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4.女子会☆

前回のあらすじ。


狼女を泣きながらボコボコにしたミストナ。

ミストナは狼女を引きずりながら帰る途中で、街の治安部隊であるアニマルビジョン隊員から、指令の触りを受け取った。


いざ、二人は本拠地へ。

 五番街の北部。

 ベリルを引きずりながら歩くミストナは、冒険者通りから隠れるように脇道へと進む。

 怪しげなアイテム店などから漂う甘ったるい匂いを払いながら、ミストナは一軒のボロ宿へと入っていった。


 殺風景なロビーを抜け、二階への階段を上がる。

 ギィギィと床鳴りが酷い廊下を渡った、一番奥の部屋。

 この鉄扉の向こうが、少女達の本拠地ホームになっていた。


 玄関の薄い鉄の扉には、大きな爪痕が四つ。

 ーー真っ直ぐに殴りつけた凹み。

 ーー乱暴に引っ掻いた傷。

 ーー芯が通った一本線。

 ーーコインで引っかいたような、遠慮がちな小さな傷。


 それぞれの縄張りを主張するように、その扉だけが他と違って異質な雰囲気を漂わせていた。


「ただいまー! 帰ったわよー!」


「お帰りなさいですっ」


 ミストナがその扉を開けた途端、元気の良い声が耳に入った。迎えたのは小さな兎人の少女。


 彼女の名は“ラビィ”。ミストナの元従者だ。


 幼い顔立ち。愛くるしい垂れ目。短い薄茶の癖っ毛。

 そして顔の横に長く垂れた真っ白なロップイヤーの兎耳が、さらに守りたくなるような、小動物的な演出を強調していた。


 身長は小柄なミストナよりも小さい、百三十センチ程度。

 水色のワンピース調のローブの上には、肩掛け型のポーチ(がま口タイプ)がかかってある。


 もちろん、臀部からはふわふわの丸い尻尾が飛び出ていた。


 ミストナの横をすり抜けたベリルが、災難にでもあったような顔しながら、ラビィの両脇を抱え頬ずりを始める。


「元気にしてたかラビィ。しばらく見ないうちに良い女になりやがって」


 赤ん坊のように柔らかいラビィの頬っぺた。

 ベリルが乱暴に頬を重ねる度に、それがむにゅんむにゅんと弾む。


「あわわわっ! 今朝方一緒に起きたじゃないですか、ベリルさん」


「そうだったかぁ? 誰かさんに殴られ過ぎて、少し記憶が飛んだのかもなー」


 ミストナがベリルをキッと睨みつけた。


「……はぁ。ベリルには呆れるばかりです」


 居間でコップを並べ始めたツバキが、ぼそりと呟いた。




 少し手狭なテーブルを囲い、四人は腰を落ち着けた。

 テーブルにはラビィが腕を振るった数々の料理が、賑やかに並んでいる。

 チーズがたっぷり乗った熱々のピザ。ツユに浸った大量の油揚げ。ミストナの好きなローストチキンに、ラビィの好物であるクルミ入りのパン等々。


 グゥ……。


 匂いに釣られたツバキのお腹が小さく悲鳴をあげた。


「さぁ、ミストナ。早く音頭を取ってくださいまし。わたくしのペコがもう我慢出来ないと、わめいております」


「腹の虫をペットみたいに言うんじゃないわよ」


 ツッコミを入れたミストナが、各自に飲み物を持つように催促した。

 ミストナはワイングラス。ベリルはジョッキ。ツバキは湯呑み。ラビィは子供用マグカップを手に。


