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雪だるま

作者: ハリソン
掲載日:2016/05/19

 信じられるか?

 雪だるまって、喋れるんだぞ?

 ……とまあ、こんなことを言うと、何言ってんだこいつって思う奴も多いだろう。


 でも、確かに。

 俺の目の前に現れた雪だるまは、喋ったんだ。


   *


「おい! 布川、起きろ!」

 とある高校の教室で、男性教師のそんな声が響いた。その声を受けて、机に突っ伏していた一人の男子生徒、布川龍がむくりと起き上がる。

「ふぁい。何でしょうか、先生」

「布川、学校とは何をする場所か、お前にはちゃんとわかってるのか?」

「シエスタをする場所です」

「なめてんのかお前」

 こうして、教師の逆鱗に触れた布川は、のちにこっぴどく叱られたのであった。



「何であんなに怒ってたのかねえ」

 放課後、布川は教室でそうつぶやいた。それを聞いていた男子生徒が反応する。

「そりゃお前、俺達もう受験生なのに、そんな不真面目態度取ってんじゃねーよってことだろ」

「不真面目って……。俺は睡眠学習していただけですよ?」

「はいはい、典型的な言い訳はいいから」

 そう、布川達は今、受験を控えている大切な時期なのだ。それなのにやる気を削がれるような布川みたいな奴がいたら、教師達もいい気はしない。

 しかし、当の本人、布川は、受験に完全に身を注ぐことができていなかった。その理由は、

(ああ……、みやちゃん、今日もかわいいなあ)

 布川はある女子生徒をこっそり見つめる。視線の先にいるのは、同じクラスの女子生徒、山内美耶子である。彼女は友達と喋りながら、これから帰ろうとしている所だった。

 いつもニコニコしていておとなしく、男子からも女子からも評判がいい。性格も優しくて、頭も良い。まさに理想の女子。そしてまさに布川のストライクゾーンど真ん中だった。

 そう。布川は、オンナノコに夢中になって勉強に集中できないまさに思春期ボーイなのだった!

 当然、告白なんて一大イベントも決行できる訳はなく。

(ああ……横顔が美しい)

 チキン野郎布川はただ目で見送ることしかできないのであった。

 そのとき、山内がふと、布川の方を向いた。二人の視線が合う。

 やべっ、見てんのばれる!

 布川はぎくっとして山内よりも奥を見つめるように目を調節。その間わずか0.03秒。

 恋のためなら何だってやれちゃう系男子布川であった。

 山内は何も反応することなく、すぐ友達に視線を向ける。

(ふー、あぶねえ)

 布川は心の中で大きく息を吐いた。陰ながら見守る系男子は、自分が好意を寄せているとオンナノコに諭されてはいけない。これが布川の美徳である。

 いつの間にか教室には布川一人がいるだけであった。皆帰ってしまったらしい。まあ、受験勉強があるから、皆早く帰っていたのだろうが……。

「どーせ家に帰っても、勉強しねーしなー」

 机の上にべたーっと身を投げる。

「みやちゃんと勉強できるってんなら、勉強でも何でもやれちゃうんだけどなー。みやちゃんみやちゃん、俺のみやちゃん。教室に帰ってきてくれー」

 気持ち悪いことを言い出した布川。受験生とは思えない煩悩の塊だった。

「みやちゃん、アイラビュ、みやちゃん、アイニジュ。君ーに俺の気持ちを捧げるよォ~ウゥ~」

「何を捧げるって?」

 瞬間。

 布川は、絶望の淵に落とされた。

 布川しかいない教室、だったはずが、教室のドアが開いていて、そこに誰かがいる。

 みやちゃん、つまり、布川の思い人であった。

「……あッ、あれェ、みやちゃん!?かかかか帰ったんじゃあッ……」

「ちょっと、忘れ物しちゃって。何か、う、歌? 歌ってなかった?」

「エッ。いや、どどどどどうだろうなあ。別にラウ゛ソングなんて歌って……あ、いや、ゲフン」

 自ら墓穴を掘りそうになった。

「じ、じゃあ、俺はこれで失礼する。お勉強しなくちゃだからな! 学生の本分は勉強勉強!」

 HAHAHAと取り繕ってる感が半端ない口調でバッグを肩に掛ける。そんな不審きまわりない布川に、山内は、

「そっか。お互い勉強頑張ろうね。それじゃあまた明日」

 ニコニコと接してくれた。布川の心臓がドドドクーーン! と高鳴る。

(やっぱいい子だなあ、みやちゃん)

