1部屋目 男の娘「頭を下げてお断り」 幼女兄貴最初に出した版
兄貴が幼女だった。
「よおっ、薫!」
口調や態度は兄貴そのものだが、体格は極めて縮んでいる。
――は?
バタン。
開けた扉を、入らず閉めた。
なにが……どうして、幼女に?
両目をギュッと瞑った僕は、パニックに陥りそうななか、ここへ来るまでを必死に思い返していた。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様だね、菊知薫くん。明日から来なくていいよ」
「え?」
「ははは、クビだ」
異世界マンションから戻ってきた僕は、豊かな毛髪の福生課長から爽やかに肩を叩かれた。
「ウチの会社、『マンション・ダンジョン株式会社』との契約終了だよ。君、弱いから」
「なっ……!」
「待てや、おっさん!」
相棒のQ次郎が詰め寄った。
「薫も強くなってるぜ!? 305号室のフレイムワイバーン! あいつを水の精霊で倒したんだからよ!」
「水鉄砲じゃ動画は伸びんね、滑川久次郎くん」
「何ィ!?」
「ビジネスだよ、冒険者稼業は」
手櫛で前髪を整える課長。
「黎明期でもあるまいし、精霊で視聴者を釣るなんて、SSSランクの特権さ」
「――ジョニーさんか」
「そう。菊知くんのお兄さん、丈一くんだ。彼が使役精霊を見せれば、たちまち注目の的だろう」
たしかに。僕にもヒミツだもんね、兄貴の精霊。
「それにひきかえ、君らだが……。魔力は人並み、戦闘力も月並み。そんな高校生、ザラにいるんだよね」
ぐっ……。
歯を食い縛りつつ、頭を下げた。
「課長。僕を残してください」
「いいよ」
紙を差し出してくる。
「じゃ、在籍料を払って」
「は? ――給料減額じゃなく、ですか?」
「図々しいよ、Bランク君」
「な……なんで急に!」
「オイ、おっさん!」
Q次郎が割って入った。
「俺らの動画に、ジョニーさんの出てたシリーズがあったよな! あれは伸びてただろ!?」
課長は鼻で笑った。
「無料動画だけ伸びてもね。それに、君らの実力じゃない」
「いいや! SSSの兄さんが、気軽にタダで出てくれる! これだって強烈な薫の魅力だろ!? なあ、ビジネス大好きの福生泰房さんよぉ!?」
課長は、ため息まじりに僕を見た。
「じゃあ言おう。先ほどジョニーくんが、再起不能になったと連絡が入った」
「――え?」
不意に視界がグラつき、思わず壁へともたれかかる。
「あ、兄貴が、再起不能……?」
「一命こそ取り留めたが、もはや探索は不可能とのことでね。――ああ、伏せてた理由だが、『お兄さんの消えた君はゴミだ』という正論が残酷だからだよ」
「!」
「ま、いらぬ配慮だったね。サヨウナラ」
「おっさん!」
Q次郎がつかみ掛かった。
「じゃあ、俺も辞めるわ! ヒデェ会社って分かったからよ!」
「は? ナメクジ君は論外だね」
「クソヒデェ!」
「いいや、Cランク君への貴重な助言だよ? そうだろう? 弱小精霊使いの、クソザコナメクジ君?」
「――テメェ」
見下ろしたQ次郎は、やおら不敵に笑った。
「なら、こっちも愛称で呼ぶぜ、フサフサ課長?」
課長の笑みが、スッと消えた。
「――口に気を付けろ、ナメクジ」
「いや~、職務にハゲむ、ハゲしいビジネスマンに脱帽だぜ! 稼ぎの薄い案件からは、即撤退! 髪の毛1本も残さねえときた!」
「貴様……」
「なにせ、フサフサさんには……モウ、ケがないから!」
「出てけー!」
「ありがとう、Q」
「へっ。それより薫、早くジョニーさんを見舞ってやれ」
「うん」
僕は冒険者組合に連絡を入れた。
◆ ◆ ◆
行き先は、代々木のマンション組合本部だった。
事務員さんの、「ケガは皆無だが、活動はムリ」という説明に首をひねるも、一目で合点がいく。
――アレって、そういうことだよね。
