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7.籠の鳥ーー“消えたミストナを追え!”

前回のあらすじ。


ミストナはツバキとベリルが自身のたった一つ上の歳。『十五歳』にも関わらず、背や力が大きくなった秘密を知る。


そして『新人殺し』との繋がりを見せる『聖デイヴァレンのギルマス』と直接話をする為に、異界の格闘大会の治療班に呼び込めないか、という作戦を秘密裏に企てていた。

鹿野へ送った手紙は、それをお願いしたものだった。


一方で、ダンジョンに行けないモヤモヤした気持ちを抱えるミストナは『かごのとり』というダンジョンを知る。まるで運命じみた何かを感じた彼女は、本拠地からふらりと姿を消した。


 抱えている大量の本に重心を奪わればながら、ヨロヨロと机に向かう。

 そんな兎人のラビィが最後の買い物を済ませたのは、日も沈み始めた頃だった。


「これで今日のおつかいは完了ですっ」


 本が山積みになったミストナの仕事机。

 その一番上に、ラビィは背伸びをしながら最後の一冊を重ねた。

高額賞金首ハイリスト・安楽椅子のコフロギィ〜世界一不安な彼の最期とは〜』

 手を離した背表紙には、そう記載されているのだが……ラビィは愛くるしい垂れ目を困らせていた。


「はい、はいりすと、あん……あんら……」


 そこでラビィは言葉に詰まってしまった。

 読めない文字に引っかかったのだ。


「あぅ……」


 この街はミストナとラビィの母国とは、遠く離れた場所にある。半分以上の文字がラビィにとって、理解の範疇はんちゅうを超えていた。

 ミストナはこの街に来て三日間ほど、本拠地ホームに篭りっぱなしになり、文字や特別な熟語といったものを完璧に理解し終わっていた。趣味が読書という事に加えて、理解力の早さは幼き頃からの鍛錬の賜物たまものでもある。


 一方の雑務を買って出たラビィは、二週間経った今でもまだまだ勉強不足であった。


 ラビィは兎人と成長の遅いエルフのハーフだ。

 幼い年齢というハンデもあり、色々と難しい所がある。


 助かった事と言えば、街の様々な種族達との会話。

 言語も違うだろうと思いきや、この街は【冒険者を志す者】なら、誰もが共通の言語を話す事が出来る。

 人種に拘らず、ドラゴンやゴーレム、魔獣に分けられた一定の知能を持つ種族がそれに該当している。


 原因は街の地脈にあった。

 街の地面。つまり地脈が及ぶ範囲を冒険者が踏み締めると、様々な恩恵を与えてくれる。会話がその一つの例だ。

 この街がやたらめったにダンジョンのオブジェクトを吸い寄せ続けるのも、地下に流れている地脈の影響が色濃く関係している。


「今日はご飯をつくったら、文字の勉強をやるです!」


 秘めた闘志を燃やしながら、買い足した食材や日用品をせっせと仕分けしていく。「あっ、そういえば……」と、ラビィはゴザが引いてある部屋の隅に顔を向けた。


「あの、ツバキさん。ミストナさんを見てませんですか?」


 部屋の隅でチクチクとメイド服を裁縫をしていた大狐、ツバキは首をかしげた。


「はて。私も先程帰って来たもので。ラビィと一緒に買い物をしていたのでは無かったのですか?」


 言われたラビィは、昼過ぎからミストナを一度も見ていなかった。ふむぅ。人差し指を口に当てながら、昼間の会話を思い出す。


「うーん。ギルドの方に用があると言っていた気がします。では私は晩ご飯の準備をしてきますです」


「お揚げはツユがひたるほどーー」


「おいしくなーる! ですね!」


「ふふっ、さすが我がパーティーの料理長。分かっていますね」


 丸い尻尾をフリフリと。

 ラビィは部屋の外ーー階下にある厨房へと向かう。




 ミストナの仕事用デスクのある後ろの窓。そこから、暮れかけた夕日が部屋に差し込んでいる。

 あと五分も経たないうちに沈み切ってしまうオレンジ色は、最後の輝きを放っていた。


「今日はやけに赤いですね」


 ツバキが目を伏せながら呟いた。







 ◇◆◇◆◇◆







 ーードガッ!


