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アリアドネの糸  作者: たわし
◆ 魔力ゼロの観測者編
75/81

20部屋目 生き汚さのすすめ

 大量の水はすっかり引き、急速に夜が白み始めた。108の夜明けである。


「ありがとうね、ナックラヴィー」

「えっへん!」


 僕はナックラヴィーを2本指でよしよしして、アストラルに還した。


「はあ~、負けたわ……」


 玄武様は、再びダークエルフ女児の姿になっていた。


「でも、帰るまでが遠足でしょ? 魔力も戻ってきたし、いま【ブリザード】したらアナタお仕舞いだけど?」

「大丈夫です。玄武様はそういうことしないんで」



※:ヒエー!

※:全幅の信頼やな

※:そらマジ切れしとったら即可愛がり(当亀比)やし

※:バーさんを本気で怒らせたら大したモンだ



 玄武様は失笑した。


「そうよねぇ、戦い終わればノーサイド。いろんな人間と遊びたくて1階に構えたんだもの。多少の煽りは、お楽しみの範疇よ」



※:ゆうべはお楽しみでしたね(意味深

※:ああこれアレだ、孫帰ってきたときの田舎の婆ちゃんだわ

※:オレら孫だったのかw

※:俺が、俺たちが孫なんだ!!



「だけど意外ねぇ。アナタみたいな子が激怒パターンに挑むなんて」

「確実なクリアを優先させました。申し訳ございません」

「ああ、理由を知れば納得よ。大事な人たちのためなんでしょ? 痛いほど分かるもの」

「それは……玄武様も?」

「ええ。大昔のワタシは、仲間を守る強さに憧れた、小さな【夜顔】ムーンフラワーだったのよ」


 玄武様は、消えゆく月に目を細めた。


「群れのみんなを助けたくて、苦労の末に玄武のオーブを手に入れたわ。念願叶って、取得後はみんなを守りきれた。けれども、心は弱いままでね。『月日』という最強の敵は、緩やかにワタシ以外を流し去り……、別れを見過ぎちゃったのよ」


 玄武様は寂しそうに笑った。


「気付いたら、ワタシひとり。――もちろん、異界ここの始まり頃に思うままの道を進んだこと、後悔はしてないわ。四神っていう、それなりに長い腐れ縁もできたしね。でも、他とは違う時間軸を生きつつ、なおも他者と関わるのは……、孤独を覚えるの。良き出会いを経るたびにね」



※:Oh・・・

※:バーさんに悲しき過去……

※:早々にフリーレーンか

※:長生き=多くの別れを経験やもんな




「そうね……。『水清ければ月宿る』って言葉にならって、年寄りのお節介を1つだけ」


 玄武様はスッと人差し指を立てた。


「――アナタ、自分を大切になさい」

「えっ」

「ふふっ、言ったでしょう? 痛いほど分かるって」


 顔は若いのに、微笑はとても老成して見えた。


「アナタが誰かを想うように、アナタも誰かに想われている。――とくにアナタの場合、誰かのために自分を捨ててしまえる人だから。かつてワタシの危機を救ってくれたのは、アナタみたいな優しい子だったから」

「玄武様……」


 胸のブローチにそっと指を置かれた。


「ねえ、覚えておいて? そんなアナタが残ることで、まだ見ぬ誰かを大勢助けられるの。消えたらオシマイ、もう助けられないの。――無様でもいいじゃない。生き汚くなりなさい」

「あ……ありがとうございます」

「ふふっ、まだピンとこない? いいのよ、これはオマジナイの類だから」


 いつしか暗かった空は、始まったばかりの青へと場所を明け渡していた。


「さっ、湿っぽい話は終わり! アナタ、このあとは? 108では半日経過した扱いだから、中庭の骸骨ちゃんが仲間を呼び放題よ~?」

「大丈夫です。もうじきエレベーターで強い子が……あ、来ました」


 入ってきたドアの前に、エレベーターがドンッと出現した。扉が開くと、赤黒コーデのお嬢様が扇子でパタパタしている。


「オーホホホ! 無事に倒せたようね~、薫子ちゃん!」

「うん。そっちはどうだった、千桜さん?」

「えへへ、バッチリ! あたしの火力は飛行目玉ゲイザーにも通用したわ!」



※:祝☆目玉焼きOK!

