23部屋目 幼女兄貴と往く異世界マンション
「ふっ。薫が粘るなら大通りだと、風の便りでな」
(そうじゃの、丈一。妾のおかげじゃ)
天女の羽衣のような出で立ちで現れた半透明の女性。妖艶な笑みを浮かべ、兄貴の傍らで宙をたゆたっている。
(どうかえ、薫子様? 滲みでとるかのお、大人の魅力が)
(――ジニー!?)
(くふっ、今の妾はジェニファーよ。愛称がジニーじゃて)
ジェニファーは、長い紫の髪をふわりと靡かせた。
「まっ、つもる話は後じゃ。今は目玉に集中するかのお、丈一や?」
「そうだな、ジニー!」
兄貴が敵陣を指差すと、すかさずジェニファーが【大旋風】を放った。目玉たちを渦の中心にまとめたところで、今度は上から下へと猛烈な【風】を叩きつける。さながら下降噴流だ。
「薫よ! 防御は任せたぞ!」
「うんっ!」
竜巻に駆けていく兄貴へ、目玉たちが無闇に呪文を放つものの、回避力がスゴイため張り直しは微々たるものだ。
※:メッチャかわすやん!
※:もう兄貴一人でいいんじゃないかな
※:あ、ヒットした!
※:いやいや、薫子様がすかさずリカバーよ
――後衛の【盾】の強さは、前衛に依存する。
異世界マンションで生まれた格言の1つだ。
さっき僕自身に【強大防御】を張ったときは、何度も何度も当てられてヘトヘトだったけど……。何コレ、すっごく楽。
※:あのー、なんで薫子様はジョニキの回避先が分かるん??
※:そりゃオメー見てきた年季が違うぜ(ドヤァ
※:――あれ? じゃあこれメチャクチャ安定では?
※:↑お気づきになりましたか
兄貴はダウンバーストで押さえ付けた目玉たちのそばまで近寄るや、地面に思いきり拳を繰り出した。
「大地球パンチ!」
グラグラグラッ!!! ボボボボボボボシュー。
【地震】が目玉たちにヒットしてほとんどを退治した。唯一、茶色目玉は耐性があって残るものの、素早く兄貴が引っ捕らえる。
「お前は【力場】で逃がさん。――よし、これで全滅からの復活を封じたな」
※:うおおー!!
※:距離つめれたらこんなに早いんか!
※:指向性の【地震】がタメ無しならそりゃ強い(確信
※:「菊知丈一に同じ技は2度も通じぬ!」
「薫よ。このまま目玉には、俺たちが帰るまで明後日のほうを向いといてもらおうか」
「ん、そうだね」
緊張が解け、互いに笑い合ったとき。
「え~? ソレはイヤよ~」
ふて腐れた声とともに、茶色の目玉が消失した。
「アンタらはねぇ~、アーシの目から逃げらんないの~」
廃墟の陰から、目元を隠した茶髪ロングの長身少女が現れた。見た目は僕と同年代ぐらいで、下はデニムのショートパンツ、上は厚めのニットカーディガンだ。
「はーい、これでやり直し~。また腕から目ン玉飛ばして、リタイアさせてやるし~」
スッと腕まくりすると、おびただしい数の目が付いている。
※:うげゲロンチョ
※:百目の目隠れギャルだと……?
※:なんやコイツ
「ふむ、リスナー諸氏よ。誰か心当たりはあるか?」
※:おk、ジョニキ。「どどめき」や
※:百々目鬼
※:ウデにめっちゃ目がついとる盗っ人妖怪ですな
※:はえーよ有識者!
「そっ! 正解、どどめき~。ここでのアーシは無敵よ~? なんせ目玉を、好きな風にセットしとけんだもん。こんなふうにさ~」
言うが早いか、腕にあった目がいくつか消え、僕の近くに現れる。
「なっ……!」
「アハッ! 目ぇ丸くしちゃった~? そっ、所詮はガードありきって言うか~! ヒョロい青びょうたんを消しゃあ、デカブツの茶色も終わりっしょ~」
一斉にゲイザーたちが光り出す。
「ハ~イ、これでスットロい青はオシマ~イ! 腹に風穴ブチ開けて……!」
「セイッ!」
ドッグオオオオッッ!!!!