 噴出した胸の高鳴りを押さえつけて、布川は山内に手を振った。満たされた気持ちのまま、学校の外へ出る。

 外は、真っ白な景色が一面に広がっていた。さすが受験シーズンの1月、といったところか。ウインドブレーカーを着た生徒が、白い息を吐きながらランニングしているのを横目に、布川は校門を出た。

 雪は空から、はらはらと舞い落ちていた。小さい頃は雪が降ると一気にテンションが上がり、よく雪だるまを作ったものだ。そんなことを布川は考えていた。今じゃただただ寒いとしか感じなくなり、ポケットに手を突っ込んで歩いている。

「俺も年を取ったもんだなあ」

 へっきし! とくしゃみをして、雪の中を歩き進む。やっぱ手袋とマフラーが欲しいな、とか思っていると、

「……あ」

 布川は、とある建物に貼られたポスターに目をやった。そこには、

『もうすぐ卒業シーズン! 卒業してしまう前に、気になるアノ子と綺麗なイルミネーションを見ませんか?』

 その言葉と共に、木々にLEDライトをちりばめた写真がでかでかとのっけてあった。

 卒業。

今まで深くは考えていなかったこと。

 だって、卒業するとは、つまり。

「もうみやちゃんを拝められなくなるってことだもんな……」

 布川と山内は進路先が違う。布川は地元の偏差値がそう高くない大学。対し、山内は県外の難関校。

 天と地の差。

 今まではクラスメートだったのに、そうじゃなくなる。

 そうすれば、もう会えないかもしれない。

 だから、今のうちに何か行動をしたい。

 しかし。

「……それができたら、苦労しねえよなあ」

 布川ははあ、とため息をついた。今まで陰で見つめることしかできなかった自分に、一体何ができるのだろう。

 仮にもし、告白して。

 もし、振られてしまったら。

「そしたら、受験勉強どころじゃねーなあ」

 布川以外誰もいない雪道で、布川がポツリと言う。

 そのときだった。


「お前何言ってんだ、今も受験勉強してねーじゃねーか」


 一瞬。

 ただの空耳かと思った。

 布川はそう信じ、その場から歩き出そうとすると、

「おいおい、シカトかよ。ったく、これだから今時の奴は」

 また声が聞こえた。

 これは、間違いない。

 もしかして、

「俺は幻聴が聞こえるようになったほど、追い込まれているのか……」

 布川がそう悟った。

「いやいや幻聴じゃねーよ。ちゃんと居るだろ、ここに」

 声がすかさず突っ込んだ。

 ええー? と、布川は怪訝そうに辺りを見回す。しかし、誰一人いない。

「まったく。そんな見え透いた嘘、ただ人をイラつかせるだけだゾッ☆」

「お前の言い方の方がむかつくわ」

 はあ、とため息が聞こえたかと思うと、

「それと、1つ言っておくことがある。僕は、人間じゃない」

 急にぶっとんだ発言があった。

「はあ? 何言ってんの? 僕は特別な人間なんだとかそういうオチ?」

「違うって。だから人間じゃないって言ってんだろ」

 僕は、とその声は告げた。

 さらにぶっ飛んだ発言を。


「僕は、雪だるまだよ」


 ……。

 何言ってんだこいつ。

 まず布川の頭に浮かんだ言葉がそれだった。そして、第一声が、

「いいかい、1つ忠告しておくよ。一度、病院に行った方が良い。君はずいぶん頭がおかしいようだ」

「行かねーよ! つか、おかしくなんかねーし!」

 イライラした声で、雪だるま(?)は、

 「ほら、お前の後ろにいるだろ! 真っ白ボディの、この僕が!」

 布川はけだるそうに振り返る。そこには、赤いポリバケツを被り、ボタンを体に3つ付けた雪だるまがいた。

