表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/64

第62話 無言の勇者って呼ばれてるけど

 屋敷の外で、『勇者が異世界に帰るのではないか』というような噂が広まっていた。

 しかも、集まっている人の数が尋常じゃない。

 軽く数百人以上……下手すれば千人以上いる規模だ。


 ……あれ?

 あそこで『嘘じゃねえよ! 俺、ちゃんと聞いてたんだ!』とか言ってるの……いつものチンピラじゃない?


 こんなときにまで……。

 いったい、なにしてくれちゃってんのよ……。


『早く事態を治めねば、民衆がこの屋敷になだれ込んでくるやもしれんな』


 ルシフェルがゾッとするようなことを言いだした。


 あれだけの数の人々が押し寄せたら、屋敷が壊れちゃうよ!

 せっかく建てたマイホームなのに!

 壊されちゃったらたまんないよ!


「ど、どうしよう……お爺ちゃん……」

「ふ、ふむ……よし、ここはワシが表に出てじゃな……」

「……子どもの恰好でか?」

「そ、そうじゃったわい……」


 イーダが事態の収拾役を務めようとしたが、自分が今ショタだったという事実を思い出したようで、素直に引き下がった。

 今のままじゃ、威厳もなにも、あったもんじゃないもんね。

 賢者様がショタ化したことを知らない人もいるだろうし。


「ならば、儂が行こうか」


 イーダが行かないとわかると、今度は白龍王が挙手した。


 だから、なんであなたは、ここにいるんですか。

 屋敷に招いた覚えはありませんよ。


『お前の出る幕はないぞ』

「ぐああああああああああああああッ!!!!!」


 ルシフェルが白龍王の頭にかぶりついた。

 な、仲がよろしいですね。


「ルシフェル殿、それでは、この状況をどう治めるつもりですかな?」


 イーダがルシフェルに訊ねた。


 そうだ。

 ルシフェルは、なにか考えがあって白龍王をとめたんだろうから、その考えを聞かないと。


『この騒動は、この男が原因の素となっている。ならば、この騒動を治めるのも、この男の役目だろう』


 ルシフェルは白龍王にかぶりついたまま、そんなことを言って俺のほうを見る。


 俺がなんとかしろってことか。

 そう言われちゃあ、やるしかないよね。


 ……というより、俺もそうしたかったし。


「そ、それは無理だ! アルトは『無言の勇者』として名が通っているのだぞ!」


 アレスティアが反論する。

 そして、他のみんなも、彼女と同じ意見のようだ。


「そ、そうじゃよ、ルシフェル殿……アルト殿は『無言の勇者』。皆の前で喋るのは――」


 だから、俺はそこで口を開く。


「みんな、ちょっと聞いてくれないかな」

「? アルト殿?」


 そして、俺はみんなに訊ねることにした。


「俺――」


 この、俺という勇者に与えられた勘違い。

 それをぶち壊す内容を、俺はみんなに問うた。



「――無言の勇者って呼ばれてるけど、喋ってもいいよね?」



 無言の勇者アルト。

 それこそが、この世界における、俺の通り名。


 だが、俺は今、それを捨てようとしている。

 俺はこれからもこの世界で生き続けるという、その決意の示す、第一歩として。


「……俺、みんなと喋るの、好きなんだ。だから……これからは、みんなと堂々と喋りたい」


 これまで、俺は喋らない勇者と思われてきた。

 だから、あまり混乱が生じないよう、知らない人の前ではあまり喋らないようにしていた。


 ……といっても、結構喋ってた気はするけどね。

 けど、俺が意識して黙っているよう努めたことのほうが、この数か月のなかでは多かった。


 なので、俺はその既成概念をぶち壊すことにした。

 それが、みんなと生きていくために必要な一歩であると信じて。


「いいんじゃないかしら、アタシは賛成よ」


 イーナが答えた。


「……私も賛成だ。たとえ喋っても、アルトはアルトであることに変わりない」


 クレアが答えた。


「そんなの、今さら私たちに訊く必要なんて、あるんですの? これまでさんざん喋ってたんですから、好きにすればいいですわ」


 フラミーが答えた。


「……アルトが喋るというのは、外交的にマズイやもしれんのだが……アルト自身が決めたことなら、余……わ、私は否定せん!」


 アレスティアが答えた。


『勇者が喋るかどうかなど、私にはどうでもいいことだ。好きにしろ』


 ルシフェルが答えた。


「……え、ええい! 皆が賛成して、ワシだけ反対するわけにはいかんじゃろ! 好きにせい! アルト殿!」


 イーダが答えた。


「…………」


 白龍王が答え……ない。


 あなた、だ、大丈夫ですか?