※:【連結】も無事成功やで!

※:さすがのパパ・パワーで草薙生える



 【連結リンク】をしたパーティーは、異世界でも同じ時間軸への転移となる。逆にこれがないと、探索中に他の冒険者と巡り会うのは至難であった。


「薫や」


 ジニーは異世界つっぱり棒ゲートストッパーで肩を叩いていた。


「お主はこのあと、109で【盾】の強化じゃな?」

「うん。そっちは廊下の骸骨に気をつけてね」

「じゃな、桐山とウニッコもおらんし」

「あー。お二人はもう、【瞬間移動テレポート】で撤退済み?」

「フッ……、集中砲火を食ろうてのお。ギリ死亡回避じゃが」



※:テラ不憫w

※:こりゃ参ったぞう

※:なーに、4ななきゃ安いべ

※:セ……セフセフ(震え声



 お嬢様たちとエレベーターの乗り手をスイッチした僕に、玄武様が手を振ってくれた。


「アナタの願いが叶うこと、心から祈ってるわ」

「ありがとうございます」

「あ、そうそう。十字で高飛び込みした愚か者に言っといて? 次に会ったら【ブリザード】だって」

「ははは……了解です」



※:出禁で草

※:(罵倒を許す気は)ないです

※:ナメクジの 行けない部屋が またひとつ――

※:胴打つケモノ? NO,ウツケ者



 スマホの映像に切り替えた僕は、みんなに見送られるなか109へと転移した。広大だった108から打って変わって、4畳半ほどの小さな洞穴である。




――――――――――――――――――――


 109 祭壇


・祭壇の上で呪文を使い、進化させる。


――――――――――――――――――――



 ――ついに辿り着いたね。


 中央には、座布団大の銀タイルが光っていた。

 伸縮式の異世界つっぱり棒ゲートストッパーでドアをホールドした僕は、タイルの上に立つ。


【盾】シールド


 指先の青い光が弾けるや、呼応するようにタイルの光が強くなった。



※:成功ヨシ!

※:【盾】→【強大防御】(NEW!

※:108への案内も出たでー

※:↑玄武ルームに逆戻りやし帰還でおk



「これで本日の目的は達成です。皆様、応援ありがとうございました」



※:88888888

※:成功祈ってるで~!!



