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 きのうと同じ、フェルナンド王子を歓待するための、華やかなダンスパーティや音楽会や晩餐会が盛大に開催されましたが、王子はレーヌ姫といる間中、何をしていてもつまりませんでした。彼はいつも豚娘のことを目で追ってばかりいて、早く彼女とふたりきりになってチェスでもしたいものだと、そんなことばかりを考えていたのです。

 王宮の中庭にあるガラス張りの温室で、午後三時のお茶を飲んでいた時、豚娘は自分はチェスがとても得意だと言っていたので、王子は是非お手合わせ願いたいと、豚娘に申し込んだのでした。

 そしてとうとう貴族たちのおべんちゃにやおべっかに飽き飽きした王子は、豚娘を誘ってこっそりと大広間を抜けだしました――フェルナンド王子は自分の部屋へ豚娘を連れてゆき、召使いのひとりに命じてチェスの用意をさせました。

 フェルナンド王子もレーヌ姫もチェスの名手でしたから、チェスの盤上では白熱したやりとりが、約二刻半あまりも続きました。時間はもう真夜中になっています。レーヌ姫は欠伸が出、もうそろそろいいかげん疲れて眠たくなってもきていたので、わざと王子に勝利を譲ることにしようと、そう思いました。ところが王子は豚娘がわざと負けようとしていることに鋭く気づくと、チェス盤と駒とを大理石の床に叩きつけて、ぶちこわしてしまったのでした。そして腹立たしさのあまり――戦況はどちらかというと豚娘のほうに優位に働いておりましたので――豚娘に「興ざめだ、でていけ!」と怒鳴りつけて、彼女を部屋から追いだしてしまったのでした。

 フェルナンド王子はその夜、悔しさのあまり苛々してなかなか寝つけませんでしたので、部屋の中をうろうろと歩きまわりながら、豚娘のことばかりを考え続けました。そしてなんとか彼女を自分のものにしたいものだと、心の底からそう思ったのでした。

 といっても、フェルナンド王子は何も豚娘のことを自分のお妃にしたいなどと考えていたわけではありません。王子はただ豚娘を自分の側近として、常に側近くに置いておきたいと考えていただけなのです。豚娘はあのとおり豚そっくりでしたから、王子にとっては恋愛の対象などになるはずがありません。けれども王子はだからこそ、豚娘を手許に置いて、自分の心の底からの悩みを打ち明けることのできる相談相手にしたいと思いました。また、悲しい時の慰め手として、彼女にいつもそばにいてほしいと、そんなふうに思ったのです。

 ところで、フェルナンド王子が豚娘に対する高ぶる気持ちをなんとか抑え込みつつ、ベッドの中で眠りにつこうとしていた時、カンツォーネ王国からフェルナンド王子に向けて、ひとりの急使が遣わされてきていました。急使は王子の部屋のドアをノックすると、彼の「入れ」という声を待ってから、恭しく室内に足を踏み入れました。王子はせっかくうとうとしかけていたのに、と思いましたが、急使が部屋に入ってくるなり、すぐにあの哀れなヴァージニアのことを思いだしたのでした。

 王子はうさぎの白い毛のぼんぼりのついたナイトキャップをはずすと、ベッドの脇に膝をついて畏まっている使いの若者にこう訊ねました。

「ヴァージニアの遺体が見つかったのか?」

「はっ」と、敬礼してから、使いの若者は王子の問いに答えました。「残念ながら、ヴァージニアさまの御遺体は、三日三晩軍を上げて大捜索したのにも関わらず、見つからずじまいでございました。谷川の下流のほうまでくまなく探したのでございますが、これ以上捜索しても成果は見込めそうにないとのお言葉をわたくしめはヴァザ―リ将軍より頂戴いたしました次第でございまして……」

 フェルナンド王子はあまりにも丁寧な兵士の言葉遣いと恭しい態度とにうんざりして、彼をとっとと寝室から追い払うために、こう返信の言葉を返しました。

「ヴァザーリ将軍にはこう伝えよ。ヴァージニアの遺体を捜索する必要はもうないとな。彼女はあまりにも清らかで澄んだ魂の持ち主であったので、情け深い神が彼女をそのまま天にまで導いたのやもしれぬ、と」

「御意」

 フェルナンド王子が手を振って、下がれ、という合図をしましたので、急使の若者は床に額をこすりつけんばかりにして最敬礼をし、王子の寝室を辞去しました。

 フェルナンド王子はヴァージニアの死をあんなにも悲しみ悼んでいたのにも関わらず、彼女の遺体が見つからなかったことに対して、少しも落胆したりなどしていませんでした。非常に合理的な考えの持ち主であるこのフェルナンド王子は、考え方をすっかり切り換えて、ヴァージニアの死は彼女自身にきっと悩みや問題があったのが原因であって、自分には少しも責任はないのだ、とそんなふうに考えはじめるようになっていたのです。そして今はヴァージニアのことよりも豚娘のことのほうにすっかり関心が移っておりましたから、心の中で「我が心のヴァージニアよ、安らかに」と一言祈っただけで、彼女のことはそのあともう少しも思いだしたりしませんでした。

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◇オリジナル小説サイト『天使の図書館』
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