「ここには一つとして同じ入れ物は無い。だけど、注がれた葡萄酒。その中身だけは同じ……この意味が分かるわね?」


 それは冒険者なら誰でも知っている絵本の引用。主人公が異種族の仲間たちと、団結を高める時に言った台詞だ。


「では改めまして。賞金稼ぎーー新生ミストナ班の初任務の成功………と、ラビィの天才的な可愛さを祝って乾杯っ!」


 後半をまくし立てるようにミストナは言う。


「「「乾杯ー!」」」

「かんぱっふぇっ!?」


 一人だけ違う事を言ったようにも聞こえたが「キンッ」と、心地の良い音がボロ部屋に四つ響いた。

 ベリルは我先にと、葡萄酒を飲み干し「クゥァー!」と唸る。

 ラビィはマグカップに少しだけ口をつけた後、並べられた料理に向かってすぐに手をかざした。

 小さな兎の魔術陣がベリルの好物であるピザの前に、すぅと浮かび上がる。


「妖精さん。妖精さん。私のおねがいを聞いてくださいですっ。がんばったベリルさんに、あたたかいご飯をーーどうか」


 ラビィの精霊術が聞き届いたのか、皿の上のピザが出来立てのようにグツグツと音を立てる。


 見ていたツバキが「素晴らしい」とラビィを褒め讃えた。

 火や水などの基本的な五行魔術。

 人間や他の種族はそれらを平然と使えるのだが、獣に関する種族のみがそれを苦手としている。

 真偽のほどはさておき『獣とは自然や神に抗う存在である』と記された古い文献もある。


 当たり前のように、ツバキとベリルは一滴の水すら作り出す事が出来ない。

 努力家のミストナでも一時間以上かけて魔力を練り上げ、ようやくマッチくらいの火が出るかどうか……といったところだ。


 ようするに“獣人”という種族は、たった一つの“固有魔術”しか使えない不便な存在であった。


 しかしラビィは獣人にしてはとても珍しく、エルフの精霊術が使用できる秘密があった。

 垂れたロップイヤーの兎耳で隠れた顔の横。

 そこに、()()()()の耳があった。


 小さく尖った()()()()()が。


 褒められたラビィは、「えへへ」と照れくさそうに目を伏せている。


「ベリルさんのために、チーズ料理をいっぱい勉強したのです。ピザ、ラザニア、グラタン。たくさん食べて下さいですっ」


 ヨダレを垂らしながら、ベリルが再びラビィに抱きついた。


「ラビィが男だったら、すぐに嫁に貰ってやるのに」


「ひぇ!?あの……あのぉ……」


 返事に困るラビィは、垂れた兎耳を引っ張り、赤くなった顔を隠した。


「そうなったら、あんたが嫁に貰われる方になるのよ。バカじゃないの」


 ローストチキンを頬張るミストナのつっこみを無視して、いざベリルが視線をピザに向ける。

 すると、先まであったピザの四分の一が、なぜか消滅していた。

 ベリルはポカンと口を開けたまま、隣に座っているツバキを見つめた。

 ツバキは素知らぬ顔で、スッとナフキンを取り出し、口元に付いたチーズを拭っている最中である。


「ツバキ! あたしのピザを盗っただろ!」


「はて? わたくしは盗っていませんが」


「嘘つけコノヤロウ……」


「そう言えばこんな噂を聞いた事がありますね。妖怪“ピザ帽子”。その者なら自由にピザを操れると聞き及んでます。えぇ、感じますね。驚天動地、摩訶不思議な異様な気配を」


