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五話 宵街の女達~4~

  かくして、あの騒動から三日ほど経った頃傷の癒えた俺と英美さんは、[クラブ皐月]に完全復帰を果たすのだった。 

 時、まさにバブル全盛期の中、[クラブ皐月]は大繁盛だったため一時は従業員の増員を考え募集をかけたのだが、中々思うような人材は集まらず、入って来たのは、宮村真希という十八歳の少女と中原リカというキャバクラ上がりの十九歳の女の二人だけだった。

 当時俺は、この[クラブ皐月]の経営にかなり深く組み込まれており、従業員の配置管理から教育全般を任されていて、オーナーに当たる皐月さんと同等の権限を与えられていたのだが、この店で最年少の俺の言うことなど数々の水商売を経験して来た猛者達が聞いてくれるはずもなく、店の年長者である英美さんを始めとする立ち上げ当初からのスタッフやそのすぐ後から入った文香さん、百合子さん、さらに百合子さんの実妹に当たる紗子さんが全面的にバックアップしてくれた事により、従業員一同、一枚岩の結束の元動き出すはずだったのだが、中原リカの素行の悪さが浮き彫りとなり、波乱含みの再スタートとなるのだった。


「あたし、こんなガキんちょの言う事聞くのいやよ」


 開店前のミーティング、俺の入る前はフロアの従業員を一手に引き受けていた英美さんが、決起表明のような挨拶をした直後、奴は一つにまとまる事を最初から否定してきたのである。


「そんなに俺達の輪になじめないなら、悪いけど他あたってくれねぇかな?あんたのわがままに構ってられるほど俺達は暇じゃないんでね……」


 彼女の暴言に一時店内がざわめいたが、最初から彼女の事など眼中になかった俺は、無感情に彼女を見据えて言った。


「はぁあ?何それ、その言い方ひどくない?それに、あんたみたいなガキんちょに何の因果があってそんな風に言われなきゃなんないわけぇ?」


 最初から彼女の事を諦めて見ていた俺からすれば、うんざりするくらいのおざなりな言葉が返ってくるのだった。


「……あんたぁ誰に向かって物ゆうてんのかぁわかってへんみたいじゃねぇ……この子がダメじゃゆうた時点でこんなぁはこの店では使い物にならんゆうことじゃ。諦めて他探しんしゃいやぁ。これ以上ぅこの子に暴言吐くんじゃったらぁウチ等ぁかて黙ってへんでぇ……」


 彼女の二度目の暴言の後、俺と彼女のやりとりを静観していた英美さんが低く威圧感のある声色で彼女を睨みつけるように言った。


「もう何なのよぉこの店は、あんた達じゃ話しにもなりゃしない。ママと、店の経営者と話しさせなさいよ!」


 やはりというべきか、当然というべきか、この女俺だけにとどまらず、この店最年長従業員の英美さんにまで暴言を吐く始末だった。


「……ちぃっとお行儀悪ぅないか?あんたぁ?錦のキャバクラナンバーワンホステスの肩書きが泣いてんでぇウチの店ではこの子が流儀や。この子がダメやゆうんやったらダメなんやろなぁ……せやけどまぁせっかくウチとこ来てくれたんやぁちぃっと気張ってみなはれやぁ……ウチが言いたいんはそれだけやぁ……」


 俺だけならまだしも、最年長従業員の英美さんにまで暴言を吐いたリカを殺気だった目で見る俺達を見かねてか、皐月さんが一瞬だけリカの目を見据えて言った。


「わかりましたぁ……あたし、この人達と一緒なんていうのは絶対嫌なんで、あたしはあたしのやり方で頑張らせてもらいますぅ……」


 再三にわたる彼女の暴言に、全員が一瞬だけいらついたのだが、俺と皐月さんは呆れて肩をすくめるだけだった。

 当然なのだが、彼女の素行不良はとまらずその矛先は一見温和しそうに見える水商売修行中の舞原姉妹の姉、百合子さんに向いたのだが、彼女の性格の認識不足から百合子さんの逆鱗に触れてしまい、痛手を受けたのはリカの方だった。

 しかし、それはあまりに一瞬の事で止めようと思えば止めれたのだがブチ切れた百合子さんを止める者は一人もおらず、店のバックヤードで起きたこの騒ぎは頃合いを見計らい俺が二人を引き離すのだった。


「裕さん、素性を隠していて申し訳ありませんでした。事実あたしはあなたの優しさと熱意に甘えていたのかもしれません。あたしが過去に愚連隊に属していた事など話す必要がないと思っていたんです……」


