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3.愛情パンチ!友達キック!

前回のあらすじ。

二人が帰ってこない事を心配したリーダーのミストナは、偶然ツバキを発見する。

そしてベリルが歓楽街の方にいる事を知り、怪しげな違法賭博が行われている溜まり場に、単身乗り込んだのであった。

 ベリルは「やべぇ!」と言った顔で、持っていたトランプを慌てて背中に隠した。


「いや、これは違う! 誤解だ!」


「弁解の余地を与えるのも、優れた上司の務めね。いいわ。何が違うか説明してみなさい?」


 ミストナの肩から湯気のような強烈な魔力がほとばしっている。


「これはつまり、捜査の一環なんだよ! ここにいる奴らは全員が情報屋だ! そうだろ? お前ら?」


 ベリルが見知ったギャラリー達に目配せをする。


「へぇ……そうなんだ」


 あきれ顔のミストナは軽く周囲を見渡すと、自身の両隣に魔術陣を出現させた。

 輪の中から腕の形をした巨大な鉄塊が召喚される。

 ミストナと同じ身長くらいのそれは、まるで巨大な甲冑から腕だけを呼び寄せたよう代物だった。


 これがミストナの固有魔術。

 自在に操れる二本の鉄腕、“二極豪天にきょくごうてん・カイナ”と呼ばれる、召喚武器だ。


「違法賭博に群がる奴らなんて、どうせ前科者キズアリでしょ。もし私に嘘をついてみなさい……」


 ミストナがギャラリー達を睨むと同時、意思を受け取った二本のカイナがロケットのように宙を飛んだ。

 それは鼻先三センチーー冷や汗をかいているギャラリー達の前でピタリと止まった。


「ーーこのカイナで全員叩き潰すわ」


 周りの全員が訓練された軍隊のように両手をあげ、大急ぎでブンブン! と首を横に振った。


「ありがとう。協力感謝するわ」


 半ば脅しだが、情報屋とは違うという裏付けは取れた。

 ミストナは額の血管をピクピクとさせながら、ベリルを再び見下ろした。


「情報屋じゃないんだって。ベ、リ、ル?」


「おめーら! 裏切ってんじゃねぇよ!」


 ミストナはニッコリと笑い、両拳の骨をバキバキと鳴らす。


「ちょっと待て! 小遣い稼ぎに三十階層まで行ったから、今は魔力が残ってねーんだよ!」


「あんたは本当に余計な事ばっかりして……この、バカメイドーーッ!!」


 ミストナがベリルに飛びついた。

 腕を振り回しポカポカと殴る。様子から見て本気ではなかった。子供の喧嘩のような殴り方だ。


「死ね! 死ね! 死ねーーっ! 賞金狩り(狩り)をする時だけはすぐに帰ってきてって約束したでしょ! なんで勝手な事するのよ!」


 しかし、ミストナは手加減したとしても攻撃特化の拳闘士だ。愛情パンチ、友達キックでもそれなりには痛い。


  ゲシゲシと踏まれながら、ベリルは言い訳を開始する。


「仕事の後の息抜きだよ! これくらい良いだろーが!」


「うるさい! せめて一言くらい、声をかけてから行きなさいよ!」


「お前は心配しすぎなんだよ」


「あんたの上司なんだからーー心配して当然よ!」


 殴る手を止めたミストナの目には、涙が少し潤んでいた。

 なんとなく状況を察した観衆達は、ベリルに冷たい視線を向けている。


「……なにも泣く事ねーだろ」


「仲間の為に泣く事のなにが悪いっていうのよ!! 言ってみなさいよ!」


 曇りがない、真っ直ぐな少女の言葉だ。


 胸を貫くその発言はギャラリー達の胸にも刺さっている。「そーだ!嬢ちゃん良いこと言うじゃねーか!」「冒険者の鏡だぜ!」「狼女は早く謝れ!この女泣かせー!」「暴力変態メイドー!」と、外野からは関係のあるような無いような野次が飛ぶ。