 ベリルが尻尾を逆立てながら、ツバキに詰め寄った。


「いるわけねーだろ! そんな嬉し楽しい化け物が! お前の口にチーズが付いてるのが見えたんだよ、この性悪狐っ!」


「チーズ? チーズとは食べ物の事でしょうか? すみません。わたくしこの通り(・・・・)普段は目を瞑っていますので。見た事がありませんね」


「たまに開いてるだろうが! すっとぼけやがって。目の中にチーズを入れてわからせてやる………って、あぁーっ!!」


 ベリルがピザに視線を戻す。

 するとーーまたピザが減っている。ピザはベリルが一度も手をつける事なく、半分になってしまった。

 糸を引いたチーズの行方。それは真っ直ぐに伸びており、対面のミストナへと続いていた。


 ーーパクリ。


 ミストナが大きな口を開け、ムシャムシャとピザを食べた。


「ピザって初めて食べたけど美味しいわね。ラビィも今日初めて作ったんでしょ? チーズが私達の国ではあまり流行ってなかったものねー」


 指についたトマトソースをペロリと舐めとりながら、ミストナはラビィに視線を向ける。


「はいですっ! 宿の主人さんに教えてもらいました。お口に合って良かったです」


「ラビィには頭が上がらないわ。真面目で素直で可愛くて。どっかのバカメイドにも見習って欲しいわね」


 ミストナがふと前を向くと、ベリルは立ち上がって肩をわなわなと震わせていた。


「これはなぁ! あたしのピザなんだよ! お前らあたしの獲物を勝手に食うんじゃねぇー!」


「うるさいわよ! 私は日課であるラビィ可愛がりターイム! に突入してるんだから邪魔しないでちょうだい。ほら、私の好物と交換してあげるから」


 言うと、ミストナはそれを放り投げた。

「カラン」と、虚しい音がベリルの皿に広がる。

 皿に転がったのは、ミストナがしゃぶり尽くしたローストチキンの残骸だ。


「骨じゃねーか!」


「狼人だったら骨ぐらい食べて見せなさいよ。あんたのその犬耳は飾りなわけ?」


 青筋が破裂しそうなベリルが尻尾を逆立てた。


「……上等だぁ。表に出やがれミストナ!」


「だいたいねぇ! ピザっていうのは皆で食べる物なのよ! 独り占めしようとするんじゃ無いわよ!」


 ラビィが仲裁に入ろうと、二人の袖を懸命に引っ張った。


「け、喧嘩はダメですっ! まだまだ料理は用意してますから! 大丈夫ですからっ!」


 テーブル越しに掴み合いを始めるトラとオオカミ。

 その隙をついて、ピザもローストチキンも片っ端からシュバババ!と、無限の胃袋に収めていくキツネ。

 その三者を見ながらオロオロとあわてふためくウサギ。


 これがミストナ班の、いつもと変わらぬ賑やかな食事風景であった。






 ◇◆◇◆◇◆

 





 部屋の構成はたった二つ。

 小さな寝室と、応接を兼ねた広い居間。そこにミストナの仕事机、先ほど食事をとったテーブルとソファも置いてある。

 隅にはゴザの上に座布団が置いてあり、ツバキ専用スペースとなっている。


 ミストナは食後の紅茶を飲みながら、自分で作った資料に目を通していた。


「完全に活動範囲を、ダンジョンに移したのね」


 タイトルにはこう書かれてある。


 Aランク高額賞金首ハイリスト、【新人殺し(ルーキーキラー)