 ここまでは普通の雪だるま。

 しかし、その雪だるまは、


 手足をバタバタと、まるで生きているかのように動かしていた。


「……っはあ、はああ!?」

 ずざざっ、と布川は後ずさりをする。雪だるまをまじまじと見つめる。

 確かに、その雪だるまは動いていた。

「……もしかして、着ぐるみ、とか……?」

「はあ。ここまで疑われると突っ込む気も起きねーな。僕は正真正銘の雪だるま。雪の降るときに現れて雪が止むときに消えるものだよ」

 雪だるまはやれやれと頭を左右に振りながら、

「まあ、とにかく僕のことは、喋れて動ける雪だるまだっていう認識でいい。それより、今はお前のことだ」

 ビシッと布川を指さした。

「お、俺? 何でだよ」

「お前、何か悩んでたじゃねーか。みやちゃんがどーたらとか、苦労しないとか」

「げ。もしかして、聞いてたのか、全部」

「まーな」

 布川は急に恥ずかしくなってきた。そして頭を抱えながら、

「机の中にしまっておいたポエムを好きな子に見られた気分だ……」

「お前実際ポエムとか作ってそうだもんな」

 雪だるまの発言に、布川は顔を上げて、

「んな、なななななに言ってっ……」

「はあ。図星か」

 んで、と雪だるまは言うと、布川に向けて言った。


「実はここ数日、お前の跡を付けさせてもらっていた。お前が何に悩んでるかは、全部お見通しだ」


 え、と。

 布川の思考は停止した。

 ここ数日? 今日だけじゃなくて? しかも、ずっと後を付けてたって……。

「俺は元々ただの雪だからな。雪たちとコミュニケーションを取ることができるんだ。一粒一粒の雪から、色んな情報を得ることができる。例えば、学校の窓に張り付いた雪から、学校での会話を聞いたりとかな」

 そして、と雪だるまは言い、

「お前が先生に怒られてたこととか、みやちゃんに対する気持ち悪い歌を歌っていたことも、全部雪たちから聞いてる。だから、全部お見通しだ」

「……」

 布川は穴があれば入りたかった。

 山内に対する歌。あれだけは、誰にも聞かれたくなかった。

「くそ。いつか覚えてろよ……。お前の恥ずかしい行動とか絶対見つけてやる」

「性格わりーなあ」

「はああ!? つか、性格悪いのはむしろそっちだろ! 人の会話とか盗み聞きやがって……!」

「盗み聞きじゃない。聞こえるんだから、しょーがないだろ。雪たちが聞いたことを、俺に話してくれるんだからよ。お前だって言いたくなるだろ、面白いものに遭遇したら」

「ぐぐぐ。人の淡い恋心を、面白いものとか言いやがってっ……!」

 はいはい、と雪だるまは話を流す。

「んで、僕はお前のそんな面白くて進展しない恋(笑)に興味を持ったんだ。で、こうしてお前と接触しようと思ったわけ」

「恋(笑)ってなんだ! (笑)付けるな!」

「だっておもしれーんだもん。何か小学生の恋みたいで」

 こいつうううう! と布川は雪だるまのほっぺをつねる。雪だるまの肌は、まるで雪見だいふくの皮のようにもっちりしていた。

「まあとにかく、そんなお前を見て、応援してやろーかなって思ったわけよ。だってなあ、こんな面白い恋、関わりたくなっちゃうだろ……ぶくく」

「笑うな! 腹立つ! つか、俺の恋は真剣なんだよ!」

「わかってるよ」

 雪だるまの言葉に、え? と布川は首をかしげた。いいか、と雪だるまは言うと、

「お前の想いが真剣なことも、お前に時間がないこともわかってる。でも、お前はなんつーか、不器用っつーか、奥手なんだよ、恋に。んで奥手だから、面白い行動とかしてるし」