 それに対しベリルがギリっと周囲を睨みつけると、皆は明後日の方向を即座に見上げた。


「……悪かった。謝るよ。ほら、可愛い顔が台無しになってんぞ」


「かっ、可愛い顔は関係ないでしょ!」


 ふん! と、ミストナはそっぽを向いたが、虎縞の尻尾は高速で左右に揺れているーー残像が見えるほどに。


 観衆達はそれを見て(あ、この獣人めちゃくちゃ喜んでるじゃん)と心の中で思った。


「ほら、さっさと帰るわよ。愛しのラビィがご馳走作って待ってるんだから」


 ミストナは手甲に付けられた布で目をゴシゴシと擦り、ベリルの首根っこを掴んだ。

 そのままズルズルと引きずり、出口に向けて足を踏み鳴らす。


「あっ! ちょっと待ってくれ! チップだけでも換金させてくれ! 今日は大勝利したんだよ!」


 ミストナの目がまた、ゴミを見る目に変わった。


「違法賭博なんかやってるから、アニマルビジョン(わたしたち)の評価が低いのよ! 少しは反省しなさい!」


 泣き言を続けるベリルを無視し、ミストナ達は店を後にした。





 店内は嵐が吹き抜けたような静けさを保っていた。

 ガラの悪い冒険者達は、うつろな眼差しで半壊した一角を見つめている。


「あれがベリルのチームに入ったっていう、変わり者の猫人か」


「猫じゃねーよ、あれは虎人だ。それより見たかよ?あの飛んで来たデカい鉄の腕の正確さ。半端な魔力じゃ召喚出来ねーぞ」


「あの悪童と呼ばれるレッド・ベリルが尻に引かれるなんてな……」


 (((少し、大人しくしていよう……)))


 正論だけではやっていけない冒険稼業。

 多かれ少なかれ訳ありな観衆達は、そっと胸の中で呟いた。



 



 ◆◇◆◇◆◇




 


