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さて、フェルナンド王とレーヌ王妃のお話に戻ることに致しましょう。フェルナンド王は結婚後、暫くの間は王としての務めも忘れてレーヌ王妃のことを放ったらかしにしていました。フェルナンド王は豚娘の捜索に熱中するあまり、時々自分が結婚していることさえ忘れておりましたので、レーヌ王妃に恥をかかせたことも一度や二度ではありませんでした。
フェルナンド王は一国の王である自分がこんなにもやっきになって豚娘を捜しているのに、どうして豚娘が見つからないのか不思議でなりませんでした。フェルナンド王がレーヌ王妃のことをどんなに追及しても、彼女は一向に口を割ろうとはしません。彼女はただ「豚娘はあなたを置いて逃げたのです」とだけ答え、あとは薔薇色の美しい頬をはらはらと涙で濡らすだけなのでした。フェルナンド王はもしやレーヌ王妃が豚娘を亡き者にしたのではないかとさえ疑いはじめ、自分の妻に対する憎悪を抑えることができないくらいでした。それでフェルナンド王はなかなかレーヌ王妃を知ろうとはなさいませんでしたし、王は自分の妃を知るようになってからも、やはり相変わらず冷たい暴君であり続けることをやめはしませんでした。
そしてフェルナンド王が豚娘のことはあきらめるしかないのであろうかと、憂鬱な気持ちで考えはじめていたある日のこと、ひとつの福音にもまさる喜ばしい吉報が、フェルナンド王にもたらされたのです。なんと、カンツォーネの王都からそう遠くない谷あいの小さな村に、二目と見ることのできない、つぶれた顔の女性がいる、との報告が、ヴァザーリ将軍の部下よりもたらされたのです。
フェルナンド王はつまらない貴族院の会議など途中でうっちゃらかし、自ら馬を疾駆させ、自分の最も信頼する従者たちだけを引きつれて、その谷あいの小さな名もない村へと向かいました。
今度こそ豚娘であるのに違いない、との確信が、フェルナンド王にはありました。何故ならその二目と見ることのできない顔のつぶれた女性は、ヴァザーリ将軍の部下が王城へ連れていこうとすると、「自分のように醜い女が王さまのお目にかかるだなんてとんでもない」と答えたというからです。なんとも豚娘の言いそうなことだと、そうフェルナンド王は思いました。
ところが、フェルナンド王が廃屋も同然の、豚娘かもしれない女性の住む家屋へ尋ねていくと、王の目あての女性は豚娘ではありませんでした。確かにその女性の顔は半分が醜くつぶれ、あとのもう半分は醜く歪んでいましたし、その上隻腕でびっこを引いてもいましたが、豚娘ではなかったのです。王はその女性のあまりの醜さに顔を背けずにはいられませんでした。
この女性は実をいうと、小高い尖塔のような崖から谷川へ向かって身を躍らせた、あのヴァージニアその人でしたが、本人が記憶というものを喪失していたこともあり、王には彼女がヴァージニアであるとは、少しも気づくことができませんでした。
王はこの醜い女性が豚娘でなかったことがわかるなり、落胆と失意のどん底にまで突き落とされましたが、それでもその女性に一生惨めな思いをしなくてすむよう、広い土地付きの家屋を与え、信頼できる後見人を見つけることさえして、多額のクラウン金貨を後見人をとおして毎月受けとれるようにもしてあげました。
この醜い女性は頭が少しおかしくなっており、何を喋っているのか周りの人間も時々よくわかりませんでしたし、村の悪い男たちの慰みものにもされていましたから、色々と法的に守られる必要性があったのです。