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レーヌ姫は豚娘が部屋を出ていくと、レーヌ姫の美しさのエッセンスをひとつの小瓶に封じこめ、呪文を唱えて元のとおりの姿に戻りました。魔女リンダは元のとおりの自分の姿でなければ、魔女としての魔力を十二分に発揮することができないのです。
魔女リンダはフェルナンド王子を助けることは自分の命に関わることだと直観的に悟っておりましたので、なかなか王子を尋ねて寝室へいく気になれなかったのですが、今、レーヌ姫の言葉を聞いて、やっと決心がつきました。魔女リンダはレーヌ姫の心の美しさに圧倒されたのです。
魔女リンダは生まれてから一度として人の役に立つために魔力を揮ったことなどありません……ですから、人の命を助けるなどという、とてもいいことに魔力を使ってしまったとしたなら、自分は魔力のすべてを失うか、あるいは死ぬことにだってなるかもしれません。けれども魔女リンダは魔女リンダなりにフェルナンド王子のことを愛していましたから、自分の命を犠牲にしてでも彼を助けたいと、そう強く心に決意したのです。
魔女リンダは王子の眠っている寝室に入っていくと、驚き怪しむ人々を一喝して出ていかせ、フェルナンド王子と自分と豚娘との三人きりになってから、一世一代の大魔術を行使したのでした。
「レスカリオテ・インディクルージィ・アルストリア・オンディキリヤ……」
魔女リンダは自然を司る風の精や水の精や火の精や大地の精霊に呼びかけると、王子の体を癒すための、自然の癒しの力を借りることにしました。精霊から力を借りるためには、その代償として自分の寿命を差しださなければなりませんから、これは非常に危険な、難しい癒しの業です。そして魔女リンダが癒しの業を行使するための呪文の詠唱が終わると、天上から黄金色の命の魂がくだってきて、やがて眩く虹色に輝きだすと、王子の体全体を優しく包み込みはじめました ――王子は新しい生命の息吹を、自然を司る精霊たちからいただき、それで甦ることができたのです!
魔女リンダは大理石の床の上にがっくりと膝をつき、激しい呼吸をしてはいましたが、命まで奪われはしませんでした。けれどもそのかわりに魔力のすべてを使い果たし、もう二度と魔法を使うことのできない、普通の人間の体になってしまったのです。
「ほら、これをあんたにやるよ」
魔女リンダは徐々に呼吸が整ってくると、ひび割れた魔石の嵌った樫の杖をささえに身を起こし、レーヌ姫の美しさのエッセンスを詰めこんだ、小さな瓶を彼女の手に渡しました。フェルナンド王子の全身の傷はすべて癒されましたが、まだ王子は目覚めてはいません。魔女リンダ――いえ、今はもうただの人間となってしまった中年のおばさんのリンダは、杖をささえにしながら片足を引き摺り、王城を出ていきました。