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姉と僕  作者: 紅 紅
3/3

歪んだ視線

 天気のいい日曜日、フリーマーケットに行くよと秋音と夏海に連れられて(ようするに、

帰りの荷物持ち兼、荷物番)海の近くの会場へと、連れられて行くという事に、僕の知ら

ない間になっていた。


 開場前なのにかなりたくさんの人が並んでいて、びっくりしていたら、そっちの列じゃ

ないと手を引っ張られる。

 さっきの列よりこじんまりとした列があって、並んでいるのは皆ショッピングカートや

大きいカバンを持っているのが見て取れた。

「入場までまだ時間があるからお茶でも飲もうか」

 腕時計を見るとまだ十時になるかならないかで、返事を待たずに夏海と秋音がすたすた

と喫茶店を目指して歩いていた。

 夏海と秋音はこんな時のチームワークはとてもいい。

 後から少し離れて見ると、夏海はピンクのノースリーブのワンピースに肩にレースみた

いなスカーフみたいなのがかかっていて、秋音は両肩が出て胸の上から腹巻みたいな……

なんていうんだろう、携帯で画像検索してみるとチューブトップと出てきた、へぇ、そう

いう名前なんだ、それにGパンで、こうしてみるとまったく系統の違う服装で、性格を現

してるみたいだった。

 一人残された僕に気付いたのか、夏海と秋音が手を振って、数メートル先で待ってくれ

ているのに慌てて走り出す。

「人が多いんだからぼーっとしてちゃだめじゃない」

「ああ、気をつける。

 さっきのすごい列って何?

 あれもフリーマーケットじゃないの?」

 僕が言うと夏見がチラシを眺めてこれかな、と指を差す。

「なんかね、ライブらしいねぇ。

 あれ、違うかな?」

 チラシを貸してもらって注意事項として書かれているのを読んでみる。

【近くでは別のイベントも開催されていますので間違わないよう気をつけてください。尚、

別のイベントは大変人数が多く混雑が予想されますので、お帰りの際には、切符を事前に

購入しておくとよいでしょう】

「イベント、としか書いてないみたいだな。

 夏姉、なんでライブって思ったんだ?」

 何故ライブだと思ったのか聞こうと顔を上げるとちょうどなんとかちゃんラブとかハー

トマークが大きく背中に書かれたハッピの男の集団が目に入った。

「……ああ、分かった。

 アイドルか何かのライブなんだろうなぁ」

 よくよく見ると、紙袋からはみ出たウチワらしきものや、ペンライトを握り締めている

人が大勢列に並んでいた。

「……すごいねー」

 漸く秋音が口にしたのは列の長さか、並んでいる人たちの格好なのかは分からなかった。


「フリーマーケットの方はのんびりしてていいの?」

 喫茶店の入り口で聞いてみる。

「十一時開場だからねぇ、早く来過ぎたのよね。

 モーニングまだやってるみたいだから食べる?」

「あ、うん」

 店の隅にあつた四人掛けの席に座り、三人ともモーニングのホットコーヒーを頼む。

 奥の椅子に夏海が座り、秋音がその横、僕が秋音の前だ。

 コーヒーが自慢らしく、いい匂いがする。

「あ」

 カウンターの奥にあった水出しコーヒーの装置に思わず声が出た。

「うわぁ、アイスコーヒーにすればよかった」

「今からでも大丈夫じゃない?」

 迷っていると、注文のモーニングの皿が先に来て、テーブルに乗せられる。

「あの、ホットをアイスにってまだいけますか?

 あの水出しコーヒーの装置見たら飲みたくなっちゃって」

 おそるおそる、白いフリルのついたエプロンをした店員さんに聞いてみると、にっこり

笑って、いいですよ、と言ってくれたので、それに甘えることにした。

 そして、ホットコーヒーが二つ、アイスコーヒーが一つ、テーブルに来る頃には僕のト

ーストはすっかりお腹の中に消えてしまっていた。

「ん~っ、美味しいっ」

 水出しのアイスコーヒーは、香りも、味も最高だった。

 舌触りのまろやかなアイスコーヒーには酸味も苦味もなく、時間をかけて抽出した水出

しだからこその旨みと香りで、なのにどうして日曜だというのに客が少ないんだろう、と

周りを見渡してみる。

 シックなこげ茶で纏められたテーブルと椅子、観葉植物もあちこちにあって、音楽も耳

障りなヘタなアイドルとかじゃなく、クラシックだろうか、僕には分からないけど落ち着

いた曲が流れていた。

「こんなに美味しいのになぁ」

 エプロンの店員さんも可愛い女の人で、店のマスターも、こう年配の落ち着いた渋い雰

囲気を出していて、がんこ親父の店だから足が遠のくという感じはしない。

 ──あれ?