 年がら年中メイド服の狼人、ベリルが鉄扉を蹴り上げて本拠地ホームに帰ってきた。

 両手にはバイト先の余り物ーーと信じたい、ドーナツが入った紙袋をいくつか持っている。


「ぶんどって来たぜ」


 何の悪気も感じさせないほど、ベリルは笑顔で言いきった。


「ベリルさん! あのっ! ミストナさんを知りませんか!?」


 ラビィが最後の買い物を終えてから、すでに三時間以上が経過していた。時刻は二十一時を過ぎたところだ。


「おいおい。血相変えてどうしたんだ?」


「ミストナさんがお昼から帰ってきてないんです! 行方不明なんです! ベリルさんの所に行ってたと思ってたのですが!!」


 小さな体を身振り手振りして、これがどんなに異常な事なのかを、ラビィは懸命に伝えようとした。


「ははーん……これだな?」


 ニヤニヤと笑うベリルが、指で輪を作って卑猥(ひわい)な動きをする。続けて、


「いやぁ、お固いタイプに見えるミストナも、ヤる事ヤってんだなぁ。感心感心」


「ミストナさんはそんな、エッ……エッ……エッチ!! な人じゃないですっ! ちょっと突っ走る所もあるけど、一言も無しに夜出歩くなんて事は、この旅の中で一度も無かったんです!」


 ラビィが涙をこらえながら、ベリルの赤い瞳を見上げた。


「お前らの言ってる旅の期間ってのはどのくらいなんだよ。聞いてなかったな」


「一年以上ですっ……ひぐっ」


「……そんなにか」


 言葉を詰まらせたラビィを落ち着かせるように、ベリルは垂れた兎耳を撫でた。


「私達はアニマルビジョンであり、賞金稼ぎを生業なりわいとしています。恨みを買う事もーー少なくありません」


 後ろから聞こえた、ツバキの的を射た言葉。

 ラビィのせき止めていた涙が滝のように溢れ出た。


「って言ったってなぁ。ここらで野垂れ死ぬ程、ミストナは弱くねーはずだろ。冒険者通りをメインに歩いて何かがあったんなら、とっくに騒ぎになって煙の二、三本は上がってるはずだ」


 そう言ってベリルは窓の方へ行き、騒動の狼煙のろしが上がっていない夜空を見上げる。


「ダンジョン……ミストナさんは、ダンジョンに行ったのかも知れませんっ!」


 ラビィがハッと何かに気付き、山積みになったミストナの仕事机に走りよった。

 本の山を崩し、何か手掛かりがないか探し始める。

 机の上を更地さらちにした後、ヒラヒラと一枚の広告がツバキの足元に舞い落ちた。


 怪訝な顔で、ツバキはその広告を拾う。


「まさか……ミストナはこれを読んだのでは」


 【かごのとり】と、ポップな絵が脇に書いてある例のパンフレット。

 三人はそれを覗き込み、ミストナが残した書き置きを読んだ。


『気晴らしにこのダンジョンに行ってくるわ。すぐに帰ってくるから心配しないで。ミストナ』


かごの鳥に単騎突入だと……」


 ベリルが灰色の耳と尻尾を折り曲げた。


「で、でもっ、これには一時間で帰ってこれる、簡単なダンジョンって書いてありますです……」


 ラビィもそのパンフレットを、不安げな表情で見つめた。


「これは以前に捕まえた低俗な賞金首が、()()に作った物です。素人冒険者を(おとしい)れるための罠のような物」


「じゃあここに書いてあるEランクっていうのは……」


「書いてあるのは事実です。事実だからこそ、性質たちが悪い。これには適切な攻略法には一切触れられておりません。鵜呑(うの)みにしてはいけない情報ばかりです。捨てようと思い、箱に閉まって置いたのですが……迂闊うかつでした」