「してねー!」

「してるだろ。だからお前見てると、しょーがねーな、背中押してやるかって気持ちになるんだよ。面白いし」

「いちいち面白いって言うな。まあ、応援してもらえるのは、ありがたいけどよ……」

 布川はぽりぽりと頬を掻いた。

 今まで、山内に対する恋心は、誰にも話したことはなかった。だからもちろん、応援されることもなかった。

 しかし今、布川のことを応援してくれる奴がいる。人間じゃなくて、雪だるまだけど。

 それでも、自分の味方になってくれる奴がいる、という事実だけで、ちょっと嬉しい気持ちになった。

「じゃあ、これからよろしく頼む。俺の恋愛大作戦、開始だな」

「気持ち悪い作戦だなあ、それ」

 るっせー! と、布川は雪だるまの足を蹴った。

「痛っ! おい、僕純白まっさらな雪だるまなんだから、もうちょっとデリケートに扱ってくれよ! 色んな物質ぶっこんでる人間とは違うんだよ!」

「お前こそいちいちそうやって嫌な言い方すんのやめろよ!」

 はー、と雪だるまはため息をついて、

「お前とは根本的なところで合わなそうだな。犬猿の仲ってやつか」

「同意だな。いがみ合うことしかしてないもんな俺たち」

 妙なことで意見が合う2人(?)。

 とりあえず彼らは、人目のつかない建物の裏に行くことにした。雪だるまは、自分が動いて喋れることは一応布川以外には秘密らしい。布川の跡を付けるときも、怪しまれない程度に動いていたという。うーん、普通怪しまれると思うが……。

「さて。お前の奥手な恋をどうするかだが」

 建物の裏で、雪だるまはそう切り出した。

「お前、みやちゃんのLINEとかはわかってるのか?」

「まあ、一応。クラス替えの日に、クラスの奴らとLINE交換したし」

「よし。じゃあ、オッケーだな」

 何が? と言うと、雪だるまはハッキリ言った。


「今からみやちゃんに電話しろ。んで、告れ」


 な、

 な。

 ナンダッテーーーーーーーーーーーーーーー!!!???

「ちょっと待て、いや、それはちょっと待てええええ! 何で!? 何でそうなったの!? 急展開すぎるだろ、いきなりクライマックスだろあほおおおおおお!!」

「いいじゃん。今のお前の状況を180度変えるには超うってつけだし」

「だからって、電話て! せめてメッセージ送信にしてくれよ、俺chickenなんだから!」

「chickenっていちいち発音良く言うなよ。お前本当にちょいちょい腹立つな」

 はあ、と雪だるまはため息をついた後、布川の制服のポケットに手を突っ込んだ。

「あっ、おい!」

 布川が止める前に、雪だるまは布川のスマホをゲットする。そして、慣れた手つきでスマホをいじり始めた。

「雪だるまのくせにスマホ扱えんのかよ……。てか、俺のスマホ防水加工してないんだけど、お前が触ることで壊れるんじゃね?」

 雪だるまはスマホの画面に視線を落したまま、

「問題ない。壊れたとしても、僕には何の影響もないしな」

 うわーっ、こいつ性格悪ぃーっ! と布川は叫んだ。そんな布川に、雪だるまはスマホを渡す。

「はい、返すよ」

「……ん、え、返すの? もう?」

「何だ、スマホいらないのか?」

「いや欲しいけど……。てっきりお前が、みやちゃんに電話かけやがったんじゃねえかなって思って」

 はー、びっくりしたー、と、布川がスマホをポケットの中に入れようとすると、スマホの画面が明るいことに気づいた。

 ん、何だ? と思って、スマホの画面に視線を移すと……。

 