 明後日はいよいよ兄貴のサルベージ。明日は、その下準備である。



 ◆  ◆  ◆



 多謝をしてミツオさんと別れた僕ら3人は、ファミレスで千桜さんとジニーの2人を待っていた。


「813って、最難関なんだ」


 僕はAtubeを再生した。今回のサルベージの発端となった、兄貴パーティーの断片的・・・な記録である。

 ミツオさんの【水晶球】が幾度となく壊され、廃墟の町並みは途切れ途切れの映像だ。それでも、他の人ではヘイトを稼ぎすぎ、【分解】による強制リタイアの餌食である。

 ミツオさんが丁寧に撮影のオンオフを切り替えて、なおも恐いのが赤ゲイザーだ。


「他にも、【石化】で強制リタイアの黒、【地震】の茶色、【ブリザード】の青、【魔力枯渇】の紫……。対策なしだと毒攻撃もしてくるし、厄介だね」

「へっ。そんでまァ防御呪文の出番っつーコトだが、【盾】の消費がデカいんだよな?」

「うん、ゲイザーは攻撃力が高いからね」


 各色での呼び名こそ違うが、削られたら張り直すのは同じだ。


「【盾】を貫通されないように、分厚く張りがちだったんだ」

「つーワケで、SSが3人いても魔力不足に陥ってたんだな。――だが、今は違う!」


 ギュッと手を握ったQは、バッと僕に開いた。


「ここにカオル・キクチがいる! 【強大防御マイティガード】はメッチャ軽いからな!」

「ん。兄貴が目指してた答えの1つだろうね」


 高層階へ行くにつれ、敵の攻撃力が強まるのは不安視されていた。真正面から【盾】で防ぐのは、じきに限界が来ると。


「僕の魔力だと、【ナックラヴィー】をフルスペックで出せないからね。プランBとして、最小で撃っても必ず防げる【強大防御マイティガード】を選択だよ」

「ねえ、菊知くん? でもソレ、他人に撃てないのが致命的よね。【盾】はもう使えないんでしょ?」


 猪尾さんがスマホを指差した。


「まあ、813では撮影役がこなせるわね。引き付けたゲイザーに【強大防御マイティガード】だし」

「うん。僕はそっちもやるよ」

「――待って。『も』って、どういうこと?」

みんな・・・にも張るんだ。この呪文、『命中補正が消える』ダケだから」

「ダケって……。他の人へは、全部手動・・で当てる気!?」

「そこは集中力でカバーだね。『魔力消費の少なさ』を最優先だよ」


 ――従来の109は、アタッカー自身の強化呪文バフを進化させるのが主な使い方だった。自分がターゲットなら必中だから。

 ゆえに、数少ない青の利用者は、いずれも前衛。海外の「ケンカっ早い青アグロ・ブルー」ばかりであった。


「猪尾さんの懸念は分かるよ? 『乱戦でこそ使いたいのに、使えない呪文』の筆頭だったからね」

「ええ、フツーは正気を疑うけど……。菊知くんが呪文を外したところ、見たことないのよね」


 猪尾さんは、感嘆とも呆れともつかないため息をついた。


「じゃあ、菊知くんは【強大防御マイティガード】の熟練度を上げるの?」

「うん。進化呪文のマスターには、『使ってクリア』を64回行う必要があるからね。明日は周回クリアするよ」

「どこでやる気?」

「手っ取り早いのは、“104:路地裏”かな」

「――え? それ、正気・・?」

「ん?」


 先ほどとは違ったトーンでドン引きされて、僕は困惑した。


「えっと……。僕らが、早く終わるし……。ミニ精霊たちも、ターゲットの練習になるよね?」

「なァ、相棒」


 Qに訳知り顔で肩を叩かれた。


「安全な最短はたしかにそこだが、お前は致命的なミスを犯している」

「ど、どういうこと?」


 思わず聞き返したとき。



「あ、菊知くんいたーっ!!」

「おったわー!!」



 千桜さんとジニーが賑やかに入ってきた。


「ンも~う! あのあと廊下に出たら、メチャクチャ骸骨がイッパイでね!? バイオリン骸骨の〈指揮〉が、チョー鬱陶しいったら!」

「んむんむ! 凄腕のワシらでも、倒すのはじゃったわ!」


 そこで、ムフーッと胸を張るジニーと千桜さん。――休めには丁度いい緩さだろう。


 僕らは、今までの話を手短に伝えた。


「ぬぅ~む。つまり薫は、104を希望なんじゃな?」

「うん、最短だからね」

「ふ~むむむ……」


 ジニーは横を向き、下を向き、そして再び僕のほうを向いた。


「ば~~~~っかじゃねえの!?」

「そんなに!?」

「き、菊知くん……」


 千桜さんが曖昧に笑った。


「フツーは菊知くんほど、ストイックになれないのよ」

「えっ」

「あたしもね? 菊知くんのチャンネル動画は全部見てるけど、変化のないトコは飛ばし飛ばしだからね? 1時間耐久で“104”とかは……、ちょっぴり、キツイかな~って」

「ん~、じゃあ……」

「あたしたちは待機で菊知くんだけ104とかは、もっとナシね」

「――ん~」


 どうやら、またやってしまったらしい。


 こうした認識のズレは、たまに兄貴ともあった。延々と104で練習中に、「なあ薫。お前、本当にキツくないか?」とナゼか心配されたから、今の千桜さんみたいなやりとりを交わしていた。(兄貴は1度で帰った)