 ベリルが舌打ちをしながら、犬耳を掻いた。


「籠の鳥を真正面から全攻略って言うんなら、あたしでも魔力が持たねーぞ。初心者向けだが、適正人数は四人以上が推奨だ」


「そんな……」


 ラビィは震える手を、胸の前でギュッと抑えた。


「まぁ、そこまで強いかって言われるとそうじゃない。EランクはEランク。初心者向けのダンジョンだ。コツさえ分かればケロッと帰ってくるだろ」


「ミストナさん、ミストナさんが……」


 ラビィの目から大粒の涙がポロポロと零れた。


「だからコツさえ分かりゃあ楽勝なんだって。そんなに泣くことねーんだよ。ツバキー、お前も何か言ってやれよ」


 何か思いたる節があったのか、ツバキは普段閉じている目を薄く開けてベリルを見つめた。


「私も嫌な予感がしてなりません。ベリル、加勢しに行きなさい」


「はぁー!? お前ら心配しすぎだろ。あたしはアイツの親じゃねーんだぞ」


「ですが、仲間と認めたはずです」


「仲間になってやったけど、これはミストナが一人で決めた事だ。邪魔をしに行く気分じゃーー」


「ミストナはまだダンジョンに行ったことが無いのですよ!」


 ツバキが怒気を含めて叱咤する。


「自業自得だろうが。それが法律の無いダンジョンのルールだ」


 ベリルは何であたしが怒られなきゃならんのだ。と言った顔で明後日を向く。向くが……ベリルの狼の尻尾は裏腹に、激しくパタパタと動きを見せていた。


「では、ベリルの好きな賭け事を致しましょう。ベリルが助けに行かない方に、金貨を一枚」


 そう言ってツバキは、袖から出した金貨をテーブルに置いた。


「勝手に始めるんじゃねぇよ!」


 怒鳴りながらも、次は犬耳がピクピクと動いている。


「ーー付け加えて。ベリルが全速力で走らない方にもう二枚」


 金貨を重ねた途端とたん。ベリルの右腕がピクリと窓の方へ動いた。しかし、それを止めるように自身の左手が右腕を押さえつける。


「なんだよそりゃあ!? そんなめちゃくちゃな、き付け方があるか!」


 たじろぐベリル。

 勝負をするならここだとばかりに、ツバキは畳み掛けた。


「ベリル! あなたがミストナを心配していない方に、金貨をもう十枚賭けます!」


 テーブルにぶちまかれた金貨。

 その数は十枚どころではない。パッと見ただけで、優に二十枚は超えていた。


「ぐっ!!」


 狼の足が一歩、窓の方に動く。だが、そこまでだ。ベリルの足はその先が進まない。

 “進みたくない”のではなく、()()()()のだ。


「これでも貴方の身体は動き出せませんか! この天邪鬼!」


 ツバキがパシン! とベリルの尻を叩いた。


「ああああ! わかったよ! 好き放題言いやがって! 行きゃあ良いんだろうがクソが! その代わり金貨は全部貰うからな!」


 叩かれた勢いそのままに、ベリルは開いていた窓からベランダに飛び出した。

 すぐに天井からタタタタッ! という足音が部屋の中に響いた。


「私も! 私も行きますですっ!」


 続けて窓に向かったラビィ。

 その汗ばむ小さな手を、ツバキはしっかりと掴んだ。


「ラビィ。貴女はここで待機しておきなさい。ダンジョン外で何かがあった可能性も捨て切れません。大怪我を負って帰って来た場合、迅速じんそくに治療を施す必要もあります。それはーーこの中で貴女以外には出来ない事です」


「でも! ミストナさんは友達で! 恩人で!……私はあの人の従者なんですっ! 離して下さい! 離してっ!!」


 取り乱すラビィを諭すように、ツバキは優しく抱き寄せた。


「大丈夫、大丈夫です。ベリルは小さい頃から、かけっこが得意ですから……」


 小さな背中をトントンと叩き、兎をなだめる。

 落ち着かせた後、ツバキは巾着袋を手に取りベランダへ向かった。


「ラビィ。なにかあったら配達員に頼んで鹿野に連絡を取りなさい。アニマルビジョン本部に繋がる通信魔器を使用しても構いません。私は近辺を探し、他のアニマルビジョンの方やギルドに情報を求めて見まーー」


 ツバキがローブの裾を強く握り締める、ラビィの意思表示に気付いた。


「ーーどうしてもと言うなら止めません。ですがラビィ。“やりたい事”と“やるべき事”、決して履き違えてはなりませんよ」


 それを最後にツバキは窓から飛び降り、ギルド本部がある南へ走っていった。


「やるべき事……」


 ラビィはその言葉に似たセリフを知っていた。


『立ち止まった時は、“自分にしか出来ないこと”をやってみなさい。私の好きな詩の一つよ』


 ミストナが言った言葉だ。


 一人残されたラビィは涙をゴシゴシと拭い、ガバッと顔を上げた。

 すぐにがま口から色取り取りの魔石を掴み、寝室のベッドの上にバラ撒いた。

 精霊術の効果を上げる、由緒正しき儀式の一つだ。


「精霊さんーー集まってきて下さい! お願いです!」


 “どんな怪我を負ってきても、すぐに治せるように”


