いつか日は沈むけど
連載している作品とはこれっぽっちも関係ありません。
彼はつかつかと歩く。散歩だというのに革靴だ。ついいつもの癖で履いてきてしまったのだろう。
彼は普段散歩などしない。時間があればゲームをしたり、本を読んだり、はたまたどこかに出掛けたり。そんな毎日を送っている。限りある時間を精一杯使おうと思っている。
何故今日に限って散歩などしようと思ったのだろう。本やゲームに飽きたのか。友人と予定が合わなかったのか。
そんなことはない、彼はそう思った。まだ手を付けていない本もゲームもある。友人も暇そうにしてるのはSNSでわかっている。では何故なのか。自分でもよくわからないようだ。
彼はふらふらと歩く。まだ歩きだして一時間と経っていない。それでも今まで見たことのない景色だ。ここより遠い場所には電車で週に何度も行く。知らない景色を遠くに求めていたけれど、こんなに近くにあったとは。そう思うだけで世界が広がった気がした。
彼はぶらぶらと歩く。どうやら葬式をしているようだ。家の前で人々が涙を流している。何故だろう。誰しもいつか訪れる瞬間であることはわかっているはずなのに。
産まれたときに人生がスタートするならば、その瞬間は人生のゴールではないのか。よく頑張ったね、お疲れ様というのが合っている気がする。
では何故泣くのだろうか。その人が苦しいわけでも痛いわけでもない。涙を流すのは常に残されたものだ。
喪失感で泣くのだろうか。しかし、最後が来ることはわかっているはず。早いか遅いかではないか。何故それに備えないのか。泣いても無くしたものは戻らないのに。
彼はだらだらと歩く。はしゃぐ子供が見える。いつからあんな風に笑わなくなっただろうか。
いろいろなものを見た。いろいろなものを知った。いろいろなものを経験した。
世界は広がったはずなのに。選択肢は増えたはずなのに。自分で道を選んだはずなのに。
否、世界が広がり、選択肢が増えたから笑えなくなったのだろうか。そうして先が見えるようになってしまったからだろうか。
彼らには世界も、これから歩む道もただ漠然と明るいものに見えているに違いない。
彼はとろとろと歩く。既に家も近い。この明るさもももうすぐ消えてしまうのだろう。
それでもいいではないか。
いつか見えなくなるからこそ、今見える世界を美しいと思える。
いつか消えてしまうからこそ、今あるものを愛しく思える。
それだけでいいではないか。
彼はのろのろと歩く。部屋の電気がつきっぱなしだ。無駄なことだ。
しかし、無駄も悪くない。
彼は止まる。
沈む夕陽がやけに眩しかった。