 彼女からの突然の告白に一瞬戸惑った俺だったが、答えはすぐに出た。


「……それがどうしたってんだぁ……これが店を辞めるきっかけにでもなると思ったのか?あんたにゃあ店のみんなが期待してんだ……そんなのは、辞める理由として認めらんねぇな……」


 俺はそう言って、泣き崩れる百合子さんを立たせて、その横で未だ自分の非礼を詫びようともせず、自分勝手に泣きわめくリカを目で一喝してやった後とりあえず百合子さんを皐月さんの所へ連れて行こうとした時だった。


「百合子ぉ鬼原さんがご指名やでぇ……答えは一目瞭然やなぁリカぁあんたには今日で辞めてもらうさかいえぇえなぁ……これ以上再三問題起こされたら叶わんよってなぁ……」


 一連の騒ぎを今まで静観していたように、皐月さんが百合子さんを呼びにくるのだった。


「姐さん……後はよろしくお願いします」


 俺はそう言って百合子さんを立たせると、皐月さんに彼女を託すのだった。


「ウチの方こそいっつも面倒事ばっかりあんたに頼んでほんま、堪忍やでぇ……それからリカぁあんたはそのけったくそ悪い性格、何とかせなぁ何処の店行ったかて勤まらへんでぇ……ウチや裕ちゃんが笑ろぅて済ませたっとるうちにはよぅウチの店から出てってんかぁ?あぁ一つ言い忘れてたわぁ今回の事根に持って変な行動とりぃなやぁ……そんときは、何処に隠れてたかて必ず見つけて殺すよってなぁ……覚悟しときやぁ……」


 百合子さんを連れて、フロアに戻る途中。ふと、足を止めた皐月さんが物言いたげに二人を見るリカにぴしゃりとクギを刺すのだった。

 さすがに皐月さんのこの言葉には、さしものリカもびびったのだろう。翌日から彼女は出勤してこなくなり、俺達も変に気を遣う人間が居なくなった事で、多忙を極めてはいたが、楽しくスムーズに仕事がこなせていたのだった。


 そんなある日の客の切れ間だった。オーナーの皐月さんに呼ばれて俺は皐月さん専用の控え室に来ていた。


「……裕ちゃん経営者のウチがこないなことゆうんはおせっかいかもしれへんけどなぁ敢えて言わしてもらうわぁ……百合子の彼氏になったってくれへんかなぁ?」


「え……えぇええ!……確かこの店、店内恋愛は御法度でしたよね?そ……そりゃあ百合子さんみたいな綺麗で働き者の人が彼女だったら嬉しいっすけど……そりゃあやっぱり本人に直接聞いてみないと……俺の一存では決めかねます。自分も姐さんにはかなりご迷惑おかけしてると思うんで……」


 皐月さんからの爆弾発言は今までにも何度かあったのだが、今回の発言は核爆弾級の超がつくくらいの爆弾発言だった。


「なるほどなぁ……慎重派のあんたやから絶対そう言う思うててん。せやからな、百合子もここに呼んであんねん。もうじき来るはずやでぇ……」


 皐月さんは悪戯っぽく笑うと、赤面して狼狽える俺に本日二発目の核爆弾をダイレクトに投下してくれたのだった。


「……やっぱり迷惑ですよね……あたしみたいな女が裕さんに付き合ってほしいなんて……」


 皐月さんから核爆弾級の発言を二発もダイレクトに撃ち込まれ、撃沈寸前の俺にトドメの魚雷を撃ち込んで来たのは、なんと、百合子さん本人だった。


「……い……いや、そうじゃなくって……本当に俺でいいの?百合子さんめちゃくちゃ頑張ってくれてるから、俺、お上手言えねぇし暴言いっぱい吐いちゃうかもよ……それでもいいんならよろしくお願いします」


 完全に俺が撃沈された瞬間だった。


「こいで、決まりやなぁ……英美ぃ文香ぁ紗子までいてるやろ?そんなとこで出歯亀してんとはよぅ入ってきぃ」


 皐月さんが俺達二人から目を離し控え室の出入り口に目を向けた時、ドアの外にいた英美さん達が満面の笑みを浮かべて皐月さん専用の控え室に転がり込んで来るのだった。


 かくして、百合子さんと付き合う事になった俺は生活の場を百合子さんが妹の紗子さんと暮らす三LDKのマンションに移すことになり、この時十七歳の誕生日を迎えていた俺は後の一年を残して学校に退学届けを出し、活動の場を皐月さんの店一本に絞るのだった。