 ラビィは精霊に、強く強く願う。








 ◇◆◇◆◇◆








「今日はやけに多いなぁ。夜勤はお肌に悪いけど、貧乏はもっと嫌だし……」


 白い翼を広げて五番街の上空をパタパタと飛ぶ、見た目は少女の女性。

 実年齢を絶対に公表しない彼女は、言葉の通り“天使”の姿をしていた。


 彼女は吊られたように飛んでいる。

 なんというか、“羽に飛ばされている”ような姿勢をしていた。背筋がピンと伸びていないのだ。

 原因は、首に掛けられた紐の先。ぶら下がっている大きめの麻籠(あさかご)にあった。

 中には大量の封筒と安価なアイテム。欠けた魔石、焦げた矢、穴の空いた鍋、食べかけのパンなど、何に使われるか分からないアイテムがたくさん入ってる。


「いきますよー……よっ、はっ、ほっ!」


 麻籠を手繰り寄せ、掴んだ封筒を遠くの窓に向かって三連射。

 五センチだけ隙間が開いた窓に、封筒は吸い込まれたように入ってく。


「ふっ。さすが私ですねぇ」


 ーーバン! と、投げ入れた窓の一つが豪快に開いた。


「ゴラァ!! どこの配達員じゃボケェェーーー!!」


 そこに居たのはシチューまみれのドワーフ。

 立派な口ヒゲを鬼の角のように逆立て、上空を睨みつけている。


「ひぃーーっ!!」


 天使は即座に高度を落とし、身を隠すように配達を続けた。

 半べそをかきながら空を飛び回る彼女も、少し前までのメイン稼業は、ダンジョンの冒険者だった。

 しかし所属するギルドが活動禁止状態におちいった為、泣く泣く配達員が本業になってしまったのだ。


 木陰に隠れ、冷や汗を拭いながら配達のルートを確認する。


「えぇと、街の方は終了っと。次は異界経由型ダンジョン……孤高の湿地帯。あぁ、リザードマンの所かぁ。嫌だなぁ。あの人達いつも青龍刀を背負って怖いんだよ。表情もわかり辛いし」


 次は五番街の北西かと、高度を上げ直した瞬間だった。


「ーーグェッ!?」


 突然、彼女の首がガクリと下がった。

 朝籠の重量が急に増えたのだ。ひっくり返って、もしも荷物を紛失すれば、一か月の給料が消し飛んでしまう。


 天使は慌てて白い羽の魔力を強め、体制を持ち直した。


「なんですか!?」


 ゴクリと下を見る。

 そこには麻籠にぶら下がる、半笑いのが狼ーーベリルがニタァと牙を見せていた。


「うげぇ!? レッド・ベリル!?」


 引きつる顔の天使は知っていた。

 欠けた犬耳。灰色の髪と尻尾。バカみたいに短いスカートのメイド服と、首にかけられた安物の防塵ゴーグル。

 そしてーー邪悪な赤い瞳を光らす少女を。


 街の治安維持部隊、アニマルビジョン公認の賞金稼ぎ。

 二つ名は悪童。名はーーレッド・ベリル。


「久しぶりだな。という訳で、ダンジョン鳥籠まで全速力で頼むわ」


「どどど、どういう訳ですかそれ!? 私は荷馬車じゃないんですよ! 人運びなら飛竜か鳥獣に頼んで下さいよ!」


「そんなもん探してられっか。つべこべ言わずに早く行け。ハトの丸焼きにしちまうぞ」


 そう言いながらベリルは、無断で大きな麻籠の中に入り込んだ。


「ハト!? 何度も言ってますが、私は歴とした天使です! 由緒正しき神族しんぞくです!」


「神が夜勤で宅配なんかしてるか」


「うぐぅ……」


 天使はたじろいだ。

 一般的に神族しんぞくと言われる種族は、ダンジョンの冒険者としてはかなり役に立つ。飛行も五行ごぎょう魔術もそつなくこなし、どんな戦闘職(ジョブ)にも向いている万能型。

