第62話 無言の勇者って呼ばれてるけど
屋敷の外で、『勇者が異世界に帰るのではないか』というような噂が広まっていた。
しかも、集まっている人の数が尋常じゃない。
軽く数百人以上……下手すれば千人以上いる規模だ。
……あれ?
あそこで『嘘じゃねえよ! 俺、ちゃんと聞いてたんだ!』とか言ってるの……いつものチンピラじゃない?
こんなときにまで……。
いったい、なにしてくれちゃってんのよ……。
『早く事態を治めねば、民衆がこの屋敷になだれ込んでくるやもしれんな』
ルシフェルがゾッとするようなことを言いだした。
あれだけの数の人々が押し寄せたら、屋敷が壊れちゃうよ!
せっかく建てたマイホームなのに!
壊されちゃったらたまんないよ!
「ど、どうしよう……お爺ちゃん……」
「ふ、ふむ……よし、ここはワシが表に出てじゃな……」
「……子どもの恰好でか?」
「そ、そうじゃったわい……」
イーダが事態の収拾役を務めようとしたが、自分が今ショタだったという事実を思い出したようで、素直に引き下がった。
今のままじゃ、威厳もなにも、あったもんじゃないもんね。
賢者様がショタ化したことを知らない人もいるだろうし。
「ならば、儂が行こうか」
イーダが行かないとわかると、今度は白龍王が挙手した。
だから、なんであなたは、ここにいるんですか。
屋敷に招いた覚えはありませんよ。
『お前の出る幕はないぞ』
「ぐああああああああああああああッ!!!!!」
ルシフェルが白龍王の頭にかぶりついた。
な、仲がよろしいですね。
「ルシフェル殿、それでは、この状況をどう治めるつもりですかな?」
イーダがルシフェルに訊ねた。
そうだ。
ルシフェルは、なにか考えがあって白龍王をとめたんだろうから、その考えを聞かないと。
『この騒動は、この男が原因の素となっている。ならば、この騒動を治めるのも、この男の役目だろう』
ルシフェルは白龍王にかぶりついたまま、そんなことを言って俺のほうを見る。
俺がなんとかしろってことか。
そう言われちゃあ、やるしかないよね。
……というより、俺もそうしたかったし。
「そ、それは無理だ! アルトは『無言の勇者』として名が通っているのだぞ!」
アレスティアが反論する。
そして、他のみんなも、彼女と同じ意見のようだ。
「そ、そうじゃよ、ルシフェル殿……アルト殿は『無言の勇者』。皆の前で喋るのは――」
だから、俺はそこで口を開く。
「みんな、ちょっと聞いてくれないかな」
「? アルト殿?」
そして、俺はみんなに訊ねることにした。
「俺――」
この、俺という勇者に与えられた勘違い。
それをぶち壊す内容を、俺はみんなに問うた。
「――無言の勇者って呼ばれてるけど、喋ってもいいよね?」
無言の勇者アルト。
それこそが、この世界における、俺の通り名。
だが、俺は今、それを捨てようとしている。
俺はこれからもこの世界で生き続けるという、その決意の示す、第一歩として。
「……俺、みんなと喋るの、好きなんだ。だから……これからは、みんなと堂々と喋りたい」
これまで、俺は喋らない勇者と思われてきた。
だから、あまり混乱が生じないよう、知らない人の前ではあまり喋らないようにしていた。
……といっても、結構喋ってた気はするけどね。
けど、俺が意識して黙っているよう努めたことのほうが、この数か月のなかでは多かった。
なので、俺はその既成概念をぶち壊すことにした。
それが、みんなと生きていくために必要な一歩であると信じて。
「いいんじゃないかしら、アタシは賛成よ」
イーナが答えた。
「……私も賛成だ。たとえ喋っても、アルトはアルトであることに変わりない」
クレアが答えた。
「そんなの、今さら私たちに訊く必要なんて、あるんですの? これまでさんざん喋ってたんですから、好きにすればいいですわ」
フラミーが答えた。
「……アルトが喋るというのは、外交的にマズイやもしれんのだが……アルト自身が決めたことなら、余……わ、私は否定せん!」
アレスティアが答えた。
『勇者が喋るかどうかなど、私にはどうでもいいことだ。好きにしろ』
ルシフェルが答えた。
「……え、ええい! 皆が賛成して、ワシだけ反対するわけにはいかんじゃろ! 好きにせい! アルト殿!」
イーダが答えた。
「…………」
白龍王が答え……ない。
あなた、だ、大丈夫ですか?
