四話 宵街の女達~3~
この時期に、私はつくづくと実感しました。仲間の大切さだったり、仲間の優しさみたいなものを
その頃俺は、新岐阜駅のコインロッカーではなく英美さんのアパートに寄ってから出勤していたのだが、その日は俺の方が学校を出るのがいつもより遅くなったため、制服のまま店に行き店のバックヤードで着替えて店に出ていたのだが、その日は、今まで無断で遅刻などしたことのない英美さんが今日に限って何の連絡も無しに出勤が遅れていた。
「……あの子、何かあったんやろか?遅刻ゆうことは今までにもあってんけど無断で遅刻ゆうことはは一切なかったからなぁ」
その日は開店時刻を過ぎても店に姿を見せない英美さんに皐月さんが心配そうに言った。
「姐さん昨日の氷上の件もあります。俺と裕司兄ぃでその辺探して見ようと思うんで姐さん達は万が一に備えて今夜の営業はくれぐれも気をつけてやってください」
昨日の氷上の一件から、皐月さん始め従業員達に動揺の色を鑑みた栄二さんが言った。
「ちょっと待ちやぁあんたはともかくぅ裕ちゃんはカタギさんやでぇ二人だけで動くんはリスク高かすぎるんとちゃう?」
栄二さんの発言に、当然と言えば当然な皐月さんの発言が返ってきた。
「皐月さん……俺を心配してくださるのは正直嬉しいです。けど俺は、この店を、皐月さん達を守るためにここに居るし、何より俺には仲間を見捨てる事は出来ません。必ず無事に帰ってきますから、行かせてもらえませんか?……」
昨日の一件から鑑みるに、英美さんのおかれている現時点の状況は最悪に近いものなのは、いくら単純で直情バカの俺にでも容易に想像出来たのである。
「……ウチ等ぁほんま幸せ者やぁ……ウチ等ぁみたいな日陰の人間のためにここまで必死になってくれる人にウチ等ぁ守られてるんやねぇ……せやから、ウチからも言わしてもらう。絶対に無茶だけはせんといてなぁ……約束やでぇ」
栄二さんと二人、英美さん救出に出かけようとする俺を、皐月さんがしっかりと抱きしめ俺の目を見据えて言った。
「栄二ぃ向こうに何か動きでもあったのかよ?」
皐月さんの店を離れしばらく無言で車を走らせる栄二さんに俺は、そうきりだしてみた。
「……ちっとそこのコンビニでプク1しませんか」
質問を投げた俺に対して、栄二さんはそう言うと道沿いの駐車場のあるコンビニに車を停めるのだった。
「……現役のヤクザ者の俺がカタギの裕司に組の内情話すなぁ本来御法度なんたがよ……今回は状況が状況だ。ガッツリおめぇも関わっちまってる。俺も正直言やぁあんたを相手の罠とはっきり解る鉄火場に向かわせるのには反対だ……けど、今のあんたは浅倉のオヤジと義兄弟の契り交わした俺の兄貴だ……裕司兄ぃ、健闘を祈ります!」
栄二さんはしみじみとそう言うと、半分ほど吸ったタバコを俺に渡してくるのだった。
「……栄二ぃこれで俺等ぁ本当の義兄弟だな……やってくれ。英美さんの拉致られてる場所へ……」
彼から渡されたタバコを吸いきると、俺は栄二さんを見据えて言った。
栄二さんはあえて何も言わなかったが、ため息交じりにはにかむと静かに車を走らせるのだった。
そして、走ること三十分ほどした頃、栄二さんの運転する車は岐阜市の郊外にある廃業したかつての工場跡に停まるのだった。
「兄弟……武器を使うのはきれぇみてぇだがよ。御守り代わりだと思ってよぉこいつっくれぇは持ってけよ……」
栄二さんはそう言って、車のダッシュボードの中から一振りの匕首を出して俺に渡してくれた。
「ありがとよ、兄弟。ありがたく、借りてくぜ」
俺はそう言うと、彼から受け取った匕首を着ていたスーツの上着の内ポケットにしまい、鉄火場へと足を踏み入れるのだった。
「氷上ぃ!英美さん返してもらいに来たぞぉ!」
俺は、廃工場の赤錆で朽ちかけたドアを蹴破ると一気に建屋の中へと飛び込むのだった。