 ーー新人殺しが街中で殺戮を繰り返していたのは、まだミストナ達がこの街に来る一ヶ月前のことだ。

 街中で新設ギルドの若手冒険者達が、次々に殺される事件が発生した。


 とはいえ、ここは冒険者の街。

 交差点で魔獣の下敷きになる者も居れば、小競り合いからの衝動殺人など日常茶飯事だ。

 小さないざこざに対してアニマルビジョンからの喚起は「戦ったり、どうせ死ぬならダンジョンで死んでください~」と一言のみ。

 冒険者の命よりダンジョンが最優先、それがホワイトウッド。冒険者の街だ。


 しかし一見するとバラバラに見えた事件が結びついたのは、共通した特徴があった為だ。

 殺された新人冒険者達の()()()。それらには一切の戦いの傷が付いていなかった。

 屈強な鎧で身を守る重戦士アーマーも。魔力を込めた特性の布で体をぐるぐる巻きにした死霊使い(ネクロマンサー)も。

 全てが原因不明の魔術を用いられ、内側から破裂した様に死んでいたと、過去の資料には記されていた。


 アニマルビジョンは過去の死亡調査を再度洗い直して、同一人物による二十人以上の連続殺人犯と仮定付けた。

 すぐにその凶悪犯は“新人殺し(ルーキーキラー)”と名付けられ、その不鮮明な殺害方法を考慮し、Aランクの高額賞金首ハイリストに載せられる事となる。


 各番街のギルドに手配書が張り出されると同時。

 街での犯行はピタリと止んだ。

 賢い凶悪犯なら街から離れる者も居るが……ダンジョンの魅惑に負けて、この街に帰ってくるケースが殆どである。


 ミストナが街に到着する頃には、新たな噂が流れていた。

 ダンジョンで“新人殺し”に会ったという話だ。

 ダンジョン内において、戦った形跡の無い『血の付いた新品の装備を見た』という目撃情報も。


 その中で、新人殺しと直接話をしたという冒険者の噂をミストナは入手した。

 『ここだけの話だ。新人殺しに効率の良い稼ぎ方を教わった』そう仲間内に自慢げに話していたのが、あの“子供攫いのオルス”だった。


 ミストナが情報屋と共にオルスを調べている最中ーー絶好のタイミングで、子供の奪還依頼が舞い込んできたというわけだ。


「こんな悪い奴を野放しにしておけない。賞金稼ぎとして……ううん、冒険者として早く捕まえなくちゃ」


 ミストナがソファーで寝転がっているベリルに目をやった。ベリルは半裸のサキュバスが表紙を飾る如何わしい雑誌を読みながら、くっちゃくっちゃとガムを噛んでいる。


「で、何か情報は? やっぱりオルスは新人殺しとの繋がりはあったわけ?」


 パン! とベリルは膨らましたガムを勢い良く潰した。


「オルスから読み取れたのは、聖デイヴァレンのローブ。あとは手首か足首辺りに金魚の刺青だな。あのローブは本物だ。オルスの目線越しだが、確かに術印の紋章が見えた」


 驚いたミストナが立ち上がり、回転椅子が倒れそうに傾いた。


「聖デイヴァレンですって!? 総合ランキング第十位の大型ギルドじゃ無い!」


「あの……聖ディヴァレンっていうのはそんなに有名なんですか?」


 ピンときていないとラビィが、疑問を投げかけた。


聖職者(クレリック)司教プリースト聖騎士パラディンから踊り子(ダンサー)まで。色んな職業の冒険者がメンバーにいるのよ。その全員が回復魔術を使用出来る。しかも高レベルで。かなりぶっ飛んだギルドね。バランスよく回復職ヒーラーを極めるならここしかないとも言われているわ。規模は五百人前後で、他のギルドへの斡旋もしてるし……本当に凄い。いや、厄介なギルドなのよ」


 ミストナが頭を抱える。

 それほどまでに、このギルドはこの街に対して多くの影響力を持っていた。


 四番街に本拠地を置くギルド、聖ディヴァレン。

 ダンジョン内でこの正団員と鉢合わせた場合、無償で傷を回復をしてもらえる。

 これだけを聞くとまるで神様のような存在に思えるが、まるで反対の事を言う冒険者もいる。


 やれ「回復という名の暴力」だとか「司祭の服を着た悪魔」云々。


 理由は簡単だ。

 彼等はダンジョン内で大規模回復魔術を連発しまくる。回復量で幻獣を押し切る戦闘スタイルなのだ。

 その効果範囲は広く、場合によっては近くにいた他の冒険者の解除したトラップや、下の階で戦っている幻獣をも治してしまう事が多々あった。


 聖デイヴァレンが、厄介なギルドと噂される原因はここにある。


 しかし、鉢合わせバッティングも込みでダンジョンだ。そしてダンジョンも望んでいる。混乱を。混沌を。汗一滴でも多くの犠牲を。

 ミストナが愛読する絵本【冒険者の流儀】にも書いてある。


 『ダンジョンとは潜れば誰もがステージの上で、決して主役は一人ではないのだ』と。


 聖デイヴァレンもまた必死なのだ。

 自分達以外の事を考えて動けば死人が出る。だから、聖デイヴァレンがそこまで逸脱したギルドかと言われれば、頭を悩める結果になってしまう。

 四番街では医療関係の施設を格安で解放しているし、評判も上々。街の中では法に触れた経歴も無い。


 それぞれが複雑な表情を浮かべる中、ツバキが「ですがーー」と口を開いた。


「過去の犯罪と今回のベリルの読み取りからして、新人狩りが組織的ではなく、個人で動いているのはほぼ確定と言っていいでしょう。ギルドマスターに情報協力して頂ければ良いのですが」


「待てよツバキ。正団員が新人殺しってのは時期尚早じゃねーか? 聖ディヴァレンのマントだけパクって、成りすましてる可能性もあるだろ」


 ベリルの意見はもっともだ。

 ミストナは資料を洗い直しながら、いくつかの仮説を一つずつ潰していく。


「……百パーセント否定は出来ないけど。聖ディヴァレンを隠れみのにしているなら、今まで見つからなかった理由も説明がつくわ。ダンジョン内での目撃情報も、本拠地の四番街に近いところばかりだし」


