう言ったからって、同じように真似しなくていいんだ」


「違います! ……本当に、好きなんです。……あなたのことが、初めは敬愛や親愛だと思ってました。……あなたが、助けてくれたから、私にはあなたしかいなかったから……でも、今は違うんです……私もびっくりしたんです。……あなたに触られることは嫌じゃなかった……のに、ルーカス様も私のことを好きじゃなきゃ嫌だって思っちゃったんです。我儘で……ごめんなさい」 


「……レティ」


彼は泣きじゃくる私を抱きしめる。私は彼の胸の中で涙を流す。湖で助けてもらった日以来だ。こんなに泣いたのは。ルーカス様の前では情けない姿ばかり見せている。でも、私も彼の前だからこそ、こんな姿になれるのだと思う。


「……レティに言わなきゃいけないことがあるんだ」


私は、何を伝えられるのかと、どきどきする。彼の青い瞳がじっと見つめる。


「君の、その首にある……キスマーク、僕が付けたんだ。君が、寝ている間に……ごめん」


「はい、知ってます。……起きてましたから」


「え」


なんだ、そのことか、と私はほっとする。彼が、真剣な面持ちになったから、もっと重要なことかと思った。しかし、私とは反対に彼の顔の血の気が引いてゆく。


「……知ってたの。というか、起きてたの!? ごめん、僕が痛くしたからだよね……」


「……えっと、実は、あの日なかなか寝付けなくて……ルーカス様が、入ってきたときから起きてました」


「え!? ……じゃあ、話の内容も聞いてた?」


「……はい」


「……ねぇ、レティ、僕、死んでもいいかな?」


「だめです」


彼は呆然とし、そう言う。私は少し可笑しくなってきてしまう。彼のこんな姿は初めてみるからだ。なんだか、とても嬉しい。


「……レティ、僕は酷いことをしたのに君は許すの?」


「……私は、酷いことをされてはいません。……これは、ルーカス様のものという証なので、私は嬉しかったです。……それよりも、私はルーカス様に避けられるほうがずっとずっと、悲しかった」


私は俯く。彼は申し訳なさそうにする。彼が忙しかったのはわかるが、私は彼と一緒にいられなくて、怖い夢を見るくらい、悲しかったのだ。


「……ごめん。その、レティに酷いことをした罪悪感で……合わせる顔がなかったんだ。それに、君を見ていると、自分の欲がどんどん溢れてきて、レティを傷つけてしまうんじゃないかって、怖かった」


「……ルーカス様に避けられるくらいなら、傷つけられる方がいいです」


そう言うと、彼は私の腕を掴む。力がだいぶ入っていて、少し痛い。


「……レティ、そういうことを言わないでくれ、お願いだから、僕を煽らないで。君が僕と同じ気持ちだとわかってしまったから、これ以上煽られると、止められなくなる」


「……止められなくなってもいいですよ?」


「……レティ、君は……こんなこと、他の誰かに言ったらだめだよ?」


「……ルーカス様にしかいいません」


「僕は心配だ。他の男を煽って君が、危険に晒されたりしたら……」


「相手の腕をへし折ります」


ルーカス様は、止まる。もしかして、怖くなってしまったのだろうか。ルーカス様の腕を折ったりはしないのに。


「……君のこの細い腕で、男の腕が折れるのか?」


「……はい。……私は父と兄についで国で三番目に強いんです。学園の剣技の大会でも一番になりました。……なので、それなりに、力もあるんです」


「……そういえば、剣技の大会で一位だったと聞いたな。留学する前に大会が終わってしまったから、僕は見れなかったけれど……」


彼がしゅんとする。ちょっと可愛い。今度彼と剣を交えてみたい。彼は私よりも力が強いし、普段の姿勢や身のこなしを見るだけでも、強いことがわかる。父や兄と同等か、それ以上だと思われる。


「……私が本当にルーカス様を拒絶していたら、王子様とはいえ、気絶させていましたね」


「あはは、それは怖いな」


私が、真顔でそういうと、彼は怖がるふりをする。そして、二人で笑いあう。私たちの視線が交わる。


「……そうだ、レティ、明日なんだけど、君の叔祖父様の家に行こうと思うんだ」


叔祖父様の家? そもそも私は叔祖父様が誰なのかわからない。私が考え込んでいると、


「……えっと、君のお祖母様の弟さん、マーティン家の御者。君はあの人の家にいたんだよね」


私は驚く。マーティン家の御者である彼がお祖母様の弟であること。ルーカス様がなぜかそれを知っていること。そして、ルーカス様は私があそこにいたことを知っていた。全てに驚く。


「……ルーカス様は、偶然私を助けて下さったわけではないのですか?」


彼は悪戯な笑みを浮かべる。


「……あの御者が一人でウエディングドレスドレスをきた君をあの家のベッドまで運べると思う?」


たしかに、ウエディングドレスはかなりの重さだった。私でもあれを纏って歩くのはかなり大変だったのだ。それを六十代の、ましてや騎士でもない御者が運ぶのは無理があるだろう。……ということは。


「……ルーカス様が運んだ、ということですか?」


彼は私に向かって笑顔になる。


「式の途中に出ていった君を追いかけると、御者の前で気を失ったから、彼と相談して彼の家に運んだんだ。その後、どうなったか見にいったら君が死にそうになっていたからそこを助けた。彼はきっと君を心配しているだろうから、彼の家に行ってから王都に帰ろうかなって思うんだ。彼に渡したいものもあるし」


なるほど、と思う。運命……とか考えていたが、必然だったわけだ。


「……あの、ルーカス様、あなたの婚約者は、一体どうされたのですか?」


私がずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。


「婚約者なんていたことないよ?」


「……でも、クローゼットにあったドレスは、婚約者の方のものじゃないのですか?」


「あれは、レティのために用意したんだよ?」


彼がそう言う。しかし、それだとおかしい。彼は私の様子を見に来た日、用意していたドレスを持ってきていなかった。私のために用意したならあの日持ってくるはずだ。それに、御者は私をすぐに公爵家に返すつもりでいたはずなのに、彼は何着もドレスを用意していた。それも、青と黒のドレスを。私は違和感を覚える。


私が不審そうに彼を見ると、彼はにこっと笑う。私は口を開き、真相を確かめる。


「……もしかして、あの日、私が自殺しようとしていなくても、私をここに連れてくるつもりだったんじゃ」


「そろそろ、朝食を食べに行こうか」


「……ルーカス様?」


「レティ、いつまでネグリジェでいるつもり? 僕を誘惑してるの?」


「……ルーカ」


「あっそうだ、レティ、新しいドレスが届いたんだよ。見てみる?」


私はため息をつく。彼にはしてやられた感じがする。私は見事に彼の罠にハマってしまったようだ。私はあれだけ辛かったのに……しかし、彼も罪悪感があったのだと思う。ときどき見せる傷ついたような表情が今となっては理解できる。それに……私が、死のうとしていたことまでは彼もわからなかったはずだ。助けてくれたことには変わりない。なにより、もう彼のことを好きになってしまったのだ。


「……レティ? 怒ってる?」


「……怒ってますよ。ばか」


そう言うと、彼は照れくさそうに笑った。

今回、完結みたいな雰囲気ですが、まだ続きます。次回はレアナ視点です!



最後まで読んでくださりありがとうございます。

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