まなじりを決し、再び応接室の扉を開けると。
「おお、ショックから戻ってきたか、薫」
「……本当に、兄貴なの?」
「おう!」
幼女だった。
丈一兄貴は、黄色いフード付き上着を着た4才ほどの園児になっていた。
「いや~、真っ赤な大目玉みたいな敵の光線を食らったら、体が縮んでしまったぞ。ついでに性別も変わった、ハッハッハ」
「えぇっと……それ、大丈夫なの?」
「なに、いずれ戻るだろう」
幼女化した探索者など初耳だが、兄貴はそのへん無頓着だった。
今も、華美なソファに体を沈めつつ、紫に変わった髪を豪快にかいている。
「それより薫、専属契約が打ち切られた」
「え、警備会社のやつ?」
「ああ。攻撃を受けて、姿が変わったのでな」
安心安全が売りの探索警備保障の大手で、兄貴をCMに起用してくれていた。
「違約金がなかったダケでも御の字だ」
「じゃあ……家の借金は?」
「返済プランを練り直す。まずは、長期借り入れへの変更だな」
SSランクの冒険者だった両親が行方不明となり、僕ら兄弟には莫大な借金が残された。当時小学生だった兄貴は、「破産宣告は皆に迷惑をかける」と、組合へ直談判。「自分」を担保にして、借入の条件を変更させたのだ。
しかし。
「何せ、この体だ」
兄貴は小さな拳を握った。
「ソロ活動はキビしい。といって、仲間を募っても、今度は彼らを守れん」
幼児特有の高音は、ともすれば強がりにも聞こえてしまう。
そうだ……。兄貴に、いつまでも頼ってちゃいけない。
今度は僕が助ける番だ!
「あのさ、兄貴」
◆ ◆ ◆
「フム。つまり薫よ、画面に向かって、ただ話すのだな?」
「うん」
兄貴は中学1年の時点で、警備会社と専属契約を交わしていた。
そのため、動画サイト『AdvenTube』での収益行為が、一切禁止だったのだ。
――だけど、今ならイケる。
「どうも、菊知丈一だ。体が縮んでからは初めましてだな。実は、目玉だけの敵の光線を食らって、この姿になった。性別も変わったぞ。――なあ、薫。これで本当に借金返済が出来るのか?」
「大丈夫だよ、ほら」
事務員さんから借りた機材を使い、『ジョニーチャンネル』で生配信を行う。
「僕らを見てる人たちが、ここでお布施をくれてるんだ」
「ほお。スゴい仕組みだな」
「アハハ……そうだね」
5ケタの数字が次々と表示されていく。
「みな、ありがとう」
兄貴は深々とおじぎをした。はずみで、フードが紫の髪にかかる。
※:ぅゎょぅι゛ょヵヮィィ
※:そのパーカー、言い値で買おう!
「しかし薫。急に始めたが、どんどん人が増えるな」
「相棒に広めてもらったからね」
さっきQ次郎に、「これから幼女兄貴の配信するから、もし面白かったらSNSにコメントしてね!」と連絡したのだ。
「だけど、その後の伸びは兄貴の実力だよ。幼女になったギャップも込みでね」
「なんと! ううむ、攻撃の被弾を恥じていたぞ。姿が戻るまで隠れておこうかとな」
※:そりゃないよ、幼ジョニーさん!
※:幼女を見せぬは世界の損失
「フム。ならば、薫をホメてやってくれ。生配信は薫のアイディアなのだ」
「兄貴……」
※:よくやった!
※:神幼女の弟=神!
「な、何かコソばゆいね。弱い僕がホメられると」
「ん? 薫は強いぞ。いま腕相撲をしたら負ける自信がある」
「あはは……。でも、さっき『マンダン』の人からは、戦力外って言われちゃったしさ」
「フム」
兄貴は居住まいを正した。
「薫よ。フツーの幼女は弱いよな」
「そうだね」
「今の俺は、弱そうに見えるか?」
自信に満ち溢れている。
「見えない」
「だろう?」
小さな両手が、僕の両肩を叩いた。
「全ては気の持ちようだ。俺に憧れているんだろ? なら、形から入ってみろ」
「え? でも、僕が肉体派の兄貴をマネたって……」
「違う違う。今の俺のマネだ」
――んんっ?
