20部屋目 生き汚さのすすめ
大量の水はすっかり引き、急速に夜が白み始めた。108の夜明けである。
「ありがとうね、ナックラヴィー」
「えっへん!」
僕はナックラヴィーを2本指でよしよしして、アストラルに還した。
「はあ~、負けたわ……」
玄武様は、再びダークエルフ女児の姿になっていた。
「でも、帰るまでが遠足でしょ? 魔力も戻ってきたし、いま【ブリザード】したらアナタお仕舞いだけど?」
「大丈夫です。玄武様はそういうことしないんで」
※:ヒエー!
※:全幅の信頼やな
※:そらマジ切れしとったら即可愛がり(当亀比)やし
※:バーさんを本気で怒らせたら大したモンだ
玄武様は失笑した。
「そうよねぇ、戦い終わればノーサイド。いろんな人間と遊びたくて1階に構えたんだもの。多少の煽りは、お楽しみの範疇よ」
※:ゆうべはお楽しみでしたね(意味深
※:ああこれアレだ、孫帰ってきたときの田舎の婆ちゃんだわ
※:オレら孫だったのかw
※:俺が、俺たちが孫なんだ!!
「だけど意外ねぇ。アナタみたいな子が激怒パターンに挑むなんて」
「確実なクリアを優先させました。申し訳ございません」
「ああ、理由を知れば納得よ。大事な人たちのためなんでしょ? 痛いほど分かるもの」
「それは……玄武様も?」
「ええ。大昔のワタシは、仲間を守る強さに憧れた、小さな【夜顔】だったのよ」
玄武様は、消えゆく月に目を細めた。
「群れのみんなを助けたくて、苦労の末に玄武のオーブを手に入れたわ。念願叶って、取得後はみんなを守りきれた。けれども、心は弱いままでね。『月日』という最強の敵は、緩やかにワタシ以外を流し去り……、別れを見過ぎちゃったのよ」
玄武様は寂しそうに笑った。
「気付いたら、ワタシひとり。――もちろん、異界の始まり頃に思うままの道を進んだこと、後悔はしてないわ。四神っていう、それなりに長い腐れ縁もできたしね。でも、他とは違う時間軸を生きつつ、なおも他者と関わるのは……、孤独を覚えるの。良き出会いを経るたびにね」
※:Oh・・・
※:バーさんに悲しき過去……
※:早々にフリーレーンか
※:長生き=多くの別れを経験やもんな
「そうね……。『水清ければ月宿る』って言葉にならって、年寄りのお節介を1つだけ」
玄武様はスッと人差し指を立てた。
「――アナタ、自分を大切になさい」
「えっ」
「ふふっ、言ったでしょう? 痛いほど分かるって」
顔は若いのに、微笑はとても老成して見えた。
「アナタが誰かを想うように、アナタも誰かに想われている。――とくにアナタの場合、誰かのために自分を捨ててしまえる人だから。かつてワタシの危機を救ってくれたのは、アナタみたいな優しい子だったから」
「玄武様……」
胸のブローチにそっと指を置かれた。
「ねえ、覚えておいて? そんなアナタが残ることで、まだ見ぬ誰かを大勢助けられるの。消えたらオシマイ、もう助けられないの。――無様でもいいじゃない。生き汚くなりなさい」
「あ……ありがとうございます」
「ふふっ、まだピンとこない? いいのよ、これはオマジナイの類だから」
いつしか暗かった空は、始まったばかりの青へと場所を明け渡していた。
「さっ、湿っぽい話は終わり! アナタ、このあとは? 108では半日経過した扱いだから、中庭の骸骨ちゃんが仲間を呼び放題よ~?」
「大丈夫です。もうじきエレベーターで強い子が……あ、来ました」
入ってきたドアの前に、エレベーターがドンッと出現した。扉が開くと、赤黒コーデのお嬢様が扇子でパタパタしている。
「オーホホホ! 無事に倒せたようね~、薫子ちゃん!」
「うん。そっちはどうだった、千桜さん?」
「えへへ、バッチリ! あたしの火力は飛行目玉にも通用したわ!」
※:祝☆目玉焼きOK!