一応、息はあるみたいですけど。
「私にとっては、お兄ちゃんはよく喋るお兄ちゃんです。だから、みなさんにもそんなお兄ちゃんを受け入れてもらうのがいいと、私は思います」
そして、最後にヌルシーが答えた。
みんな(1人答えなかったけど、それはいいよね)、俺の質問にちゃんと答えてくれた……。
嬉しいな……。
「……よし! それじゃあ俺、言っちゃいますよ!」
俺はみんなの後押しを受け、屋敷のバルコニーに飛び出した。
その瞬間、外にいた人々は、一斉に俺のほうを向き、声をあげる。
「あ、あれ! 勇者様じゃない!?」
「ホントだ! 勇者様だ!!」
「勇者様ー! 帰らないでー!」
「このまま俺たちと一緒に暮らしましょうよぉ! 勇者のダンナァ!!」
すると、外にいた人々が、思い思いの言葉を俺に投げかけてくる。
なので、俺もまた、彼ら彼女らに、自分の思いを精一杯伝えることにした。
「みんなー!!」
「「「!?」」」
俺が喋った瞬間、人々がギョッとしだした。
一部の人間は俺が喋ることを知っている。
それでも、喋ることを知らないという人たちのほうが、圧倒的多数を占めている。
みんな、驚いてるって顔だな。
けれど、俺はここで喋るのをやめたりなんてしない。
この世界に帰ってきたときから、そうするって決めてたんだから。
「俺が帰るかもしれないって騒いでるけど――」
だから、俺は叫ぶ。
あらん限りの大声で、その声がすべての人に届くように。
「――俺は! ずっと! この世界で生きていきます!!!!!」
人々に向けて、宣言した。
さっきイーナたちにも言ったことを。
俺は、自分自身の声で、世界中の人々に聞かせるつもりで、高らかに叫んだのだった。
「ゆ、勇者様が……喋った……」
「勇者様が喋ったよ、おい!」
「しかも、『この世界に残る』ですって!」
「だ、ダンナアアアアアァァァァ!!!」
人々の声が変わった。
さっきまでどよめき声だったのに、今は――。
「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」」」
――大歓声にも似た声で埋め尽くされていた。
それを聞き、俺は満足した気分で、みんなに両手を振る。
俺の声は、ちゃんとみんなに届いた。
偽者かと疑われるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、この様子なら、俺がちゃんと勇者だと認めてくれているようだ。
まあ、喋ってはいなくても、俺は結構人前に出てたからね。
特に、領に住む人たちは、俺の顔なんて見飽きてるくらいだろう。
「勇者アルト、バンザーイ!」
「よかった……! 勇者様がこの世界に残ってくれて……本当によかった……!」
「今日は記念日だ! 酒もってこい酒!」
「さっき大量に取れたペモペモを肴に祝杯だ!!」
そのペモペモ、大丈夫!?
食べて本当に大丈夫!? ねえ!?
……まったく、みんな、はしゃいじゃって。
俺がこの世界に残ることって、そんなに喜ぶことかねえ。
「お兄ちゃん、顔の表情が緩んでますよ」
ヌルシーが隣にやってきた。
表情が緩んでるだって?
そりゃそうでしょ。
だって、みんなが俺を受け入れてくれたんだもん。
喜ばないわけないさ。
「え? そう? いつもの男前が台無しになってる?」
だけど、俺はそんなことなど口にせず、いつものようにおちゃらけてみせた。
「いつもが男前かどうかは知りませんが――」
すると、ヌルシーは――。
「――今のお兄ちゃんの顔は、とてもいいと、私は思いますよ」
――これまでで見たことのないような、優しい笑みを浮かべたのだった。
「…………」
「どうしましたか? お兄ちゃん?」
「え、あ、いや……そんなこと言っても、各種デザート盛り合わせくらいしか、俺のアイテムボックスからは出てこないんだからねっ!」
「あるんですか、各種デザート盛り合わせが」
「俺の秘蔵のオヤツさ! 特別なときしか食べないって決めてたんだ!」
「でしたら、今がそれの食べ時です。ぜひ、いただきましょう」
「そう? それじゃあ……みんなのとこに戻って、みんなで食べよっか」
「はい、そうですね。私も今、そう言おうと思ってました」
「ホントかなー?」
「ホントです、私は嘘なんてつきません」
俺は、ヌルシーとともに、みんなのところへと戻っていく。
戻る途中、俺は……ヌルシーがまた今みたいな笑みを向けてくれるといいな、なんて……そんなことを思ったりしていた。
そう思うくらい、彼女の笑みには破壊力があった。
素直笑いの比じゃないね。
彼女は魔性の義妹だよ!
「さっきから、人の顔をジロジロ見過ぎです」
「あ、ごめんね。ヌルシーの笑顔が脳裏から離れなくってさ」
「ふぅ……私の笑顔くらい、これからも沢山見られると思いますよ? お兄ちゃんは、私たちとずっと一緒に暮らすんですから」
「……うん、そうだよね」
俺は、この世界で生きていくんだ。
みんなと、一緒に生きていくんだ。
だから、ヌルシーの笑顔だって、また見られる機会があるさ!
なければないで、俺が作ってやる!
彼女の最高の笑顔を!
「よし、決めた!」
「なにをですか?」
「俺のこれからの目標!」
「目標?」
「そう! 目標!」
「どんな目標ですか?」
「それは教えない!」
「なんでですか」
「なんとなく!」
言ったら、意識しちゃうでしょ?
俺の目標が、『ヌルシーがいつも笑って暮らせるようにする』だなんて教えたらさ。
「さ! 今日はパーッといこう! 俺にとっては、今日が第2の誕生日だ!」
そうして、俺は屋敷の中へと入り、元気にそう言った。
ヌルシーと一緒に、みんなと一緒に、この世界に生きる『アルト』として、これからも明るく楽しく生きていくために――。
次回
天咲或人のエピローグ