 通話中。

 相手は山内。そしてスピーカーホンになっていて、山内の『もしもーし』という優しい声が。


「……うわ」

 布川は思わず叫んだ。

「うわああああああああああああああああああああああああっ!!」

 その勢いのまま、ブツッと電話を切ってしまう。

「あー! 何してんだよchickenめ!」

「うっせー、もうお前黙ってろ! 何もすんな! みやちゃんにがっつり電話かけてるじゃねえか、何でだよ!」

「電話して告らせるためだろばかやろう!! こういうのは勢いなんだよ、特にお前みたいな恋愛にもじもじしてるやつにうってつけなのはな!」

 布川はイライラして、地面の雪を雪だるまに向けて思いっきり蹴った。

「俺にもな、譲れないものがあんだよ! 電話でなんか、告りたくないんだよ! 相手の顔が見えないまま告ったって、相手に俺の気持ちなんか50%も伝わんねえ。正面で告って、240%くらいの気持ちを直接、みやちゃんにぶつけたいんだ! なあ、俺のこの発言、どっか間違ってるかよ、雪だるま。反論してみろ、エセキューピッド!」

 はあ、はあ、と、布川は肩で大きく息をする。雪だるまはそんな布川をしばらく睨み続けていた。

 しかし、急にフッと顔の筋肉を緩め、

「安心した。どうやらお前は、ただのchickenじゃないみたいだな」

「お前、chickenって言葉お気に入りになったな」

 うるさい、と、雪だるまは突っ込んで、

「じゃあ、早速実践といってみよう」

 ……は? と、布川はポカンと口を開けた。雪だるまが何を言いたいのかがわからない。

 そんな布川を気にせず、雪だるまは手を大きく広げて、高らかに言った。


「それではここで、スペシャルゲストの登場と行きましょう。山内美耶子さんでーす」


 雪だるまは、布川の後ろを指差した。布川は恐る恐る首を後ろへ向ける。

 え、まさか。いやいや、そんな訳。

 だって、みやちゃんもうとっくに帰ってるはずじゃん。お家で受験勉強してるはずじゃん。

 そのはずだと思っていた。


 雪の上に立つ、山内を見るまでは。


「…………」

 布川は絶句して、全く身動きができなかった。とりあえず、心の中で突っ込む。

 エー、ナンデイルノー。

「布川くん? ずっと固まってるみたいだけど、大丈夫?」

 山内は石化してる俺の顔を覗き込む。うおお、何てかわいいんだああああ。

 あああてか今はそんなこと考えてる場合じゃねええええ。

「い、いつから……」

 俺は雪だるまに小声で言った。

「いつからみやちゃんここにいたの? てか、お前が動いて喋れることは、俺以外には秘密なんじゃ……」

 しかし、雪だるまは何も言わない。身動きもしない。

 まるで、本物の雪だるまみたいだった。

 仕方ないので、布川は山内の方を向く。

「あ、あのさ。いつからここにいたの?」

「あ、えっとね、ついさっきだよ。私自分の部屋で勉強してたんだけど、温かい飲み物を買いに行こうと思って、ここを通ったの。そしたら、布川くんがいて……」

 ついさっき。そうか。

 ということは、俺が雪だるまに叫んでいたセリフは、みやちゃんには聞こえてなかったんだ! っしゃ!

「ところで。布川くん、ここで誰と喋ってたの? 私、何を話していたかまでは聞こえなかったんだけど……」

「え、誰って……」

 布川はチラッと雪だるまを見た。雪だるまは相変わらず喋らない。

 ここで『俺、雪だるまと喋ってたんだよー!』とか言ったら、絶対山内に変な人だと思われる。だから、あははーと布川は適当に流すことにした。

「何でもないよ。電話してただけ」

「そうだったんだ。……あ、布川くん、さっき私に電話したよね」

 ぎくくっ! と布川の肩が飛び上がる。あの雪だるま野郎が勝手にやったことだ。

「あ、ご、ごめん。間違ってかけちゃったんだよね。ははは」

 めんごめんごー、と軽いノリで、布川はその場を取り繕うとする。

 そこで変化があった。

 急に、後ろからドンっと押されたのだ。

「うおっ」

 布川はその勢いのまま、前に一歩踏み出す。

 山内と距離が近くなる。

「っ!!」

 chicken野郎布川は一気に顔を赤くして、山内と距離を取った。俺何にも気にしてないデース、と言いたげに、頭をポリポリと掻く。

 つーか誰だよ俺のこと押したの……と、布川が後ろを振り向くと、雪だるまが布川に金剛力士像みたいな形相で睨んでいた。

(ばかやろう。何やってんだよ、せっかくチャンスやったのに)

(ああ? チャンスって何のだよ)

(わかってるくせに。告白するチャンスだよ)

 ぶっ! と布川は、思わず声に出してしまった。

(はああ? いいい今かよ、今告んのかよ! おいちょっと心の準備が……。てか、何も今日告らなくても……)

(お前は今まで何回そう思った?)