薄暗い建屋の中、そのちょうど真ん中あたりに英美さんは縛られていた。氷上に刃物を突きつけられ、何度も殴られたのだろう。見るも無残に腫れあがった顔、そして切れた唇。けれど、彼女の瞳は光を失う事無く氷上の顔を激しく睨みつけていたのだが、飛び込んで来た俺の存在に気づくと、目いっぱいの涙を浮かべ、俺の進入を拒絶するように首を横に振るのだった。案の定それは氷上の罠で英美さんをおとりにして俺を亡き者にしようという算段だったのだろう。左右の暗闇から匕首を構えた氷上の舎弟が飛び出して来て、俺の両脇腹にその匕首をねじ込んできたのである。
「痛ってぇなぁてめぇ等よぉ!匕首の手入れくらいしとけっつうの?そんな鈍じゃあ俺は殺せねぇよ!」
俺はそう言うと、左右から脇腹に匕首をさらにねじ込もうとするその舎弟二人に力いっぱいの肘打ちをぶち込んでやるのだった。
こういうのを火事場のクソ力とでも言うのだろうか、俺の肘打ちを顔側面にまともにくらった舎弟二人は左右に押し戻される形で吹っ飛び廃工場の隅から出ていた突起物に後頭部を思いっきり打ちつけて事切れるのだった。
「て……てめぇ!カタギがヤクザ者に手ぇあげたらどうなるかわかってんのかよ!おめぇもこの女と一緒に死ぬんだよ!」
舎弟二人をカタギの俺に秒殺され、若干びびりぎみにそう言った氷上は、俺と英美さん両者に銃口を向け情けなく凄むのだった。
「ったくよぉ……ガタガタうるせぇんだよてめぇはよぉ!氷上よぉ……俺の兄弟獲ってみろやぁその瞬間てめぇも蜂の巣だぜ……」
そう言って十人弱の組員を引き連れその建屋に進入して来たのは、ヒロさんだった。
「兄弟……でぇじょぶかぁ?ったくよぉ無茶にもほどがあんぞ…… けどよぉそこがまた、兄弟のいいとこなんだけどな。栄二ぃおめぇの兄貴亮介んとこ連れてってやんなぁ。ついでに英美も連れてけ……さっきから兄弟のそば離れようとしねぇからよこのまましばらく二人にしといてやれや。俺はこのクズ始末してから行くからよぉ」
ヒロさんは物静かにそう言って拳銃の撃鉄を起こし氷上のこめかみにそれを当てるとそのままためらうこと無く引き金を引くのだった。ドンと鈍い破裂音とともに、氷上龍二が血の海に横たわっていた。
「ヒロさん……ご迷惑おかけしました……」
俺はそう言うと両脇から身体を支えてくれている栄二さんと英美さんに身体を預けて、意識も手放すのだった。
「英美さん……あんたも怪我して大変かもしれねぇけどよ……しばらくの間俺の兄ぃ頼んだぜ…… 兄ぃだってよ野郎の俺がそばにいるよか女のあんたがそばいた方がよ目覚めもいいんじゃねぇかな……」
栄二さんがそう言ったのは、西柳ヶ瀬通の裏道にひっそりとたたずむ一軒のこじんまりとした建物の前だった。
「……ごめんね、栄二くん……」
英美さんは下を向いたまま、一言、声色低く謝罪の言葉を口にして俺を支えたまま、その建物のドアをノックするのだった。
「亮ちゃん、この子ぉ急いで診てくれんかいねぇ?」
英美さんは、慣れ親しんだ様子で建物の中から出て来た自分と同じくらいの年格好の男性に言うのだった。
「まぁた、訳ありの怪我人か?っておめぇも結構ひでぇ怪我してんじゃねぇかよ。診てやっから、中ぁ入れよ」
そう言って建物の中から出て来た男性、涌井亮介さんは
英美さんに支えられた意識の無い俺を、診療所の中へと促してくれるのだった。
そして、彼の手早い処置のおかげで俺は一命を取り留めた訳だが、英美さんにとってはめちゃくちゃ心に傷を残したようで、亮介さんの話しだと自分もかなりの怪我をしていたのだが、いくら彼が言っても英美さんは頑として、俺のそばを離れようとはしなかったらしい。
「英美さん……ありがとう……」
俺はそう言うと、俺の寝かされていた診療用のベッドの掛け布団に突っ伏して顔いっぱいに涙の跡を残したまま眠る彼女の顔を優しく撫でて感謝を告げるのだった。