 うーん、見解の相違はあると思って生きてるツモリなんだ。けどさぁ、104ならクリアに平均1分だし、「1時間ちょいならスグじゃん」って感覚なんだよね。


「相棒よォ~。裏ではお前、『アリアハンでアバカム』とか言われてっからな?」

「Qの言葉の意味は分からないけど、『コツコツやる事にありえないほどの労力を使ってる』と思われてることは分かった」


 ――どうやら、必要ない時にも最短を求めすぎてたみたいだね。反省。


「それじゃあみんなは、明日どの部屋で周回クリアがいいと思う? その中から選ぶよ」

「「「「219」」」」

「1択!?」


 アレッ、そんなに揃うレベルなの!? しかも、たしかソコって……!


「オ~ホホホ! そうよお、薫子ちゃ~ん?」


 スッと扇子を出したお嬢様は、こぶしでマイクのように握った。


「カ~ラオケェ~、ル~ム~!!」








「ムーリムリムリムリムリムリムリ!」


 僕は高速で両手を振った。


「最近の曲とか、ぜんっぜん知らないから! この10年間のは、ホンットに聴いてないから! 僕歌えないよ!?」

「オイオイ相棒~? お前は自分のリスナー層を、とんと知らねえな~ァ?」

「知るわけないよね!?」

「は~ァ~、この唐変木め~」


 ホログラムの分析記事をパパッと展開された。


「ここ数日こそ同年代のリスナーも増えたが、本来のお前は、オイちゃんオバちゃんたちに大ウケだったんだよ」

「えーっと……つまり?」

「最近の曲ぅ~? むしろ禁止じゃー!」

「極論!」

「ちっげーよ! そもそも『歌ってみた』の初回なんざ、過去の名曲がド鉄板だっつーの!」

「で、でも……そうだ! ジニー・・・は歌えるの!? 曲のリクエストとかあるんでしょ!? 絶対ヤバいよね!?」

「――のお、薫や」


 幼女精霊は、やれやれと言わんばかりに頭を振った。


「歌は文化の極みじゃて」

「え」

「風で音色を運ぶこのワシに、よもやよもやの『歌えるか』じゃと? ――たわけィ! お主より遥かに知っとるわ!!」

「うぐっ……」

「オ~ホッホ!」


 お嬢様もパタパタ扇いでくる。


「薫子ちゃんってばタジタジね~。一昨日はあんなに強引だったのに~。『なあ、汐音。俺と一緒に来てくれ』って」

「あれは! 兄貴のフリをしてって、千桜さんが!」

「ブゥ~。ムリって言ったのに、あたしも~」

「ぐふっ」


 僕はノックダウンした。


 ああ……、そうだよね。千桜さんは、僕の拙い演技だけで参戦してくれたんだ。強制リタイアの危険も顧みずに。


 それに比べたら、カラオケ部屋なんて天国だよね。


「わかった。219でいこう」


 途端に大歓声が上がり、明日はカラオケ大会で決まった。

解散後、改めての女子会にて

くるみ「シィポンってば、こういう時だけ根回ししてるのね……」

汐音「だあってぇ~、薫きゅんと絶対カラオケしたかったんだも~ん!」

くるみ「それで、ジニーちゃんとナメクジにも伝えてるとか」

汐音「ふっふ~ん。おかげで、バッチリ219で揃ったでしょ~?」

くるみ「たしかに彼の場合、バラけたらまた104って言いそうだったけど」

汐音「そう! そうなの薫きゅんは! そんなストイックさだから、今まで1度も誘えなかったのよ!? それが、こーんなタイトなスケジュールで、必須ルームに入るだなんて!! これはもう、神様のおぼしめしだわ!!」

くるみ「でも、不思議ねぇ。それほど本気なら、いっそ曲を全く知らない線もありえたけど」

汐音「にゅっふっふ……。そこはほら、ね? ご両親を探すヒントになるかも~って、お2人が聴いてた曲はヘビロテしてたんだって」

くるみ「――なるほど、それで10年。理由までストイックだったわ」

汐音「うぇへへ……オッケーオッケー、薫きゅんとカラオッケー……」

くるみ「対するコッチは、欲望だだ漏れ」

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