 雪だるまの声は、今までよりも鋭く厳しかった。

(いいか。恋っていうのは、タイミングが大事なんだよ。ここだ!ってところで告らないと、付き合えない時があるんだ。人の心はすぐ移ろうからな)

(ということは、今が告り時ってことか?)

(ああ。お前の場合、次がある、って余裕こいてたら、結局告れませんでしたーってオチがありえるからな、というかそういう未来しか想像できない)

 これに対しては、何も反論できない布川。

 自分は今まで、山内を陰で見つめることしかできていなかったから。

(次なんてない。もしかしたら、明日みやちゃんが外国に行っちゃうかもしれないし、明日地震が起きて、みやちゃんと離れ離れになる可能性だってある。それがたったの0.001%だったとしてもな)

(そんなの起こるわけ……)

(誰だってそう思ってるよ)

 雪だるまは小声で続けた。

(誰も、今の生活が急に変わるなんて想像してない。ニュースで事件が起こったとしても、どうせ自分には関係ないし、何も降りかからないだろうって思うから。でも、違うんだよ。何も起きないって願望が自分の脳を支配して、不安とか心配を端に追いやってるだけなんだ)

 後ろで山内が何か言っているが、今の布川には山内の言葉は届かない。

 ただ、目の前の雪だるまの話を聞いていた。

(好きな人に告白する。そりゃあ怖いだろうな。相手がどんな返事をくれるか。そりゃあ不安だろうな。それらの負の気持ちから身を守るために、告白しない。それも有りだろうさ。でも……、お前に覚えていてほしいことがある)

 瞬間、雪だるまの表情が優しくなった。

(不安なのはお前だけじゃない。今こうしている間も、誰かに告白している人がいる。人だけじゃなくて、動物も、宇宙人だって。僕は雪だるまだからわかるんだ。世界のあらゆるところに僕はいるから、世界で何が起きているかなんてすぐにわかるよ。あ、今、ポーランド人がスウェーデン人に告白した。おっと、キジトラの猫が、黒猫に告白したようだな。

 ……これでわかるだろ、お前は一人で告白しようとしているんじゃない。何百年前、ここで誰かが告白していたのかもしれないし、そいつらがきっと、お前のことを応援してくれているはずだからな)

 何だよそれ、と布川は思ったが、声には出さなかった。出せなかった。

 雪だるまの言葉に、大いに胸を打たれてしまったから。

(ああ、さっきのポーランド人、振られちゃったな。平手打ちもくらってるし。ひょっとしてお前もそうなるかもなあ)

(おい)

(ははは冗談だよ。まあ、とにかく。振られてるのは、お前だけじゃないから、安心して砕けてこい!)

(俺が振られる前提じゃねーか)

 こいつさっきまで良いこと言ってたのに、と布川はため息をついたが、彼の表情は笑っていた。

 さっきまでのカチコチの顔ではなく。

 傍にみんながついている、と信じている安堵の顔に。

「ふ、布川くん? さっきからぼそぼそ喋って、どうしたの?」

 ずっと置いてけぼりにされていた山内は、心配そうに布川に話しかけた。

 今までスルーオブスルーしまくっちゃってたのに……やっぱ良い子だ、と布川は心の中で涙を流す。

 でも、ここからは。

 山内と話をする時間だ。

「みやちゃん、あのさ、俺の話、聞いてくれる?」

「うっ、うん」

 いつもの、おちゃらけててばかっぽい声とは違う布川の真剣な声に、山内は襟を正す気分になった。

「あのさ」

 布川は口を開く。

「俺さ」

 ちょっとずつ、言葉を発する。

 ごくりと布川は唾を飲んだ。言葉って、こんなに発しにくいものだったっけ……? 緊張して、喉が、口が、思うように動かない。

 そこで布川は、雪だるまの言ったことを思い出した。

 お前は一人で告白しようとしているんじゃない。何百年前、ここで誰かが告白していたのかもしれないし、そいつらがきっと、お前のことを応援してくれているはずだからな。

 布川は目をつぶった。

 過去の皆様。もしここに居るのでしたら、俺に力を貸してください。このちっぽけな片思い中の男子に、ほんのちょっとだけ、勇気をください。本当にちょっとだけでいいんです。本来、俺が自分の力でしなくちゃならないことだから。