しかし、その後。目覚めた彼女に抱きつかれこれでもかというほどに、号泣されてしまうのだった。
そして、しばらくして二人共に昂っていた感情も落ちつきを取り戻した頃、皐月さんが何故か百合子さんと文香さんの二人だけを連れて今回の二人分の治療費を払いに来てくれるのだった。
「二人とも以外に元気そうやなぁ。あんた等の治療費払いに行くだけやぁゆうてんけどなぁ…… この二人がどないしてもあんた等の顔見やな落ち着かんゆうさかいなぁ。連れて来たわぁ」
二人分の治療費の支払いを終えた皐月さんが言った。
「文香、百合子。心配させてすまんやったねぇウチと裕ちゃんじゃったらごらんのとおりぃ元気やでぇ」
涙目になりながら俺と英美さんに無言で抱きつく文香さんと百合子さんを英美さんが優しくそう言って抱きしめるのだった。
「……百合子、文香ぁ。こんなぁら二人、恋しとるじゃろ。裕ちゃんに……」
百合子さんと文香さんを抱きしめたまま、英美さんが二人に言った。
「……」
二人はそろって黙ったが、二人の顔はほんのり赤くなっていた。
「裕ちゃん、英美ぃ。あんた等ぁはしばらく店休みぃ。本格的に体調戻ったらまた、頑張ってもらわなあかんよってなぁ……ほな、帰るでぇ。文香ぁ百合子ぉ」
皐月さんはそう言うと、文香さんと百合子さんを促して自分の店へと戻っていった。
「さぁてと、ウチ等ぁも帰ろかいねぇ。こんなぁも自分のヤサぁ帰っても一人なんじゃろう?しばらくはウチのアパートから学校通ったらえぇよ」
英美さんがそう言ったのは、亮介さんの診療所を出て彼女の車を預けていた。同じ店で働く、信楽麻奈美さんのお兄さんが経営するガレージ信楽に向かう道中だった。
「そりゃあ寮の費用浮くのは助かるけど……英美さんに迷惑かけたくねぇし……」
本音を言えば、彼女のその声がけに飛び着きたい気持ちはあったのだが、店から支給される給料だけで生活の一切をまかなっている彼女に負荷をかけたくなかった俺は、そう言って彼女の申し出を断った。
「あんたゆう子ぉはほんま優しい子ぉなんじゃねぇ。そがぁな心配はせんでえぇけぇ……なぁんも気にせんと、ウチに任しんしゃい。こんなぁ一人養のぅたるくらいの蓄えはあるけぇね」
英美さんは、俺の心配はただの取り越し苦労とばかりに笑うのだった。
「年の功ってやつかぁ……やっぱ、英美さんにゃあ叶わねぇやお言葉に甘えさせてもらいます」
俺がそう言った時、二人はちょうど岐阜の市外ににある信楽麻奈美さんの兄、信楽啓一さんが経営するガレージに着くのだった。
そして、回収してもらっていた彼女の車を受け取り俺と英美さんは、その足で岐阜市内へと戻るのだった。
「こいで三度目やなぁこんなぁに命救われたんわぁ……ウチこんなぁには足向けて寝られんよぅ」
英美さんはそう言うと、帰って来る途中のコンビニで買った炭酸飲料で俺に乾杯を求めてくるのだった。
「そんなん大げさじゃあ……ただ俺は、一緒に働く仲間なこんなぁをほっとけんかったゆうだけの事じゃけぇそがぁにありがたがられても困ってしまうわぁ」
お互いに炭酸飲料の缶を重ねた後俺は、英美さんと喋るようになってから覚えたてホヤホヤの広島弁を使ってみるのだった。
「裕ちゃん、あんたぁいつの間にかぁウチとこの方言覚えたんねぇ……なんやぁ不思議な気分やなぁ。こんなぁとこがいして喋りよると地元に帰った気ぃするんわウチだけかいねぇ……」
炭酸飲料を一口飲んで、英美さんがポツリと言った。
「……俺って、方言が移りやすいのかも……けどこれやるとたまに怒り出す人いんだよね。自分の地元の方言はそんなんじゃねぇって。でも、英美さんは違う方に受け取ってくれて……俺としては結構嬉しいかもだよ」
俺の覚えたての広島弁を肯定的にとらえてくれた英美さんに、俺は素直な今の心情を言葉にするのだった。