「……あが、ごっ……!」
「おっとスマンな、スットロい百々目鬼よ。長話でつい、腹に風穴チャレンジをしてしまったぞ?」
「テ、メ……この……!」
「ほお。ショック状態は、飛ばしたゲイザーどもだけか」
あっという間に肉迫した兄貴の攻撃で、宙の目玉は残らず白目を剥いている。もちろん呪文はキャンセルだ。
「あわよくば、本体もと思ったが」
「ハア!? 妖怪はタフに決まってるっしょ! 目玉もすぐに回復するし! 撃ちまくればアーシの勝ちだし!」
「くふっ。妾がおらなんだらのお」
僕の傍らに来たジェニファーが、再び【大旋風】を放った。
「風穴とは、この台風の目がそうかえ? ほれ、回転の延長じゃ。コインランドリーみたいにのお」
「ハアッ!? そんなバカスカ魔法使ってたら、スグ魔力尽きるっしょ!」
「ん~む、目は多くとも節穴じゃな。戦略眼がまるでないわ」
ジェニファーのチラ見に、兄貴が苦笑した。
「百々目鬼よ、外に出せるのは8つが限界か? ならば、至近距離の俺を止める手立てがないな。詰みだ」
「ハァ? 茶色って脳ミソも筋肉~? さっき言ったっしょ、妖怪はタフだって~。アンタのヘボい攻撃ぐらい、ヨユーで耐えれるし!」
※:あっ
※:BAKAスw
※:ピコーン(フラグの立った音
「アーシはね~、オメーらの命も余裕で盗めるの! さっきのは不意打ちだったから、ちょっちフラついただけで、もうオメーに勝ち目ねーから! そっちの青もブチ殺すから、無力さを目の当たりにしろし!」
「――ほお。薫への殺害予告は、聞き捨てならんな」
首を鳴らした兄貴は、百々目鬼の足をゆっくりと踏み付けた。
「すなわち……『目に余る』」
「アハッ、面白~い! 目にモノ見せてくれるの~? お礼にアーシが、テメーの目ン玉えぐり盗っタゴォッ!?」
アッパーが、目にも留まらぬ速さで入った。
「はっ……へ? あへっ……!?」
「おお、存分に見てこい。地獄をな」
すかさず襟元を巻き込み、右手一本で背負い投げの体勢。そのこめかみへと思いきり掌底。
「カバッ……!」
そのまま側頭部とアゴをガッチリねじってロックし、膝頭へ目がけて逆落とし。
ズガッシャアアアアアアン!!!!!!
「ぶ……ぶふぅっ、かひゃっ……」
※:決まったアギト落としー!!
※:右手左手右膝で【地震】3連発ッッッ!!!
※:イイコは真似しちゃダメだぜ?
※:↑悪い子でもマネすんな!
「タフな妖怪は脳ミソを揺らすのが定石だ。さて次だが……、む? お前の脳ミソ、ちと筋肉が足らなかったな」
※:ウハッ!消滅やん!!ww
※:あんだけイキってて必サツ技1回でKOとか草
※:まーた井の中の妖怪だったよ・・
※:ドドメキはザンネーン、ジョニキから大目玉デース
(丈一や、今度は目玉の復活もなさそうじゃの。妾たちの勝利じゃて)
「おおっ、ならば別ルートか。やったなあ、薫」
「兄貴のおかげだよ」
僕は兄貴の撮影から、光の差す方へとパンした。
「あっ! 見て、兄貴!」
※:えええええええええ、823!!??
※:新ルームが最高地点超えッ!
※:にーさん! ニーサンじゃないかっ!
※:やべえ、歴史が動いた……!
