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 フェルナンド王は、王城まで戻る帰りの道すがら、この世に豚娘以上に醜い容貌の女性がいることを知って、深い衝撃に打たれていました。このごろフェルナンド王は、記憶の中の豚娘の顔を多少美化して想像しつつありましたから、豚娘を目の前にしていた頃はとても考えられもしませんでしたが、今では彼女こそが自分の理想の女性ではなかったかと、そんなふうにすら考えはじめるようになっていたのです。

 とても不思議なことなのですが、フェルナンド王はレーヌ王妃の歌の上手さやダンスの上手さには、少しも心を惹かれませんでした。レーヌ王妃の美しい歌声を何度聴いても、いや、豚娘のほうがもっと魂をこめて歌を歌っていたと思い、レーヌ王妃と呼吸ぴったりにダンスを踊ってみたところで、一国の王女であった人がダンスが上手いのは当たり前だとか、そんなふうにしか感じられないのです。そして何より王がこだわったのは豚娘とのチェスの勝敗でしたが、王は豚娘にわざと負けられて以来、チェスの研究と習練を積み重ねていましたから、今では容易にレーヌ王妃のことを打ち負かすことができるようになっていたのでした。

 一体、フェルナンド王のこの埋められぬ豚娘への思いをどうしたらいいのでしょうか。王は見るからに憂愁を帯びた表情をして、王城へ戻るために、どこまでもなだらかに続く田園風景と放牧地との間を、豚娘に思いを馳せながら馬に乗って歩んでいます。王は新緑の季節に豚娘と出会いましたが、今はもう小麦の刈り入れの季節になっていました。沈みゆく陽の光を浴びて蜜色に輝いている田園風景から、遠くの丘陵地帯を見渡してみると、たくさんの羊の群れが羊飼いや牧羊犬に追われてゆくところでした。その田園と牧草地帯は優秀な酪農家のラリー=バートラムの領地で、そのラリー=バートラムは豚小屋から逃げだした丸々と太って豚殺されるのを待つばかりの逃亡豚を追ってくるところでした。優秀な酪農家のラリー=バートラムは、従者のひとりが掲げ持つ赤い気負い獅子の紋章旗を見るなり、これはなんとしたことだ!と焦燥しました。自分がこれまで手塩にかけて飼育したピンクの雌豚が、フェルナンド王の一行を目指して物凄い勢いで遁走していくではありませんか!しかし、ここまで立派に育てた豚を今さら手放してなるものかと思ったラリー=バートラムは、なんとか王に失礼のないようにして、豚の野朗とっ捕まえなくてはと全速力で走ってゆきました。

 このピンクの可愛らしい雌の豚はまるで直訴でもするかのように、フェルナンド王の一行の目の前で立ち止まりました。そして馬車が二台やっと通れるか通れないかの道を、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしながら、可愛らしいおしりの尻尾を振っていたのです。

 ラリー=バートラムはやっとの思いで自分の飼い豚に追いつくと、「えいっ!こんちくしょうめ、王さまの御前でなんという無礼な豚だ!」と悪態をつきながら手に持っていた木の枝で丸々と太った豚の尻をピシピシと打ちたたきました。ところがラリー=バートラムがいくら雌豚を道から追い立てようとしても、丸々と肥えたこの豚は、ただじっとつぶらな瞳でフェルナンド王のことを見上げるばかりです。

「……つかまえろ」とフェルナンド王は自分の部下たちに掠れた低い声で命じました。

「は?」と、従者たちは王さまの発した命令が聞きとれなかった様子で、王に聞き返しています。

「この男を捕まえて牢屋に入れろと言っているんだ!そしてこの可愛らしい豚を、王城のわたしの部屋まで連れ帰るんだ……わかったら早くしろ!」

「ははっ!」

 可哀相に、優秀な酪農家のラリー=バートラムは、豚たたきの罪状により、牢獄行きにされてしまいました。そして三日間牢獄に入れられた揚げ句、三十九回の鞭打ちの刑に処されてのち、ようやく我が家へと帰ることが許されたのです(我が国では投獄されることを俗に豚箱行きなどと言いますが、語源はどうやらこのあたりにあるらしいというのは、言語学者たちの話です)。

 フェルナンド王はこの時連れ帰った雌のピンクの豚にドレスとリボンをオーダーメイドで仕立て屋に作らせ、一生の間この豚を大切に可愛がったといいます。

 世にきこえし名君、フェルナンド豚骨とんこつ王の誕生でした。フェルナンド王は動物の中でもとりわけ豚のことを骨の髄まで愛したということで、後世の歴史家たちに豚骨王などという、ちょっと格好の悪い名前で親しまれることに

なったのです。

 フェルナンド王はさっそくとばかりに『豚殺とんさつ禁止令』なるものを発布したのですが、この法令は全住民から大変なブーイングを巻き起こしましたので、一年と経たないうちに廃止せざるをえませんでした。それでもその約一年の間に、豚殺しの罪で火刑に処された者が三名、豚たたきや豚いじめなどの罪で捕えられ、文字どおり豚箱行きになった者が三百四十三名を数えたと、王宮の司法官の記録には残っています。

 フェルナンド豚骨王は、豚を一生の間偏愛しましたが、それでも世にきこえし賢君として、カリスマ的な人気を誇る王でもありましたから、豚以外のことで王を非難する者は、カンツォーネ王国にひとりとしてありはしませんでした。

 フェルナンド王はまた、王としての責務をレーヌ王妃にも十二分に果たしましたので、レーヌ王妃は七人の子供を身篭って、その子供たちを賢君賢姫として立派に養育しました。これから十四代まで続く、平和の礎をレーヌ王妃は生みおとしたといってもおそらくは過言でなかったでしょう。とはいえ、フェルナンド王があまりにも豚に夢中なのを見るにつけ、レーヌ王妃は一体何度「自分の子供たちと豚とどちらが大切なの!?」と叫びたかったことでしょうか。

 王は晩年、王位を自分の息子に譲ったのちは豚の飼育に非常に力を入れ、たくさんの豚の研究論文を残したことでも有名です。

 レーヌ妃殿下は、フェルナンド陛下が崩御なさる直前に「豚娘……豚娘……」と、豚娘の名前ばかりを呼ぶのを聞いて、よほど「本当はわたしこそがあなたの愛する豚娘だったのです」と打ち明けようかと思ったくらいでしたが、結局王は真実を知ることなくこの世を去りました。

 ところで、フェルナンド王のお気に入りだった執事のディック=バーンスタインですが、彼はその後、優秀な豚飼育の能力を王に買われてトントン拍子に出世していき、大臣にまで昇進したということです。ディックの愛妻のリンダ=バーンスタインは、この世の富と権力とを手にしたのちも、夫に対して従順でとても感じのいい人だったと、カンツォーネの貴族たちの間には語り伝えられています。


──終──

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