『パーティーに、一人は欲しい、神族様』と、ギルドの宣伝にも使われているくらいだ。


 それもそうだなぁ……と天使は肩を落とす。も、そういう場合ではないと頭をブンブンと振る。


「それはいったん置いといてですよっ! 天使も生活でいっぱいいっぱいなんです! クビになっちゃいますよー!」


 入っていたギルドが休止してから六度目の転職。

 浴びせられた罵声と、地面に頭をこすりつけた回数は数え切れない。

 そして、やっと辿り着いた配達員としての天職。激務と引き換えに安定したお給金。泣いても喚いても、天使は譲るわけにいかなかった。


 “緊急ミッション発生! ベリルから逃げ切れ!”


 天使の生活を賭けた聖戦がーー今始まる。


「早く降りて下さい! 良いんですか!? アニマルビジョンにチクリますよ!」


 天使は夜空を右に左に旋回しながら、ベリルを振り落とそうとした。

 この狼女の悪運や、常識の外れた行動は並のものじゃない。少し高い所から落ちた所で、毛ほどのダメージもないだろう。

 仮に衝突先が酒屋だったら、落とされたことなど忘れて、酒樽に頭を無我夢中で突っ込むバカメイドだ。


 そう言った破天荒な経歴を、天使は知っている。


 一方の籠の中。

 ベリルは無表情で鉄パイプを召喚していた。その先を掲げーーーー天使の下腹部辺りにトンと当てた。


「はぁ!? ちょっと!? 乙女のドコのドコに棒を当ててるんですか! やめてくださいよっ!」


「ト、リ、カ、ゴ、に早く行け。初体験がコイツになっちまってもいいのか」


 怪しく鈍色にびいろに光る鉄パイプの先端。

 天使の額にブワッと冷や汗が浮かんだ。


「えっ……悪い冗談ですよね? ほらぁ、昔パーティ組んだ事もあったじゃないですか? ……ねぇ?」


「冗談かどうかーー試してみるか?」


 いつになく真剣なベリルのトーンに、天使は目をギュッとつぶる。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!! この目はバカ狼が獲物えものを狩る時の目だよ!)


 天使はうわさ話を含め、ベリルが残した数々の逸話を思い出す。

 大通りを平然と裸で歩くメイド狼。賞金稼ぎでありながら、自身も賞金首リストに載った凶悪犯。

 一番街の牢獄にぶち込まれた回数も、両手じゃまるで足りない。

 それでいて、その雲を突き抜けたような性格と美貌に魅了される者も多く、ある意味で泣かした男女は星の数……。

 五番街では知る人ぞ知る話だ。


 (この悪童、レッド・ベリルならーーやりかねないっ!)


 気付くと棒の先端。

 つまり天使の下半身辺りに魔力が集まっていた。

 歯を食いばった天使は、うなりながら覚悟を決めた。


「待って待って! もーっ! わかりましたからー! 鉄パイプは仕舞って下さいよー!」


 聖戦は天使の白旗で、あっさりと結末を迎えた。


「アッハッハ! お前は良い決断をした。きっと明日はいい事があるぜ!」


(クビに決まってんだろ! バカ狼!)


 巧みに天使の背中に飛び移ったベリルは、首元にぶら下げてある防塵ゴーグルをパチっと付けた。


「もしなにかあったら責任とって下さいよ!」


 籠を大事そうに抱き抱えた天使は、羽の魔力を一気に増幅させる。


「あぁ。百番目の嫁にしてやるよ」


 夜空を急加速する天使は、ベリルとの新婚生活を想像した。

 首輪をつけられ、毎晩乱暴され、家には借金取りが押し寄せる自分の無残な姿をーー。


「……提案があります!家は別々にしましょう。私は五番街の真反対、三番街に住むので。それがいいですよー! ねっ!? お金だけ渡してくれれば結構なんで!」


 この天使も中々にしたたかな考えを持つ女であった。


 そんな彼女の無駄話は、もうベリルの耳には入っていない。

 真っ直ぐに見据えるのは、ゲート(オブジェクト)のある籠の鳥の方角。北西だ。


「面倒かけやがって……新米上司め」


 ベリルは下唇をギュッと噛み締めた。

 

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