「聖デイヴァレンに新人殺しが居たとして、どうやって団員五百人の中から新人殺しを絞り出すんだよ。そもそも上位のギルマスなんか簡単に会えるもんじゃねーぞ」


「そこが問題ね。ギルドマスターに接触する事自体が厳しい。かと言ってちまちま下の正団員に話を通してる内に、嗅ぎつけられて逃げられたら困るし……」


「となると、ギルドメンバーを全員監禁してぶっ飛ばす。これっきゃねーな」


 尻尾を振りながらベリルは答えた。

 ガムとヨダレを垂らすその頭の中は、五百人抜きという妄想でいっぱいなのだろう。


「そんなの聖ディヴァレンどころか、アニマルビジョンに殺されるわよ」


「じゃあ他にあるのかよ。ギルドマスターに直接・・話をつける方法が」


 確かに正攻法は難しい。

 ふざけた態度のベリルに、ミストナも胸の内を重ねる。


 ぽつんと。会話に入れないでいたラビィ。

 状況があまり飲み込めていない彼女がふわっと口を開いた。


「あのっ、会いに行けないなら……向こうから会いに来てもらうっていうのは?」


「ラビィ」


 ミストナが落ち着いた口調で、ラビィに目をやった。


「あわわ! ごめんなさいですっ! 待ち合わせとは違いますよね」


「ーーラビィ、あなたは可愛くて可愛くて。やっぱり可愛いくて、そして天才よ」


「ふぇ?」


 ミストナはこの二週間、ひたすらに知識を詰め込んでいた。憧れたダンジョンに一度も足を運ばずに、本や資料を永遠と捲り続けた。

 それがミストナにとって、この街で生きていく上での“絶対条件”だったからだ。


 ミストナの中で混ざり合った三つのワード。

 街とダンジョンの治安を繋ぐ特務機関ーー『アニマルビジョン』

 千を超えるチームの中で、ギルドポイント総合ランク第十位の『ギルドマスター』

 そしてこのギルドの売りは『回復職ヒーラー』であるという事。


「あぁ?」


 起き上がったベリルに、ミストナは爛々(らんらん)とした目を向けた。


「ラビィの言う通りよ。簡単にギルドマスターに会えないならーー直接引きずり出すまで」


「……下に話を通したら逃げられるって、お前がさっき言ったんだろ」


「アニマルビジョン総括の“鹿野”に掛け合うわ」


 その名前に狼と狐が明らかに嫌そうな顔をした。


「あんたらの賞金稼ぎとしての履歴にも目を通したけど、何でもかんでも個人でやろうとし過ぎなのよね」


「借りを作りたくねーだけだ」


「便利な物は使う! 悪い奴はやっつける! ラビィはいつも可愛い! これが世界の鉄則よ!」


 ミストナはすぐにメモを取り、走り書きを始める。

 手早く封筒に包み、虎の蝋印をギュッと押した。


「屋上に行ってくるわ」


 ベランダから軽快に屋上に飛び移り、近くを飛んでいた顔見知りの、白い羽の配達員に声をかける。

 鹿野までの直行便を頼み、気前よく銅貨を上乗せすると、彼女はピョンピョンと跳ねて喜んだ。

「狼女と違って、ミストナさんは気前がいい!」と涙を流しながら、一番街の方角へ白い羽を羽ばたかせていく。


 手紙ではなく、通信魔器を使ってアニマルビジョンと連絡を取る手段もあるのだが……。

 街中で魔術が飛び交うこのホワイトウッド。誰がいつ傍受しているかはわからない。

 大事な案件は魔力の筆跡を残した“手紙で”というのが、この街での通説になっていた。


 一息つきながらミストナは屋上の手すりを掴む。

 風に遊ばれる髪を耳にかけ直し、ふと夜空を見上げた。


「いいなぁ」


 散り散りになる雲に紛れて、丸い輪を維持し続ける不思議な雲が浮かんでいた。

 その近くに浮かぶ孤島はいつも静観を保っている。

 離れた場所に見える幽霊船ならぬ、幽霊飛行船。怪しいシルエットはまるで、こちらを睨んでるようだ。


 吸い込まれるような魅力を持った数々のオブジェクト。

 これらも全て異界に繋がるダンジョンのゲート(入り口)だ。


 ーーークェェェエエエーー!!


 巨大な鳥獣がミストナの頭上を通り過ぎた。


「鳥さん、急いで。ゲートが、閉じてしまう」「お前が寝坊したからだぞ!」「ぶっ殺すぞ! お前らが朝まで騒ぎまくるからだろうがぁ! ボケェ!」


 鳥獣の背中に乗った冒険者達が、殴り合いをしながら空を飛んでいる。

 方向は小さな月を模したゲートだ。


(あぁ、あのダンジョンは週末にしか現れないって話だったわね。なんだか限定デザートみたいね)


 ミストナは手摺てすりに顔を乗せながら、ゲートに消えた冒険者を見送った。


「……私も早くダンジョンに行きたいなぁ」


 手摺の柵をブーツで小突くと、無機質な音が体に伝わった。

 それはミストナの渇望する心を、少しだけ締め付けた。

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