「それじゃあ裕ちゃん、紗子。昼間の仕事行ってくるね」


 時刻は午前六時、昼間の仕事に出勤する百合子さんを俺と紗子さんの二人が見送るという三人での生活が始まったいつもの朝の光景だった。


「姉さんのあんなに笑った顔見たの何年ぶりかな……あたし達二人だけの生活になってから姉さんあたしを養ってくれるのに必死でさぁ……ほとんど笑わなくなっちゃったんだ……けどね、今のお店にバイトの面接受けに行ったら姉さんいるじゃん……それもすごく楽しそうに働いてて、結果、全部英美さんだったり裕さんだったり周りの仲間がみぃんないい人ばっかりだったんだってあのお店で働き始めて今、すっごく実感してる……本当、ありがとうございます。裕さん……」


 仕事に出勤して行く百合子さんを見送った後、問わず語らずに言った紗子さんが、俺の肩に顔をうずめて泣くのだった。


「……俺は別に何もしてねぇよ……百合子さんが、あんたの姉さんが純粋にまじめな人だったから俺もつい熱がこもちゃってさ結果がこんな良い方向に向くなんて思ってなかったから……今は俺も純粋にめちゃくちゃ嬉しいよ……」


 この姉妹は、そろって超がつくくらいに純粋なんだと思った瞬間店では絶対見せるまいと心に言い聞かせていた涙腺のブレーキが効かなくなり、紗子さんの頭を抱き寄せたまま俺も涙を流していたのだった。


「あぁあ、やっぱり姉さんの言ったとおりの人なんだ……裕さんって……厳しいだけじゃなくって本当は優しすぎるぐらい優しくてめちゃくちゃ泣き虫な人だって姉さんが言ってた……だからこそどんなにキツい事言われたって全力で頑張れるんだって姉さんめちゃくちゃ喜んでたよ……妹のあたしもよろしくお願いします」


 今度は逆に俺の方が彼女に慰められてしまうのだった。


 そして、百合子さんが用意してくれていった朝食を食べ終えた俺と紗子さんは、普段の洗濯を済ませた後クリーニングに出していた三人分のスーツを受け取りに岐阜の昼の街へと繰り出していた。


「ねえ、裕さん。お昼どうする?」


 岐阜の昼の街を歩く二人。俺の左隣を歩く紗子さんが俺に目線を合わせて聞いてきた。


「何小さくなってんだよぅ……身長低いのが際立っちまうからそういうのやめてくれねぇ?」


 別に今さらこの低身長を何とも思ってはいなかったが、少しだけ拗ねた素振りを見せてみた。


「あら……あたしひょっとして地雷踏んじゃいました?けど、裕さんいつも言うじゃないですか?話す時は相手と目線を合わせろってそれを実践してみたんだけどダメでした?」


 少し拗ねた素振りを見せた俺に、紗子さんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「……ったくぅそう言うとこ百合子さんと一緒だな……別に今さら気にもしてねぇし謝る必要なんてねぇよ」


 俺はそう言って笑いながら自分より肩一つ大きい紗子さんを見上げるのだった。


「わぁあ……裕さん意地悪だわぁでも、そんな裕さんが大好きなんですけどね。あたしも姉さんも……」


 紗子さんも笑って戯けてそう言うと今度は素直に俺を見下ろしてきた。


「あの中原リカって女はどうにも使えねぇ奴だったけどよぅ、もう一人の宮村真希だっけ?あの子はどうよ。俺達の輪に馴染めそうな感じの子なんか?」


 俺がそう聞いたのは、クリーニングに出した三人分のスーツを受けとり、昼は結局マンションに戻って食べようという事になり、コンビニ弁当を二人分買いタワーパーキングに停めた紗子さんの車に戻った時だった。


「う~んどうなんだろ……ママや英美さん達の話しだと、期待は出来る子みたいなんだけどなんかちょっと……いやかなりかなぁ天然系の子みたいなんだけど、勤労意欲は満々な子みたいで栄二君にベッタリなんだって」


 三人で暮らし始めたマンションに向かう車中。車を運転しながら紗子さんが言った。


「……そっかぁかなり天然系かぁけどまぁまじめに働いてくれそうな子なら一安心だな……」


 俺がそう言ったのは、マンションに着き荷物を降ろし終え買って来たコンビニ弁当で少し遅めの昼食を食べているときだった。

 ―――――――――――――――――――――――

 ここでネタをばらすと、この女性との恋は実際には成就しませんでした。何故なら彼女は結婚詐欺に遭い自殺してしまったからです。四十年以上たった今でも、思い出すと涙が出てくる本当に辛く悲しい思い出です。

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[一言] え、まさかの急展開(;゜Д゜)
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