※:【連結】も無事成功やで!
※:さすがのパパ・パワーで草薙生える
【連結】をしたパーティーは、異世界でも同じ時間軸への転移となる。逆にこれがないと、探索中に他の冒険者と巡り会うのは至難であった。
「薫や」
ジニーは異世界つっぱり棒で肩を叩いていた。
「お主はこのあと、109で【盾】の強化じゃな?」
「うん。そっちは廊下の骸骨に気をつけてね」
「じゃな、桐山とウニッコもおらんし」
「あー。お二人はもう、【瞬間移動】で撤退済み?」
「フッ……、集中砲火を食ろうてのお。ギリ死亡回避じゃが」
※:テラ不憫w
※:こりゃ参ったぞう
※:なーに、4ななきゃ安いべ
※:セ……セフセフ(震え声
お嬢様たちとエレベーターの乗り手をスイッチした僕に、玄武様が手を振ってくれた。
「アナタの願いが叶うこと、心から祈ってるわ」
「ありがとうございます」
「あ、そうそう。十字で高飛び込みした愚か者に言っといて? 次に会ったら【ブリザード】だって」
「ははは……了解です」
※:出禁で草
※:(罵倒を許す気は)ないです
※:ナメクジの 行けない部屋が またひとつ――
※:胴打つケモノ? NO,ウツケ者
スマホの映像に切り替えた僕は、みんなに見送られるなか109へと転移した。広大だった108から打って変わって、4畳半ほどの小さな洞穴である。
――――――――――――――――――――
109 祭壇
・祭壇の上で呪文を使い、進化させる。
――――――――――――――――――――
――ついに辿り着いたね。
中央には、座布団大の銀タイルが光っていた。
伸縮式の異世界つっぱり棒でドアをホールドした僕は、タイルの上に立つ。
「【盾】」
指先の青い光が弾けるや、呼応するようにタイルの光が強くなった。
※:成功ヨシ!
※:【盾】→【強大防御】(NEW!
※:108への案内も出たでー
※:↑玄武ルームに逆戻りやし帰還でおk
「これで本日の目的は達成です。皆様、応援ありがとうございました」
※:88888888
※:成功祈ってるで~!!
明後日はいよいよ兄貴のサルベージ。明日は、その下準備である。
◆ ◆ ◆
多謝をしてミツオさんと別れた僕ら3人は、ファミレスで千桜さんとジニーの2人を待っていた。
「813って、最難関なんだ」
僕はAtubeを再生した。今回のサルベージの発端となった、兄貴パーティーの断片的な記録である。
ミツオさんの【水晶球】が幾度となく壊され、廃墟の町並みは途切れ途切れの映像だ。それでも、他の人ではヘイトを稼ぎすぎ、【分解】による強制リタイアの餌食である。
ミツオさんが丁寧に撮影のオンオフを切り替えて、なおも恐いのが赤ゲイザーだ。
「他にも、【石化】で強制リタイアの黒、【地震】の茶色、【ブリザード】の青、【魔力枯渇】の紫……。対策なしだと毒攻撃もしてくるし、厄介だね」
「へっ。そんでまァ防御呪文の出番っつーコトだが、【盾】の消費がデカいんだよな?」
「うん、ゲイザーは攻撃力が高いからね」
各色での呼び名こそ違うが、削られたら張り直すのは同じだ。
「【盾】を貫通されないように、分厚く張りがちだったんだ」
「つーワケで、SSが3人いても魔力不足に陥ってたんだな。――だが、今は違う!」
ギュッと手を握ったQは、バッと僕に開いた。
「ここにカオル・キクチがいる! 【強大防御】はメッチャ軽いからな!」
「ん。兄貴が目指してた答えの1つだろうね」
高層階へ行くにつれ、敵の攻撃力が強まるのは不安視されていた。真正面から【盾】で防ぐのは、じきに限界が来ると。
「僕の魔力だと、【ナックラヴィー】をフルスペックで出せないからね。プランBとして、最小で撃っても必ず防げる【強大防御】を選択だよ」
「ねえ、菊知くん? でもソレ、他人に撃てないのが致命的よね。【盾】はもう使えないんでしょ?」
