第8話 勇者、やんごとなきお立場にあらせられるお方を町中で助けるの巻
「さて、それじゃあ、いったん城に戻るか」
パフェを完食したヌルシーと一緒に酒場を出て、俺は城のほうを目指して歩き始めた。
まだ夕方になるまで少し時間がありそうな雰囲気だが、早めに帰るのに越したことはないだろう。
ちなみに、チンピラの男は引き連れていない。
酒場を出るときにチラっと見たカンジでは、どうやらまたギャンブルに負けていたようだった。
助けてほしそうな目をしていたが、スルーさせてもらった。
流石にそれを助けるほど、俺もお人よしじゃない。
あえて死ににいく人間を止めることなどできまいて。
「パフェ、美味しかったな」
「ですね。また来たいです」
まあ、あの酒場を紹介してくれたのには感謝してるけどね。
ヌルシーも結構満足してそうだし。
「……でも、本格的にやることがないな」
そこで俺は、ふとそう思った。
最強の肉体と食うに困らない金銭を持っている今の俺には、やることがない。
このまま、大魔王を倒してからの後日談のような日々を送るのだろうか。
それはそれで悪くないとも思うけど。
「……そうだ、明日は牧場にでも行ってみるかな」
今日はもう時間が時間だから自重するが、明日は闘技場で優勝して以来足を運ぶことのなかったモンスター牧場に行ってみよう。
もしかしたら、あそこに行けばフィールやスコールに会えるかもしれない。
ドット絵でないあいつらに会うのは、とても楽しみだ。
「……ん? なんだあれ」
俺が明日の予定を考えていると、1人の男性が数人のゴロツキに囲まれているのを発見した。
さっき俺も変なのに絡まれたけど、この町ってあんまり治安良くないのかな。
「義を見てせざるは勇無きなりってね」
そこで俺は助けに入った。
俺はお人よしじゃない。
が、目の前で不幸に見舞われる人がいたら助けてあげたい、という気持ちはある。
この性分は、昔っから俺が持ち合わせていたものだ。
まあ、あくまで付き合いきれる範疇でのことだが。
「こらっ、君たちっ、そこでなにをやっているんだっ」
ゴロツキ集団に近づき、生徒を叱る先生口調風に声をかけた。
すると、5人いたゴロツキたちの目が、一斉にこちらを向く。
特に怖いとかは感じない。
俺は、度胸だけなら誰よりもあると自負している。
必要とあらば、野生の大熊相手にドロップキックをかまし、野生のヤ○ザ相手にヤクザキックをお見舞いしてきた男だ。
「あ? おまえ誰?」
「ただの一般人」
ナイフを持ったゴロツキの1人が問いかけてきたので、俺は無難な一言を返す。
さっきみたいに土下座されるような展開は、ちょっと勘弁願いたいからな。
「それより、なにアンタら人を囲んでんの。しかも、そんな凶器まで持ち出して」
「どうでもいいだろ、そんなこと。関係ねえ奴はすっこんでろ!」
と、そこでゴロツキが、俺にナイフを振ってきた。
俺はそれを見て、咄嗟に手を前に出す。
「な……」
「暴力反対」
俺はナイフを指でつまみ、そのまま力を入れて刃の部分を砕いた。
すげー。
今の俺って、こんなこともできるのか。
自分で自分がびっくりだ。
「ほら、怪我したくなかったら散った散った」
「く……てめえら! ひとまず逃げるぞ!」
「お、おう!」
そんな俺の超人芸に顔色を悪くしたゴロツキ集団は、一目散に逃げ出していった。
もう少し粘られるかと思ったけど、引き際の良い奴らでよかったな。
「どうやら、助けられてしまったようであるな」
助けた男性が声をかけてきた。
ゴロツキたちを見送った俺は、その男性へと振り返……。
「ああ、怪我はない……か……?」
……そこにいた男性は、男性ではなかった。
やけに仰々しい男性服を着た、イーナと同じ年頃くらいの美少女だった。
服装が女の子らしくないから、勘違いしてしまった。
男物の洋服で、ブラウンの髪がポニーテールのように後ろで纏められているのが凛々しい印象を受ける。
でも、顔は凄く可愛らしくて、とても男であるとは思えない。
それになにより、その胸の膨らみは、まごうことなく女性のソレだ。
……あれ?
この女の子に会うのは、これが初めてなはずなんだけど……。
どこかで見覚えがあるような気が……。
というか、なんだその身なりは。
なんかところどころ宝石みたいなんのが服についていて、とても派手だ。
こんなんじゃ『どうぞ襲ってください』と言っているようなものじゃないか。
もしかして、これが貴族というものなのか?