 本拠地に向けて、二人は大通りを北上していく。


「お金が貯まったら、ラビィに魔石を買ってあげないとね」


 露店に並べられた冒険者へのアイテムや装備品。

 ミストナはそれらを眺め、嬉しそうに歩いていく。


「あたしの金貨が……勝利の女神が……」


 ミストナの後ろ手に引きずられるベリルはチップの幻を見つめながら、まだブツブツとたわ言を呟いていた。


「ったく、女々しいわね。男らしくシャキっとしなさいよ」


「だーれが男だ! あたしはどっからどう見ても女だろ」


 ミストナがそのメイド狼の全身をジロリと睨む。

 一部が欠けているが立派な犬耳と大きな尻尾。それは獣人とっての証であり、大変に魅力的である。


 次にその特徴を取り除き、純粋な人間として考える。溜め息が出るほど整った顔に、出るとこが出た女性らしい身体つき。


 ーーしかし(外見だけ……ね)と、ミストナは首を横に振った。


「あんたには、“レディ”としての振る舞いが足りないのよ」


「女の振る舞いねぇ」と狼女は小さく呟いた。

 途端だ。ベリルは引きずられるままおもむろにスカートをたくし上げ、一体式になったメイド服を、がむしゃらに逆さまにしていく。


「はぁ!? 何脱いでるのよあんた!? 皆見てるでしょ!」


 なんだなんだ? と、人の波が止まり輪に変わっていく。


「何がレディの振る舞いだ! エロい魅力が女としての全てだ! それが古来から受け継がれて来た、正しい子孫繁栄のあり方なんだよ!」


「あんた究極のバカなの!? 恥ずかしいから服を着なさい! 変態メイド! 原始人!」


「あたしと一発やりてーと思う奴は寄ってこい! 巨人にオーガ、飛竜にスライム、何でもきやがれ!」


「わーーーーっ! 何言ってんのよ! 捕まるでしょうが!」


 服を着せようとするミストナと、抵抗する半裸のベリル。

 二人は大通りの真ん中を陣取り、キャアキャアとわめき散らした。



 ーー突然。

 その上空から一陣の突風が吹き荒れた。



 何事? とミストナは目を細め、空を見上げる。


 風を切りながら急降下して来たのは、鷹の獣人の女だった。彼女は静かにつま先から着地をし、背中から突出した大きな翼をたたむ。

 眼光鋭く、大きく見開かれた目。顔立ちは均整がとれているが、その威圧的な視線は一切の他者を寄せ付けさせない雰囲気を醸し出している。


 全身は深緑色で統一した、軍隊のような制服をピシッと着こなしていた。

 襟首には牙と爪を形どった【ダンジョン特務機関(アニマルビジョン)】の正隊員の紋章が見受けられる。


 ミストナのパーティーも、このアニマルビジョンという団体に一応・・は席を置いている。


 簡潔に言えば選ばれたけものだけが加盟できる、街とダンジョンを繋ぐ“治安部隊”といったところだ。


 その鷹人は一切の瞬きをせず、見開き気味な瞳をミストナに向ける。


「ーーミストナ様」


「あら、フェルニールじゃない。二週間ぶりね」


「鹿野様から通達です」


 懐から差し出された封筒を受け取り、ミストナは中身を確認する。

 そこには達筆な文字で指令が書かれていた。

 つらつらと内容を読み、ミストナは最後の“本部長・鹿野(しかの)クリフォネア”のサインに目をやった。

 本部長とは名ばかりで、鹿野はアニマルビジョンという組織の代表だ。

 この騒がしい街を仕切る頂点の一人、と言っても過言ではない。


「是非、ミストナ班に引き受けて頂きたいと。鹿野様が」


「孤高の湿地帯、リザードマンの沈静化ねぇ……良いわよ。この仕事引き受けるわ」


 二つ返事で手紙を返すと、フェルニールは掌の上でそれを灰に変えた。

 獣人は原則として一つの術しか使えない。

 火がこの鷹人の固有魔術なのか。または何かアイテムを使用したのか。ミストナは「へぇ」と感心する。


「感謝致します。詳細は後日に」


 鷹人は大きな翼を広げると、上空に舞い上がり一番街の方角へ飛んで行った。


「空を飛べるのはやっぱり便利ねー」


「そうか? そのせいで入れないダンジョンもあるぞ」


 答えたベリルは胡座をかきながら、ムスッと目付きを悪くしていた。


「どうしたのよ? 尻尾が内巻きになってるわよ」


「あたしは組織ってやつが、嫌いなんだよ」


 ベリルが悪態をつきながら、手をヒラヒラと振った。


「じゃあなんで、アニマルビジョンに加盟してるのよ。入るかどうかは自由でしょ」


「ツバキの野郎だ。あいつがどうしてもって言うから入ってやってるんだよ。なのに、ツバキ自身もアニマルビジョンをかなり嫌ってる。訳がわからねぇぜ」


「あんた達は贅沢ね。サポートも受けれるし、指令が嫌なら拒否も出来る。ダンジョンの冒険者と賞金稼ぎをやっていく上では便利じゃない」


 アニマルビジョンに所属する獣人の多くは、その治安維持活動を本職としていない。純粋な冒険者から医者、先生といった一般的な本業を持っている。

 妙な言い方だが、ボランティアのような団体だった。


 ミストナは鹿野に会った二週間前を思い出す。

 本部長の鹿野クリフォネア曰く、ここは街であって国ではない。従ってアニマルビジョンは軍事組織という体裁を取ってはいけない。

 あくまで善意の団体だから、命令ではなく“お願い”という形がこの組織には好ましいーーそんな話を本人が言っていた。


「けっ。人に頼って得たものは、いつかしっぺ返しが来るんだよ」


 ベリルがブスッとした顔で言った。


「協力し合うって言うのよ。それに指令を無下には出来ない理由が私にはある訳だし……ほら、無駄口叩いてないで帰るわよ」


 再びミストナはベリルの首根っこを掴み直し、ズルズルと本拠地ホームに向かって足を進めていく。

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