牢獄回廊
扉を開くと、小さな食堂のような空間に出る。椅子とテーブルのセットが3つ置いてあって、そのうちの1つに、食事と今日の新聞がのっている。
食事を食べて、新聞を読むと、その先に進む。その先には廊下が続いていて、廊下の曲がり角には白い花瓶に挿された赤い花の絵が飾ってあり、その角を右に曲がると、右手にホテルの部屋が1つある。
部屋にはベッドがあり、バス・トイレがあり、冷蔵庫もあって最低限の生活はできるようになっている。
その部屋を越えて少し進むと、左手には倉庫があり、食料とか衣服とか医薬品とか、わずかながら本があることもある。
倉庫を越えてさらに進むと、また赤い花の絵が飾ってある角があり、そこを右に曲がって進むと、廊下の奥に一つの扉があり、その扉を開くと……また、最初の食堂に戻ってくる。
私がこの空間に囚われてから、もう25年になろうとしていた。
最後に外の世界で日付を見たのは、1995年の12月7日だったはずだ。
当時私は中学校に上がったばかりで、見るもの聞くものが新しく、目の前には未知の可能性が開けているように思えた……ような気がする。
その頃、私の住んでいた家の近くに、廃墟になったホテルがあった。
そのホテルにはある噂があって、夜中の12時を越えた頃にそのホテルのフロントに行って、宿泊者名簿に自分の名前を書き込むと、ホテルの中の異次元空間に呑み込まれる、というものだった。
よくある怖い話、七不思議とかそういうものだったが、当時それを聞いた私は、ホテルに行って何かをした……はずだが、具体的に何をしたのかはどうしても思い出せない。
だが結果的には、現にこうしてホテルの永久回廊の中に取り込まれ、そこから出られなくなってしまった。
ここから出るために、私は考えつく限りのことを試した。
しかし、最初の食堂の扉を戻っても、また最後の廊下の奥の扉に戻ってくるだけだし、最後の扉を何度越えても、やはり最初の食堂に戻ってくる。他の部屋には何の扉もない。
ホテルの個室には窓が付いているが、窓を開けても、本来なら外の景色が見えるはずのそこはコンクリートの壁になっている。
その壁や、廊下の壁に穴を開けてみることも考えたが、穴を掘るような道具は何もないし、食堂のフォークとスプーンで最大50cm掘り進んだことがあったが、どこまでも壁が終わる気配がないし、翌日になると壁はまた元通りになるので諦めた。
これは自分の幻覚なのかも知れないと思って何度も目を覚まそうとしたが、何をやっても目が覚めないので、とうとうこれが現実だと受け入れざるを得なかった。
目を覚ますために何日か食事を抜いたこともあったが、衰弱してきて病気になっただけだった。病気になると、部屋のベッドと倉庫の風邪薬くらいしか頼れるものがないので、それ以降は健康に気をつけるようになった。
自殺しようと思ったこともあるが、もしここで死んだら、死後もこの永久回廊に閉じ込められてしまうのではないかという不安があったので、やはりそれもできず、もしかしたらいつか出られるかも知れないという、淡い期待だけを残して日々を過ごすようになった。
空間は無限につながっているようだが、一応時間は進んでいるらしく、一日経つと毎朝食事が用意されていて、新聞の日付も一日進んでいる。部屋にはカレンダーもあって、それもやはり月が替わるたびに取り替えられていた。
そして私自身も、やはり少しずつ年をとっていた。
本来なら、人生がこれからという時期だったであろう日々を、この永久回廊に閉じ込められたまま空しく過ごしてしまったことは返す返すも悔やまれるが、その後悔も、最初の激烈な後悔と恐怖と、外に出ようとする必死の努力が次第に過ぎ去っていくと、次第に諦念へと変わっていき、結局人の人生とはそういうものなのだろうと思うようにさえなった。
最初の5年ほどは、食堂の新聞とたまに倉庫に入っている本しか外の情報を得られるものがなかったので、外の世界を見たい気持ちが募りすぎて気が狂いそうだったが、新聞の日付が2000年を越えた頃から、部屋にパソコンが現れるようになった。
そのパソコンを使って外の世界のことを色々知ることができるようになったので、それ以来はパソコンを眺めて時を過ごす割合が多くなった。