「うむ、貴公に助けられたゆえ、余はなんともないぞ」
あー貴族だよこの人。
貴公とか余とか言っちゃってるよ。
絶対やんごとなきお立場のお方だよ。
しかも、美少女な顔してるのに、なんでそんな口調なのよ。
ちょっと驚いちゃったよ。
「ん? 貴公……余……?」
そういえば、なんか最近、どこかでそんな口調の人と会ったような気がする。
誰だったっけ。
「今回は非公式の外出ゆえ、あまり表立った褒美は与えられぬが、貴公には、あとで余から褒美を遣わそう」
「は、はあ」
なんか、非公式の外出とか褒美とか言っちゃってるけど。
この子ホントなんなの。
まるで王様みたいなモノの言いようだし――。
…………。
「あの……つかぬことをお聞きしますが……あなたの父は国王様だったりしませんかね?」
「うむ、アレクセイ・ツァーレス・スタートは、余の父君である」
あちゃー。
貴族というか、王族だったよこの人。
やんごとなきお立場の最上位クラスだよこの人。
「余の名はアレスティア・ツァーレス・スタート。スタート王国の第一王女だ」
しかも第一王女だよ。
第一王女、ゴロツキに絡まれちゃってたよ。
町の衛兵さん斬首ものだよ。
ホントなにやっちゃってんのよ。
「……あのー、なぜ王女様がこんなところに?」
とりあえず俺は、冷静にこの事態を対処するべく、第一王女に問いかけた。
「うむ。実はな、この町のどこかに『無言の勇者』がいるというのだ」
「へ? 勇者?」
「そうだ。余は勇者に会いに来たのだ」
へ、へえー……
それじゃあ、王女様は俺と会うために町まで来たんだー……。
「本当は城内で会えると期待しておったのだがな、部屋を訪ねてみると、勇者は町に行ったというのだ。それを知った余はいてもたってもいられず、こうして町に赴いたというわけなのだ」
「…………」
つまり、俺のせいですか。
そうですか。
いやー、俺ってば罪作りな男ねっ。
……て、なんでやねん!
「勇者を探すくらい、他の人に任せれば良かったのではないでしょうか?」
「ふっ…………確かにそうであったな……」
「…………」
この子、馬鹿なのだろうか。
やんごとなき馬鹿なのだろうか。
なんだか少し落ち込んじゃってるよ第一王女様。
「く……こうして市民の恰好に偽装し、やっとの思いで城を抜け出したというのに……」
うわーだめだー。
周りから浮く尊大な口調。
町に全然溶け込めてない服装。
それに脱走。
スリーアウトだよ第一王女様。
大丈夫なのか、この国の王女様は。
「し、しかし! こうして余が自ら動くことには意味がある! それだけ、余が勇者と巡り会いたいと考えているという証であるからな!」
「あ、そ、そっすか」
なんか、変な子助けちゃったよ。
助けず見過ごせばよかったかな。
いやでも、第一王女だし、見捨ててたら大事だったし。
もしかしたら、さっきのゴロツキも、どこかの敵対する貴族の回しモノだったのかもしれないな。
「ところで、余はまだ貴公の名を聞いていなかったな。名はなんと申す?」
きたか。
褒美を遣わすとかなんとか言ってたから、名前も聞かれるんだろうなとは思ってたけど。
「あー……アルトと申します。一応勇者やってます」
ここで誤魔化してもしょうがないから、正直に言っておこう。
下手に嘘をついた場合、またどこかで会ったら面倒なことになりそうだし。
「アルト……それに……勇者だと? 馬鹿も休み休み申せ。『無言の勇者』は喋らぬからこそ『無言の勇者』なのであろう。貴公は余と喋っておるではないか」
「…………」
またこのパターンか。
めんどくさいなー。
今度、勇者は喋りますよキャンペーンでもしてやろうかしら。
俺はそこでため息をつきそうになるのをグッとこらえ、アイテムボックスを開いて証明書代わりの勇者の剣を取り出そうとした。
「大変だー!!!」
と、そのとき、俺の耳に男の叫びが聞こえてきた。
「西からドラゴンが攻めてきたぞー!!!!!」
「!」
なに!?
ドラゴンだって!?
生きたドラゴンが町にくんの!?
やっべ!
こりゃあ見に行くしかないだろぉ!
「……ってぇ!? あ、アレスティア王女殿下!?」
と思っていたそのとき、城方面から西方面へ走っていた集団が俺たちの存在に気づき、驚くような顔をした。
「ど、どうしてこのような場所に!?」
「ここは危険です! 早くお逃げください!」
「安全な場所までお連れいたします!」
見たカンジ、町の衛兵さんみたいだな。
だったら、第一王女はこの人たちに任せちゃってもいいだろう。
そして、俺たちはドラゴンを見に行くぞおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!!!
「いや、余も貴公らとともに――」
「ヌルシー! 行くぞ!」
「あ、ちょ、待て! 勇者を騙る者よ!」
俺はヌルシーをおんぶし、第一王女様の制止を聞かずに野次馬根性丸出しで西のほうへと走っていった。
次回
VSドラゴン(?)