猪尾さんがスマホを指差した。
「まあ、813では撮影役がこなせるわね。引き付けたゲイザーに【強大防御】だし」
「うん。僕はそっちもやるよ」
「――待って。『も』って、どういうこと?」
「みんなにも張るんだ。この呪文、『命中補正が消える』ダケだから」
「ダケって……。他の人へは、全部手動で当てる気!?」
「そこは集中力でカバーだね。『魔力消費の少なさ』を最優先だよ」
――従来の109は、アタッカー自身の強化呪文を進化させるのが主な使い方だった。自分がターゲットなら必中だから。
ゆえに、数少ない青の利用者は、いずれも前衛。海外の「ケンカっ早い青」ばかりであった。
「猪尾さんの懸念は分かるよ? 『乱戦でこそ使いたいのに、使えない呪文』の筆頭だったからね」
「ええ、フツーは正気を疑うけど……。菊知くんが呪文を外したところ、見たことないのよね」
猪尾さんは、感嘆とも呆れともつかないため息をついた。
「じゃあ、菊知くんは【強大防御】の熟練度を上げるの?」
「うん。進化呪文のマスターには、『使ってクリア』を64回行う必要があるからね。明日は周回クリアするよ」
「どこでやる気?」
「手っ取り早いのは、“104:路地裏”かな」
「――え? それ、正気?」
「ん?」
先ほどとは違ったトーンでドン引きされて、僕は困惑した。
「えっと……。僕らが、早く終わるし……。ミニ精霊たちも、ターゲットの練習になるよね?」
「なァ、相棒」
Qに訳知り顔で肩を叩かれた。
「安全な最短はたしかにそこだが、お前は致命的なミスを犯している」
「ど、どういうこと?」
思わず聞き返したとき。
「あ、菊知くんいたーっ!!」
「おったわー!!」
千桜さんとジニーが賑やかに入ってきた。
「ンも~う! あのあと廊下に出たら、メチャクチャ骸骨がイッパイでね!? バイオリン骸骨の〈指揮〉が、チョー鬱陶しいったら!」
「んむんむ! 凄腕のワシらでも、倒すのは骨じゃったわ!」
そこで、ムフーッと胸を張るジニーと千桜さん。――骨休めには丁度いい緩さだろう。
僕らは、今までの話を手短に伝えた。
「ぬぅ~む。つまり薫は、104を希望なんじゃな?」
「うん、最短だからね」
「ふ~むむむ……」
ジニーは横を向き、下を向き、そして再び僕のほうを向いた。
「ば~~~~っかじゃねえの!?」
「そんなに!?」
「き、菊知くん……」
千桜さんが曖昧に笑った。
「フツーは菊知くんほど、ストイックになれないのよ」
「えっ」
「あたしもね? 菊知くんのチャンネル動画は全部見てるけど、変化のないトコは飛ばし飛ばしだからね? 1時間耐久で“104”とかは……、ちょっぴり、キツイかな~って」
「ん~、じゃあ……」
「あたしたちは待機で菊知くんだけ104とかは、もっとナシね」
「――ん~」
どうやら、またやってしまったらしい。
こうした認識のズレは、たまに兄貴ともあった。延々と104で練習中に、「なあ薫。お前、本当にキツくないか?」とナゼか心配されたから、今の千桜さんみたいなやりとりを交わしていた。(兄貴は1度で帰った)
うーん、見解の相違はあると思って生きてるツモリなんだ。けどさぁ、104ならクリアに平均1分だし、「1時間ちょいならスグじゃん」って感覚なんだよね。
「相棒よォ~。裏ではお前、『アリアハンでアバカム』とか言われてっからな?」
「Qの言葉の意味は分からないけど、『コツコツやる事にありえないほどの労力を使ってる』と思われてることは分かった」
――どうやら、必要ない時にも最短を求めすぎてたみたいだね。反省。
「それじゃあみんなは、明日どの部屋で周回クリアがいいと思う? その中から選ぶよ」
「「「「219」」」」
「1択!?」
アレッ、そんなに揃うレベルなの!? しかも、たしかソコって……!