学校にも行けなかったので、パソコンで中学や高校の範囲であろう内容を学び、それ以上の学問もそこそこ学んだ、と思う。
しかし、部屋のパソコンからは、外の世界の情報を知ることはできても、そこから外にアクセスすることはできない。なので、外に向けてメッセージを発することも、SNSに登録して人と話すようなこともできなかった。ただ、周囲の世界が移り変わっていくのを、蚊帳の外から眺めているような思いだった。
私がまだ外にいた1995年には、まだ記憶に新しいソ連の崩壊とか、つい最近起こった地下鉄サリン事件とかのことがよく話題に登っていた記憶があるが、それから2001年のアメリカ同時多発テロ事件とか、イラク戦争とか、東日本大震災とか、北朝鮮の核開発とか、ISIS(イスラム国)の勃興とかの事件が起こり、私はそれを大変そうだなと思いながらも、自分がその場にいないので何か他人事のような気さえしたものだ。
もっとも、こうした外の世界の情報を知ることができるのはただ新聞とパソコンを通してだけなので、この空間を支配している誰かが、私に誤った情報を見せているのではないか?と思うこともあったが……
またある時から倉庫にあったノートを使って日記をつけるようにもなったが、それも一年は持つが、年を越えると消えてしまう。それでも、何かやっていないと気が狂いそうになるので、自分の記憶のためにも、日記は毎日つけていた。
もう2020年の3月になり、このまま年を越せば、この空間に閉じ込められて25年になるなと思っていたある日、奇妙なことが起こった。
いつものように朝食をとって部屋に行くと、部屋の壁にかかっているカレンダーに変化が起こっていた。
今は2020年の3月だが、その最後の3日の、29、30、31日の表記が○で囲ってあった。まるで誰かが手書きしたような○の印だ。
「何だ、これは……まさか……?」
私は、何かこの空間に変化が起こった時にはいつも思うように、もしかしてこれは外に出られる兆候なのではないかと思った。
しかしまた、あまりにも長い間実現されないできた期待の常で、どうせまた失望に終わるだろう、むしろあまり心を動かされないほうがいいという気持ちにもなっていた。
それでも気になるものは気になるので、部屋を出て、廊下の最後の扉に向かってみた。
しかし、廊下を越えても、やはり戻ってくるのは最初の食堂で、今朝の食事のあともそのまま、新聞の日付も変わっていなかった。
「まあ、そうなるよな……」
仕方ないので、部屋に戻りパソコンで今日のニュースを調べる。最近はコロナウイルスの流行が世界的な問題になっているようだ。
それにしても、3月の最後の3日に印があったということは、その日に何かが起こるのだろうか……?ひょっとしたら、その日を越えたらここから出られるのだろうか?いや、あまり期待しないほうがいいだろうが、今までこんなことは無かったので、やはりどうしても気になる。
しかし、こちらがどんなに気にしていても、やはり時間は一日ずつしか進まない。
ニュースを見る限り、特にその日に何かすごいことが起こるというのでもないようだったが、私はとにかく自分の身には何かが起こるのではないかと、一日千秋の思いでその日を待った。
そして、長い間待ち、きっちりそれまでの28日が過ぎた後にようやく29日になった。
その日もいつもと変わらなかったが、朝食を食べてから廊下を歩いて部屋に向かうと、いつもと違うところに気がついた。
廊下の曲がり角に飾ってある、白い花瓶に挿された赤い花の絵、その絵の花が、いつもよりしおれているように見えた。
見間違いかと思ってよく見たが、これまで何十年も見てきた絵なのだからやはり間違いない。いつもよりしおれて、これから枯れそうな花の絵だ。
私は胸騒ぎがした。これは良い兆候だろうか、悪い兆候だろうか。
しかし、花の絵に変化があった他は、特に変わりはなく、その日もいつもと同じように過ぎて行った。
次の日、30日になって、私は急いで廊下の曲がり角の絵を見に行った。
絵の中の花は枯れていた。花が散って、花瓶の下に散らばっている。
「これからどうなるんだ……?今までこんなことは無かった……まさか、本当に外へ出られるのか?」
