マザーボードマザー
今の私の状況ったら二行で説明出来る。
母が死んだ。
だから黒い服を着ている。
それだけだ。
雲ひとつない、あまりにも晴れやかな日の事だった。
私は目の前に横たわる母をぼんやりと眺めていた。ずっと膝を抱えていたせいか足が痺れてしまっていたので母の横に寝転がる事にした。布団はないが下は畳なので問題ないと思われた。ごろりと母と平行になるように畳へと身を投げると冷房とは違う冷気が掛け布団の隙間から漏れた。
寒いだろうなあ。母は元々寒がりだったのでいくら夏と言えばこの温度!と言わんばかりに暑くともこんなに冷房を強くして、おまけにドライアイスまで布団に入れちゃって。お布団の友は湯たんぽでしょうに。
そんな事するから母は元来の色白ではなく透明感の失ってひび割れた餅のようにパサパサとしていた。
触れる。
粉っぽい、固いし本当に餅のようだ。
触れる。
髪もドライアイスのせいかパリパリとしている。
触れる。
口元から薄黄色の液体が溢れてきて思わず飛び退く。
口から、何か出てきた。
ジュースか何かを溢してしまったかのように口元から一筋の線が出来ていた。それが何なのかは分からなかったけれども綺麗好きの母をみっともない姿のままにしておくのが嫌だったのでティッシュで拭った。
胃液だろうか?もう何も動いていないから逆流してきたのだろうか?ぼんやりと頭が回転する。何年も前のパソコンのようにギギギ、ガガガ、とゆっくり回転する。ピーピロ、ギギ、ガ、ピ、あ、そうだ私は母の手をそっと布団から出した。
母の女性らしい手が大好きだった。自分の手は父に似て節が太く皺も多かったからと言うのもあり、私はいつもいいなあ、と言っては母の手を触っていた。その手で抱きしめて貰うのが好きで、頭を撫でて貰うのが好きで、手を繋ぐのが好きで、私は母の、
「…あ、こんにちは。えーと、残念だったね、お母さん…線香、あげてもいいかな?」
ノロノロと視線を動かすと50代くらいの男の人が立っていた。誰だろう…ノロノロと視線を母に戻してからノロノロと頭を下げつつ、ノロノロと姿勢を正してノロノロと「どうも…ありがとう、ございます」ノロノロと呟いた。
ギ、ギ、ギ、ガガ、ギギ、親戚、そうだこの人は親戚の人だ。漸く頭が動くがそれ以上のことは分からない。分かりそうな気もするがピロッあまり頭のピーガガッ容量を使いたくないのだ。
部屋の隅で出来の悪いロボットのように動いている内に男の人は出ていってしまったのでもう一度母の側ににじり寄って手に触れた。
母の全てを覚えていたい。
母の全てを記憶していたい。
忘れたくない忘れたくない忘れたくない、灰になってしまう前に記憶に刻みつけなくてはいけない。
優しく頭を撫でてくれた手の曲線を、抱きしめてくれた腕の形を、母を形成する全てのものを。
ピー、ザリザリ、ガガ、ガ、
「………お母さん、置いて行かないで」
私がお母さんと桜を見れたのはたったの14回。
私がお母さんとクリスマスを過ごせたのはたったの13回。
どれだけ記憶に留めようともどれだけ鮮明であろうとも何万回繰り返し思い出そうとも回数が増えることは、もう二度と、無い。
悲しみが悲しみでなくなってガッ保存された記憶が新ピーガガッしい情報に圧迫されていくガガガ事に恐怖しながら、私は今日も古い壊れかけのパソコンのようにガッガッガッ何度も記憶を繰り返す。
了




