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さて、フェルナンド王子を迎えての、晩餐会を兼ねた祝賀のダンスパーティがはじまりました。豚娘は大広間の片隅に立って、壁の花に徹しようとつとめていましたが、非常に不思議なことに、この晩餐会を兼ねたダンスパーティはレ―ヌ姫とフェルナンド王子が主役であったのにも関わらず、絶えず人々の口の端に上るのは、豚娘の話題ばかりでした。
「誰だい?あんなのをここへ呼んだのは?」
「さあ……ところであの豚みたいなのは、どこの貴族の娘さんなんでしょうね?なんというか、親の顔が見てみたいといいますか……」
「おい、おまえ。彼女をダンスに誘ってみろよ」
「嫌だよ、あんな豚そっくりなのと。おまえこそ、豚と踊る勇気があるんなら、誘ってこいよ」
大広間は絶えず、くすくすといったような忍び笑いと、ひそひそといったような囁き声とが交錯していました。
フェルナンド王子は豚娘のことがあまりにも哀れで、彼女のことをダンスに誘っても良いとすら思っていましたが、自分はとりあえずレーヌ姫をダンスにお誘いしなくてはなりませんでした。ところがこのレーヌ姫に化けた魔女のリンダは、人間と手と手をつないでダンスを踊ったことなどは一度もありませんでしたから、ステップの踏み方がまるでわかりません。それでフェルナンド王子の足を何度も力強く踏んづけたあとで、自分から大広間のど真ん中にばったーんと倒れ込んでしまったのです。音楽の伴奏と踊りの輪が止まり、人々みなざわめきました――が、王女さまに向かって笑い声を立てることは、誰にも許されることではありません。レーヌ姫がフェルナンド王
子に助け起こされると、王宮の音楽隊の演奏が再開され、まるで何ごともなかったかのように、ワルツの続きが最初から踊られました。
レーヌ姫に化けた魔女のリンダは、どうにも決まりが悪かったので、怒ったような顔をして、破れたドレスの裾を引き摺りつつ、大広間を大足に歩いて出てゆきました――フェルナンド王子は壁のペンペン草と化している豚娘のところへ行くと、彼女の前に膝をつき、冗談めかして彼女の白い小さな手に接吻することさえして、豚娘にダンスの申し込みをしました。本物のレーヌ姫はダンスの名手として王宮内に知らぬ者はないくらいでしたから、ふたりは大円舞曲の花形として颯爽とステップを踏み、踊り回り続けました――フェルナンド王子は豚娘のダンスの上手さにすっかり驚嘆していましたが、それでも笑ってしまわないようにとの配慮から、彼女からなるべく顔を背けるようにして、ステップを刻んでいました。
そしてレーヌ姫が着替えを済ませて再び大広間に戻ってきた時、大広間は割れんばかりの拍手喝采に包まれていました。もちろん、その拍手の大部分はフェルナンド王子に対するものでしたが、みんな心の中では豚娘のダンスの上手さを認めないわけにはいきませんでした。それにみんなから笑い者にされていた豚娘を誘った王子の勇気と優しさにも、みなは心打たれておりましたので、その後は一切、豚娘のことを笑ったりする者はありませんでした。
さて、ダンスパーティが華やかな終焉で締め括られたあとは、正式な形での晩餐会です。座席の上座にはエシュタオルの王さまと王妃さまが座り、その次にフェルナンド王子とレーヌ姫、それからレーヌ姫のたっての頼みによって、彼女の隣には豚娘が座らされました。あとはレーヌ姫の兄弟の王子たちやそのお妃や婚約者、王侯貴族といった順に、長く大きなテーブルの座席は占められてゆきました。
ところで、この日の晩餐は豚肉の料理が中心で、晩餐会に招かれた人々はどうしてこうもしつこく豚肉の料理ばかりが続くのだろうと訝っていました。しかもメインディッシュは子豚の丸焼き……テーブルに着いている貴族たちはここまでくると、どうしてもあるひとつのことを意識しないわけにはいかなくなりました。つまり(豚そっくりの豚娘が、仲間の豚の肉を食べている……)ということを。
それでも貴族の人々は、高貴な教育を受けている人たちばかりですから、なんとか笑うまいとして、話をレーヌ姫とフェルナンド王子のおめでたい話のほうへと、意識的に傾けるようにつとめていました。しかし、子供というものは正直で、時に残酷ですらあるものです。ある貴族の子供のひとりが、隣に座る母親に向かって大きな声でこう言いました。
「お母さん、豚そっくりの人が豚の肉をとても美味しそうに食べているよ」
しかもその子供は豚娘のほうを指差してそうはっきり言いましたので、人々は笑いを堪えきれなくなりました。
と、その時……。
ポーンと豚肉の塊が天井高く舞い上がり、フェルナンド王子の皿の前へ、べちゃっと汚く落下しました。人々は一瞬、何が起こったのかわかりませんでしたが、その豚肉の塊はテーブルマナーというものをまったく知らないレーヌ姫がナイフとフォークをガチャガチャとやった結果として、空中に放り上げられた、とこういうわけです。
晩餐の席は一気にしーんとなり、人々は何も言わずにただひたすら手元のナイフとフォークとを動かし続けました。例の貴族の母親は、自分の息子がなおも何か言おうとしているのを見て、その腕をつねって黙らせていました。
気詰まりな晩餐会の終わったあと、大広間では小音楽会が開催されることになっていました。貴族の方々がみな、レーヌ姫の歌声を聴いてから帰路につきたいものだとそう口々におっしゃられましたので、レーヌ姫は楽隊の音に合わせて美しいアリアを歌うことになったのです。
このレーヌ姫という王女さまは本当に、誰からも愛される、素晴らしいお姫さまだったのですね。レーヌ姫はワルツの最中にすっ転び、晩餐の席においても大失態をやらかしましたが、王宮の貴族の中で彼女のことを少しも悪く思う人はありませんでした。みんなはきっとレーヌ姫がフェルナンド王子の目の前なので、とても緊張しておられるのだろうと、そんなふうに優しく暖かい眼差しでずっと見守っていたのです。
ところが、レーヌ姫の声はいまや魔女リンダの下品で粗野な響きを持つそれと成り代わっていましたから、レーヌ姫はせっかくみんなが与えてくれた名誉挽回の機会を台無しにしてしまいました――魔女リンダはレーヌ姫のように正式に声楽を学んだことなどは少しもありませんし、音階などというものはさっぱりちんぷんかんぷんでした(つまり、魔女リンダはひどい音痴だったということですね)。
それにしても、魔女リンダがレーヌ姫の美しい歌声までを奪っておかなかったことは、大きな失敗でした。レーヌ姫が音を外しっぱなしで歌い続けていることに耐えられなかった豚娘は、大広間の一番隅のほうで最初は小さな声で、けれども段々に大きな声で、美しいアリアを歌っていました。
貴族の方々はみな、目を閉じて豚娘の美しく澄んだ歌声に耳を傾け、フェルナンド王子も豚娘のほうを見ずに、彼女の綺麗な歌声に聞き惚れていました。みんなは豚娘の歌声を、豚のような顔に似合わず、なんという美しい歌声だろうと思っていました。この夜つどった貴族の中には、帰りの馬車の中で「この世のものとも思われぬほどの、天上の歌声」と評する者さえありました。
このようにして豚娘の印象は、彼女の醜い容貌と同じく、人々の心に長く焼きついて、そのあともなかなか忘れ去られることはなかったということです。