ジェニファーが百々目鬼の灰色オーブをいそいそと回収しにいく間、兄貴が僕に手を差し伸べてくれた。
「薫の門出には、もってこいの部屋だったな」
「ん。これからも頑張るよ」
僕は手をつかみ、ぐっと引き上げてもらった。
◆ ◆ ◆
「――で」
休憩室にて。
僕は、ムス~ッと頬杖をついていた。
「なんでまた幼女なのさ!」
「ん~? それは俺が……じゃない、この姿だと『ワシ』か。ワシがクリア後も、15kgで昇れると広めるためだ」
「それは……うん。めっちゃ大事」
さっき組合の人に権限を移譲するまで、“823:運命の糸車”という草原の部屋へパイロットをしていたのだが、僕の体重だと残り乗員数はおおよそ3人なところ、幼女な兄貴だと4人できるのだ。
「1人の差は大きいもんね」
「ああ。部屋の開放が一気に進むぞ」
「うーん、それは喜ばしいんだけど……」
「ん、どうした~?」
兄貴はニマニマしていた。
「もちろん薫は、ワシが幼女のあいだ女装を続けるんだよな~?」
「それがズルいんだってば! ――あっ」
兵藤くんが休憩室に入ってきた。
「フン、弟よ。無事にクリアしたようだな。そして……ジニーさん?」
皮肉っぽく笑った兵藤くんは、兄貴の髪をスグさまくしゃくしゃにした。
「精霊め、いつまで演技をしているツモリだ? ジョニーさんが戻ったというのに」
「んむ! そうじゃそうじゃ、言うちゃれデコペチ!」
「おぅ。――え?」
兵藤くんが振り向くと、そこには実体化したジェニファーが。
「くふっ、ほんに面白き奴よのお。妾への魔力供与、ご苦労じゃったわ」
「アレ?」
「はてさて、不思議じゃのお。昨日デコチューした妾は、ここにおる。だのに、幼女もおる。――ぬぅ~む。はたしてコヤツ、誰じゃろなあ?」
「――あっ! あぁぁああ……!」
焦る兵藤くんの手を、幼女兄貴はゆっくりとどけた。
「薫の学年で、トップの兵藤か。ワシの弟と精霊が、ずいぶん世話になったようだな」
「す、すみませんジョニーさん! マサカもうご本人だとは……!」
「なーに、取って食ったりはせんさ。――あっ、ココ空いてるぞ?」
「ハ、ハイィ!」
机を叩いて隣に座らせた兄貴は、オールバックの髪を手でくしゃくしゃした。
「まあ、そう固くなるな。御礼をさせてくれ、じっくりとな」
「う、うひゃぁぁあああ……!」
あーあー、兄貴ってばメッチャ楽しんでる。後でちゃんと御礼も渡すんだけど、言い方がさあ。
「よっ、相棒」
今度はQが顔を出した。
「来てみろよ。すげぇゲストがご到着だぜ?」
「えー、誰? ――あ、それじゃあ兵藤くん、ごゆっくり~」
「へぁ!? う、わ、分かっ……た」
すっかり兄貴たちのオモチャと化した兵藤くんを残し、僕らはマンション前に戻った。
「オーホホホ!」
そこには、千桜さんと猪尾さんの他に、福生課長の姿が。
「薫子ちゃんのパイロットに、一名様ご案内よ~!」
「ええ、課長が新ルームに昇りたいんですって。パンデモニウム会議を急遽中断して、ね」
【向日葵】を向けられた課長は、非常にバツが悪そうだった。
「うぅむ、私は……。他の会議メンバーは組合の手配で順次昇っているが、私だけは君のパーティーによって、こちらへと誘導されて、だね……」
「そうでしたか」
僕は満面の笑みを浮かべた。
「非常にお忙しいなか、ようこそ」
「ああ、分かっている! 813への助力を拒んでおきながら、新ルームが開放されたらホイホイ来ている恥知らずだというのはな!」
課長は大きく息を吐いたのち、深々と頭を下げた。
「菊知薫くんには、大変……大変、申し訳なかった。今後の待遇には最大限の配慮をするので、戻ってきてもらえないだろうか」
※:2323ー、角度が足らねえぞー!
※:謝罪なら脱げよ帽子
※:ドゲザーしようぜ!
僕は穏やかに笑うと、軽く頭を下げた。
「すみません。今後はフリーの方が動きやすいので」
「分かった。誠に失礼した」
「いいえ。それと、僕への対応も今までどおりでいいですよ」
「うっ、ううむ……。分かった」
おずおずと頭を上げた課長は、咳払いをした。
「いずれにせよ、今後のマンション探索は戦略の見直しとなるだろう。【強大防御】を始めとした防御系の進化呪文は、精度さえ高めれば実用に耐えうる。これを、君たち兄弟がハッキリと示してくれたからな」
課長は手を差し出してきた。
「どうかそのノウハウを、先達として冒険者に教えてほしい。お願いできるだろうか」
「それは、喜んで」
僕は課長としっかり握手をした。