 一応、息はあるみたいですけど。


「私にとっては、お兄ちゃんはよく喋るお兄ちゃんです。だから、みなさんにもそんなお兄ちゃんを受け入れてもらうのがいいと、私は思います」


 そして、最後にヌルシーが答えた。


 みんな(1人答えなかったけど、それはいいよね)、俺の質問にちゃんと答えてくれた……。

 嬉しいな……。


「……よし! それじゃあ俺、言っちゃいますよ!」


 俺はみんなの後押しを受け、屋敷のバルコニーに飛び出した。

 その瞬間、外にいた人々は、一斉に俺のほうを向き、声をあげる。


「あ、あれ! 勇者様じゃない!?」

「ホントだ! 勇者様だ!!」

「勇者様ー! 帰らないでー!」

「このまま俺たちと一緒に暮らしましょうよぉ! 勇者のダンナァ!!」


 すると、外にいた人々が、思い思いの言葉を俺に投げかけてくる。


 なので、俺もまた、彼ら彼女らに、自分の思いを精一杯伝えることにした。



「みんなー!!」

「「「!?」」」



 俺が喋った瞬間、人々がギョッとしだした。


 一部の人間は俺が喋ることを知っている。

 それでも、喋ることを知らないという人たちのほうが、圧倒的多数を占めている。


 みんな、驚いてるって顔だな。

 けれど、俺はここで喋るのをやめたりなんてしない。

 この世界に帰ってきたときから、そうするって決めてたんだから。


「俺が帰るかもしれないって騒いでるけど――」


 だから、俺は叫ぶ。

 あらん限りの大声で、その声がすべての人に届くように。



「――俺は! ずっと! この世界で生きていきます!!!!!」



 人々に向けて、宣言した。

 さっきイーナたちにも言ったことを。

 俺は、自分自身の声で、世界中の人々に聞かせるつもりで、高らかに叫んだのだった。


「ゆ、勇者様が……喋った……」

「勇者様が喋ったよ、おい!」

「しかも、『この世界に残る』ですって!」

「だ、ダンナアアアアアァァァァ!!!」


 人々の声が変わった。

 さっきまでどよめき声だったのに、今は――。



「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」」」



 ――大歓声にも似た声で埋め尽くされていた。


 それを聞き、俺は満足した気分で、みんなに両手を振る。


 俺の声は、ちゃんとみんなに届いた。

 偽者かと疑われるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、この様子なら、俺がちゃんと勇者だと認めてくれているようだ。


 まあ、喋ってはいなくても、俺は結構人前に出てたからね。

 特に、領に住む人たちは、俺の顔なんて見飽きてるくらいだろう。


「勇者アルト、バンザーイ!」

「よかった……! 勇者様がこの世界に残ってくれて……本当によかった……!」

「今日は記念日だ! 酒もってこい酒!」

「さっき大量に取れたペモペモを肴に祝杯だ!!」


 そのペモペモ、大丈夫!?

 食べて本当に大丈夫!? ねえ!?


 ……まったく、みんな、はしゃいじゃって。

 俺がこの世界に残ることって、そんなに喜ぶことかねえ。


「お兄ちゃん、顔の表情が緩んでますよ」


 ヌルシーが隣にやってきた。


 表情が緩んでるだって?

 そりゃそうでしょ。

 だって、みんなが俺を受け入れてくれたんだもん。

 喜ばないわけないさ。


「え? そう? いつもの男前が台無しになってる?」


 だけど、俺はそんなことなど口にせず、いつものようにおちゃらけてみせた。


「いつもが男前かどうかは知りませんが――」


 すると、ヌルシーは――。



「――今のお兄ちゃんの顔は、とてもいいと、私は思いますよ」



 ――これまでで見たことのないような、優しい笑みを浮かべたのだった。



「…………」

「どうしましたか? お兄ちゃん?」

「え、あ、いや……そんなこと言っても、各種デザート盛り合わせくらいしか、俺のアイテムボックスからは出てこないんだからねっ!」

「あるんですか、各種デザート盛り合わせが」

「俺の秘蔵のオヤツさ! 特別なときしか食べないって決めてたんだ!」

「でしたら、今がそれの食べ時です。ぜひ、いただきましょう」

「そう? それじゃあ……みんなのとこに戻って、みんなで食べよっか」

「はい、そうですね。私も今、そう言おうと思ってました」

「ホントかなー?」

「ホントです、私は嘘なんてつきません」


 俺は、ヌルシーとともに、みんなのところへと戻っていく。


 戻る途中、俺は……ヌルシーがまた今みたいな笑みを向けてくれるといいな、なんて……そんなことを思ったりしていた。

 そう思うくらい、彼女の笑みには破壊力があった。

 素直笑いの比じゃないね。

 彼女は魔性の義妹だよ!


「さっきから、人の顔をジロジロ見過ぎです」

「あ、ごめんね。ヌルシーの笑顔が脳裏から離れなくってさ」

「ふぅ……私の笑顔くらい、これからも沢山見られると思いますよ? お兄ちゃんは、私たちとずっと一緒に暮らすんですから」

「……うん、そうだよね」


 俺は、この世界で生きていくんだ。

 みんなと、一緒に生きていくんだ。


 だから、ヌルシーの笑顔だって、また見られる機会があるさ!

 なければないで、俺が作ってやる!

 彼女の最高の笑顔を!


「よし、決めた!」

「なにをですか?」

「俺のこれからの目標!」

「目標?」

「そう! 目標!」

「どんな目標ですか?」

「それは教えない!」

「なんでですか」

「なんとなく!」


 言ったら、意識しちゃうでしょ?

 俺の目標が、『ヌルシーがいつも笑って暮らせるようにする』だなんて教えたらさ。


「さ! 今日はパーッといこう! 俺にとっては、今日が第2の誕生日だ!」


 そうして、俺は屋敷の中へと入り、元気にそう言った。

 ヌルシーと一緒に、みんなと一緒に、この世界に生きる『アルト』として、これからも明るく楽しく生きていくために――。

次回

天咲或人のエピローグ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