「幼児になれってこと!?」
「む、ハードルが高いか。ならば女装だ。薫は華奢だし、これなら楽だろう」
「それでも恥ずかしいよ!」
「おや。じゃあ今の俺は、恥ずかしい存在か?」
「え? ――そ、そんなことない!」
「ならば、薫も出来るハズだ」
幼女兄貴は不敵に笑った。
「みなも応援しているぞ?」
「うっ……」
※:似合うぞ、弟くん!
※:出たよ悪乗りジョニーw
※:セーラー服でおなしゃす!
※:いいや! 「悪役令嬢」だッ! 推すね!
「あ、あのね兄貴? ノリに流されるのはあんまり……」
「ほお。俺は幼女で動画に出たぞ?」
「うっ」
「これしきのコトで躊躇するとは軟弱だな。憧れはウソだったのか?」
「それは……本当だよ! 天地神明に誓える!」
だけど、イキナリ女装って……ううん、違う!
これは――兄貴に覚悟を問われてるんだ!
◆ ◆ ◆
衣装室で予備の女子制服に着替え、手にした青髪ウィッグを見つめた。
ぐ、むぅ……。
「薫よ、まだか?」
「今行く!」
ええい、笑いたきゃ笑え!
ウィッグを被り、ついたてから勢いよく出ると。
※:――ヤベェ、似合ってる
※:アレ! 妹!?
※:こんな可愛い子が女の子のはずがない
※:ようこそ………『男の娘の世界』へ……………
「え? こ、これ、僕へのコメント……?」
「うむ」
※:ボクっ娘キター!
※:男の娘のとまどいだと?(ガタッ
※:さっ更に興奮…して…………きた
「えぇっと……。なんか、みんなの食いつきがスゴイね」
「どうだ薫、自信がついたか」
「うん、少しは。――ん?」
スマホに着信がきた。相手は……。
「福生課長!?」
※:漫談のフサフサ、キター!
※:あれ、さっきクビ切られてたよな?
※:出ちゃえよ、男の娘!
ひとまず出た。
「福生さんですか?」
『あ、あぁ。素晴らしい生配信だな』
「ご覧になられてましたか。このやりとりも、流していいですか?」
『い、いいぞ』
すぐさまスピーカーに切り替えた。
『いやぁ、菊知薫くん! 大盛況じゃないか』
「恐縮です。先ほどゴミと仰った僕にも、温かいお声を掛けて下さるんですね」
『うぐっ……! あー、いや! 先刻の発言は忘れてくれ! また明日から、来てくれていいぞ!』
※:手の平クルーかよw
※:課長「やべぇ、ジョニーさん生きてた……弟クビにしちゃったよ……せや!」
僕は、努めて冷静に尋ねた。
「Q次郎はどうなりますか?」
『え、彼? あー、君にはもっと高ランクの相棒をつけるよ! だから、安心して明日からも来てほしい』
「そうですか」
僕は、とびっきりの笑顔を浮かべてみせた。
「お断りします」
ゆっくり、深々とおじぎした。
弾みで、青髪ウィッグが地面に落ちる。
※:ヅ ラ 逝 っ た あ ー ッ !
※:髪ングOUT!!ww
※:華麗なるフォールに草生える(髪が生えるとは言ってないw
僕は丁寧にウィッグを回収した。
「あ、すみません。お見苦しい所を」
『貴様! ワザとだろー!』
「いえ、決して」
※:薫クンじゃないわ、この子! 薫子様よ!
※:神様「悪いな2323、チャンスは前髪だけなんだw」
※:いやー、しっかし、ジョニーさんのケガなくて良かった! ケがなくて!
「それでは福生さん。失礼致します」
通話を切ると、兄貴が大笑いしていた。
「お布施が倍増したぞ、薫!」
「えへへ」
生配信は大成功だった。
「これから幼女兄貴の投稿するから、もし面白かったらお気に入りや評価してね!」




