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フェルナンド王子がエシュタオル王国に到着したその翌日、レーヌ姫は王宮内に王子を案内する役を、王さまと王妃さまより賜りました。そこでレーヌ姫は王宮内の図書館や、王宮所蔵の美術品が数多く飾られてある、芸術の間などに王子を案内しながら、とりとめのない会話をしていましたが、レーヌ姫はフェルナンド王子の知性に足許にも及びませんでしたから、王子はとうとう心の中でレーヌ姫のことを次のように決めつけてしまったようです(以下の文章は、王子が自国に帰ってから書き記したと思われる、日記からの抜粋です)。
『わたしがレーヌ姫から受けた第一の印象は、一国の王女とはとても思われぬほどに下品で粗野、というものだった。まったくもってカンツォーネ王国も嘗められたものだ。このように何を話しても相手に付和雷同するしか取り柄のない女性を厄介払いとばかりに押しつけられなくてはならないとは……云々』
実際、フェルナンド王子はレーヌ姫と話をすることがあまりにもつまらなかったので、ずっと豚娘のことばかりを考えていました。そしてとうとうレーヌ姫と王宮の西の渡り廊下を歩いている時に、庭のセンダンの樹の下に豚娘の姿を認めて、王子は豚娘のほうへと駆け去ってしまったのでした。
レーヌ姫は王子との会話ですっかり肩が凝っていたので丁度いいと思いましたし、第一豚娘が相手なら、王子がおかしな気持ちになることもないだろうと思いました。それで自分は天蓋つきの真鍮のベッドでぐっすり昼寝でもすることにしようと、肩を叩きながら、大理石の階段を上っていったというわけです。
豚娘はセンダンの樹の下で、悲しい思いでエシュタオルの三大詩人のひとりである、ルバイヤートの詩集などを読んでいました。けれどもそこにフェルナンド王子が突如として現れましたので、びっくりした拍子に本を閉じてしまったのでした。
「おいで。本なんか読むよりも、もっと面白くて楽しいことをしよう」
王子がそう言って豚娘に向かって手を差しのばしてくださいましたので、豚娘は胸をきゅんとさせながら、王子の長くて細い指をとりました。
その時、太陽はちょうど中天にありましたが、ふたりにとって時間が過ぎゆくのはあまりに早く、あっという間に陽の沈む時刻がやってきてしまいました。
豚娘は王宮の中庭や温室などにフェルナンド王子を案内し、綺麗な色とりどりの花々に囲まれながら、いくつもの楽しいお話をしました。そしてそんなふたりの影が長くなって、日時計が夕暮れ時を知らせる頃、豚娘と王子は手に手をとりあって王宮の中へと戻っていったのでした。