 コーヒーを半分ほど飲み終えて周りに注意してみると、微妙に居心地の悪い視線を感じ

る。

 どこからの視線かとコーヒーを味わうふりをして目を閉じてみる。

 ねっとりとした、不愉快な視線。

 死ねばいいのに、とでも言いたそうな痛い視線。

 目を閉じているのが苦痛になるような邪悪な視線に耐え切れず目を開けて、コーヒーの

グラスをテーブルに置くとストローの袋が飛んで、床に落ちてしまった。

「おっ、と……」

 ストローの袋を拾うついでに視線を感じた方へと顔を向けて、思わず声を出しそうにな

った。

 な、なんであんな場所に居るんだ?

カウンターの、ちょうどスツールの上にちょこんと、回りをぎょろぎょろと睨みつけなが

ら見ている首が座って……いや、あった。

 ……なんであんな所に、首だけ?

 いや、首だけだから椅子の上なのか?

 思わずじっと見てしまい、首と視線がかち合ってしまう。

 今更視えてない振りも出来ず、仕方なくそっと視線を外したが、そいつは僕らのテーブ

ルの方へと椅子から降りて、床を這うようにして近づいて来た。

 ていうか、なんで首だけで動けるんだよ!

「うわ」

 思わず顔を上げて、間近でこんにちはするのだけは避けたものの、テーブルのすぐ側か

らギロリと見上げて来る首の事を、秋音に伝えても飛んでけと投げ飛ばすのは流石に店内

では、と躊躇っていた──のだが。

「ちょっとお手洗い行ってくるねー」

 椅子から立ち上がって踏み出す秋音の足が、ちょうど首を蹴り上げるようになって、ま

るでサッカーボールのように勢いよく飛ばされて行った。

 首はカウンターにゴツッと当たり、数秒引っ付いていたがぽろりと床に落ちて、ころこ

ろと床を転がり、顔面を赤くして白目をむいていた。

 霊でもぶつかったら痛みを感じるのかな、などと考えていると、トイレから出て来た秋

音が戻って来る途中でその首をぐしゃりと踏んづけてしまうのをまともに見てしまった。

 前に学校でスライムもどきの雑霊の塊(多分)を踏みつけた時は感触があったらしいのに、

今回は感じなかったようで、何もなかったように席に戻って来た。

「あ、なんだか空気が変わったような?」

 うん、そうだろうね。

「空気清浄機がタバコとか嫌な空気を綺麗にしたとこじゃない?」

「そうかもねー」

 ──などと、うちの女性陣は明るく笑っていたが、僕は知っている。

 秋音が首を踏み潰したからだ。

 店に憑いていた(暇そうな感じからして、多分)霊を潰してしまったからで、それはそ

れで店に取ってはとても良いことなんだろうけど、まさか気絶した(白目だったから多分)

霊を踏み潰すとはなぁ……なんて思いながら、残りのコーヒーを飲み干してしまい、うっ

かり啜る音を立ててしまった。

「やぁだ、冬樹お行儀悪い」

 夏海に言われて慌ててストローから口を離す。

「そろそろ行こうか」

 夏海が伝票を持って立ち上がり、僕と秋音も席を立つ。

 カラン、とドアベルの音がして、僕らと入れ違いに客が二人、入って行った。

 首の霊が居なくなった効果が早速出たんだろうか?


 フリーマーケットは夏海も秋音もそれぞれが戦利品を買えたらしく、僕の両手は結構な

重さの数の紙バッグで塞がれていた。

「ねえ、朝の店でコーヒー飲もうよ。

 今度は私もアイスコーヒーがいいなぁ」

 そう言って夏海が店の方に歩き出す。

 ちょうど昼を回って、三時のおやつあたりの時間のせいか、近隣の店はどこも満員で待

ちの列が外に並んでいた。

 朝の様子で空いてるだろうと思った店につくと、店の前には列が出来ていて、小さな喫

茶店は満員になっていた。

「ダメだわ、朝は空いてたから余裕でいけるかなって思ったんだけどなぁ……」

「えー、もう疲れたー、歩きたくなーい」

 秋音が弱音を吐いているが、僕も吐きたい。

 誰の荷物で腕が重いのか、僕こそ休みたいと言いたかった。

 ──というか、これがこの店の本来の実力なんだろう、今までは霊が人の来るのを邪魔

していただけで、コーヒーは美味しいし、店員さんは可愛いし、雰囲気もすごくいい店な

んだから。

「もういいよ、腕だるいし帰ろう」

 電車に乗れば座れるかも知れないし、と僕は二人に言ってみた。

「でも、喉渇いたし……」

「自動販売機でいいじゃないか」

「そうね、自動販売機で好きなの買ってあげるから、もう行こう」

 夏海が店の様子を見て、入るのを諦めて僕らを駅の方へと促す。


 とぼとぼと、重くなった足を駅に向かって動かす。

 店に入れなくて一番残念そうなのは秋音だったが、店に入れないのは言わば秋音のせい

であり、変な言い方だが自業自得ではないだろうか。

 いや、本当は店の為にもいい事を秋音はしたんだけど、僕以外の誰も、知らない事だし。


 ちょっとだけ、どうせなら朝はそのままにしておいて、帰りに踏めばよかったのに、な

んて思ってしまった。


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