「オ~ホホホ! そうよお、薫子ちゃ~ん?」
スッと扇子を出したお嬢様は、こぶしでマイクのように握った。
「カ~ラオケェ~、ル~ム~!!」
「ムーリムリムリムリムリムリムリ!」
僕は高速で両手を振った。
「最近の曲とか、ぜんっぜん知らないから! この10年間のは、ホンットに聴いてないから! 僕歌えないよ!?」
「オイオイ相棒~? お前は自分のリスナー層を、とんと知らねえな~ァ?」
「知るわけないよね!?」
「は~ァ~、この唐変木め~」
ホログラムの分析記事をパパッと展開された。
「ここ数日こそ同年代のリスナーも増えたが、本来のお前は、オイちゃんオバちゃんたちに大ウケだったんだよ」
「えーっと……つまり?」
「最近の曲ぅ~? むしろ禁止じゃー!」
「極論!」
「ちっげーよ! そもそも『歌ってみた』の初回なんざ、過去の名曲がド鉄板だっつーの!」
「で、でも……そうだ! ジニーは歌えるの!? 曲のリクエストとかあるんでしょ!? 絶対ヤバいよね!?」
「――のお、薫や」
幼女精霊は、やれやれと言わんばかりに頭を振った。
「歌は文化の極みじゃて」
「え」
「風で音色を運ぶこのワシに、よもやよもやの『歌えるか』じゃと? ――たわけィ! お主より遥かに知っとるわ!!」
「うぐっ……」
「オ~ホッホ!」
お嬢様もパタパタ扇いでくる。
「薫子ちゃんってばタジタジね~。一昨日はあんなに強引だったのに~。『なあ、汐音。俺と一緒に来てくれ』って」
「あれは! 兄貴のフリをしてって、千桜さんが!」
「ブゥ~。ムリって言ったのに、あたしも~」
「ぐふっ」
僕はノックダウンした。
ああ……、そうだよね。千桜さんは、僕の拙い演技だけで参戦してくれたんだ。強制リタイアの危険も顧みずに。
それに比べたら、カラオケ部屋なんて天国だよね。
「わかった。219でいこう」
途端に大歓声が上がり、明日はカラオケ大会で決まった。
解散後、改めての女子会にて
くるみ「シィポンってば、こういう時だけ根回ししてるのね……」
汐音「だあってぇ~、薫きゅんと絶対カラオケしたかったんだも~ん!」
くるみ「それで、ジニーちゃんとナメクジにも伝えてるとか」
汐音「ふっふ~ん。おかげで、バッチリ219で揃ったでしょ~?」
くるみ「たしかに彼の場合、バラけたらまた104って言いそうだったけど」
汐音「そう! そうなの薫きゅんは! そんなストイックさだから、今まで1度も誘えなかったのよ!? それが、こーんなタイトなスケジュールで、必須ルームに入るだなんて!! これはもう、神様のおぼしめしだわ!!」
くるみ「でも、不思議ねぇ。それほど本気なら、いっそ曲を全く知らない線もありえたけど」
汐音「にゅっふっふ……。そこはほら、ね? ご両親を探すヒントになるかも~って、お2人が聴いてた曲はヘビロテしてたんだって」
くるみ「――なるほど、それで10年。理由までストイックだったわ」
汐音「うぇへへ……オッケーオッケー、薫きゅんとカラオッケー……」
くるみ「対するコッチは、欲望だだ漏れ」