 俺の恋心に、ちょっとしたぬくもりをください。


 いいでしょう。

 傍に居ますよ。


 そんな声が聞こえた気がした。肩に、暖かい手が置かれている気がした。

 ありがとう。

 俺、やるよ。

「みやちゃん、俺、君のこと……」

 布川は目を開けて、山内に言った。

 と、そこで布川は見た。


 山内の不機嫌そうな顔を。


「……あっ、え、みやちゃん!? どうしてそんな怒ったような顔を……」

「……だって」

 山内はほっぺを膨らまして言った。

「布川くん、全然言わないんだもん! ずっと自分の世界に入りっぱなしだし。もう待ちきれない、私言うよ!」

 え、え、と布川が理解していないのも一瞬のことだった。


「私、布川くんが好き! 私と付き合って下さい!」


 ……。

 え。

 えええええええええええええええええええええええーーっ!!!

「み、みみみみやちゃん、そそそそれ、マジなの!? リアル!? え、みやちゃんの目の前にいるの、俺だよ!?」

「だから布川くんに言ってるんじゃない、『好き』って!」

 山内は相変わらずほっぺを膨らませたままだ。布川は未だに信じられず、ずっとあほみたいな顔をしている。

 山内はそんな布川の様子にむっとして、

「何。私のこと、嫌いなの? 私のこと好きなんですって、今までずっとアピールしまくってたのに」

「は、アピール? いや俺何もしてないけど!」

「今日の放課後、教室で私への恋心歌ってたでしょ!」

「……え、ああああああれーーーーっ!? 何も聞いてなかったんじゃあ……!」

 そんなわけないでしょ、と山内は言い、

「教室の外まで響いてたわよ」

 これがとどめとなった。うわあああああああああああっと布川は大ダメージを受ける!

「ううう……そっか、みやちゃん、もう俺の恋心に気づいていたのか……」

 さっきまで色んな人たちに勇気をもらっていたのに。痺れを切らされて告白されるとか情けねー……っていう声が聞こえる気がする。布川はぐああ、と頭を抱えた。そんな布川を見て、山内ははあ、と大きくため息をつくと、

「ねえ、布川くん」

「……何でございましょう?」

「私、まだ布川くんの返事聞いてないんだけど」

 布川はそれを聞いて顔を上げた。

「私と、付き合ってくれるの? それとも、付き合わないの?」

 そうだった。俺はまだ、自分の気持ちを言っていなかった。

 布川は山内と向き合う。真剣な声色で、でもとても嬉しそうに。


「もちろん付き合います。俺も、みやちゃんのことが好きですから。これからよろしくお願いします」


 その後。

 布川と山内は、二人で綺麗な木のイルミネーションを見に行った。もちろん手を繋いで、仲睦まじそうに。

 雪はいつの間にか止んでいて、月と星が空を優しく彩っている。

 例の、口の悪い雪だるまは、いつの間にかいなくなっていた。ただ、地面に降り積もった雪の上に、雪だるまのボタンが1つ、ぽつんと置いてあった。

 布川はそれを拾って、ポケットの中に入れていた。

 そうして、大好きな人とイルミネーションを見て、思う。


 ありがとう、何だかんだでお前は、俺の恋のキューピッドだったよ。

 お前はどこにでもいるから、また会えるよな。望むのなら、またお前と口の罵り合いをしたいよ。してくれるだろ、ばーか。


 その時、一粒だけ、布川の肩に雪がかかった。


 当然だろ、ばーか。

 そんな声と共に。

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