私は期待もしたが、一方では、もしここから出られたとしても、こんなふうに長い年月を過ごしてしまった自分が、いまさら外の世界でやっていけるのかと不安を覚えもした……もっとも、本当に出られるとは限らないので、取り越し苦労かも知れないが……
そして、31日になった。
私はさっそく絵を見に行ったが、もうそこには絵は飾られていなかった。
奇妙だなと思って、部屋を通り過ぎ、倉庫を通り過ぎ、やはり絵がなくなっている2番目の曲がり角を曲がり……私は息が止まりそうになった。
その先は、いつもの廊下の先の扉ではなかった。
その先には、誰もいないホテルのフロントが広がっていた。
そして突然、24年前の記憶が蘇ってきた。そう、あの時も、あのホテルにはこのフロントの光景が広がっていたはずだ……そして、私は……
私は熱に浮かされたような気持ちで、フロントに向かって、そこに置いてある宿泊者名簿を見た。そこには、私の名前が書いてあった。そして日付と、宿泊日数が書いてあった。
“1995年12月7日
宿泊 24年”
そして、その隣には、あの頃私がつけていた日記が置いてあった。そして最後のページを開いてみると、私が外で最後につけた日記があった。
“1995年12月7日
あの廃ホテルには怖い噂があって、夜中にフロントの宿泊者名簿に自分の名前と、宿泊日数を書き込むと、「自分が書いたその期間だけ」ホテルの中の異次元空間に閉じ込められるらしい。
ということは、もしもだけど、もし1年とか10年とか書いたら、本当にそれだけの間閉じ込められるんだろうか?
ちょっと試してみたくなる。
今夜試してみよう。思い切って、24年とか書いてみようかな。どんなことが起こるのか楽しみだ”
私はその場に膝をついた。そして言った。
「この……バカっ……!なんで……なんでそんなことやっちゃうんだよ……!!本当にバカ……死ね!バカ野郎!!死ね!!」
後悔先に立たずとはこのことか。しかし、どんなに悔やんでも、もう取り返しはつかない。いや、それよりも、もしあの時さらに調子にのって、30年とか40年とか書いていたら……そうならなかっただけ、まだマシなのかも知れない。いや、それよりも、早くここを出よう。出られるうちに。
私は恐怖と不安を覚えながらも、いそいそとフロントの自動ドアの前に立った。外は真っ暗だったが、時間的には今は朝のはずだ。
自動ドアは音もなく開いた。そして私は外に出た……
外に出ると、眩しさで私は目を閉じた。そして目を開けてみると……
そこは本当に外だった。朝の空、雲が広がり、日の光が降り注いでいる。外には廃墟と化したホテルの狭い駐車場と、草が延び放題になっている植え込みがあった。後ろを振り返ってみると、驚いたことに、ホテルは廃墟のまま、まだそこに建っていた。ただ、ついさっき見たホテルの内装よりも格段に古びて荒れている。本当に、24年の月日が経っているようだ。
私はホテルの門をくぐって外に出ると、周りにはあの頃とは変わっている、しかしやはり同じ町の景色が広がっていた。
当時本屋があったところには何か分からないビルが建っていて、個人商店があったところにはドラッグストアが建っていた。当時はまだ珍しかったコンビニがあったところには、当時とは別のコンビニが替わりに入っていた。
私はそのコンビニに入って、雑誌を手に取った。雑誌の日付を見てみると、本当に2020年の3月31日だった。
私は外に出て、呆然と外の光景を眺めた。本当に、24年もの間、あの中にいたのだ。
これから、どうしよう……私の家族はどうなったのだろうか。あの中から新聞で探した限りでは分からなかったが、多分捜索願いとか出しているだろう。遭ったら、何と説明すればいいだろうか……
外に出られて嬉しくもあったが、一方では、むしろ不安と、途方に暮れるような思いもあった。これからどうしたらいいのだろうか。ああ、返す返すも、あの時あんなことさえしていなかったら……なんで、あんなことをしてしまったのか……
しかし考えてみると、そもそもあのホテルが私の家の近くにあって、あの時あんなことをしようと私が思った、まさにそのこと自体が、実はすでにあのホテルの魔力に取り込まれていた、ということなのではあるまいか。だとしたら、またいつか、またあの永久回廊の中に誘い込まれてしまうのかも知れない……
そう思うと、今更ながらに寒気がした。